Rowdy Ladyシリーズ 1 『Lady Salamander』

2.

 リンダは研修期間を終えたばかりの、若く明るい作業着姿の女性職員に先導されてドック方面に進んでいた。
「さすがはリンダ様。踊るように無重力区を自由に動けるのですね。わたしはまともに動ける様になるまで3ヶ月は掛かりました」
 うっとりと自分を見惚れるエリザベスに、内心少しだけ引きながらリンダは当然だと頭を振った。
「大げさだわ。ベス、わたしは子供の頃から度々宇宙に出ているから慣れているだけ」
 リンダが苦笑しながら本来なら手を添える細い進行ベルトの上に行儀悪く腰掛けると、エリザベスは両手を握りしめて頬を染めた。
「まぁ、わたしの名前もご存じなんですね。とても光栄です。リンダ様が社員1人1人の顔と名前を覚えているという噂は本当だったんですね」

……マギー、いつの間に話したのよ。ま、良いけどね。
 リンダが内心を覚られない様に微笑を浮かべると、エリザベスは更に興奮して話し続けた。
「リンダ様はわたし達宇宙空間労働者にとって女神様なんですよー。皆がリンダ様に会いたがったのでくじ引きで決めたんです。わたしはくじ運だけは良いんですよ。かの『奇跡のリンダ』と直接お話できる機会に恵まれるなんて、わたし、絶対、一生、忘れません。今日を記念日にしてカレンダーに記録します」
「光栄だわ」
 目を輝かせていたエリザベスが、はっと気付いた様に口元を抑える。
「あ! すみません。わたしったらリンダ様を呼び捨てにしてしまいましたー。そのぉ、気を悪くされました?」
「危ないからベルトから手を離さないで!」
「振り返らなくて見なくて良いからちゃんと前を見て進んでよ」
 と、エリザベスの盛り上がり方と喜び様を見るとリンダも叱咤する気が起きない。
 経営者の立場として「気にしていないわ。むしろ最高の誉め言葉をありがとう」とだけ答えた。
 データにはエリザベスの事を「整備士としての能力が高く性格も良いが、持ち場を離れると落ち着きが無いという欠点の持ち主」と記載されている。
 エリザベスの上司は部下の事をよく見ているとリンダは合格点を出した。
 裏技を使わなくても記憶力の良いリンダはすでにアンブレラI号のホストコンピュータにこっそりアクセスしてステーション内部の3D図を完全に記憶しており、接舷ドック番号さえ教えて貰えれば1人で宇宙船に行って忘れ物を見つけ、次のプレーン出発時刻までに、ロビーまで帰って来る事など容易に出来る。
 それをあえてエリザベスに言わないのは、自分がどれだけの情報を持っているかを、今もカメラで監視しているステーション側に知られない為だ。
 それでも『奇跡のリンダ』の類い希なる記憶力の伝説の裏付けは、マーガレットやエリザベスの名前を自己紹介される前に言い当てた事で、アンブレラI号内で完全に浸透しただろうとリンダは小さく笑った。

 6歳の時からリンダは『奇跡の』とマスコミや人々から呼ばれ続けている。
 リンダと友人達が護衛を付けずに火星旅行を自由に楽しめたのにも確かな根拠が有る。
『リンダが居る限りそこは安全である』
『リンダに傷を付けようと思うなら、市1つを一瞬で消さない限り不可能』
 と、どこまでが真実でどこまでが噂なのか判らない伝説がリンダを直に知る多くの名士達に信じられているからだった。
 事実、リンダはある年齢以降は護衛を一切付けず、常に自由に1人でどこにでも行っている。
 大企業の会長で有り、「カーリダーザ計画」の総責任者、父ケイン・コンウェルの立場を考えれば、リンダはいつ誘拐やテロの標的となってもおかしくない。
 何度も通学途中や街角でそれらしい事件は有ったが、リンダはかすり傷1つも負わず、何事も無かった様に普通に自分の足と一般交通機関で毎日学院に通ったり遊んでいた。
 噂が事実として周囲に知れ渡るのは、他ならぬまだ子供のリンダ自身が犯人を全員捕らえ、地元警察に身柄を引き渡してはニュースを賑わしてきたからだった。
 現在では『奇跡のリンダ』の名はリンダが作ってきた実績より尾ひれが付いて、更に大きな伝説と化している。
 コンウェル財団は堅実な業績を軸に成長を続けており、政財界から絶対の支持と信頼を得るのにリンダの名も一役買っている。
 アンブレラI号上層部にリンダが憤慨したのは、彼らの対応が自分の能力を信じていないという充分な証だからだ。
 これも営業の内とリンダはステーション内で簡単な名前当てと、少々はしたないアクロバットをしてみせ、エリザベスには気付かれない様に、隠しカメラとモニター越しに自分の姿を追っている職員に向かって舌を出して見せた。
 突然、モニター越しにリンダのどアップの鋭い視線と昔懐かし「あっかんべー」を喰らった職員は驚いて手に持っていたコーヒーカップを落とし、本人も椅子から転がり落ちた。


 アンブレラI号下層部の接舷ドックB40に着いたリンダとエリザベスは、ドックゲートに個別認識カードを読み取らせてハッチ前に進んだ。
 階が下がるにつれて居住区では無い事と整備の安全の為に、気密室内温度も徐々に下がっていくが、一見ラフな服装とはいえ、宇宙を旅してきたリンダの服は防寒がしっかりしている。
「リンダ様、ご存じでしょうがドックに接舷した船のキャビン内も当然無重力状態です。落とし物が何かは存じ上げませんがお1人では大変でしょう。宜しければわたしにお手伝いさせてください」
 エリザベスは熱意を込めた視線で「是非に」と懇願したがリンダは軽く頭を振った。
「あなたの気持ちは嬉しいけれど、これ以上仕事の邪魔をしたくないわ。わたしをここまで案内してくれただけでも感謝の気持ちで一杯よ。自分のミスは自分で取り返さなきゃね。帰り道は覚えたからベスは仕事に戻って」
 残念そうに「分かりました」と言うエリザベスにリンダは微笑して右手を差し出す。
「あなたの元に常に幸運が訪れん事を祈るわ」
 『奇跡のリンダ』からの祝福を受けて感激したエリザベスは、リンダの手を力一杯握りしめると紅潮して自分の職場に戻っていく。
 笑顔でエリザベスを見送ったものの、実際のところはエリザベスに側に居られては、これからの行動がやりにくい事この上無いというのがリンダの本音だ。
 リンダはエリザベスが自分を現実以上に神聖視しているのを利用して、さっさと追い返したのだった。

 リンダはエリザベスと握手した際に右手の甲にわずかに違和感を覚えたが、興奮したエリザベスが手を振り回したからだろうと軽く肩を竦めて宇宙船内に入り、キャビンのハッチ前に立った。
 ブーツの踵を3回合わせると『故郷が1番良い(1Gモード)』と言ってハッチを開き、地球上を普通に歩く様に無重力のキャビンの中へ進んで行く。
 素早く2度瞬きをしてコンタクトレンズを『ボイジャー(探査モード)』に指定した。
 コンタクトレンズから何を探すのかと聞かれ「BLMS(バイオ・ロック・メモリー・シート)」と答える。
 探査モードに入ったコンタクトはリンダの視界に入る全ての映像から目的の物をチェックしていく。
 BLMSは所有者の遺伝子鍵によって初めて内容が書き込まれ、読む事ができるという大容量メモリーで、薄いシートが持ち運びにとても便利な事と機密漏洩防止に良いと多くの企業や機関から重宝されている。
 但しリンダが落としたBLMSはわずか1センチ四方の完全透明の有機素材、まだ一般には流通していない超小形の物で、遺伝子鍵の所有者以外には見つける事すらほとんど不可能というやっかいな代物だった。

 元々警察の諜報機関用にコンウェル社が開発したものだが、それほど高価で特殊な物に小形で便利だからという理由だけで、授業の取材資料を記録させる辺りが、リンダの実は面倒臭がりの一面を現している。
 友人達が手帳サイズの普通のメモリーシートに小形カメラやマイクで撮った情報を記録させ、専用ペンでメモを取る横で、リンダは一緒にメモを取るふりをしながら、ちゃっかり自分だけコンタクトレンズとピアスを通して得た情報と自分の意見を、左の手首に貼ったBLMSに自動書き込みさせていたのである。
 リンダの両耳を飾るルビー色のピアスはリンダの身体に付けられた装備への命令を送る機能を持っていた。
 ずぼらが祟ったのか帰りの宇宙船内でいつの間にか大切なBLMSを落とし、怒った父ケインからは罰金と1ヶ月の給料差し止め処分を受けて、リンダは友人達の前では笑いつつ本音ではかなり落ち込んでいた。
 自分の座席から3列後方の座席に目を向けるとコンタクトレンズの1点が輝いた。
「有ったーっ!」
 リンダはこれで落第は免れると、喜々として座席角に辛うじて引っかかっているBLMSを手に取った。
 宇宙船内での自分の行動を思い返し、トイレに立った際にかなり太めの人とすれ違った時に、ぶつからない様にと避けた手が座席にこすりつけられる形になったのを思い出した。
 ロックの仕方が甘かったとしきりに反省し、BLMSをしっかり手の中に収めると、もうここには用は無いとコンタクトレンズとブーツに特殊機能停止の命令を出し、急いで船を後にした。
 接舷ハッチ側面に有るマイクからステーション管制室に捜索終了の報告と作業を中断させてしまった事への詫びと礼を告げる。
 ハッチを出てキャビン点検の為に待機していた職員達にも礼を言って、自分のファンから声を掛けられる前に足早にドックを立ち去った。


 ドックのゲートから少し奥まった通路に有る職員用の洗浄機でBLMSを丁寧に洗って消毒すると、リンダは指先で摘んだBLMSをしっかり舐めて自分のDNAを再認識させると「2度と落ちないでよ」と言いながら力強く手首に押し付けた。
 その直後、ピアスが強い警告を知らせ、危険を察したリンダが顔を上げると目の前の壁に数本のニードルが当たって跳ねた。
 いきなり何がと振り返ったリンダは、14、5人の荒くれた男達が手に武器に持ち、口汚い怒号を上げながら飛び寄って来るのを確認した。
こんな危険な場所で襲撃なんて。
 と、リンダは男達の正気を疑ったが、男達の目的が単に自分の命だけならば納得がいくと身構える。
 素早く2度瞬きをして『裏窓(透視モード)』を選択し男達の武器の種類を調べながら、スーツはノーマル(防御)モードのままで相手の出方を伺う。
 同時に、これから起こる事をステーション側に知られない為に周囲の監視カメラに不正アクセスして誰も映っていない偽の画像を送り込んだ。
 リンダを取り囲んだ男達の中でも1番大柄な男がリンダに近づくと、ニードル銃をちらつかせながら低い声で威嚇する。
「小娘、あの男の仲間だな? 命が惜しかったらBLMSを俺に渡せ」
「えっ?」
 てっきりいつものごとく、自分の命が狙われていると思っていたのに、男達の要求がレポート用の資料とはどういう事か?
 何か犯罪者が困る情報を自分達は無意識の内に撮ってしまったのだろうか?
 そうだとすれば今頃は地球に戻っている友人達の身も危ない。
 今すぐに友人達に連絡を取りたいが、それをやれば自分の秘密も彼女達に知られてしまう。
 秘密と友人達の命を計りに掛けるほどリンダは愚かでは無かったが、切り札はできるだけ多く持ち、最後まで明かさないものだ。
 自分専用の緊急コードを使い、アンブレラI号から通信衛星を通し、識別コードで友人達の安否を確認した。
 今のところ彼女達の周囲に危険が及んでいる様子は無く、リンダは少しだけ安堵する。
 それに目の前に居る男が言った「あの男の仲間」とはどういう意味か?
 狙われているのが自分だけだとしたらそれが鍵になるはずと、リンダは素早く思考を巡らせて勝負に出た。

「あんた達が何を言ってるのかわたしには全然判らないんだけど? いきなりあんな物騒なモノで撃ってきたんだから事情くらい話しなさいよ」
 周囲をナイフや銃を持った男達から完全に囲まれた状態で、全く臆する事も無くリーダー格らしき男に向かってリンダは言った。
「しらばっくれるな! お前が今手に貼ったBLMSの事だ。どこで渡したのかまでは判らないが、あの男が組織から盗んだ情報をお前に持たせたんだろうが。その腕を切り落とされるか死にたくなかったらそれを渡せと言っているんだ。一介の小娘がBLMSなど持てるはずは無い」

勘違い!
 いきり立つ男にツッコミを入れたくなったが、今の会話でリンダは欲しい情報を得て微笑んだ。
 大切な友人達には害が及ばないという保証と、大人しくBLMSを渡しても自分はこの場で殺されるだろうという事。
 太陽系警察機構と一部の公的機関にしか導入されていないBLMSの情報を脅迫という手段を使って欲しがるという事は、周囲に居る男達は全員犯罪者で、叩きのめすのに全く遠慮は要らないという事。
 「あの男」については情報が足りず正確な判断はできないが、自分1人で全てカタを付ければ済む話だ。
 それだけ判ればリンダには充分で、自分がやるべき事は1つだけだ。
「ふーん。これがそんなに欲しいの? へーえ、随分度胸が良いのね。たったそれだけの人数で……」
 リンダは軽くステップを踏んでリーダー格の男に近寄り、わざと男達を自分の近くに誘い込む。
「あんた達ごときが取れるものならやってごらん」

 にやりと笑うリンダに怒った男達が一斉に襲い掛かろうとした時、どこからか数本の極細ナイフが飛んできた。
 ナイフは正確に銃を持った男達の手に鋭く突き刺さり武器を手放させる。
 それと同時に細い通路から黒い影が現れ、リンダの肩を引いて通路を蹴り、壁際にリンダを押しながら背中に腕を回す。
 リンダがまさかと顔を上げると、さっきまで気配すら感じさせなかった長身の青年が、ポケットからレーザー銃を出して構えていた。
「ノーマン!?」
 リンダが声を上げるとノーマンは周囲から目を離さずにリンダだけに聞こえるほどの小声で囁いた。
「深窓のご令嬢と思いきや、どうやらお前さんはとんだじゃじゃ馬らしいな。何だってお嬢様がBLMSなんか持ってるんだ? 偶然が重なったとはいえ、こっちの事情に巻き込んで悪かった」
「余計なお世話よ。あなたが本当のターゲットだったの?」
 リンダは男達の言う「あの男」がラウンジでは無害な顔をしていたノーマンだと知り食って掛かる。
「あなたはステーション側が寄こしたセキュリティサービスじゃ無かったの?」
「何だそれは?」
 リンダと軽口を叩きながらも視線は男達から外さず、完全に不意を突かれて攻撃を受けた男達が武器を拾って構え直す間も与えずに、ノーマンは宙に浮くニードル銃を全てレーザー銃で打ち抜く。
 それを見たリンダが慌ててノーマンの頬を軽く叩いた。
「ここでそんな武器を使わないで!」
 「何をする?」と言い掛けたノーマンの襟首を掴んでリンダは一気にまくし立てる。
「ここは外洋船専用ドックよ。周囲は液体水素タンクとパイプで一杯。レーザーも粒子砲もライフルも当たり所が悪ければここに居る全員即死じゃ済まないわ。大惨事を起こす気? というかあんた馬鹿? こいつらだってそれが判ってるから極細のニードル銃とナイフしか使って無いのに!」
 ノーマンにしてみれば誤射などしない自信が有ってこその行動だったのだが、リンダの迫力に負けて何も言い返せない。
 リンダがノーマンを叱咤している間に、自前の武器を失った男達は自分の手に刺さったナイフを呻き声と共に引き抜くと、無事な方の手で持ち、体勢を立て直して再び2人を取り囲む。ろくな武器を持たない2人と15人。取り押さえるには充分な人数のはずだと判断した。

 リンダはとんだ計算外だと舌打ちしてノーマンを睨み付ける。
「他に武器は持って無いの?」
「悪いが……この身以外は無い」
 この返事にぶち切れたリンダは踵を3回鳴らすと『故郷が一番良い(1Gモード)』と吐息だけで囁き、素早くノーマンの腕から抜け出して背後に回ると背中を思いっきり蹴り飛ばした。
「邪魔よ! わたしから最低5メートルは離れてなさい。この役立たず!」
 無重力状態からいきなり数十キロの圧力を1点に掛けられたノーマンは声を上げる事もできずに、2人を取り囲んでいた男1人を巻きこんで15メートル先の壁に激突し、反動で数メートルは戻った所で壁を掴んで自分の身体を保持して顔を上げた。
「フィールド『大いなる1歩(対6Gモード)』」
 リンダが吐息だけで囁いた直後、リンダを取り囲んでいた男達が、高重力の壁に襲われて叫び声を上げながら通路の壁や床に叩き付けられ、その場に倒れ込む。
 リンダの耳にスーツから『カウント開始30秒』と声が届く。
 運良く始めの重力の壁の攻撃から逃れ、突然の事に何が起こったのか全く判らず、怯んで逃げだそうとした男達に、リンダが全員逃がしはしないと猛スピードで駆け寄り、次々と高重力の壁の餌食にして行動不能に陥らせていく。
『5,4,3,2,1,0 フィールドノーマル(防御)モードに戻ります』
 高重力の壁から開放されて動けなかった男達の顔に生気がわずかに戻り始め、体力の有る者から何とか起きあがろうと動き出した。
 男達の動きを見たリンダは胸ポケットから透明の手袋を出して右手にはめ、髪留めから極細で3メートルほどの銀色の鞭を引き抜き呻らせる。
「あんた達の服が絶縁だったら怪我だけで済むかもね」
 リンダはブーツの設定を1Gのまま突っ走り、起き上がり掛けた男達に次々と鋭い鞭を見舞う。
 鞭を受けた男が小さな光と同時に絶叫して倒れる姿を見て、ノーマンはリンダの持つ武器が電磁鞭だと知って鳥肌が立った。しかも動きづらい無重力下、大柄な男達を相手にたった鞭1本で、全くひるまずに見事な戦闘を繰り広げている。
「あの小娘は一体何者なんだ? 絶対に敵には回したく無いタイプだ。ああ、今はそんな事を考えている暇は無い」
 ぼそりとノーマンは呟いて、結果的に自分のクッションになって倒れている男の頸動脈に手刀を当てて気絶させると、素早く後ろ手に縛り上げる。リンダの正体が何者だろうが今だけは心強い味方だ。散々手こずらされてきたが、リンダが自分と共闘してくれるのならかなり楽に仕事がこなせると行動を開始した。

 リンダが1分も掛からずに全員を気絶させて電磁鞭を髪留めに戻している間、ノーマンは男達が意識を取り戻す前に全員を動けない様に縛り上げていく。今は殺す訳にはいかない。
 ノーマンが暴漢全員を行動不能にするのを見て安全を確認したリンダは、落ちていた武器を壊された物も含めて手袋をはめた右手だけで慎重に回収して、無言で全てノーマンに差し出した。
 ノーマンはリンダに軽く手を振って、自分が持ってきたナイフだけを選別してポケットに収めると、残りは無造作に床に放る。
 何が起こったのか証拠は残すというノーマンの無言の合図に、リンダは小さく頷いた。映像を残していないからこそ、2人の行動が正当防衛だった証が要る。ナイフやニードル銃は証拠として充分役に立つはずだ。
 リンダは今ならとノーマンを強引に死角に引きずり込んで監視カメラを正常に戻し、手袋を外して両手を腰に当てた。
「どういう事か説明して貰おうじゃないの。わたしには知る権利が有るはずよ」
 リンダは「正直に言わないと男達と同じ目に遭わせる」と言わんばかりの勢いでノーマンに詰め寄る。
 元はと言えば完全に自分の人選ミスなのだが、リンダが偶然にもBLMSを持っていた為に危険な任務に巻き込んだ上に命の危険に晒した。
 その上、結果だけを見れば当の民間人のリンダに助けられた形になり、ノーマンはどうしたものかと考えを巡らせた。
 多大な迷惑を掛けたとはいえ、更にリンダの身に危険が及ぶ事が判っていて、事情を全てを話す訳にはいかない。
 それだけは絶対に避けなければと思い、ノーマンは1つ溜息をついた。
 怒りで目を輝かせている今のリンダは気が立った猛獣の様だ判断したノーマンは、うやうやしくリンダの右手を取り、甲にゆっくり口付けて軽く吸った。
 思いもしなかった行動に驚いて頬を真っ赤に染めたリンダが手を引くと、軽くウインクをして舌に乗せたBLMSをノーマンは見せる。
 「あっ」と小さく声を上げるリンダに少しだけ頭を下げ、口元に人差し指を当てる。
 いつの間に? とリンダは思ったが、ラウンジで別れる時にノーマンと握手をしたのを思い出した。
 エリザベスと握手した時の違和感もこれが原因だったのだと納得がいく。
 この自分が目の前の青年に完全に騙されていたと知って、リンダは八つ当たりにも似た感情をノーマンに覚えた。
 リンダはノーマンの正体を薄々とでは有るが初めから気付いており、自分と同じタイプのBLMSを所持する以上、太陽系警察機構の職員で暴漢達とのやりとりから諜報部門に属する者だという事も理解している。
 アマチュアとプロの差をこんな形で見せつけられ、勝ち気なリンダは新たな闘志を胸に秘める。
 業腹だが事情が事情だけにノーマンの口を割らすのは不可能だと、リンダは素早く気持ちを切り替える。
 ならばほんの少しばかりの反撃をと笑って小声で囁いた。
「わたしはリービィ、あなたの本当の名前はビーブなのね」
 ノーマンは大きく目を開いて、不可視ゴーグル越しに満面の笑顔を見せると「クレイシーだ」と言って軽く床を蹴ってその場から立ち去った。

 リービィは「自分は残る」を意味し、ビーブは「逃げて」を意味する。
 それに対してノーマンは「感謝する」と言った。
 自分の地位や立場と落ちている武器からして、適当にしらばっくれればそう大きな問題にはならないし、太陽系警察機構諜報機関が動いている以上、真実は表沙汰にならない様に手配されるはずだ。
 カメラを誤動作させていたので襲撃を受けた時の映像は残っていないが、おそらくこの男達はいずれかの機関から指名手配されているだろう。リンダは、場所柄を考えれば少々やりすぎの感は有るがまだ普段に比べたら数段可愛いものだと判断し、これで『奇跡のリンダ』の名が上がるのなら営業の内と考える事にした。
 リンダは軽く肩を竦めると警備員を呼ぶ為に壁面マイクのスイッチを押した。


 アンブレラI号警備部でリンダは警察から簡単な事情徴収はされたが、身元が完全に保証されているという理由で早々に開放された。
 いかにして15人もの屈強の男を倒したのかと聞かれても、にっこり笑って「企業秘密ですからお答えできません」としか言わないのだから警察も頭を抱えるしかない。
 一般人なら決して許されない言い訳も、相手がコンウェル財団で『奇跡のリンダ』とあっては警察も強く出られない。
 彼らが使っている装備の多くがコンウェル社から納入されており、リンダの無敗伝説は太陽系中に轟いているからだ。
 アンブレラI号の上層部や警察支局もリンダの扱いに困った為、触らぬ神に祟り無しと早々にお引き取りを願ったのだ。

 リンダは予定通りに予約していたスペースプレーンに乗り、久しぶりに地球に降り立つと新鮮な大気を胸一杯に吸った。
 あれほどの大騒ぎを起こしたのに宙港に待ちかまえる記者は皆無で、ノーマンが全ての後始末を上手くやったという証拠だと微笑んだ。

 しかし、どれほど情報規制をしても完全に人の口に戸は立てられない。
 リンダがアンブレラI号で大暴れした事はその日の内にしっかり父ケイン・コンウェルの耳に入っており、7日ぶりに自宅に帰ったリンダは盛大な怒号と共に、ただ働きを半年間に延ばされた。
 これには必死でリンダも父に抵抗を試みたが、自分はもちろん身内には特に厳しいケインは絶対に首を縦に振らなかった。
 BLMSを取り戻した事でレポートを提出して高評価を貰い、リンダは友人達と共に進級できたが、これまで真面目に父の会社で働いて溜めた預金を切り崩す羽目になり、心の中で号泣した。


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