『封印の魂』


−第2章−

「血の匂いがする。また殺したのか?」
 頭に被った布で塞いでも、鼻につく生臭さに破王が顔をしかめる。
「武士とかいう生意気な奴を10人ばかり始末した」
 振り返った鬼王の前身はまだ新しい返り血で朱にまみれ、髪からも異臭が漂っていた。
 長く黒い癖っ毛を面倒臭いと言って、束ねもせずに鬼王は放置している。
 血を染め付けた様な紅い瞳、均整の取れた長身の破王のそれよりなお一回りは大きい体躯、岩の様にごつごつとした手のひらは人間の頭よりも大きい。
 破れが目立ち、酷く汚れている麻の袴しか身に付けていない鬼王に対し、全身を上質の絹の衣を着ている破王が並ぶと違和感を覚えそうものだが、2人の身を包む気配の強さが見事な対を成し、余計に2人を引き立たせていた。
 力の鬼王と風の破王はその力の強大さ故に、他の妖からも一目を置かれている。
 腕の一振りで岩をも砕く鬼王と、風を操り全てを瞬時に切り裂く破王、どちらを敵に回しても生きて帰る事は不可能だと噂されている。
 何故噂だけに留まるかと言えば、本当に彼らに敵対して生き延びた者が全く居なかったからであった。
 特に鬼王は少しでも気に入らない事が有れば、それが誰であろうとその瞬間、相手を引き千切っているので「情というものを知らぬ」と、人も妖も誰もが鬼王を心底から恐れていた。
 同等の力を持ち、数百年の長き時間を鬼王と共に居た破王を除いては。

「人間など放っておけば良かろう。お前ほどの者がわざわざ直接手を下さぬとも、下らない戦を仕掛けては、自分達で勝手に殺し合っているではないか。所詮は50年も生きられぬ弱きモノだ」
 破王が無駄な事と言わんばかりに深い溜息を付くと、ふんと鼻を鳴らして鬼王は言い返した。
「弱いくせに威張っているのが気に入らない。ちんけな頭と身体しか持たんくせに刀を持ったらそれだけで自分が強くなったと勘違いして他の命を平気で踏みにじる。性根は虫けら以下のくせに図々しいから目障りなんだよ。だから殺した。文句有るか?」
 唾を吐き捨てる言う仁旺に、何処から取り寄せたのか破王は大量の水を頭から被せた。
「っ冷てーな。いきなり何しやがる!?」
 破王が優雅にひらりと片手を振るうと温かい風が起こり、怒って詰め寄る鬼王の身を一瞬で乾かした。
 鬼王の身体から血の汚れが完全に消え、おぞましい鬼そのものの姿が一変して精悍な顔をした妖の若者に戻る。
 ずぼらな性格が災いしたのか、破王がいくら口を酸っぱく言いきかせても、鬼王は身を整える事を覚えない。
 余計な事をとくしゃくしゃに髪をかき回しているが、本来の姿を現した友に破王は笑みを浮かべた。
「あまりの臭さに我の鼻が耐えれなくなったのだ」
「なら、お前が俺から離れりゃ済む事だろーに」
 あっさりと冷たく言い切る鬼王に、破王は笑って近付いた。
「お前らしいと言えばそうなのだが、礼の1つも言う気は無いようだな。先程、最もらしく言い訳をしたが、ついこの前は自分の姿を見て恐れ、這いつくばって逃げまどう村人を鬱陶しいと皆殺しにしたな」
「気に入らない奴は殺す。そんな分かり切ったっ事を今更言うな。あんまりうざい事をほざくと、たとえお前でもこの手がうっかりその首をへし折るかもしれないぞ」
 利き腕を破王に向け、物騒な事を平気で言う鬼王に、破王は更に笑みを浮かべ、頭に被っていた薄絹を両手に持ち直した。
「おお、出来るものならやってみるが良い。ここ百年ばかりはお前とやりあっていなかったな。久しぶりに本気を出すのも良いかもしれぬ。ここ数十年相手が弱過ぎて勝負にもならぬのだから仕方の無い事だが、長い退屈は我も好まぬ」
 その言葉と同時に破王の周囲に濃厚な空気の渦が起こる。
 中心に居る破王の髪一筋すらなびく事は無いが、渦に触れようものならその瞬間に、千千に引き千切られるほどの激しい嵐が渦巻いている。
 鬼王はにやりと笑って重心を落とし、一声吼えて髪をなびかせながら強烈な拳を風の壁めがけてみまった。
 周囲に耳を劈くばかりの音が響き渡る。
 しばらく続いていた音がふいに消え、元どおりの静寂が戻る。
 鬼王の手の甲から血がほとばしると同時に、破王を包む風の壁が完全に霧散した。
 2人はしばし睨み合うと、同時に手を合わせて笑みを浮かべた。

「あー、腹減った」
 何でも無い事の様に鬼王が傷口をぺろりと舐め、腹を押さえてぼそりと呟いた。
「餅なら此処に有るが」
「んなもんいらねーよ。さっき殺した奴、1人残しておけば良かったぜ」
 懐に手を入れ掛けた破王が瞬時に顔をしかめる。
「あんな臭いだけのモノのどこが美味いのだ? お前の嗜好は理解出来ぬ」
「死んだ奴は不味いけど、生きたまま取り出した心臓は結構イケるぜ。あと生娘の肉もな。俺にしてみればお前の甘い物好きの方がよっぽど気色悪い」
 それには反論せず、うんざりとした顔で破王が告げた。
「我の館まで来ればそれなりの物を用意してやろう。但し人肉は出さぬぞ」
「腹が減ってるから甘く無くて美味けりゃ何でも良いんだよ。あと酒もな」
 鬼王がにやりと笑い返し、「先に行く」と告げて風に乗って飛び去った破王の後を追った。

「また原因不明の死体の山を見つかったと聞いたが?」
「はい。法師様、こちらです」
 山道で大勢の野侍が無惨に殺されているのが見つかったと村人達に聞き、案内されて中年の法師が弔いにやって来た。
 頭を潰されている者、五体を引き千切られている者、誰1人としてまともな死に方をしていなかった。
「惨い事をする。この様な事は到底人では出来ぬ。間違いなく妖の所業であろう」
 大昔からこの地には時折大きな鬼が現れては人々を惨殺するという伝承が有る。
 これまでもこの地の領主が堪りかねて何度も討伐隊を出したが、誰1人として生きて戻って来た事は無かったという。
 何人もの術師が同時に山狩りに行き、返り討ちに合って惨たらしい死体を当てつけの様に領主の館の門前に晒された事が有ったとも聞いていた。
 つい先日もある集落の村人全員、生まれて間もない赤子も含めて惨殺されたばかりである。

 法師は仏達に手を合わせて経を上げると立ち上がった。
「この方々を手厚く葬ってお上げなさい。わしは行かねばならぬ」
 法師は能力の高さで広く名を知られていたが、何より穏やかな人柄で人々から親しみと尊敬を受けている。
「法師様、どちらへ?」
 これまで見た事も無い強張った法師の形相に、1人の男がおそるおそる問い掛けた。
「この死体はまだ新しい。気配を辿ればあの鬼の元へ行けるはずだ」
 法師の意図を察して、男は必死で法師の前に立ちはだかり、法師の腕を取った。
「法師様、それはあまりに危険でございます」
 たとえ徳の高い法師とは言え、人の身であの恐ろしい鬼に勝てるとは到底思えなっかった。
 死んだ者には気の毒だが、男には鬼に遭ったのが不運だとしか思えない。
 長い戦が続いている為、巻き添えで死ぬ事も有る。
 出来ればあの鬼に殺される事だけは無い様にと、男も村人達も諦めの境地で願うだけだった。
 法師は男の手を優しく退けて静かに笑った。
「わしがこれまで修行してきたのは全てあの鬼を倒す為だ。これ以上、あの鬼の犠牲は出させぬ」
「法師様……」
「案ずるで無い。わしの力を信じよ。後を頼む」
 法師は短く言い切り、踵を返すと魔の気配を追って走り出した。
「法師様、お気を付けて!」
 背後から聞こえる男達の声に法師は失笑した。

あの鬼を相手に生きては戻れまい。
しかし、決して敵わぬ相手では無い!
法師は鬼王を決して逃がす訳にはいかないと、更に深い山奥へと足早に進んでいった。

「邪魔したな」
「またいつでも来るが良い」
 酒と肉で腹を満足させた鬼王が破王の館を後にした。
 破王とは違い、鬼王は自分の館を構えていなかった。
 眠くなればその場に寝転び、腹が減れば獣や人を襲って食べた。
 破王からは常々呆れられていたが、鬼王にしてみれば館も配下の妖も自分を束縛する邪魔なものでしか無かった。
 中には鬼王の強大な力に惹かれて付き従おうとする妖達もいたが、友の破王に預けるか、それでも追って来る様だったら迷わず殺していた。
 何にも捕らわれず、何にも執着しない。
 それが鬼王の選んだ生き方だった。
 のんびりと歩いていた鬼王の前に、額から幾筋もの汗を流し、息を切らせている法師が現れた。
「……力の鬼王……だな?」
 ずっと走り続けていた為か、法師の声は切れ切れだったが鋭く鬼王の耳に届いた。
 鬼王は錫杖に掴まり、漸くの事で立っている法師を興味無げに見つめ返した。
「だったらどうだと言うんだ? 人間」
「お前を倒す!」
 錫杖を構え直し、息を整えて法師は鬼王に挑み掛かる。
 振り上げられる尖塔形の錫杖を指1本で受け止めて、うんざりしたように鬼王は言った。
「あのな、俺はさっき美味いもん食って機嫌が良いんだ。お前みたいにふらふらした奴を殺っても面白く無いから見逃してやる。さっさと失せろ」
 鬼王が軽く指を弾くと、法師の身体は数メートルは飛ばされ、木に叩き付けられた。
 背中を強く打ちった為に数度咳き込んだが、すぐに法師は立ち上がり、鬼王の正面に立ち塞がる。
「また人を喰ったのか? つい先日村を滅ぼし、今日もまた麓の山で何人も殺し、更に人を殺めたのか?」
 法師の瞳は怒りでぎらぎらと輝いていた。
 そんな法師に鬼王はこいつは馬鹿かと思いながらぼりぼりと頭を掻く。
 人間も毎日動物や魚、植物を殺して食べている。
 人間だけが捕食対象から外れると誰が決めたのか。
 強い者が生き、弱い者は死ぬ。
 命の連鎖とはそういうものだと、自分達妖も含めて人間以外の全ての生き物は知っている。
「今日は喰っちゃいねーよ。単にうざかったから殺しただけだ。どうせお前ら人間は毎日自分達で殺し合ってるんだ。それに少しばかり数が増えたところで何の問題も無いだろ」
 いつもの事だと面倒臭そうに告げる鬼王に、法師の怒りは頂点に達した。
 鬼が生きる為に人も喰うというのならまだ我慢が出来る。
 しかし、鬼王は殺めなくても良い多くの命を、うざいという一言で簡単に消してしまうのだ。

「お前には情けというものが一切無いのだな?」
「んな腹の足しにもならねーもん持ってどうするよ? いい加減うざくなってきたな。お前も死ぬか?」
「わしを殺せるものならやってみよ!」
 鬼王から決して目を離さず、言を唱えながら法師は懐に手を差し入れた。
「言ったな。たかが人間の分際で生意気なんだよ。望みどおりなぶり殺しにしてやる!」
 鬼王の太い腕が法師を殴り潰さんと振り上げる。
 それを待っていたかの様に、法師は懐から十数枚の札を取り出し、鬼王めがけて投げつけた。
 吸い寄せられる様に全身にまとわりつく札を見て、鬼王はふんと鼻で笑った。
「呪符使いかよ。今まで何度もこれを使う奴が現れたけどな。こんなもん俺には効かねーぜ」
「それはどうかな?」
 笑ってそのまま腕を振り下ろそうとする鬼王に、法師が笑みを返して印を組んだ。

 その瞬間、鬼王の身体はぴくりとも動かなくなった。
 上げた腕もそのままに、見えない強力な力で全身が縛られる。
「な、何だこれは?」
 鬼王は生まれて初めて驚愕を覚えた。
 身体が思うように動かない。
 これまで数え切れない程、自分を殺そうと現れた妖や、人間達をもて遊んで殺してきたが、こんな事は初めてだった。
 破王と初めて対峙した時ですら、自分と同じだけの力を持つ相手と出会い、本気で戦える喜びを感じはしても恐れを感じた事など無かったのだから。

こんな事が有るはず無い!
今まで俺はどんなに強い術師が数人掛かりで来ようと簡単に返り討ちにしてきたんだ。
この俺がこんな人間1人に簡単に封じられるだと?
許せるものか!!

「うおおおおおお!!」
 鬼王は力を振り絞って身体にまとわりついた札を引き剥がそうと足掻くが一向に身体の自由は戻らない。
 法師は鬼王から目を離さず、素早く印を組み換え言を唱え続ける。
 元々赤みを帯びた鬼王の身体が、怒りで更に真っ赤に染まり全身から汗が噴き出した。
「ちくしょう。動けねぇ。何でだ? この俺が!? この俺がぁーー!!」
「それは呪符では無い。力の鬼王よ」
「何だと!?」
 命を賭けた戦いの最中だと言うのに、法師の穏やかで静かな声に鬼王は我が耳を疑った。
「それは護符だ」
「!?」
「解らぬか? 鬼王よ、その護符は魔の力から身を護る為の物。その身から魔の力を発するお前は護符に護られ、同時に封じられたのだ」
「何だとぉ!?」
 必死に身体を動かそうとするが、すでに鬼王には自分の身体指1本すら自由にならなかった。
 法師は真摯な目で鬼王の傍らまで近付いて呟いた。
「己の力の強さ故に縛られたのだ。お前は」
 信じられないという目を鬼王は法師に向ける。
「無力だと思っていた人間にこれほどの力が有ろうとは思いもよらなかった様だな。たしかに人はお前に比べれば寿命もはるかに短く力も弱い。しかし、知恵までお前に劣るとは限らないのだ。刀や呪符でお前を倒す事は出来ぬ。わしの力とてこれまでだ」
 法師の言葉を聞いて鬼王がにやりと笑った。
 妖とは違い人は何日も飲まず食わず眠らずでは生きていけない。
「つまりお前がこのまま術を使い続けて疲れて死ぬか、この護符が消えれば俺は自由になるんだな?」
「そのとおりだ。だがその前にわしはお前の力を封じる」
「何!?」
 驚愕の表情で自分を見下ろす鬼王に向けて、法師は自分の腕を差し出した。
「所詮、人の身では強大なお前を倒す事は出来ぬ。だからお前の力をわしの命と引き替えに封じ込める!」
 法師は錫杖に仕込んでおいた長刀を引き抜き、自分の手首に当てる。
 鬼王は法師の意図を読み取り、思わず叫んだ。
「止めろ!」
「力の鬼王よ。情けを知らぬ哀れな魂よ。わしと共に眠るが良い。いつか時が巡るまで……」
 それだけ告げると法師はかすかに微笑んで、自分の手首を切り落とした。
 勢い良く噴き出した血が鬼王の身体を深紅に染める。
「やめろぉぉーーーー!!」
 法師から流れ出す血が自分の身体に降り掛かるにつれ全身から力が抜けていくのを鬼王は感じた。

俺が死ぬ!? こんなところでこんなふうに!

「嫌だぁぁぁーーーー!」
 鬼王は身動きも出来ぬまま失血で崩れ落ちる法師と共にその場に倒れた。

『破王ーーーーっ!!』

 これまで聞いた事の無い鬼王の必死の叫びに破王は寝台から跳ね起きた。
 自由奔放にして何事にも囚われない性格、強大な力をあえて誇示する事も無く、ただ己のやりたい様に鬼王は生きる。
 楽しむ事も戦い殺す事も全ては遊び、唯一、自分の本気を引き出せるのはお前なのだと鬼王は破王に笑って話していた。
 その鬼王の助けを求める声に破王は魂を握りつぶされる様な思いを味わった。

鬼王、何が有ったのだ!?
 破王は板戸を乱暴に開けると、自ら起こした風に乗り、鬼王の声のした方角に飛んで行った。
 破王の通り過ぎた後は突風でなぎ倒された木々が粉砕されたり横たわっていく。
 あとわずかで鬼王の元にたどり着ける。
 そう思った瞬間、ぞくりと破王の全身が震えた。

まさか!?
 急速に消えていく鬼王の気配に、破王は己の身も顧みず速度を上げた。

 かすかに残された鬼王の気配を辿り、漸く破王が見つけたものは死んだ法師の身体と、おびただしい血にまみれた護符だけだった。
 破王は力を奮い、空気の気配を読み取って、鬼王の身に何が何が起こったのか全てを知った。
「許さぬ!」
 破王は法師に向けて風の刃を向けようとしたが、振り上げたその手をピタリと止めた。
 全て遅かったのだ。
 自分は間に合わなかったのだ。
 あれほど必死の声で自分を呼ぶ鬼王は初めてだった。
 それなのに自分は鬼王を救う事が出来なかった。
 何百年も共に居たただ1人の親友を永遠に失ったのだ。
 破王はその場にしゃがみ込み、鬼王の身体が消えた大地に伏していつまでも泣き叫んだ。

 あれから400年間、破王は心に空いた穴を埋める術も知らず、無為な時間を過ごし続けた。
 誰も鬼王の代わりになれる者は現れず、破王自身もそれを拒んだ。
 その間に人の世は目まぐるしく変わり、妖達は汚れてゆく大地や人間と共存が出来ず、界の狭間で暮らすようになった。

18年前、お前が人として転生した事を知った時、我は喜びで胸が震えたのだぞ。
そしてその2年後にお前の力が少しも損なわれる事無くこの世に戻された時も。
天命がお前の復活を望んだのだ。
それなのにお前は未だ力を取り戻し我の元へ戻ろうとせぬ……。
一体何を考えているのだ? 鬼王よ。
 破王は館を出て風に乗り、界の扉を開いて仁旺の元へと向かった。

 カタンという小さな音に仁王が顔を上げる。
「お、タイミングぴったしだな。破王」
 笑って破王を迎えた仁旺の目の前には、すでに破王の為に用意したと思われるあんまんと緑茶と座布団が用意されていた。
「鬼王、これはどういう事なのだ?」
「仁旺だっての。ああ、もう良いからさっさと座れよ。せっかくのあんまんが冷めてしまうじゃないか。これは温かいうちに食べるから美味いんだぞ。お前は食べた事無いだろ?」
 呆けて窓際に立ち竦む破王に、来い来いと仁旺が手招きする。
 破王は訳が解らなかったが、自分を見た瞬間に変わらぬ笑顔を向けてくれた仁旺に気を良くした。
 座布団に腰を下ろし、仁旺に言われるままふかふかした白い物体を手に取る。
「先ずその半透明の紙を取って」
 破王は仁旺の手つきを真似ながら、紙を上手にあんまんから破がした。
「で、おもむろにかぶりつく」
 そう言って仁旺はあんまんを頬張り、破王もつられてあんまんを口に含んだ。
 艶が有り少し堅めの皮に対し、内側はふんわりとした感触、中央のあんは甘過ぎず、ほのかな温もりがあんの旨みを引き立てている。
「不思議な食感だが美味い」
 破王の嬉しそうな顔を見て満足そうに仁旺は微笑んだ。
「そうだろ? 萌絽羽が多分お前が気に入るだろうって言ってさっき近所のコンビニで買ってきてくれたんだよ」
 ぶっと破王が飲みかけたお茶を勢い良く噴き出した。
「げーっ、汚いな。取り合えずティシュで拭いておくか。畳にシミ残すとお母さんや萌絽羽に怒られるんだ」
 仁旺が急いでティシュを数枚箱から取り出すと、汚れた畳の拭き掃除を始めた。
「……何故だ?」
「ん、何か言ったか破王?」
 シミを残したり痛め無い様に、仁旺は畳を丁寧に拭いていく。
「何故、我が今夜此処に来るとあの小娘には判るのだ?」
 その手にしっかりとあんまんを握ったまま破王は憤る。
「萌絽羽がお前の気配を覚えてて、こっちに来た瞬間に判ったんだと。自分が途中で顔を出すと照れ屋の破王がまた逃げ出すと申し訳無いからって言って、事前に用意してくれたんだ」
「照れ屋……我がか?」
「と、萌絽羽は思ったみたいだな」
 思いもしない事を言われて呆然とする破王を見て、にやにやと仁旺が笑みを浮かべる。
「……」
 しばらく眉間に皺を寄せて考え事をしていた破王がふいに顔を上げた。
「どうした? 破王」
「判った。あの小娘は超が付くくらいの大馬鹿者なのだな!」
 そう言って破王は残りのあんまんを一飲みにした。
「あーーーーはっはっはっはっ!」
「何がそんなに可笑しいのだ? 鬼王、我はお前を笑わせようと思って言ったのでは無いぞ。笑うな!」
 腹を抱えて転げ回る仁旺に破王は怒鳴りつけた。
「仁旺だ……は……破王……お前って……」
「何なのだ?」
 何も言わず再びぶははっと笑い続ける仁旺に、破王はどうして良いか判らず、結局、仁旺の笑いが修まるまでひたすら待ち続けた。



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