Rowdy Ladyシリーズ 1 『Lady Salamander』
9.
午前の講義が終わり、リンダは口元を押さえて大きな欠伸をした。
昨夜α・シリウスに車で自宅まで送って貰い、ベッドに入ったのは午前3時を回っていた。
あの厳しいケインが全く怒らずに玄関先でリンダを出迎え、そのまま部屋に戻れと言われた。
その後ケインとα・シリウスは2、3言言葉を交わしていたが、リンダのピアスを通しても社交辞令的挨拶以上の内容は聞き取れなかった。
眠たい目を擦りながら朝食の席に着くと、ケインはいつもどおり執事のマイケルと話していた。
この父は化け物か? と心の中で呟いていると、子供の頃から世話になっているコンウェル家専属のホーム・ドクターで精神科医のサムが、「めっ!」という顔でリンダの顔を見つめているのに気が付いた。
歳はかなり離れているが、幼い頃から兄とも慕うサムにも昨夜はずいぶんと心配を掛けたのだろうと、リンダは視線だけで「ごめんなさい」と伝えた。
わずかな表情の変化から感情を読むのが上手いサムは「宜しい」と笑顔を向ける。
リンダの主治医になった頃は青年だったサムも今では家庭を持ち、コンウェル家に近い高級マンションに家族と暮らしている。
日頃は自宅で家族と朝食を摂るサムがこうして自分達と朝食を共にしているという事は、どうやら昨夜はコンウェル家に泊まったらしい。
サムの家族にも悪い事をしてしまったと、リンダは昨夜は思いもしなかった罪悪感をひしひしと感じた。
執事のマイケルや他の使用人達も疲れているだろうに、いつもと変わらない笑顔をリンダに向ける。
それこそが自分への厳しい罰になっているのだとリンダが気付いたのは、昼食を摂る為に友人達とカフェテラスに腰を落ち着けた時だった。
「リンダ、体調でも悪いの?」
「え? 普通よ」
「そう? でも顔色が悪いわ。食欲もいつもより無いみたい」
人一倍気の優しいジェニファーがブロンドの髪を揺るがせて、コーヒーを飲むリンダの顔を覗き込んだ。
「午前の講義中はとても眠そうにしていたわね。あなたらしく無い姿だったわ」
「ばれていたの。相変わらず鋭いわね」
「長い付き合いなんだから当然よ。悩み事だったら何でも聞くわよ。それがたとえわたしが取っていない講義の内容だとしてもね」
いたずらを見咎められた子供の様な顔をするリンダに、交流が広くどの学部にも親しい友人が居るアンが誇らしげに胸を張る。
「テスト期間中やレポート締め切り前数日間は徹夜をしても平気で、勉強好きのリンダが講義中に居眠り? 本当にらしくないわね」
「眠たかったけど本当に寝てはいないわよ」
リンダの抗議には耳を貸さず、うーんと呻って両手を組んでいたキャサリンが、思いついたと両手を合わせた。
「ずばり、男がらみの悩みでしょう?」
ぶっとコーヒーを噴き出してリンダが激しく咳き込む。
「あ、焦ったわ。絶対怪しい」
「キャッシー、勘弁してよ。どこからそんな発想が出るの?」
「今のどう思う?」
2人のやりとりを鋭い目で見ていたアンが話を振ると、ジェニファーが少しだけ首を傾げて同意した。
「リンダは恋愛慣れしていないから、そういう事も有りえるわね」
「そこ。勝手に決めないで」
頬を染めて激しく抗議をするリンダに、友人達は笑って肩を叩いた。
「リーンダ、困った事が有ったらお姉さん達に正直に何でも相談するのよ」とキャサリン。
「子供の頃から仕事と勉強ばかりしているから、その歳まで全く経験が無いのよ。年長者の話は聞いておくものよ」とアン。
「超奥手のリンダの心を射止められる男性ってどんな方なのかしら? 1度会ってみたいわ」とジェニファー。
完全に遊ばれているとリンダは思ったが、この2つ年上の友人達にはどうしても頭が上がらない。
リンダは信頼の置ける友人は多いが『奇跡のリンダ』の真の実力を知っていても尚、普通の少女として接してくれる友人となるとどうしても限られてくる。
顔に似合わず冗談好きの3人がどこまで本気で言っているのかまでは読めない。
それでも自分を心配してくれている気持ちは充分に伝わってくるので、リンダは苦笑するしか無かった。
「じゃあ、リンダが初デートする時はわたし達が保護者として同伴という事でどう? リンダの洞察力を疑っていないけど、なにせ経験不足だから」とキャサリン。
「弟から挨拶を受けるお姉さんの気持ちを味わえるって事ね。素敵だわ。わたしは末っ子だから憧れだったの。でも、そういう話ならわたしも手加減はしないわ」とジェニファー。
「わたし達のめがねにかなわない様な男だったら、どんな方法を使っても追い払ってあげるわ。可愛いリンダの為だもの。さしずめわたし達はアフロディテの戦士ってところかしらね。そういうのも素敵だわ」とアン。
あ、皆、全部本気なのね……。
リンダは真剣に頭を抱えたくなったが、周囲に多くの人目が有るので何とか耐えた。
自分が唯一、友人達に完敗してしまうのが男性経験だとリンダにも自覚が有る。
しかし、やるべき事が多すぎて恋愛に意識を向ける暇も、心の余裕も全く無いというのが本音だった。
愛すべき友人達の勘違いも、これまで恋愛に最も縁遠い生活を送っている自分にささやかな期待を持っているのだと判るだけに怒れない。
方向性は全く違うがたしかにリンダは現在男性問題で悩みを抱えており、頭の中でシミュレーションを繰り返していた為に昨夜はベッドに入ってからも全く眠れなかった。
もっとも、友人達が言う恋などという色っぽい悩みでは無く、α・シリウスの攻略方法を練っていたのである。
相手はα級刑事、観察眼も洞察力も生半可では無い。
それが判ったからこそ、昨夜は手の内の一部をα・シリウスに見せた。
たとえ大切な顧客の太陽系警察機構職員でも、一緒に活動する際にうかつな行動を取って機密を知られる訳にはいかない。
リンダのコンタクトレンズの性能に遙かに及ばないが、完璧に不可視ゴーグルを使いこなせる相手を前にして悟られずにどれだけの事がやれるのか、これはリンダにとって新しい挑戦だった。
リンダが学校で友人達に遊ばれていたほぼ同時刻、α・シリウスは昨夜ケインから『熱心に』昼食に招待されてコンウェル家を訪れていた。
門の前まで専用車で乗り付け、車を降りて名乗る前に自動的に門が内向きに開いた。
見晴らしの良い柵や美しい庭園を通して外部から邸宅が丸見えになっているが、同時に敷地の前を通ったり訪れる者も身を隠す事が一切出来ない。
コンウェル家が面する高級住宅街の通りは、どの家も高くて3階建てまでに収まっており、景観を損ねない事の他に、死角が無い様にと計算されつくした上で整備されている。
一昨日、厳しいセキュリティをくぐり抜けてリンダに手紙を届けられたのも、衛星軌道から24時間体勢で2週間に渡って周囲の監視を続けた結果、見知らぬ人間が近付くのは不可能と判断したマザーが、よく訓練された鳥に玄関まで運ばせるという古典的な方法を選んだからだ。
それでも鳥に運ばせたのが簡素なメッセージシートでは無く、精巧な小形爆弾の類で有ったら、この通りから100メートル以内に近寄っただけで低高度衛星軌道から撃墜されていただろう。
ケイン・コンウェルも含めて地元の名士達が住むこの地区は、宇宙から護られている美しい要塞なのだ。
α・シリウスはやや緊張した面持ちで車を走らせ、誘導に従って玄関横の駐車場に停める。
落ち着いた色彩の階段を登ると玄関前には50歳前後と思われる上品な紳士が立っていた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
紳士に先導されボディチェックも一切受けずに、ホールから2階への階段を『自分の足』で登っていく。
昨夜のリンダもそうだったが、上流階級の家ほど常に整備されているエレベータなどの機械は使わずに人力を惜しみなく使う。
視界に入る使用人達にもロボットの姿は1体も見えない。
乗っ取りやハッキングされる事を警戒しての処置だろうがとにかく金が掛かる。
これだから金持ちは……と不可視ゴーグルの下でα・シリウスは眉間に皺を寄せた。
手の込んだ美しい石造りの階段や木彫の廊下は、太陽系警察機構の数倍の金とセキュリティレベルを持つ防衛施設で、支給品のゴーグルが敷地に入って以降ランダムなエネルギーの流れしか掴めない。
納入元とはいえコンウェル財団の技術力の凄まじさを実感して、α・シリウスは手の平に汗をかいた。
平然とリンダが身に着けている装備レベルも同じなのだろうかとまで思い至り、α・シリウスは自然と沸き上がってくる怒りを抑えるのに苦労していた。
昨夜リンダの意志とは関係なく見せられた数々の装備の凄まじさは、α・シリウスの予想範疇をはるかに超えていた。
リンダは意識的に最小限の自己防衛にしか使わないが、あのサイズでは到底信じられない程の威力を持った立派な兵器ばかりだ。
太陽系防衛機構(通称、宇宙軍)でも、あれほどのステルス機能と攻撃力を持つ小形個人兵器は持っていない。
今更本音は心配だったからと打ち明けても、あの意地っ張りでプロ意識の高いパートナーは絶対に口を割らないだろう。
リンダが身に着けている装備はどう考えても人体実験としか思え無い。
『奇跡のリンダ』とはよくも言ったものだと、α・シリウスの足は知らず速まっていった。
監視カメラを通して一部始終を見ていた中年の男は、微笑してセキュリティ・ルームを後にした。
広いダイニング・ルームに通されたα・シリウスは、ケイン・コンウェルの姿を見つけて手袋とゴーグルを外す。
これを機会にケインの信頼を得て上手く話を進める予定だったはずが、本人を前にして出た言葉は「お前はそれでも父親か?」だった。
素顔を見せたα・シリウスに敬意を表して手を差し出したケインは、昨夜の会話からは全く予想外の反応に、逆に興味を覚えて少しだけ笑みを浮かべた。
「なるほど。噂どおりの口の悪さだ。さて、この手は何処に行けば良いのかな?」
怒っている自分をわざとからかう口調はマザーを彷彿させる。
少し癖の有る明るい紅茶色の髪は今日も綺麗にセットされ、エメラルド・グリーンの瞳も強い意志で輝いている。
モニター越しでは気付けなかったが、長身の自分より僅かに低い身長、一見スマートなスーツの下は鍛え上げられた筋肉の塊だろうとα・シリウスは思った。
『どんな時でも最低限の礼儀だけは忘れては駄目よ。あなたはいつもそれで損をしているのだから、初めて訪問するお宅には充分気を付けて行くのよ』
こんな時までマザーの小言の幻聴が聞こえると、顔をしかめながらα・シリウスは渋々ケインの手を取って「大変失礼しました。ご招待ありがとうございます」とだけ言った。
「ずいぶんな挨拶だったが、私がリンダの父として応しく無いと君が思った理由は何だ?」
自分が言い出した事とはいえ、いきなり切り返されてα・シリウスは言葉に詰まった。
「ケイン、そういう込み入った話は食事の後でも良いだろう」
突然明るい声と共に中年の男が入って来てα・シリウスは慌ててゴーグルで顔を隠す。
「誰も入るなと言っておいたはずだぞ」
咎める様な口調のケインにサムは軽くウインクを返す。
「どうやら僕も同席した方が良さそうだと思ってね。マイケルに食事の追加を頼んでしまったよ」
「君がそう判断したという事は……ふむ。彼の怒りの矛先が突然私に向いた理由が多少は判る気がするぞ」
何が起こったのか全く判らないα・シリウスは、2人に悟られない様に気配を抑えてゆっくりと重心を移動させて身構える。
「ああ、君。シリウス君だったよね。初めまして。僕は怪しい者じゃ無いよ。そんなに堅くならなくて良いから」
怖くないよーと笑って軽く手を振るサムの肩をケインが頭を振りながら軽く叩く。
「彼の警戒を更に強めてどうする。紹介しよう。彼はうちのホームドクターだ。信用出来る人物だから顔を無理に隠さなくて良い」
「初めまして。……サム・リード、38歳。11年前の事件以降コンウェル家専属になった精神科医?」
ゴーグルを外してα・シリウスはサムの顔を見返した。
この家の中ではゴーグルは顔を隠す以上の役には立たない。
この分だとBLMSに情報を残す事も妨害されているだろう。
じっくり観察しようと思ったら、裸眼の方がしっかり相手を見る事ができる。
「そのとおり。よく調べて有るじゃないか。何だ。思ってたより太陽系警察機構も無能じゃ無いね」
「サム、君はまだあの大ボケ刑事達を太陽系警察機構の基準にしているのか?」
「あれで2人共β級と言うんだからね。全く笑っちゃうよ。ショック状態から立ち直っていない何の罪も無い小さな女の子を泣かせた馬鹿共を、医者として何年経とうが到底許す気にはならないね」
「……」
どうやら「鮮血のクリスマス事件」の際に太陽系警察機構の当時の担当官が不用意な行動を取ってコンウェル家を激怒させた事を言っているらしいが、初対面の相手を前にして普通はここまで言うだろうかとα・シリウスは首を傾げた。
わずかな公式の記録では、母ジェシカの死亡後は主にこの2人がリンダを育てた事になっている。
リンダの遠慮の欠片も無い口の悪さもこの2人を見れば納得がいくと、α・シリウスは自分の上司を上司とも思わない口の悪さは綺麗に棚上げして小さく溜息をつく。
「だか、しかーし。シリウス君は僕が直接会うだけの価値が有ると踏んだんだが、ケイン、君の勘はどうだい?」
「……私も気に入ったから呼んだと答えれば満足か? リンダも彼の事を信用している」
「なら何も問題は無いね。先ずはお互い理解を深めつつ食事を楽しんでから、ゆっくりとビジネスの話をしよう。せっかくのランチタイムにつまらない話をするのは勿体無いからね」
サムが扉を開けるとそこには料理が載せられたワゴンが置いてあった。
「人払いをしてあるから僕が給仕をするよ。シリウス君、好きな所に座って良いよ」
α・シリウスはサムにリンダの超マイペース性格の原点を見てしまった気がして頭を抱えたくなった。
「オニオンスープに生ハムとサーモンにレタスのオープンサンドウィッチだ。飲み物はコーヒー、紅茶、それともワインが良いかな?」
にこにこと悪気の無い笑顔を向けられてα・シリウスも開き直る事にした。
「ホットコーヒーをブラックでお願いします」
「おや、リンダと好みが同じだね。うん、嗜好が合うのは良い事だ。理解を深めるきっかけになる。我々も君に付き合おう」
ワゴンからカップを取ったサムにケインがきつく釘を刺す。
「サム、今は華麗なテーブルクロスさばきを披露してくれるなよ。あれはたまーにお茶の時間だけの冗談でやってくれ。昼食を台無しにされたくない」
「それは残念だな。是非シリウス君にも見て欲しかったのに」
ど下手くそという意味だな、とα・シリウスは心の中でツッコミを入れる。
このままずるずると彼らのテンポに流されては昨夜の二の舞だとα・シリウスは気持ちを引き締めた。
(マザー+サラ)×2……いや、1個体当たりのパワーが強いから2乗か? 中年仲間でΩ・クレメント×人数分の2。
当事者全員が聞いたら確実に拳の2、3発は喰らいそうな事を考えながら、思考力低下を抑えていたα・シリウスは、ケインやサムからテーブル半分の距離を置いた席に座った。
相手に呑まれずに自分を保てるギリギリの距離、これ以上離れればおそらく小心者と判断され、近付き過ぎれば何か裏が有るのかと疑われる。
α・シリウスの手には昨夜リンダが署名した契約書のコピーが有り、強引に誘われたとはいえ此処に訪れたのは、リンダが刑事として働く事をケイン・コンウェルから承諾を貰う必要が有ったからだ。
しかし、コンウェル家の軍事要塞を凌駕する設備を見てしまった今では、到底友好的な態度は取れそうもない。
彼らの一見好意的な態度や軽口すら、自分を騙そうとしているのではないかと疑うほど、嫌悪感を感じている。
サム・リードは20代にして屈指の精神科医と唱われた人物で、自分の嘘など到底通用しない。
将来を嘱望されたサムが必死で引き留めた大病院をあっさり辞して、リンダの主治医になった経緯も判らない。
サム・リードにとって記憶を無くしたリンダはそれほど魅力的な研究対象だったのだろうか?
ケイン・コンウェルとサム・リードとの間に何か特別な契約でも有るのかもしれない。
思考を180度変えて好意的に見れば、ケインのリンダへの愛情が深い故に金を惜しまず優秀なサムをずっとリンダの側に置いているのかもしれないと考えられる。
リンダの過剰過ぎる装備も大事な1人娘をどんな手段を使ってでも護ろうという親の愛情かもしれない。
大義名分が有るとはいえ、ビジネスの為に新型兵器の実験体として娘を使っている冷徹な男と、目の前に居るケインがどうしても印象が重ならない。
勘が上手く働かないと、堅い表情を崩さないまま瞳だけで迷うα・シリウスをサムは見逃さなかった。
食後の2杯目のコーヒーを注がれた時、ケインが数枚のメモリーシートと封筒をテーブルの上に出した。
「20歳で警察大学を主席で卒業。太陽系警察機構に就職し、半年間はUSA支部で研修、木星支部で更に半年、異例の短期間で研修を終えてα級刑事と認定される。なかなか立派な経歴だな」
「私を調べたのですか?」
カップをテーブルの上に置いて緊張した声を上げるα・シリウスにケインはにやりと笑ってみせる。
「親馬鹿と笑ってくれても良い。父親とは娘に近寄る男の事はどんな些細な情報でも全て知っておきたいものだ。そちらもここ2週間ばかり空からうちを覗いていたんだ。お互い様だろう」
「偵察衛星に気付いていたんですか?」
作戦が初めからばれていたのかと、だったら何故リンダは昨日ホテルに現れたのか? とα・シリウスは動揺する。
「うるさいハエが飛び回っているのは気付いていたが、正体は昨夜までどうしても掴めなかったのでこちらも静観していた。太陽系警察機構のマザー達もなかなかやってくれる」
暇を持て余したサムがテーブルのメモリーシートを数枚手に取って読み上げる。
「5歳の時に両親を事故で亡くしている。天涯孤独の身で太陽系警察機構に保護されて、附属の寮に住みながら初等部から大学まで過ごすと。おや、身元引き受け人がΩ・クレメントなのかい。なるほど、君は彼の秘蔵っ子って訳だ。よほど子供の頃から優秀だったのかな」
「……なっ!?」
機密扱いでは無いとはいえ、太陽系警察機構内でもごく一部の者しか知らない事実をこれほど短時間に簡単に暴かれ、α・シリウスはコンウェル財団の情報収集能力に驚愕する。
「此処に、後2枚のカードが有る。君の出生や更に詳細な個人情報とご家族に関わる内容らしく、頼んでもいないのに不正な手段で送りつけられた物だ。幸い暗号化されていたのでこれは私達も読んでいない。何処にでも人を蹴落とそうとする馬鹿は居るものだな。α・シリウス、君ならこのカードをどう処理する?」
検分する目でケインに問い掛けられ、α・シリウスは唾を飲み込んで答えた。
「私なら個人情報はマザーに預けた上でシートから抹消し、その情報を知り得る立場と、送信記録を頼りに相手を突きとめて逮捕します。1度そういう行動を起こした者は同様の犯罪を犯している可能性が高い」
「自分の都合の悪い事は隠しちゃうんだ?」
サムが小馬鹿にした顔をしてα・シリウスを横目で見つめる。
「それが私の個人情報で有るかどうかは問題では有りません。事故被害者のプライバシーは絶対に守られるべきで有り、私達の捜査によって2重に傷付ける事は許されません。私達の仕事は犯罪者を捕らえ、それ以上被害を広めない事だけです。太陽系警察機構規約により、被害者の保護は最優先されます」
自分の個人情報を暴かれた事で怒りに我を忘れる事は無く、淡々と刑事としての理念を唱えるα・シリウスにケインとサムは優しい目を向けた。
「ではこの2枚は君に預けよう。どう使うかは君の自由だ」
指紋などが一切付かない様にシートにくるまれた封筒をケインが差し出した。
「それで残りのカードなんだけどね」
サムがにっこり笑って空になった皿の上に先程まで持っていたシートを無造作に置く。
「邪魔だから燃やしちゃおうね」
という声と同時にテーブルに有った調理用ライターで火を付ける。
唖然とするα・シリウスに、サムは青く光る炎を前にして軽くウインクをした。
「だって、こんな物を残してうっかり僕の可愛いリンダに見せたくないよ。シリウス君、君もそう思うだろう?」
「あ、はい」
「うん。正直で宜しい」
つられて頷いたα・シリウスの頭を撫でようとしたサムの手は、さすがにそれは嫌だと本人に避けられた。
コーヒーを飲みながら2人のやりとりを静かに見ていたケインが、カップを置いて低く落ち着いた声で告げる。
「さて、前置きはこれらいにして本題に入ろう。USA支部α級刑事シリウス。太陽系警察機構が私の大事な娘にどんな目的が有って近付いたのか、そして何をしようとしているのか、正直に全部話して貰おうか」
完全にしてやられた!
α・シリウスは呆然と今は笑顔を消した2人と向き合った。
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