封印の魂−番外編−『月の館にいこう!』


=準備編=

 虫の声に秋の気配を感じる様になったある日の晩、破王が突然切り出した。
「2人を我の屋敷に招待したい」
 その直後、両極端な反応が返って来る。
「えーっほんとに良いの? 嬉しい!!」
「何か企んでいるんじゃないだろうな?」
 ゴス! と鈍い音を立てて萌絽羽の肘が仁旺の胃にまともに入った。
「仁旺。なんでそういう失礼な事を言うかな? 破王に謝って。うちの教育方針を疑われるでしょ」
 痛みと咳で苦しんでいる仁旺に、保護者意識の強い萌絽羽は容赦の無い言葉をぶつける。
 破王は親友に同情の目を向けながら笑って頭を振った。
「謝罪には及ばない。たしかに我は何かは企てておる。だがそれは当日まで秘密にしておこう。先に教えてしまうと2人の楽しみが半減するであろうから」
 破王の言葉に目をきらきらさせながら萌絽羽が呟く。
「そう言われると逆に知りたくなっちゃうよ。でも破王の家に遊びに行くのは初めてだし、面白そうだから今は聞くのを我慢するね」
 身動ぎしてにやける萌絽羽の襟首を仁旺が掴まえる。
「あのな、あそこは普通の人間が入れる様な場所じゃ無いって言っただろう。界の門すら開けられない俺達が行って、どんな異変が起こるか解らないんだ。少しは心配しろよ」
 萌絽羽は仁旺の手を振り解こうとするが、体格差が有り過ぎて上手くいかず、じたばたと手足を動かした。
「仁旺こそ心配し過ぎ。危険な場所に破王がわたし達を招待する訳無いでしょ。なんで友達の好意を素直に受け止めれないのかな?」
 頬をふくらまして怒る萌絽羽を膝の上に乗せると仁旺が真剣な面もちで訴えた。
「俺は長い付き合いでこいつの性格を知り過ぎてるから逆に心配になるんだ」
 2人のやりとりを見ていた破王がぶっと噴き出す。
「心配には及ばぬ。我としても界の狭間の屋敷に人を迎え入れるのは初めての事。2人の安全の為に細心の注意を払い、何重もの結界を張ろう」
「ほらね。破王はちゃんと考えてくれてるじゃない。大丈夫だって」
「うーっ」
 仁旺は破王が顔に似合わず結構悪戯好きだと知っていたので、絶対に何かをするに決まってると確信しているのだが、それを萌絽羽にどう説明すれば良いのか思い付けなかった。

 破王が立ち上がって窓枠に足を掛ける。
「そなた達の準備が整い次第迎えをよこそう。楽しみに待っておくが良い。ああ、2日ほど泊まるつもりで準備をしておけ」
 肩越しにそう言うとそのまま闇の中に姿を消した。
「「泊まり〜!?」」
 仁旺と萌絽羽の声が見事に重なった。
「やったね。お父さん達にも話しておかなくっちゃ。お土産は何が良いかな」
「お、おい待て。萌絽羽」
 萌絽羽は仁旺の制止も聞かず、膝の上から降りると走って部屋を飛び出して行った。
 1人残された仁旺は破王の真意を掴みきれず悶々と考え込んでいた。

 萌絽羽自身に自覚は無いが、いつ攫われてもおかしく無いほど妖達を引き寄せる体質の持ち主である。
 それを留めているのが魂に封印されている鬼王の力であった。
 界の狭間は妖達の世界。
 破王の力を疑う気は毛頭無いが仁旺は不安を拭い切れなかった。
「それに破王は頭のたがが外れると、本当に何をするか解らないんだよなぁ」
 仁旺は自分達の過去の悪行(馬鹿っぷり)の数々を思い出して大きな溜息を付いた。

 破王は界の扉をくぐり広葉樹の森を抜けると、月明かりに輝く小さな白い花の群生の中に佇んだ。
 それは以前、破王が萌絽羽に贈った花だった。
 早咲きの1輪を持って行った時の萌絽羽の笑顔と言葉を破王は忘れていない。

これを見たら萌絽羽はさぞかし喜ぶだろう。
あの素直で明るい娘を我も好ましく思う。
仁旺と戯れる萌絽羽を見る度に覚えた胸の痛みにももう慣れた。
我は仁旺と萌絽羽が幸せならそれ以上は何も望まぬ。
破王は花を傷つけない様に柔らかな風に乗り、館へと帰っていった。

 時は1ヶ月ほど前に遡る。
 破王は配下の妖を集めると笑顔で告げた。
「仁旺と萌絽羽をこの屋敷に招待しようと思う。400年ぶりの客だ。出来る限りの事をしたい」
 その言葉を聞いた配下達は歓声を上げた。
「破王様。ありがとうございます。我々は再びあの方達に会える日が来ようとは思っておりませんでした」
「お2人に会える」
「仁旺様は人界でずいぶんお変わりになられたとか。以前のあの方は恐ろしい方ではございましたが、機嫌の良い時は優しい言葉を掛けてくれました」
「妾は皆の噂を聞いて、一目でも良いから萌絽羽様にお目通り願いたいと思っておりました」
「我もじゃ」
「我も」
「萌絽羽様のお世話係は是非私に」
「これ、抜け駆けは許さぬぞ!」
 あまりの喧噪に破王は呆れて溜息を付くと軽く手を翳して、配下達の頭から水を被せた。
「少しは頭を冷やすが良い。今からそう騒いでどうする。人の身であるあの者達をこの屋敷に招くにはそれなりの準備が必要なのだ。2人の為に労を惜しむ者は此処にはいまいな?」
「もちろんでございます!」
 異口同音の大きな返事に破王は笑ってそれぞれの妖に指示を出していった。

 家族からの同意を得られた2人は萌絽羽の部屋で準備をしていた。
「2日は泊まりって事は金曜の夕方からか、土日に祝日がくっついた3連休だな」
 カレンダーを見ながら仁旺が荷造りに勤しむ萌絽羽に声を掛けた。
「今週末で良いんじゃない。丁度体育の日だし。11月になったら仁旺は模試で土曜日に学校に行く事が多いでしょ」
「たしかにそろそろ受験に専念したいから……おい萌絽羽。その大荷物は一体は何だ?」
 仁旺が視線を移すと萌絽羽が押入から出した紙に包まれた大量の筒状の物を大きな風呂敷でくるんでいた。
「お酒」
「酒! それ全部がか!?」
「うん全部」
「『うん』じゃ無いだろ。一体どうやってこんなに大量の酒を用意したんだ?」
「じいさまに内緒で頼まれたって言って近所の酒屋さんに届けて貰ったの。あ、もちろんお金はわたしのお小遣いから出したよ」
 あっさり答える萌絽羽に仁旺は思わず頭を抱えたが、ふと思い付いて白い目を向ける。
「萌絽羽。それどう見てもお前1人で運べる様な量じゃ無いよな? まさかと思うが」
「仁旺が運んでくれるよね。お土産用意して無いみたいだし。わたし1人じゃ両手で抱えても持ちきれないの」
「お前なぁ。そういうのは自分で持てるだけにしろよ」
 呆れる仁旺に萌絽羽が「お願い」と頭を下げた。
「だって破王の配下さんって沢山居るんでしょ? 妖さん達って皆お酒が大好きみたいなんだもん。破王はあまり飲まない方みたいだけど、時々仁旺と飲んでるの知ってるよ」
 うっと仁旺が怯むと萌絽羽はにっこり笑って仁旺の髪を引っ張った。
「大丈夫。お父さん達には言って無いから。それにうちでは多少の飲酒はOKでしょ?」

フォローのつもりで充分脅してるっての。
悪意が無いだけに萌絽羽のやる事って時々凶悪だよな。
 仁旺はいきなり腕を引いて萌絽羽を強く抱きしめた。
「仁旺。めちゃ苦しいって」
 もがく小さな身体を更に押さえ込む。
「運搬料出すか?」
 ぴたりと抵抗止めて萌絽羽が仁旺の顔を見上げる。
「うーんと……じゃあ破王の家での事は2人だけの秘密って事でどう?」
 つまり、お互いにどれだけ大酒を飲もうが馬鹿騒ぎしようが家に帰ってから誰にも一切話さないというお約束をしようと言っているのである。

一蓮托生って事か。
俺もたまには羽を伸ばしたいから良いかもしれない。
 笑ってぺろりと舌を出す萌絽羽に仁旺もにやりと笑い返して腕の力を抜いた。
「交渉成立だよね」
 仁旺の腕から抜け出すと萌絽羽は準備を再開した。
 仁旺は自分の部屋に戻って文をしたためて窓の外に向けて飛ばす。
 手紙はふわりと風に乗って上空に昇ると何かに吸い込まれる様に消えていく。
 破王が仁旺からの手紙を受け取る為だけに作った界の狭間への扉で、仁旺の気配を感じると自然に小さな穴が空くように術が掛けてあった。

 風に乗って手元に届いた手紙を読んだ破王は破顔して配下の妖達を全員呼び出した。
「これより宴の準備を始める」
 待ってましたとばかりに妖達は一斉に走り出した。



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