Rowdy Ladyシリーズ 1 『Lady Salamander』

7.

 α・シリウスが壁に指を滑らせると、壊れた部屋の調度が自動的に全て片付けられ、元通りの状態に戻された。
 リンダの特殊なコンタクトレンズが、α・シリウスの触れた部分に有るマザーに直結するパネルを正確に映し出す。悪い事とは思いつつ経理コンピュータにハッキングして、自分が壊してしまった損害額を知ると更に青くなった。
「せめて折半。それくらいは出させて。壊したのはわたしだから」
 初めて見るリンダのしおらしい姿に、α・シリウスは思わず吹き出して苦笑した。
「お前さんが身体に付けている装備のどれか1つでも使って壊したのなら、罰代わりに全額を払わせるつもりだったんだが……」
 そう言いながら新しく用意されたコーヒーをリンダに差し出す。
「あの時のお前さんは自分の肉体だけを使って7センチの厚みが有るテーブルを叩き割った。俺のゴーグルはお前さんの装備に比べたらおもちゃみたいな物だろうが、フルに使えばエネルギーの動きくらいは正確に読める」
「あなたがそのゴーグルの機能を完全に使いこなしているのなら可能ね」
 リンダが納得したと頷いてカップを受け取り、クッションに腰掛けた。
 太陽系警察機構の刑事達が身に着けているゴーグルは、コンウェル社が開発して納入している物だ。商品化前の最終テストモニターを勤めたリンダは、不可視ゴーグルの全ての機能を記憶している。

 この少女は一体どれだけの情報を所持して記憶までしているのかと、少しだけ眉間に皺を寄せてα・シリウスが呟いた。
「今度はそっちが吐け」
「え?」
 リンダが何の事かと首を傾げると、α・シリウスはリンダの変わった形をした銀色の髪飾りを指さした。
「お前さんが身に着けている装備一式を、包み隠さずに全部教えろ」
「えっち」
 速攻のしかも方向違いのツッコミに、α・シリウスはぐらりと身体を傾けて、テーブルに頭をぶつけた。
「誰がえっちだ? これからの共同作戦を立てるのに必要だからに決まってるだろうが」
「大変申し訳ございませんが、これ以上は弊社の企業秘密に触れますのでお答えできません。お客様にはご理解の程宜しくお願いいたします」
「お前は馬鹿かーーーーーーーーーーっ!?」
 いたずらっ子の顔から真面目な企業人の顔になり、極上の営業スマイルまで見せるリンダに、今度はα・シリウスが切れて怒鳴り声を上げた。

 α・シリウスの見幕に圧された訳では無いが、これ以上からかうと血管が切れそうだと思ったリンダは、立ち上がって胸ポケットから透明の防護手袋を出して両手にはめると、髪飾りから3メートル程の長さで細い半透明のロープを抜いた。
「これはアンブレラI号で見たわね。電磁鞭よ。炭素分子に電導体を組み込んだ紐を織り込んで有るの。握り方によって強度と電圧が変わるわ」
 説明しながらリンダは鞭を髪飾りに刺し戻して、今度は髪飾り全体を外す。
 ホテルの地下駐車場では気付かなかったが、リンダの頭部には髪飾りの下に帯状のリングがはめられているのにα・シリウスは気付いた。
 ゴーグルの分析能力をフルに使わなければ、到底気付けないほどの透明さと薄さだった。
 リンダは髪飾りを1振りして2メートル程の細い棒に姿を変えた。
「これも炭素分子に電導体を組み込み、様々な機能を盛り込んだ紐を組み合わせて作られているわ。電圧によって長さや硬度が変わるの。使い方はさっきホテルで見たとおり。これ以上は話せないわ。そして……」
 リンダは素早く昆を髪飾りに戻して頭に巻き、α・シリウスに向かってひょいひょいと指を動かしこっちに来てと伝えた。
 α・シリウスが何事かと立ち上がってリンダの横に立つと、リンダは吐息だけで『フィールド・大いなる一歩(対6Gモード)』と呟いた。
 その直後、α・シリウスは突然高重力の壁に倒されて全身が床に押し付けられる。
「あだだだだ……」
 咄嗟の事に何の対処もしていなかったα・シリウスが情けない声を上げると、リンダが再び吐息で『フィールド・ノーマル(防御モード)』と呟いて重力の壁からα・シリウスを開放する。
「これがあなたが1番知りたかった能力でしょ?」
 床に強制的に横たわらされたα・シリウスの側にしゃがむとリンダはにっこりと微笑んだ。
「重力場発生装置か……コンウェル社が開発していると聞いていたが、完成していたんだな」
 悲鳴を上げる筋肉と骨を強引に黙らせると、α・シリウスは気力とプライドだけで上体を起こした。
「まさか。あれはまだ実験室の外を出ていないわ。わたしが使っているのは力場発生装置。「カーリダーザ(軌道エレベータ建造)計画」でバランサーとして使われている物の小形版よ。もちろん発生原理も機能の全容は部外秘。あなたとパートナーを組むにしても、宇宙開発計画やコンウェル財団の極秘事項まではわたしの一存で明かせないわ」

 α・シリウスが溜息をついてきしむ肩や首を回していると、目の前に手が差し出された。
「あなたが今受けた重力は約6G。どれほど訓練を積んだ宇宙飛行士でも、一瞬は動きを封じられるわ。今までこの攻撃に耐えられた人をわたし以外では4人しか知らない。特別な訓練を受けていないあなたが気に病む事は無いわ」
 リンダの手を取って立ち上がったα・シリウスはその「4人」に思い当たる節が有ったが、即座に思考から追い出した。
 誰にでも「これだけは無かった事にしたい」という思い出が1つや2つは有るものである。
「わたしの権限で話せる事は全部話したわ。わたしの方ももう1度聞いて良い?」
「何をだ?」
 ソファーに腰掛けてまだ残っていたコーヒーで咽を潤すと、α・シリウスは顔を上げてリンダに向き直った。
「あなたが頑なに話してくれようとしない「アンブレラI号事件」の真相よ」

 大きな音を立ててα・シリウスはコーヒーカップをソーサーの上に落とす。
 どんな状況に陥っても人を殺せないリンダは「この仕事に向かないから」という理由で説得が出来ると考えていた為に、「本気」だと告げられてもまだ自分自身が話す覚悟が出来ていなかったのだ。動揺で指先が震え、潤したばかりの口が渇きを覚える。
 リンダは僅かな動きや呼吸音にまで集中してα・シリウスを見つめていた。
 刑事という仕事の過酷さを覚悟の上でパートナーになる事を選択し、α・シリウスを信用してこちらの持ち札の一部は開示した。
 後はα・シリウスが自分を信じられるか、というより、リンダ・コンウェルという存在を認められるかどうかに掛かっている。
 α級刑事が特別待遇措置の単独任務中だったとはいえ、民間人を同意無しで巻き込んで命の危険に晒したほどの事件。
 これまでの会話からリンダはα・シリウスが決して自ら進んで民間人を利用する様な人物では無いと確信している。
 そうでなければあれほど真剣に自分を刑事の仕事から遠ざけようとする理由が納得出来ない。

 どれ程の時間が経ったのか。
 α・シリウスが重い口を開いた時、2人のコーヒーは冷め切って香りも無くなっていた。
「これから話す事はお前さんにはかなり辛い話だと思う。覚悟をしておいてくれ」
 視線を落として呟くα・シリウスに、リンダは「分かったわ」とだけ答えた。
「太陽系警察機構がこの事件を知ったのは3年前だ。木星圏より外洋労働者の間である種の薬が取引されていたんだ。現在の技術では大型輸送船が地球から木星圏まで行くのに、最短で3週間は掛かる。年々環境が整備されているとはいえ、外洋での労働がどれ程肉体、精神面に負担が掛かるか想像できるか?」
 リンダは自分が持っている情報から慎重に言葉を選んで答える。
「外洋労働者は企業との個人契約が圧倒的に多いから、往復の旅費は基本的に労働者の個人負担。その費用の回収とできるだけ短期間で多額の報酬を得る為に、1度外洋へ労働者が出て行って帰ってくるのは最低でも3年後と聞いているわ。長い人は10年以上も帰って来ないそうよ。資源を発掘する衛星とコロニーや小惑星をくり抜いた居住区を往復するだけの生活。子供だけは地球で産んで育てたいと思う夫婦が多いから、若い男性の単身赴任の割合が今でも大きいわね。唯一の連絡手段である惑星間通信料は高価な上に、タイムラグで双方向会話はさぞかしもどかしいでしょう。単純労働はロボットに任せられてもそれを管理して計画を立て、メンテナンスをするのは人間。誰かが行かなければ人類の文明は継続出来ない。残念ながら辛さから逃れる為に犯罪行為に走る人や自殺者も多いわ」
 内容の重さからか声のトーンを落としながらも滑らかに言葉を紡ぎ出すリンダに感心しつつ、α・シリウスは更に質問をぶつけた。
「そのとおりだ。地球が全く見えない所まで行って精神面で追いつめられる者は多い。もし、副作用の心配が無く、労働意欲と体力が異常に高くなる薬が有ったとしたらどうなると思う?」
「地球に待つ家族が居る人ほどその薬を求めるでしょうね。……でも変だわ。労働基準法で労働者の精神安定を目的とした抗不安剤と向精神剤は会社から無料で支給されて、カウンセリングも定期的に行われているはず。その薬は……非合法の麻薬?」
 犯罪心理学を修めているとはいえ、わずかな情報から核心を突いてくるリンダにα・シリウスは無言で頷いた。
「ますます変ね。外洋労働者の成人には中毒症状や依存性がほとんど無い合法ドラッグの使用が認められているわ。労働免許を取り消されたら元も子も無いのに、わざわざ違法な物に手を出すかしら? それでもあえて犯罪を犯すほどの価値が有るのだとしたら、かなり高価な物になるはずね。高い金を払っても見合うだけの労働能力を得られる。労働基準法では1日16時間連続勤務が限度。それを毎日続けているのだとしたら……細胞活性剤か覚醒剤の類。薬物強化や有機サイボーグ化ならまだしも、副作用が全く無いなんて、そんな薬が存在するのかしら」
 リンダが口元に手を当てて考え込みだすと、α・シリウスは胸ポケットからメモリーシートを取りだし、テーブルに貼り付けて操作した。
 2人の間にモニター映像が映し出され、リンダが「何?」と首を傾げる。
「集中しかけたところを邪魔して悪いが、現物を見た方が早い。分析理解能力の高いお前さんにはこっちの方が良いだろう。これは俺があのBLMSに記録した事件の映像だ。気分が悪くなったらすぐに言え」
「え? ……ええ」
 α・シリウスの真剣な面持ちに、リンダは疑問を感じながらも頷く事しか出来なかった。

 1人乗り用の小型宇宙船が、監視レーダー網を縫う様に小惑星の一角に接舷する。
 画面には宇宙服を着たα・シリウスの手が常に映っている。不可視ゴーグルを通してBLMSへダイレクトに映像を送っているのだろう。
 小形の装置を使って惑星表面のハッチが開けられると狭い部屋に侵入する。
 騒ぎが起こらない所を見ると、侵入の際にコンピュータにハッキングをして自分の存在を容認させる偽装をしたのだとリンダは思った。
 宇宙空間では空気漏れを防ぐ為にあらゆる外部ハッチは最低でも2重構造になっている。
 室内の機密状態を確認すると宇宙服を脱いで部屋の隅に隠し、身軽になったα・シリウスの手がゴーグルからドアの端末にケーブルを差し込む。
 同時に画面左端に小惑星内部3D画像が映し出された。
 画像を回転させて記録を取り、いくつかのコンピュータを跨ぎながらハッキングを続け、全ての情報を吸い出していく。
 単独潜入捜査を続けているα・シリウスには、これくらいの細工は当たり前の事だった。
 この小惑星形プラントの全データを取り込むと更にバックアップを取り、内部へのハッチを開いた。
 細く長い通路がモニターに映し出され、視界は通路の隅を回転しながら走っていくので、この小惑星はほぼ無重力なのだろう。
 ゴーグルに映し出される情報に従って、α・シリウスが監視カメラを上手く避けているのが解る。
 入り組んだ通路を数回曲がり、手近なメンテナンスダクトに入ると視界が一気に暗くなった。
 ゴーグルが暗視モードに切り替わってダクト内が鮮明に映し出される。
 縦横に走るケーブルや配管をくぐり抜け、視線が1つの明かりに近付いていく。
 ゴーグルに『ターゲット』の表示が出て、視界が大きな編み目模様のパネルに固定された。
 焦点が部屋内部に合わさり、様々な物がはっきりと見えてくる。

 部屋の内部は20メートル四方程、人1人が漸く通れるくらいの間隔を開けて、何か細長い物が置かれた薄い架台が10段程重ねられて部屋中に並べられている。
 架台の1つを拡大させると上に乗せられている物が裸の人間の子供だと判った。
 どう見ても5、6歳の少女にしか見えないが、モニターには『No.3890、9年物』と表示されている。
 全身の骨が突き出る程やせ細り、腹だけが異様に膨らんでいる。
 一見して酷い栄養失調と判る姿は、ギリギリの状態で生きているとしか思えない。
 皮膚の状態や筋肉の付き方から、生まれてから1度も風呂にも入れられず、架台から起きあがった事すら無いのだと容易に想像が出来た。
 子供の四肢は架台に固定され、口には架台から出ている太いチューブが入れられて緑色の液体が流され続けている。
 排泄部にもチューブが入れられて自動的に処理されている。

「な……何なの? これ」
 リンダがうわずった声を上げると、α・シリウスは「このまま見ていれば解る」とだけ答えた。
こんな事は絶対に許せない。
 モニターを凝視するリンダの心に怒りの炎が灯る。

 画面端に20分経過と表示された時、カメラに捉えられていた少女の全身が痙攣を起こした。
 硬く閉じられたままだった両目が、これ以上は無いというくらい見開かれて幾筋のも涙を流す。
 暴れようにも四肢は固定されており、筋肉がほとんど付いていない身体は弱々しく震えるだけだった。
 何度か大きく身体を跳ね上げると、少女は両目を開いたまま完全に動かなくなった。
 モニターに『No.3890、生体反応無し』と表示された。
 少女の四肢の拘束が解かれ、チューブが自動的に全て外される。
 天井からクレーンが降りてきて架台ごと少女の身体を隣室に運び去った。
 画面が切り替わり、先程の部屋の隣だと思われる部屋を映し出す。
 様々な器機に囲まれた部屋の中央の架台に少女の死体は乗せられており、ロボットアームがレーザーメスを操り、少女の胴体を喉元から縦に切り開いていく。
 肺と胃などの消化器官が切り取られて廃棄された。
 全方向から高い水圧の液体が内蔵を切り開かれた少女に降り注ぎ、垢や体液を全て洗い流していく。
 切り裂かれた少女の身体は、円筒形のタンクの中に押し込まれ蓋がされた。
 数分後、タンクに繋がったチューブから赤黒い液体が流れ出し、分離器と思われる器機に吸い込まれていった。


 それまで微動だにしなかったリンダが真っ青な顔で突然立ち上がり、両手で口元を押さえた。
 α・シリウスが素早く端末を操作して隣室の洗面所の扉を開ける。
 それに気付いたリンダは洗面所に走り込み、胃の中に有った物を全て吐いた。
 水を流しながら何度も嘔吐を繰り返し、全身の力の抜けたリンダは、壁にもたれてずるずるとへたり込んでいく。
「意地を張るからだ。この馬鹿娘。気分が悪くなる前に言えと言っただろう」
 口調はかなり厳しいもののα・シリウスはリンダの身体を優しく抱き起こし、水の入ったコップとタオルを差し出した。
 リンダはコップの水で何度もうがいをすると、まだ青い顔を冷たい水で洗い流し、タオルで丁寧に拭き取った。
「全てを……」
「ん?」
「全てを見なければならないと思ったの。……アレは何なの?」
 自力で立つ事すらままならない状態でもリンダの瞳だけは力を失わず、α・シリウスの顔を見上げて問い掛ける。
 α・シリウスは大きな溜息をついてゆっくりと言った。
「あれがさっき言っていた麻薬の製造法だ。人間の身体を媒体に使って麻薬を精製していたんだ」
 淡々と告げられた内容を正確に理解したリンダは、α・シリウスの腕の中で完全に意識を失った。


 頭の下にクッションが押し込まれ、額に冷たいタオルが乗せられたところでリンダは意識を取り戻した。
 α・シリウスがほっと息を付いて力の抜けた声を上げた。
「全く参った。メディカル・ルームに運ぼうと思ったんだが、お前さんの身体がいきなり数百キロ近くの重さに変化して支えきれなくなった。俺はモロにお前さんの下敷きになって、重圧から這い出しすので精一杯だったぞ。通信は一切使えなくなるし、ドアは堅く閉じたままで助けを呼びに部屋から出る事すら出来ないときたもんだ。その上、お前さんの様態を見ようにも触ろうとすると、電磁シールドが張られて感電するから近づけない。クッションや濡れタオルが焼けこげもせずに置けたのが不思議なくらいだ」
 言葉を裏付ける様にα・シリウスの頬には数ヶ所青痣と擦り傷が出来ており、指先は軽度の火傷で腫れていた。
「ごめんなさい。わたしが意識を無くしたから、フィールドが自動的にスクランブル・モードに切り替わっちゃったんだわ。側に居たあなたを敵と認識したのね。すぐに元に戻すわ」
 ヒビが入ってしまったゴーグル越しでは何が起こったのか解らないが、いくつかの情報から大体の予想は付く。
「力場発生装置の応用か? 誘拐防止の為にお前さんの脳波に反応して、ガード機能が作動する様にプログラムされているのか」
「まぁ、そんなところ。迷惑を掛けてごめんなさい」
 力無く答えるリンダにα・シリウスは1つ溜息をついた。
「もうお前さんに触れても大丈夫ならソファーに運びたいんだが良いか? お前さんだっていつまでも洗面所の床で寝転がっていたくないだろう」
 リンダが数度瞬きして自力で立ち上がろうをするのを、α・シリウスが肩を押して止めた。
「起きるな。また倒れるからそんな真っ青な顔で動こうとするな。状況を冷静に判断しろ。馬鹿娘」
「……その馬鹿娘って言うのは止めてよ」
「馬鹿だから馬鹿と言った」
 嫌そうに顔をしかめるリンダにα・シリウスは真顔で即答した。
「コード『わたしを月まで連れてって(対1/6Gモード)』」
 このヤロと思いつつ吐息だけでリンダは囁くと、α・シリウスに「じゃあ、悪いけどお願い」と告げた。
 α・シリウスは抱き上げたリンダの異常な軽さに驚きを感じたが、これも力場発生装置の応用だと気付き、リンダをソファーに横たえた。


 ソファーを譲った後はα・シリウスはリラックス効果の有るハーブ・ティーを2つ用意し、それを口に含みながらリンダの顔色が元に戻るのを待った。
 いくぶんリンダの顔色が戻り、上体を起こすと低く静かに声を掛ける。
「映像に気分が悪くなったんじゃ無くて、怒りで腑が煮えくりかえった上に限度を超えて、頭が真っ白になったんだろう?」
 正にそのとおりなのでリンダは無言で頷いた。
「俺があそこに潜入していたわずか5時間の間に、目の前で3人の子供達が死んで麻薬に変えられた。あのプラント内だけでも150人以上の子供達が麻薬の材料として物の様に転がされていた。俺は全ての記録をコピーして……」
 息を飲むリンダから視線を外し、α・シリウスは両手を堅く握って絞り出す様に声を出した。
「この手であの場に居た組織全員を殺した。どうしても奴らを許せなかった。麻薬の原材料を子供達の身体に送り込む装置も破壊したかったが、下手に生命維持装置をいじると逆にショック死しかねなかったからそれには触れられなかった」
 α・シリウスは小さく頭を振って呼吸を整えると話し続けた。
「宇宙船に戻った俺は1番近い木星支部とUSA支部に緊急暗号通信を送り、地球への帰路についた。俺が組織全員を殺した為に、プラントと連絡が取れ無くて調査を始めた組織本部に、太陽系警察機構の動きが知られてしまった。アンブレラII号に着いて以降、俺は組織から執拗に追われた。アンブレラI号で追いつかれ、奴らの入れないVIPラウンジに身を隠したが、それ以上どうしようも無くなった。何が有っても情報を奴らに奪い返される訳にいかなかった。後はお前さんも知ってのとおりだ」
 リンダが無言で真っ直ぐな視線を向けると、α・シリウスは自嘲する様な笑みを浮かべた。
「余計な事をして組織が身を隠す時間を与えた為に、捜査を更に困難にしたと地球に帰ってから嫌みを言わ続けた。しかしアレを目前にした俺は……俺は、自分を抑える事が出来なかった。お前さんにも……ああ、今となっては何を言っても言い訳にしかならないな。この事件は未だ解決の目処が立っていないんだから」
「わたしの事は良いって何度も言ってるでしょ。『奇跡のリンダ』を信じなさいよ。それで、プラントに残された子供達はどうなったの?」
 更に痛い所を突かれてα・シリウスは片手を額に当てる。
「木星支部が全員を引き取った。あそこは太陽系内で最も医療技術が進んでいるだろう。少なくとも半分は助けられると思っていた」
 重い口取りにリンダの顔も緊張する。
「何人が助かったの?」
「全員死んだ」


 リンダは頬を真っ赤に染めて飛び起きると、膝に掛けられていたジャケットをα・シリウスに放り返し、走って部屋を飛び出した。
 真っ直ぐに長官室に走っていくリンダの後を、α・シリウスが慌てて追いかける。
「おい、待て。一体どうしたんだ?」
「どうしたんだ? じゃ無いわよ! まだこの事件は解決していないんでしょう? という事は今も犠牲者が増え続けているという事よね。あなたこそ何をぼんやりしているの?」
「ぼんやりとなんかしていない。俺は期限が切れた今も後方勤務が命ぜられている。この支部から1歩外に出るのもマザーの許可無しには出来ないし複数の護衛付きという条件でだ。今日の護衛達はお前さんが一瞬で倒してしまったんだが……」
 呆れたという顔をしてリンダが走りながら振り返る。
「馬鹿ね。あなたが現場復帰できる条件は何?」
「パートナーを見つけてチームを作る事だ。あ、まさか、お前さんは……」
「そのまさかよ。今すぐに手続きをしてやろうじゃないの。下らないあなたの枷を解き放つわ。パートナー・α・シリウス、1ヶ月半の後方勤務で射撃の腕と身体が鈍ってるなんて言ったら本気でぶっ飛ばすわよ」

 真っ直ぐ差し伸べられた手を、α・シリウスは今度こそ笑顔で握り返した。


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