封印の魂−番外編−『月の館にいこう!』


=お泊まり編=

「「行って来ます」」
 迎えの狐火に先導され、萌絽羽と仁旺は見送る家族に向かって手を振る。
 母親の裕子が気を付けるように言うと、大丈夫と元気な声が返ってきた。
「父さんも思い切った選択をしたものだ」
 父親の忠司が祖父の政宗を横目で見る。
「仁旺の前世の世界を知る。妖とあれほど通じ、鬼王の力を封印している萌絽羽には必要な事じゃろうて」
「それにしても仁旺が背負っている大きな包みは何でしょう?」
 祖母の典子が不思議そうに首を傾げる。
「お土産と言っていたが……1メートル四方は有ったな」
 何も事情を知らない4人は小さくなる2人の後ろ姿を見つめながら首を傾げるばかりであった。

 導かれるまま萌絽羽と仁旺は目に見えない門を通り抜けた。
 一変する風景に萌絽羽は思わず声を上げる。
「わぁ、きれーい」
 気候は穏やかで明るい日差しが紅葉の始まった木々を照らす。
 足元には所々に茸の姿が見えた。
「これって食べられるのかな?」
 萌絽羽が振り返ると仁旺はゼイゼイと肩で息をしていた。
「どうしたの?」
「……騙された」
「誰に?」
「お前にだよ。この荷物の多さは何だ!? 前に見た時の倍は有るじゃないか」
 怒鳴る仁旺にきょとんとした顔で萌絽羽は首を傾げる。
「あれで全部だなんて言って無いよ」
「じゃあ、せめて少しは自分で持てよ。俺がこれだけ重い物を持ってるのに、萌絽羽は軽い物しか持って無いじゃないか」
 巨大で重い荷物を背負っている仁旺に対して、萌絽羽は2人の着替えが入った大きめなリュックサックを背負い、両手で大事そうに四角い箱を抱えていた。
「お酒を全部持って貰って本当に悪いと思ってるんだけど、これを潰したくなかったの」
「それ何だ?」
「破王へのお土産。崩れるから傾けたり他の荷物と一緒にしたくないの。ごめんね。仁旺」
「……」
「帰ったら仁旺が観たがってた映画を奢るね」

これはもしやデートの誘いか?
 一緒に暮らしているのと仁旺が受験生という事も有って、2人で遊びに出掛ける事は最近めっきり減ってしまっていた。
 仁旺はにやりと笑って言った。
「これだけ酒を買ったら小遣いピンチだろ? 土産を用意しなかった俺が映画を奢るから、1日付き合えよ」
「うん。実は貯めてたお年玉もほとんど使っちゃって金欠状態なの。でもそれで良いの?」
「たまには外で息抜きしだいんだよ。あ、もちろん人界の方でだぞ」
「そういう事ならいつでも付き合うのに」
「と、言いつつ『受験生があまり遊び回るな』って1番口うるさいのは萌絽羽だよな」
「当然でしょ。仁旺の勉強の邪魔をしたくないもん。気分転換で能率が上がるなら協力するのが家族でしょ」
 あっさり『家族』という言葉で済まされて脱力感を感じた仁旺は「狐火に置いて行かれるぞ」と萌絽羽の頭を軽く小突いた。

 森を抜けると萌絽羽は立ち止まった。
 視界一杯に鮮やかな青い空と緑と白のコントラストが映る。
 風に乗って鼻孔をくすぐる優しい花の香り。
 そうして萌絽羽は気付く。
 この風景を自分に見せる為に破王が無理を押して招待してくれたのだという事を。
 懐かしい風景に目を細めていた仁旺は萌絽羽の頬を伝う透明な雫に気付いた。
「萌絽羽?」
 はっと気付いて袖口で頬を拭うと萌絽羽は笑った。
「えへへ。ちょっと……ううん、凄く綺麗で感動した。感極まって言葉に詰まるって、こういう事を言うんだよね」
 仁旺もつられて笑みを浮かべる。
「この季節は辺り一面にこの花が咲くんだ。満開が終わって花が散り始める頃に裏の林が紅く染まる。1年で1番綺麗な時期だ。破王が萌絽羽を呼びたがった訳だ」
「うん。これってあの時の花だよね」
 顔を近付けて萌絽羽がじっと花弁を見つめる。
「やっぱ、破王って良い男だね」
 ピクリと仁旺は頬を引きつらせたが、花に夢中になっている萌絽羽は全く気付かなかった。

 遠くから名前を呼ぶ声が聞こえて2人は顔を上げた。
 数人の妖達が手を振りながら走って来るのが見える。
「萌絽羽様ー! 仁旺様ー! お待ちしておりました」
「あ、前に1度遊びに来てくれた狐さん達だ」
 萌絽羽も「久しぶり!」と大声を上げて手を振り返す。
 妖達は2人の前に1度平伏すると顔を上げて笑顔を向けた。
「間もなく破王様もおみえになります。我々はお2人をお出迎えし、お荷物をお預かりするように言われて参りました」
「狐さん。昼間なのに火を焚いて迎えに来てくれてありがとう。おかげで道に迷わなかったよ。皆もありがとう。わたしの分はいいから仁旺の荷物をお願いできる?凄く重くて悪いけど」
 萌絽羽の言葉にやっと解放されるという顔で仁旺が荷物を下ろす。
「これは萌絽羽が……」
 と言いかけた仁旺を遮って萌絽羽が告げた。
「わたしと仁旺から皆へのお土産。沢山有るから仲良く分けてね。仁旺が全部1人で運んでくれたの」
 「おい」と言いかけた仁旺に萌絽羽が「良いから」と目配せを送る。
「仁旺様、萌絽羽様、ありがたき幸せでございます」
「大きくて重いだけで大した物じゃ無いの。ごめんね」
 軽く頭を下げる萌絽羽に妖達は慌てて言う。
「滅相もございません。それより萌絽羽様のお荷物も我々がお運び致しましょう。どうぞ下ろしてください」
 手を差し出した猪妖に萌絽羽が首を振る。
「ありがとう。でもこれは軽いから自分で運ぶね。それより皆で運んでもかなりの重さだろうから仁旺の方をお願い」
「それでは我々が破王様にお叱りを受けます」
 しょぼくれる猪妖に仁旺がフォローを入れた。
「リュックは俺が運ぶ。萌絽羽が手にしてるのは破王への土産で、どうしても自分の手で渡したいんだと」
 それを聞いて安心した妖達はほっと肩の力を抜く。
「そういう事でしたら、我らの出る幕では有りませんな」
「じゃあ、こっちの荷物を分けて館の方に運んでくれよ」
「はい」
 仁旺から荷物を渡された妖達はいそいそと荷ほどきを始めた。

「あ、あれ破王?」
 萌絽羽が空を指さし、仁旺も見上げる。
 破王が2人の前に優雅に宙を舞って笑顔で降り立った。
「よく来た。2人共歓迎する」
「招待ありがとう。此処って凄いね。あんまり綺麗で感動しちゃった」
 萌絽羽が満面の笑顔を破王に向けると、仁旺も笑って破王の肩を叩いた。
「400年も経ってるのに此処は少しも変わらないな。館の方も相変わらず口やかましく掃除させてるんだろ?」
 話がよく見えないという顔で萌絽羽が破王を見つめる。
「もしかして、破王って一昔前のお姑さんみたいに妖さん達が掃除した後を指で拭って『何ですかこの埃は? 全くうちの嫁ときたら……』みたいな事をやってるの?」
 全くその通りなので、ぶははと仁旺が笑い転げる。
 破王は赤面して絶句しかけたが何とか答える。
「別に我は配下虐めをしている訳では無い。単に綺麗好きなだけだ」
「ふーん」
 萌絽羽の好奇心丸出しの視線を受けて1つ咳をすると、破王は視線を逸らした。
「此処は気に入ったか?」
 自分に向けられた言葉だと気付いた萌絽羽は「凄く好き」と答えた。
 『好き』という言葉の中に自分の事も含まれている事を感じ取った破王は、2人に背を向けたまま更に赤面して指さした。
「では、ちょっと距離が有るが館まで歩いて参ろう。此処はすでに我の庭。何も危険は無いから安心して良い」
「嬉しい。ありがとう。破王」
 萌絽羽が破王の服の袖を掴み、2人の会話を聞いて立ち止まっていた仁旺を振り返る。
「仁旺。手を繋いで歩きたいけど手が塞がってるの。これも持ってくれる?」
 四角い箱を差し出して萌絽羽は仁旺に懇願する。
 仁旺が「しょうがないな」と受け取ると萌絽羽が2人と腕を組んだ。
「「萌絽羽?」」
 焦る2人に萌絽羽は微笑み掛ける。
「こういうのも両手に花って言うのかな? このまま一緒に行こうよ」
 仁旺と破王はお互いの顔を見合わせると苦笑した。
 背後から妖達の大声が聞こえた。
「今のは何だ?」
 破王の問い掛けに仁旺が答える。
「多分、俺が萌絽羽に持たされた土産を開けたんだろうな。あれ全部酒だそうだ」
「酒? それであの様な声を上げるとは思えないが」
「ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、ジン、ホワイトラムにダークラム、ワインは赤、白、ロゼとシャンパンも。カクテルはスクリュードライバーからモスコミュールまで20種類以上ってトコかな」
 くすくすと萌絽羽が笑みを浮かべる。
「あれだけ全部洋酒か。一体いくら金を使ったんだ?」
 仁旺が呆れた声を上げた。
「それは内緒。きっと妖さん達飲むのは初めてだと思ったから。破王も飲んでね。美味しいんだよ」
「あ、ああ……」
 計画が少し狂って破王は少し狼狽えた。
「酒といえば破王の館の自家製も美味いぞ。果実で作るからやや甘めで萌絽羽好みだと思う」
「本当? 破王、飲ませてくれる?」
 仁旺が飲める事は知っていたが、萌絽羽も結構酒好きの様なので破王の困惑は更に深まった。
「好きなだけ飲んで良いが、結構強い酒なのだ。萌絽羽は飲める方なのか?」
「普通だと思う」

嘘を付くなーーーーっ!!
 と、仁旺は思ったが此処で本当の事を言うと後々怖いので沈黙を守った。

 1時間ほど花の中を歩くと木造の立派な館が目に入った。
「あれが妖の間で『月の館』と呼ばれる破王の家だ」
 仁旺が指をさして萌絽羽に説明する。
「月の館? 破王の名字って『月』なの?」
 萌絽羽の間の抜けた質問に仁旺はその場に脱力してへたり込み、破王は固まった。
「月夜に訪れるのが1番風情が有るという事で付いた呼び名だ。夜になればお前にも解る」
 何とか先に立ち直った仁旺が苦笑しながら言った。
「楽しみが一杯で嬉しいな。ねぇ、早く行こうよ」
 せがむ様に腕を引く萌絽羽に対して「「お前が悪いんだろう!」」と2人は言いたかったが、辛うじてこらえた。

 門をくぐると手入れが行き届いた見事な日本庭園が有った。
 千年の時を感じさせる趣が有るが、古めかしさは感じない。
 萌絽羽がそう言うと、破王は微笑んで「生活をしている証拠」だと言った。
 暗に人界に有る文化財とは違うと言いたいらしい。
 玄関で靴を脱ぎ、用意された桶で手を洗って、足を伸ばす2人に破王が問い掛けた。
「宴の準備がしてある。かなり歩いたからそろそろ空腹を覚えているのではないか?」
「お腹はそれほど。でも喉が渇いちゃった」
「俺は腹も減った。準備が出来てるなら食う」
「人の身になってもそういう所は相変わらずだな、仁旺。では来るが良い」
 破王が配下の1人に声を掛け、長い廊下を先に歩いて行った。
 仁旺が萌絽羽の頭にぽんと手を置く。
「行き先は俺が知ってる。勝手知ったる何とやらってやつだ。美味いぞ此処のメシは。ところでこの荷物はどうする?」
「わたしが持ってくね。ありがとう」
 箱とリュックサックを受け取る萌絽羽に胡散臭さを感じた仁旺が探りを入れる。
「リュックの中に着替えの他に何か入れてるな?」
「まだ仁旺にも内緒。わたしは初めてなんだから仁旺が案内してくれないと何処に行けば良いのか判らないよ」
「そうだった。悪い。こっちだ」
 迷い無く歩く仁旺の後を萌絽羽が付いて行く。

仁旺って普段は普通の高校生だけど妖だった頃の前世の記憶を全部持ってるんだよね。
いつも笑ってるけど本当は辛く無いのかな?
人間と妖さんと1つの身体に全く違う2つの記憶が有って、振り回されたりしないのかな。
「疲れが出たのか? もう少しゆっくり歩こう」
 遅れ気味の萌絽羽を心配した仁旺が振り返る。
「ううん。あちこち見ててつい遅れちゃった。ごめん」
 萌絽羽は足早に追い付くと仁旺の手を握った。
「迷子になるといけないから手を離さないでね」
「萌絽羽は何か1つの物を見ると他に目が行かないからな」
 仁旺もしっかりと手を握り返した。

 萌絽羽と仁旺が宴の間に着くとすでに破王の配下が全員集まっていた。
 破王が立ち上がって皆に声を掛ける。
「ようやく主賓のご到着だ。楽を流し歓迎の舞いを。仁旺、萌絽羽、こちらへ」
 明るい曲が流れる中、2人は破王の両隣に座った。
 テーブルには出来たての沢山の料理が並べられ、飲み物も多種にわたり用意されている。
「萌絽羽様。お初にお目にかかります。喉がお渇きとの事。どうぞこれを」
「初めまして。ありがとう」
 兎の女妖から朱塗りの器を受け取り萌絽羽は口を付ける。
「これお酒?」
「はい。ずっと歩いて来られたとお聞きました。疲れが一気に取れますよ」
「とても美味しい。おかわり貰って良い?」
「ええ、いくらでも」
 女妖がお酒をつぎ足すと鳥妖が別の器を持って来る。
「萌絽羽様。こちらも大変美味しゅうございますよ。いかがですか?」
「ありがとう。貰うね」
「ではこれも」
「いやこちらの方が」
 多くの妖達が萌絽羽を囲み、次々と酒を注ぎ、料理もどんどん運んで行く。
 差し出される物全てを口に入れながら「あっ」と声を上げた。
「わたし達が持ってきたお酒も有るの。皆も飲んでね」
 それを聞いた妖達が一斉に頭を下げる。
「萌絽羽様、仁旺様。珍しい物をありがとうございます。」
「さぁさ、もっと食べて飲んでくださいませ。我らは皆、お2人がおいでになるのを本当に楽しみにしていたのです」

 曲は一層賑やかなものに変わり、宴はどんどん盛り上がっていく。
 仁旺は妖達に囲まれて酒を重ねていく萌絽羽をじっと見つめながら箸を進めていた。
「破王。お前、萌絽羽を酔い潰すつもりだろう?」
 ぎくっと肩を震わせて破王が作り笑いをする。
「皆、萌絽羽が来て浮かれておるのだ。多少の事は大目に見て欲しい。それに潰れる前に止めれば良かろう。お前が介抱してやると良い」
「そういう魂胆だったのか」
「別に何も企んでなどいないぞ。それにもしそうなれば、お前も嬉しいだろう?」
 焦って言い訳をする破王に仁旺は白い目を向ける。
「言いそびれていたが萌絽羽は『ザル』だ」
「何だ?」
「うわばみって事だ。小さい頃からじいさまの晩酌の相手をしていたんだ。ああ見えて萌絽羽は家族の中で1番酒が強い。あの身体の一体何処に入るんだってこっちが不思議に思うほどよく飲むぞ」
「先程聞いた時に普通だと言って無かったか?」
「あいつの基準でな。ほら後ろを見てみろ」
 仁旺に促されるまま破王が振り返ると、そこには萌絽羽の相手をさせていた10人ほどの妖が全員酔い潰れていた。
「萌絽羽?」
 破王が声を掛けると萌絽羽がばつが悪そうに笑って立ち上がった。
「破王。ごめんね。一緒に飲んでいたら、皆酔っぱらっちゃったみたい。どこかで寝かせた方が良いと思うんだけど」
 破王はこめかみに手を当てると、別の配下数人に命じて酔い潰れた者達を別室に運ばせた。
「あ、そうだった。肝心の物を忘れるとこだった」
 そう言うと萌絽羽は横に置いていた箱を持って破王の前に立った。
「これね、破王にお土産」
「我に?」
「うん。開けてみて」
 破王が箱を開けると丸いこげ茶色のふかふかした物が入っていた。
「これは……食べ物だろうか? 何やら甘い香りがする。羊羹や饅頭とは全く違う」
「生チョコレートケーキって言うんだよ。学校の近くの美味しいケーキ屋さんで買ってきたの。人気No.1なんだ」
 破王はこれまで見たことも無い物を目の前にして困惑する。
「我は毛唐の食べ物を口にした事が無いのだ」
「うん。そうだと思ったから買ってきたの。ほらフォークとお皿も持って来てるよ」
 リュックサックから出すとすでに切り込みが入っているケーキの1切れを皿に乗せて破王に差し出す。
「はいどうぞ」
「……」
 破王はすでに冷や汗状態なのだが、横に居る仁旺は助け船も出さずににやにやと笑っている。
「破王? ……ごめん。フォークの使い方を知らないよね。基本的に爪楊枝と似てるよ」
 萌絽羽は一口大にケーキをフォークで切って刺すと、破王の口元にケーキを持って行った。
「はい、あーんして」
「なに?」
「口を開けなきゃ食べられないでしょ」
 いつの間にか音楽も踊りも止み、部屋に居る妖達全員が主の破王と萌絽羽のやりとりを唖然とした顔で見つめていた。
 仁旺は自分には1度もやってくれた事が無い事を、萌絽羽が破王にしてあげているのは、はっきり言って不愉快だったが、萌絽羽の強引さは充分解っていたので黙って見過ごす事にした。

視線が痛い。
萌絽羽、お前という娘はどこまで鈍感なのだ。
配下の前でこの我に人間の赤子の様な真似をしろと?
しかも背後から仁旺の怒気がじわりじわりと伝わって来ているのだぞ。
 赤面した破王は何とか止めようとしたが、萌絽羽の笑顔を見ていると抵抗の気分が萎えていった。
 諦めて口を開くと、萌絽羽がケーキを破王の口に入れる。
 今まで味わった事の無い何とも言えない甘美な味に、破王は目を丸くした。
「どう?」
「……美味い」
 萌絽羽は破顔してケーキを全部破王の前に置く。
「良かった。きっと気に入ってくれると思ってたけど、破王は和菓子しか食べないから心配だったの。実はお土産はこれだけじゃ無いんだ」
 破王の反応に気を良くした萌絽羽はリュックサックから更に包みを出した。
 袋から缶と箱を出して破王に差し出す。
 首を傾げる破王に嬉しそうに萌絽羽は説明する。
「これはね純ココア、このケーキの材料と同じ物から出来てるの。こっちはお砂糖、この2つを好みの分量を器に入れてお湯で溶かして飲むの。疲れた時に良いよ。溶けにくいから少しずつお湯を入れてね。ミルクが有ると一層良いんだけど」
 不思議そうに自分を見つめる破王に萌絽羽は少しだけ声を落として言った。
「こっちでは手に入らなそうな物ばかりを選んだんだけど……迷惑だった?」
 不安な目をする萌絽羽に破王は笑って答えた。
「初めてだったので少し戸惑っただけだ。これはとても気に入ったぞ。あちらに行った時に又、食べさせてくれぬか?」
 安心して笑みを浮かべる萌絽羽に「客なのだから座ってもっと楽しむが良い」と告げて破王は立ち上がると配下達にきつい声で命じた。
「何をしておる。楽と舞いはどうした? 料理と酒もどんどん追加を持ってまいれ。大事な客人を退屈などさせてはならぬ」
 硬直していた妖達は皆慌てて動き出した。

 破王はケーキをつつきながら仁旺に問い掛ける。
「萌絽羽のあれは酔った上での行動か? 少しばかり頬が赤くなっている様だが」
 仁旺はふっと苦笑して頭を振った。
「飲んだのは2、3升くらいか? あれくらいじゃ全然酔った内に入ら無い。いつものまんまだろう? 萌絽羽を酔わせるつもりだったんだろうが、相手が悪かったな」
 仁旺も妖から酌を受けながらどんどん酒を胃に納めていく。
 破王はブラックホールの様な胃の持ち主達に計画の第1段階を見事にうち破られて頭を押さえた。



<<もどる||小説TOP||つづき>>