Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

11.

「なーんだ。彼って新しい護身術の先生だったの」
 キャサリンがつまらなそうに名刺シートをジェニファーに回す。
「とても素敵な人だと思ったのに、急ぎの仕事のついでに迎えに来ただけなんてとても残念だわ」
 張り切っていたジェニファーも面白く無いとアンに手渡す。
「まあまあ2人共、結論を出すのはまだ早いわ。ロマンスは思わぬところで起きるものよ。今後シルベルドさんとリンダが師範と生徒以上の感情を持つ可能性は充分有るわよ」
 めげずに自説を唱えるロマンス好きのアンの発言に、リンダはテーブルに突っ伏し、キャサリンとジェニファーは「「絶対、無い。無い」」と手を横に振った。
 技術的な仕事もしているリンダの周囲には若い男性陣が多い事を3人共良く知っている。
 それなのにこれまで浮いた話1つ聞いた事が無いのだ。
 歳こそ離れているものの、リンダが子供の頃から懐いているので、キャサリン達が少なからぬ期待を抱いていた陽気なホームドクターのサムは、2年前に結婚して今は1児の父親だ。
「シルベルトさんは独身で若くてあれだけのハンサムなのよ。2人っきりで健康的に毎日汗を流すなんてちょっとときめかない? わたしは期待するわよ」とアンが断言する。
「そうね。訓練中は若い男性と2人っきりなのね」とキャサリン。
「直接肌に触れる機会も多いでしょうしね」とジェニファー。
 1人無言のリンダはトレーニング・ルームに響き渡る銃声と(怒鳴り声では無く)罵声、迸る閃光に粒子と電子のきらめき、飛び交うセラミックナイフと呻る電磁鞭を想像して、何処をどうしたらこういう夢物語が出て来るものかと、友人達の素晴らしい想像力にある種の才能を感じていた。

 授業中は停止させているが、食事中もピアスを通して昨夜貰ったデータをリンダは流し続けている。
 1日分の遅れをリンダは夕方までに取り返さなければならなかった。
 太陽系警察機構の詳しい組織図、これまでα・シリウスが担当してきた事件の概要と経緯、太陽系警察機構が抱える未解決事件のリストに解決した事件の概要。
 犯罪史を専攻しているリンダにとって願ってもない資料だが、全てが部外秘で被害者保護の為にニュースに1度も流れた事が無い程の凶悪事件ばかりだ。
 未解決事件の項目の中に自分も間接的に関わった違法麻薬製造事件が有り、α・シリウスが後方勤務に移った以降の捜査の進展状況にリンダは眉をひそめた。
 リンダ達が進級レポートを纏める対象に火星を選んだ様に、火星と地球が現在接近中である事を利用して、それぞれのスペシャリスト達を支部を超えて集め合同でチームを作り、丁寧でかつ機動力の有る捜査が行われている。
 木星支部は単独で小惑星帯を調査し、被害者発見に努めていた。
 全てにおいて何故か後手後手に回る捜査、α・シリウスが持ち帰った情報全て使っても、見つかるのはプラントの残骸か何も無い空間のみ。

何かキーワードが足りない。
 リンダはピースが足りず完成しないパズルを前にしたかの様なもどかしい思いで捜査状況を検分していた。
「……と思うの。ちょっと、リンダ。聞いているの?」
 キャサリンに頬を突かれて、漸くリンダの意識は現実世界に戻って来る。
「あ……えっと、何の話だったかしら?」
「心此処に有らずって感じだわ」とジェニファー。
「これはもう恋ね」と自信たっぷりにアン。
「恋ね」とキャサリンも頷く。
「何でそういう話に行くのよ?」
「「「わたし達がシルベルドさんの話をしているのに、リンダが呆けたふりして誤魔化しているからよ!」」」
 3人に同時に言い切られ、リンダは力無く笑いながら戻されたシートをポケットに入れた。
 200パーセント有り得ない話にどうやって乗れと言うのか? しかもネタは自分だ。
 時計を見ると間もなく午後の講義が始まる。
 4人は急いでトレーを戻すと手を振ってそれぞれの教室に散って行った。


 リンダの午後の講義は犯罪心理学IIだった。
 当分出張するという教授から全員に大きな課題が出され、周囲が溜息を洩らす中でこれは使えるとリンダは閃いた。
 太陽系警察機構レディ級刑事サラでは絶対に使えない手、しかし、民間人で学生のリンダ・コンウェルなら?
 リンダはいつもに増して熱心に、メモリーシートに教授の課題条件項目全てを書き写した。
 予め講義スケジュールを渡して有るので待ち合わせ場所に行くとすでにα・シリウスが待っており、リンダは急いで駆け寄った。
 時間が無いとリンダは車の中でα・シリウスに自分のアイディアを説明する。
「基本を学ぶ事がどれほど大事なのかは分かっているわ。だけどこれは絶好の機会だと思うの。せっかくパパとシリが勉強する時間を作ってくれたのだけど、わたしにチャンスをくれない?」
 昨日とうって変わって瞳を輝かせるリンダの顔を見て、α・シリウスは笑みを返す。
 睡眠を摂り体調を整えた上で、授業を受けながら昨夜渡したデータの検分にまで手を付けているのだから、この小さなパートナーのバイタリティには素直に感心させられる。
「現役刑事の俺達には絶対に出来ない方法だ。捜査は手詰まり状態だし駄目もとでやってみる価値は有る。申請書を作成するからΩ・クレメントとマザーの許可を取ろう。捜査技術の判らないところは俺がその場で教える。サラの場合、机上のシミュレーションより実践で覚えた方が早そうだ」
 胸ポケットからシート状の端末を出すと、α・シリウスは早速申請書を作り始めた。
 横から覗き込むリンダに「次からはサラにも書かせるから覚えろ」と言ってリンダによく見える様にシートを2人の間に置きながらキーを打ち続けた。

 α・シリウスはわずか5分で申請書を書き上げ、暗号通信を使ってマザーに送る。
 リンダは無駄が無く解りやすいα・シリウスの文章を正直に誉めた。
「シリが刑事じゃ無かったら、即決でうちの会社にスカウトしているわ」
 α・シリウスはケイン・コンウェルとついでにサム・リードの顔を思い出し、「絶対断る」とだけ言った。
 経営者としてどれほど優秀かつ豪腕で社員の待遇が良くても、その裏は超マイペース、トンデモ性格の持ち主の下で働きたいとは思わない。
 Ω・クレメントがああ見えてもまだまともな上司で良かったと、α・シリウスは本気で感謝した程だった。
 2人が長官室に入ると、Ω・クレメントとマザーが待っていたとばかりに視線を向けた。
「申請書は読んだ。とても興味深い」
 Ω・クレメントは許可サインを入れたシートをα・シリウスに放る。
『過去のドラマや小説でなら見ていますが、わたくし達のデータバンクには実例が有りません。レディ・サラ、宜しければあなたのアイディアをわたくし達にも実際に見せていただけないでしょうか』
「ご命令と有れば今この場でも」
 にっこり笑ってリンダはウエスト・バッグからシート端末を取り出した。


 半円のソファーに腰掛けると、リンダは犯罪心理学IIを受講する全員に自分が決めた課題のテーマを書いたメールを送信した。
 たまたま同じテーマを扱って双方が教授から辛い点数を貰うより、先に情報を開示してお互いがだぶらない様にと受講者全員が講義専用にホットラインを持っている。
「さて次は……と」
 髪飾りを数回撫でて2度瞬きし、リンダは自分を見ていた3人に「黙って」と人差し指を口元に当てて衛星回線を開く。
「ベス、久しぶりね。今時間は良かったかしら?」
 画像はプライバシー・モードで音声のみのやりとり、相手が特に若い女性の場合に1種のマナーとして広く使われている。
『お久しぶりです! リンダ様。時間ですか? 現在シフトの休憩タイムなんです。暇潰しに撮り溜めしておいたドラマを観ていただけですから大丈夫です』
 予めスケジュールを調べた上での通信なのだが、相変わらずテンションの高いエリザベスに優しげな声をリンダは作る。
「元気そうで何よりだわ。仕事は楽しい?」
『はい。とっても楽しいです! 先輩方の皆さんとっても親切で、わたし覚えが早いって言って貰えたんですよ』
「そうね。ここ最近のベスの評価点はかなり上がっているわ。これなら次回の上級整備士免許試験も楽勝ね。期待しているわ」
『はい。頑張ります。……あの、リンダ様』
 らしくも無く押し殺した様なエリザベスの声に、リンダは少しばかり大げさに反応する。
「何かしら? ベス、悩み事なら聞くわよ。これはわたし専用のラインで他の誰にも聞かれないから安心して話して」
『以前アンブレラI号に来られた時、大勢の暴漢に襲われたという噂が流れてたんですけど……本当なんですか?』
「え?」
『その……わたしがリンダ様と別れた後、メンテナンス・ドックで凄い騒ぎが起こったって噂が流れたんです。でもリンダ様が命を狙われるなんて大事件ならニュースになるはずなのに一切マスコミは報道しなかったですし、それに……』
「それに何? どうかしたの? ベス」
 しばらくの沈黙の後、思い切った様にエリザベスは言った。
『アンブレラI号でこの件については箝口令が出ているんです。ここの職員は皆あの事件を知っているんですよ。それなのに誰にも言うななんて、とても変だと思いました』
「武器を持った変な男達に襲われたのは事実よ。いつもの様に速攻で撃退したから、アンブレラI号の上層部が気を使って大きな話題にしなかったのかもしれないわね。ベス、箝口令ってそれはどこから聞いたの?」
『えっと……たしか、あれ? 最初は誰から聞いたんだっけ? この話をする時に絶対内緒とかここだけの話って皆言ってた気が……あ、リンダ様、すみません』
「気にしなくて良いのよ。実は学校のレポートでこの事件の事を扱おうと思っているの。近々アンブレラI号に行くかもしれないわ。その時はお土産を持っていくわね。マンゴーでどう? もちろん天然物よ。この間のお礼もしたいから」
『リ……リンダ様ーっ! わたしの好物までご存じなんて感激ですですです。 あ、でもお会いできるだけで幸せですー。お礼なんて要りません。わたしはリンダ様をご案内しただけですから』
「そう。でもわたしの気持ちって事で受け取ってくれると嬉しいわ。じゃあ勉強の続きが有るからまたね」
『はい、分かりました』

 通信を切ってリンダがふっと息を漏らして笑う。
「シリが秘密裏に事件を処理したはずなのにわざわざ箝口令をね。ずいぶん面白い事をしてるじゃないの」
「たしかにおかしい。あの事件は俺が全部処理済みのサインをして犯人の身柄確保だけをアンブレラI号の警備警察に任せた。……本題に入る前に一言だけ言わせろ。この親譲りの超二重人格め」
 会話の一部始終を聞いていたα・シリウスは、リンダの見事な猫被りに呆れきって軽く頭を叩いた。
 リンダの会話を聞いていたΩ・クレメントは、レディ・サラはこの歳にしてすでに管理能力も持ち合わせていると判断し、本格的にクイーン級候補として取り上げるかを思案していた。


 コーヒーを飲みながらリンダはΩ・クレメントに報告を兼ねて自分の予想を話した。
「この事件について捜査の手法、進展、展開まで何度も目を通しました。素早くかつ犯人を下手に刺激して事件が表沙汰になら無い様にと熟慮された地道な捜査活動には頭が下がります。でも、思った程の進展は得られなかった。わたしは何かが足りないと思いました」
『レディ・サラ、それは聞き捨てなりません。わたくし達に何か不手際が有ったとでも言われるのですか?』
 マザーが頬を染めてリンダに反論する。太陽系警察機構を纏める戦略コンピュータにとって、これほどの侮辱は無いだろう。
「マザー、それは誤解よ。太陽系警察機構の捜査は完璧だと思うわ。でも、わたしはそれが不満なの。ゆらぎ? と言った方が良いのかしら。イレギュラーが全く無いの。会社と同じよ。堅い経営で冒険をしない企業は大きな負債を抱える事は無いけれど大きく発展する事も無いわ。どこかに不安定要素が無いと社員達から良い改善案が出ないものよ。技術者達は放っておいても常に新しい事にチャレンジしていくわ。でも、一般職員に自然にそれを求めるのはなかなか困難なのよ」
「それが車の中で言っていた「足りないキーワード」なんだな。それが「民間人」か」
 α・シリウスが呟くとリンダは笑って「惜しい」と言った。
「『民間人の学生』である『奇跡のリンダ』ことリンダ・コンウェルが、『アンブレラI号事件に興味を持った』これがわたしの投じた一石よ」
リンダの端末が激しくコール音を鳴らし、リンダは「来たーっ!」と歓喜の声を上げた。


 リンダがメールを送信してからわずか1時間程しか経っていない。
 Ω・クレメントは次々に入るメールや通信の多さに目を見張った。
 申請書に書かれていた「警察では決して出来ない裏技」のやり口に舌を巻くしかない。
 警察の諜報機関は多くの情報屋とのパイプを持っている。
 しかし、今目の前で行われている現象を何と言ったら良いのだろうかと完全に固まっていた。

 リンダ命名、悪乗り好きな学生と話好きな女子社員達による口コミ大作戦。

 あのリンダが自ら被害を被った未解決事件を調査すると聞いて、我も我もと次々に情報や連絡を寄こすのだ。
 噂でしか知らない『奇跡のリンダ』のリアルタイムの証人になりたいと思う者達の好奇心をくすぐる絶妙の一手だったらしい。
 リンダがメールの返信や通信の相手で手が一杯になったので、α・シリウスはマザーの手を借りて次々に入ってくる情報から、わずかでも有用だと思われる物をレベルを付けながら分類していく。
『ここ数日大人しくぼーっとしていると思ったら、いきなりとんでも無い事を始めたわね』
 不機嫌さを隠そうともしないアンの声にリンダも素直に謝る。
「ああ、アン。ごめんなさい。心配しないで。レポート作成の為にちょっと調べてみようかなって思っただけなのよ」
『あなたがわたし達を先に帰してから事件に巻き込まれた事は皆も知ってたのよ。リンダは何も言ってくれなかったけど、無事に帰ってきてくれたからわたし達も我慢して何も聞かなかったのに』
 不安と不満で一杯だというアンの声を聞いて、リンダはとても自分が置かれている立場を正直に言えないと思った。
「無用の心配を掛けたく無かったのよ。何も言わなくてごめんなさい。今更だけどやっぱり気になるのよ。被害者のわたしにも未だに警察から何も説明無しで放置されている事件が有るなんてね」
 リンダの強い意志を帯びた声を聞いてアンは「仕方無いわね」と溜息をつく。
『あなたは1度言い出したら絶対に引かないんだから。まぁ、それは良いわ。学院生徒でわたしが連絡出来る相手全員にこの話を流したわ。明日中にはうちの生徒全員がこの件を知る事になるわ。もちろんわたしもこの件を調べるつもりよ』
「え?」
『それと、ジェニファーとキャッシーも独自に動き出すって言ってるわ』
「……ちょ、ちょっと待ってよ。アン、そこまで話を大きくしなくても」
『今更言い訳は聞かないわよ。いいこと、愛しいリンダ。わたし達に内緒でこんな大事始めておいて、黙って見てるなんて出来る訳無いでしょう。長年の親友相手にプライベート・モード画面なんて、全く何処で何をやってるんだか。明日学校で会った時を覚悟してなさいよ!』
 言いたい事は全部言ったとアンは一方的に通話を切った。
「あたた……」
 リンダは頭が痛いと額を押さえた。

 ひっきり無しに掛かってくる電話を留守モードに変え、眉間に皺を寄せて考え込み出したリンダを見て、作業の続きをマザーに任せたα・シリウスが「どうした?」と聞いた。
「わたしの友人達は強者ぞろいだって言ったわよね」
「ああ、俺が学院に顔を出した日に車の中で言っていたな」
 Ω・クレメントもリンダの苦い表情から何事かと席を立ってソファーに移動する。
「今通話していたアンは世界3大ニュースサイト「ニュースジャーナル」のオーナーの娘なのよね。キャサリンは国防省作戦統合本部長官の娘、ジェニファーはUSAバンク頭取の孫娘にして……」
 リンダは両手をテーブルに付いて頭を抱えた。
「現大統領首席補佐官の娘なの。もう、一体誰がアンに知らせたのよ? 彼女はやると言ったら本当にやるわ」
 α・シリウスとΩ・クレメントは次々と出る大物の名前に、飲みかけたコーヒーを噴き出した。
 リンダがあまりにも自由に行動しているのでうっかり忘れ掛けていたが、リンダの通う学院は国内外から良家の将来を嘱望される優秀な子女が集まる事で超有名校だ。
 リンダが宇宙開発で太陽系5指に入る大企業の会長令嬢で有る様に、その友人達も半端な存在では無いのだ。
「滅茶苦茶手強い相手だって言ったでしょ」
「そういう事情なら始めから言え。何が口コミ大作戦だ。下手をしたら国中どころか太陽系中が動くぞ!」
 α・シリウスが怒鳴ると、リンダも負けじと言い返す。
「大事な友人の身元を簡単に話す訳無いでしょ!」

 Ω・クレメントは黙って2人のやりとりを聞いていたが、静かに胸ポケットから端末シートを取りだした。
 喧嘩を始めかねない2人に黙る様に言うと、数種類の暗号と個人認証をシートに読み込ます。
「夜分申し訳有りません。大統領、お久しぶりです。Ω・クレメントです」
 は? という顔をするリンダの口をα・シリウスが急いで両手で塞ぐ。
「お元気そうで何よりです。……ありがとうございます。少々お願いがありまして」
 Ω・クレメントは笑いながら自分の席に戻って行く。
「これからしばらくの間ワシントンDCとニューヨークが、いえ、もしかしたら太陽系中が騒がしくなるかもしれません。大統領のご助力をお願いしたく、……はい。以前から大統領が大変お心を痛められていた例の違法麻薬製造事件がらみです」
 リンダの視線を受けて、α・シリウスは今だけは我慢しろと視線だけで合図を送る。
「ご配慮感謝いたします。では失礼いたします」
 Ω・クレメントが通信を切ると、α・シリウスもリンダを開放する。
 何かを言いたげなリンダの顔を見て、Ω・クレメントは少しだけ意地が悪そうな笑顔を見せた。
「大人には大人の道の通し方が有る。レディ・サラ、大統領の了解は取った。存分にやりたまえ。α・シリウス、大統領からの伝言だ。あの最悪の事件の真相を民間人に知られるな。レディ・サラと常に行動を共にして全ての情報を検分しろ」
「「はい」」
 同時に返事をしたのは良いが、Ω・クレメントの言葉に引っかかりを覚えてα・シリウスは顎に手を掛ける。

 リンダは喜々として留守モードにしていた電話回線を元に戻した。
『はぁ。やっと繋がったか』
「ジェイムズ、あなた何してるのよ」
 リンダはわずか15分間留守モード状態にしていた間のジェイムズからの通信記録を見て呆れたと声を上げる。
「メッセージを残してくれれば良かったのに、159回って……」
『そう。160回目にして漸く君を直接掴まえられた訳だ。面白そうなネタを見つけたね。これは僕も負けられないな。事件そのものより、君がどういう経緯でこの決断に至ったかの方が、僕としては興味を惹かれるけどね』
「手近な事件で宿題をさっさと済ましたいだけよ。忙しいんだから用件がそれだけなら切るわよ」
『待った。待った。相変わらず気が短いな。そんな君から1度も首位を取り上げられなかったのは未だに悔しいね』
「たまたまあなたと同時期に犯罪心理学Iを取ったのはわたしの責任じゃ無いわよ」
『それはそうだね。さて、そんな君にプレゼントをあげよう。ちょっと大量のデータになるからダウンロード用にスペースを作ってくれないか』
「わかったわ」
 リンダは手元の端末を操作して新しいメモリーシートを用意する。
「どうぞ」という声と同時に一気にリンダの元に数千人分のデータが入ってくる。
『君がアンブレラI号に居た前後にあそこに居た職員、停泊していた船の宇宙飛行士、更に民間利用者のリストだ』
「……どこからこんな物を手に入れたのよ?」
『そこは深く聞かないで欲しいね。さて、それともう1つ面白い情報もつけてあげよう。アンブレラI号とII号の間に、ここ5年ばかり明らかにおかしい人と物資の出入りが有る。君ならそれを見つけられるだろう』
 リンダはジェイムズからのリストにアンブレラII号の利用者リストまで有るのを見つけて素直に礼を言った。
「ありがとう。ジェイムズ、とても助かるわ」
『どういたしまして。この礼は次の週末にデートという事で……』
 そこまで聞いた瞬間リンダは黙って回線を切ってメールを送る。
『ニーナに言いつけるわよ!』
 ジェイムズは高校時代からの同級生で成績が良く性格も明るい好青年だが、少々女癖が悪いという欠点が有る。
 婚約者の名前を出されたらさすがのジェイムズも黙るだろうと、リンダは冷酷にも判断してデータには感謝もしつつ軽い脅しを入れた。

「まさか24時間あのサラに張り付いていろと?」
「子供達がどこでどういう情報を手にするか判らない。何が有っても公式見解前に事件の真相を知られるのは避けなければならんだろう。相手は子供とは言え半端な連中じゃ無いんだ」
 リンダが顔を上げるとα・シリウスとΩ・クレメントが小声で言い争っていた。
「何なの?」
 マザーがそれに応じる様にリンダの横に移動した。
『α・シリウスにレディ・サラと事件解決まで24時間行動を共にする様にとΩ・クレメントが命令を出したのですよ』
「へぇ、24時間休み無しなの……ってちょっと待ってよ。それってうちにシリが泊まり込むとか学院まで付いてくるとか言うんじゃ無いでしょうね」
『Ω・クレメントはそのおつもりです』
 リンダが直接反論しようと立ち上がると、マザーがリンダの前に素早く立ち塞がった。
『レディ・サラ、あなたはたとえ偶然でも「あの」映像をあなたのご友人達が見る事をお望みですか?』
 リンダが一気に青ざめて首を横に振るとマザーはゆっくり頷いた。
『この事件の全容を知るα・シリウスが監視に入るのは、そんな悲劇を防ぐ為でも有ります。先程からわたくしに不正アクセスをする動きが有ります。もちろん、これはあなたのご友人達では有りません。むしろ普通の学生達であるあなた方の素早い行動に気付いて、慌てた犯人側が動いていると思われます。主なハッキングキーワードは「リンダ・コンウェル」なのですから』
 マザーの言葉を聞いて言い合いをしていたα・シリウスとΩ・クレメントがソファーに駆け寄ってくる。
「マザー、何処からだ?」
「全てのデータブロックは出来ているな?」
 2人の問い掛けにマザーも素早く答える。
『場所特定まではできません。時間軸がわたくし達とは違う様です。おそらく高速で移動中の宇宙船からでしょう。データはレディ・サラの強い希望により「リンダ・コンウェル嬢が本日問い合わせにUSA支部を訪れた」という情報だけを故意に洩らしています。この情報がUSA支部から出ればリンダ・コンウェル嬢が本気だと犯人側にも伝わるでしょう』
「完全にサラを奴らの囮にする気なのか?」
 驚いたα・シリウスが声を荒げると、マザーは当然という顔をする。
『α・シリウス、あなたの申請書を許可した段階でわたくし達は再び「リンダ・コンウェル嬢」を事件の渦中に投げ込んでいるのよ。レディ・サラの勇気と決意の強さを尊重してください』
 α・シリウスはまさかという思いで見ると、リンダは静かに笑っていた。
「サラ……この馬鹿!」
 Ω・クレメントが漸く事の重大さに気付いたのかとα・シリウスの肩に手を置く。
「ああ、やりますよ。リンダ・コンウェル嬢の24時間護衛と周囲の監視、早期事件解決の為、パートナー・レディ・サラが作成した作戦の実行。α・シリウス、拝命します」
「んな事しなくていいーっ!」

 顔を真っ赤に染めて反対したのは、初めに作戦を立てたはずのリンダ本人だった。


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