『封印の魂』


−序章−

 明け方に妻の裕子(ゆうこ)が産気づいたと連絡を受け、忠司(ただし)は急いで病院へ車を走らせた。
 会社に休暇願の電話を掛けてから更に何時間か経った頃、忠司は分娩室にほど近い窓際に立ち、青い空に浮かぶ真っ白な満月を見上げた。
 満月の時は出産が多いと古くから言われているが、これから生まれようとする我が子もまた、月に呼ばれたのかもしれないと忠司はぼんやりと思った。

 分娩室の扉が勢い良く開き、看護師が笑顔で告げた。
「ご主人、生まれましたよ。母子共に健康です。可愛い女の子ですよ」
 扉の向こう側からは元気の良い赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。
 ずっと待っていた時が漸く訪れたと、忠司は胸をなで下ろし、同時にうっすらと目に涙を浮かべながら頭を下げる。
「ありがとうございます。本当に元気な泣き声だ。きっと丈夫な子ですね」
「お礼は奥様に言ってあげてください。さあ、どうぞ中へ」
「はい」
 忠司が部屋に入るとベッドには出産を終え、疲労の後が残るものの満足げに微笑む妻とその腕の中に真っ白な布に包まれた赤子が待っていた。
「裕子、良く頑張ってくれた。お疲れさま。本当にありがとう」
 誇らしげに裕子は忠司に笑い掛ける。
「あなた、この子を抱いてあげて」
「もちろんだとも。と言うか、ずっと今まで外で待たされていたんだ。是非、抱かせてくれ」
 そっと壊れものを扱う様に、忠司は裕子から受け取った生まれたばかりの娘を抱き上げる。
「なんて可愛い子なんだ。きっと美人に育つぞ」
 裕子はだらしなく破顔した夫に苦笑する。
「あなた、まだ真っ赤っかでおさるさんみたいな顔でしょ? 今からこれじゃ先が思いやられるわ」
「何を言ってるんだ。私達の子なら絶対美人に育つに決まっているだろう」
「……親馬鹿」
 その周囲で夫婦の会話を聞いていた医師と看護師達は、皆一様に笑いを堪えて肩を震わせていた。
 忠司はじっと娘を見つめ続けていたが、ふと思い付いた様に顔を上げた。
「なあ、この子の名前は『萌絽羽(もろは)』にしないか?」
「萌絽羽? 綺麗だけど変わった名前ね」
「この子の顔を見ていたら自然に出てきたんだ。どうだろう?」
 娘の顔を妻にも良く見える様に忠司は赤ちゃんを抱き直す。
「萌絽羽……そうね。この子にピッタリだとわたしも思うわ」
「そうだろう。萌絽羽、お前の名前は葵 萌絽羽だよ」

「そこの坊、親はどうした?」
 寺の境内を掃除していた政宗(まさむね)が顔を向けると、門前に薄汚れた服装で独りで座り込んでいる幼児と目が合った。
 幼児は思い詰めた様な顔で立ち上がると、ずっと握りしめていたのだと一目で判る皺皺の1枚の紙を震える両手で政宗に差し出した。
 政宗は怯えさせない様に幼児の頭を優しく撫でると、紙を受け取って素早く目を通す。
『名前は雁野仁旺(かりのにおう)といいます。年は2歳です。ご迷惑とは思いますがどうかこちらでお預かりください。いつかかならず迎えに来ます。今はこれしか方法が見つけられないのです』
 と書かれていた。
 捨て子か、こんな小さな子をこんな人気の無い寂しい場所に置いていくとは……可哀想に。
 正宗は小さく溜息をつき、紙を作務衣の合わせに納めた。
 仁旺に目を向けると、よほど心細かったのだろう、今にも泣き出しそうな顔をしている。
 政宗は膝を付いて仁旺と目線を合わせると優しく微笑み掛けた。
「坊、良く我慢したね。家へおいで。何か温かい物でもあげよう」
「うん」
 そのまま仁旺を抱き上げると政宗は母屋に戻って行った。
 仁旺の身体は冷え切っており、どれほどの時間をたった独りきりでいたのかと正宗の胸は痛んだ。

「おじいさん」
 玄関に入ると政宗の妻が台所から声を掛ける。
「おじいさん? ……あ、生まれたのか?」
 政宗が仁旺をしっかりと抱きかかえたまま慌てて台所に入った。
 夕食の準備をしながら妻の典子(のりこ)が話し続ける。
「さっき忠司から電話が掛かって来ましたよ。女の子ですって。名前も顔を見た瞬間に決めたと病院なのに大騒ぎしていたわ。萌絽羽と付けたんですってよ」
「何じゃ、わしらに何の相談も無く勝手に決めよったのか。つまらんの」
 政宗が不満気に呟く。
「も ろ は」
 聞き慣れない子供の声に典子は何事かと振り返えり、政宗に抱かれた幼児に視線が釘付けになる。
「おじいさん、その子は一体?」
 政宗は頷いて、黙って胸に入れていた紙を典子に手渡した。
「これは……そう、ですか。すぐに忠司に電話して相談しましょう」
 典子は一瞬だけ顔を曇らせて、ガスレンジの火を止めると居間に走って行った。
 政宗はダイニングの椅子に仁旺を落ちないように座らせて牛乳を電子レンジで温める。
「ほれ、坊、温まるぞ。自分で飲めるかの?」
 小さな陶器のカップを両手に握らせると仁旺はこくりと頷いた。
「あ・が・と」
 放置されて空腹だろうに、それでもたどたどしくお礼を言う仁旺の頭を政宗は何度も撫でた。
「仁旺は賢くて良い子だの」
 政宗が微笑むと温かい物を口に入れて安心したのか、にこっと仁旺も笑い返した。
 真っ直ぐで素直な視線を受けた政宗は、家族を説得して仁旺を親が迎えに来るまで家で預かろうと心に決めた。


−第1章−

 カレンダーは初秋を告げているが昼間はまだ蒸し暑く、日が沈むと涼しい風が熱気を払拭していく。
 庭先からは虫の鳴き声が聞こえてくる。
 参考書と辞書を片手に仁旺は大学受験勉強をしていた。
 捨てられた自分を引き取ってくれた優しい葵家の人達は、塾に行く事を強く勧めたが、赤の他人を高校まで行かせてくれた恩人達に、これ以上甘える訳にはいかないと仁旺自身が断った。
 絶対にストレートで公立大学に受からなければ、恩を仇で返す事になると仁旺は真剣に問題に取り組んでいた。
 カタンと小さな音だがその気配の大きさに集中してた気が完全に途切れ、仁旺が窓際にたたずむモノの姿を認めて溜息をつく。
「今度はお前か」
 腰の位置よりも長い純白の髪、鋭く長い赤い爪、尖った耳と猫の様に金色に輝く瞳はそれが決して人では無い事を充分にものがたっていた。
「400年ぶりに会ったというのにずいぶんな挨拶だな。鬼王?」
「破王、今の俺の名前は仁旺だ」
 くくくっと笑って破王は仁旺の傍らまで近付くと、肩まで届く髪を襟足で纏めている仁旺の髪の一房掴んだ。
「雁野仁旺……仮の姿の鬼王(におう)よ。お前が昔馴染みの誰を迎えに行かしても全く戻ろうとしないから、わざわざこの我が人間だらけの汚れた土地まで迎えに来てやったのだぞ。もう少しくらい嬉しそうにしたらどうだ。我に会いに来させたくて今まで散々駄々をこね続けていただろう?」
 仁旺は破王の手を鬱陶しそうに軽く払い除けると渋面で呟いた。
「またその話か。俺は何度もあっちに戻るつもりは無いと、お前の配下に言っておいたはずだぞ」
 破王は「何を馬鹿な事を」と更に笑い声を上げた。
「お前があの娘が生まれた日にこの家に入り込んで、すでに15年もの時が過ぎた。お前の気の短さは我ら妖(あやかし)の中でも随一と記憶しているが、いつまで人間になりすまして遊んでいるつもりなのだ?」
 バンッと強く机を叩いて仁旺が声を荒げる。
「あのな、俺は転生して今は人間なんだよ。妖じゃ無いんだ。お前もいつまでも昔の事に拘ってるんじゃ無い」
「鬼王?」
「仁旺だ。解ったらお前もさっさとあっちに戻れ」
 それだけ言うと仁旺はもう話す事は無いと破王に背を向けた。
 何事も無かったかの様に机に向かう仁旺に、破王は信じられない物を見たと思った。
 よもや親友の自分が迎えに来ても、鬼王が背を向けるとは塵とも思わなかったのだ。
 決して低くは無い矜持を深く傷つけられ、肩を震わせて破王は仁旺の腕を掴んで振り向かせる。
「何の冗談だ?」
「この俺が冗談でこんな事言ってると思うのか。他の誰より俺を知るお前までが?」
 2人の鋭い視線が真っ直ぐに合わさった。

「仁旺ー、お客様来てるでしょ? お茶持ってきたよ」
 ぼすぼすと襖を叩く音と共に、可愛らしい声が部屋の外から聞こえてきた。
「あの小娘か!」
 破王は瞬時に一切の音も立てずに飛び立ち、窓の外に姿を隠す。
「開けるね」
 盆に2人分の緑茶の入った湯飲みと皿に盛られた饅頭の山を乗せて萌絽羽が入って来た。
 ラフなショートヘアに童顔、150センチにも満たない身長で細身の萌絽羽は高校1年生だが、小学生に間違われるのもしばしばだった。
「あれ、お客様は?」
 大きな瞳できょろきょろと部屋を見渡しながら間の抜けた声を上げる萌絽羽に、仁旺は軽く額に手を添えた。
「萌絽羽、せっかく持って来てくれて悪いけど今日の客はもう帰った」
「うっそだー」
 萌絽羽はあっさり言い切ると、畳に盆を置いて仁旺が止める間も無く窓際に向かった。
 窓から少しだけ顔を出すと、屋根に掴まり壁に張り付いている破王と目が合う。
「……!」
「わー。今回はすっごい美形さんだ。初めまして、萌絽羽です。お茶とお菓子が有るからゆっくりしていってくださいね」
 姿を見られ青ざめた破王に、にっこりと笑顔を向けると萌絽羽は部屋を出て行った。

「……な、何なのだ? あの小娘は」
 萌絽羽が立ち去ったのを確認して、唖然とした顔で破王が部屋に戻って来た。
「あっはっはっはっは。お前とは長い付き合いだがそんな顔は初めて見たぞ」
 ひとしきり大笑いすると仁旺は機嫌を直し、破王に座布団を勧めた。
「あれが萌絽羽だ。面白いだろう?」
「ふざけた小娘だ。いかにして我が此処に来た事を知ったのだ? しかも完全に気配を消していた我をいとも簡単に見つけおった」
「萌絽羽はあの法師の子孫だぞ。妖の気配には敏感なんだ」
 笑って答える仁旺に、破王がその名を口にするなと怒りの形相を向ける。
「お前が笑ってその話をするとは思いもよらなかったぞ。奴が死んでいなければ、あの場で我がこの手で引き裂いてやっておったわ」
「まぁ、そういきり立つなよ。あ、特上の玉露だ。来客だと良いお茶を出して貰えるからな」
 嬉しそうに饅頭に手を伸ばす仁旺を、信じられないという顔で破王は見つめた。
「お前は甘い物が大の苦手では無かったか?」
「人間になって嗜好が変わったんだよ。慣れると結構美味いものだな。破王も立ってないで座れよ。お前の好物の饅頭が沢山有る事だし」
「う、我は人間ごときのほどこしなど……」
「マジで美味いぞ。お前が要らないなら俺が全部食っちまうけど良いのか?」
「我の目の前でそれを食うな!」
 つい本音を言ってしまい狼狽えた破王に、仁旺はにやりと笑って皿を差し出す。
「我慢せずに食えよ」
「……うむ」
 破王は座布団に腰を下ろすと、落ち着く為に1口お茶を飲んでから饅頭を頬張った。
「美味い!」
 次々と破王は夢中になって残っていた饅頭を一気に食べきった。
 そんな破王を仁旺はにやにやと笑って見つめていた。

 最後にお茶を飲み干し、ほっと息をついた破王に仁旺が言った。
「萌絽羽は相手の嗜好を読み取るのが得意なんだよ。これは破王の為にと萌絽羽が用意したんだ」
 はっと思い当たる節が有ると気付いた破王が仁旺に詰め寄る。
「まさかと思うが、今までお前の元に行かせた者達にあの小娘の事を聞くと、一様に口をつぐんだのは……」
「皆、萌絽羽に俺の大切な客として自分の大好物でもてなされて喜んで帰って行ったからな。萌絽羽に悪意を持ってるお前には何も言えなかったんだろう」
「お前の客として? ……明らかに妖と判る姿をした者ばかりだったはずだが……」
 怪訝そうな顔で唸る破王に仁旺はぷぷっと思い出し笑いをする。
「『あ、狐さんだー。今日は狸さん、蛇さん、鳥さん……宜しくー』って感じで喜んで酒や時には生肉まで持って来てたからな」
 破王の額から汗が一筋流れ落ちる。
「もしかして、あの小娘はかなり変わった人間ではないのか?」
「いや、あれはもうぶっとんでると言った方が正しい」
 ひらひらと手を振って仁旺が答えた。
「……」
 考え込みだした破王の肩に仁旺がそっと手を掛けた。
「頼むから俺をあっちに連れ戻そうなんて考えはもう捨ててくれ」
 淡々と残酷な事を告げる仁旺に、破王は憤りを感じずにいられなかった。
「……400年もの間、我はずっとお前の転生だけを待ち続けていたのだぞ」
「破王、気持ちは嬉しいが諦めてくれ。人の身になっても俺がお前の親友だという事に何の変わりは無いだろ。俺もお前の事を忘れた事は無い」
「戻る術が有るのにお前は本来の姿を失ったまま、人間ごときに曲げられた生き方を選ぶと言うのか?」
「俺はその人間ごときの今のままで満足してるんだ」
 破王に向けられた仁旺の笑顔は本物だった。
 破王は仁旺の顔を見つめ続ける事に耐えきれず、立ち上がり窓枠に足を掛けた。
 振り返らないまま破王は呟いた。
「また来る」
「ああ、遊びに来てくれるのならいつでも歓迎するよ。こっちからは自力で行けないからな」
 明るく言い返されて破王は吹き出した憤りを胸にしまい込むので精一杯だった。
「くっ」
 音も立てず破王は闇の中へ姿を消した。

 空になった器を乗せた盆を持って仁旺が台所に行くと、ダイニングで萌絽羽がお茶を飲んでいた。
 立ち上がって仁旺から申し訳無さそうに盆を受け取る。
「お客様、すぐに帰っちゃったね。仁旺の1番大事なお客様なのに、いきなりわたしが顔出してびっくりさせちゃってごめんね」
「萌絽羽のせいじゃ無いよ。あいつは特別人見知りが激しいんだ。お茶を出してくれてありがとう」
「仁旺のお友達ならわたしに取っても大事な人だもん」
 湯飲みを片付けようとする萌絽羽に、仁旺が両手を合わせてせがんだ。
「あ、俺ももう1杯お茶を飲みたい。饅頭もあいつに全部食べられて結局1個しか食べれなかったんだ。まだ残ってるならもう1つくらい欲しい」
「あれを全部1人で食べてっいってくれたの? すっごい甘党さんなんだ」
 10個は乗せておいた饅頭を客人1人で食べてくれたと聞いて、椅子に腰掛けた仁旺におかわりのお茶と饅頭を差し出しながら萌絽羽が嬉しそうに言った。
「見てるこっちの方が胸が悪くなるくらいにな」
 胸を押さえて吐く真似をする仁旺の正面に萌絽羽も笑って腰掛けた。
「すごく綺麗な人だったねー」
「風の破王って名前なんだ」
「風使いさんか。似合ってて格好良いね。また来てくれるかな?」
「……多分な」
「楽しみー」
 にこにこ顔でお茶を飲む萌絽羽を仁旺はじっと見つめる。

萌絽羽、お前は絶対に俺が護る。

「えっ、何? 仁旺」
 首を傾げる萌絽羽に仁旺は頭を振った。
「何でも無い。良いお茶はやっぱ美味しいなぁと思ってただけだよ」
「普段は飲めないもんね」
 にぱっと萌絽羽が笑う。
「あ。萌絽羽、お前それが目当てでまたあいつに遊びに来て欲しいって言ってるのか?」
「えー、それだけじゃ無いよ」
「だけって事はやっぱりそう思ってたんだな」
「あ、仁旺怒っちゃやだ。ごめんって」
 首根っこを掴まえてられ、ぐりぐりとげんこつで頭を抑える仁旺に萌絽羽が素直に謝った。
 仁旺が「これで許してやる」と手を離す。
「もー、それで無くても小さいのにこれ以上背が縮んだらどうしてくれるの?」
「ばーか。これぐらいで縮む身長ならもっと萌絽羽はチビだって」
「ああ、人が1番気にしてる事をあっさりとー!!」
 怒った萌絽羽がぽかぽかと仁旺の胸を叩く。
 本当は頭を叩いてやりたいのだが、萌絽羽の身長では長身で体格の良い仁旺の頭にはどうしても手が届かないのだ。
 仁旺はといえば非力な上に、本気で無い萌絽羽のパンチなど全く応えていない。

このままはぐらかしてしまえば良い。
俺はこの笑顔を失いたく無い。

「仁旺……やっぱ、どこか変」
 心配そうに萌絽羽が仁旺の顔を覗きこむ。
「何でも無いって言ってるだろ」
 真っ直ぐに萌絽羽の視線が仁旺の瞳を射抜く。

勘が良過ぎるんだよ、お前は。

「いや、実は萌絽羽はすごい面食いだったんだなって思ってたんだ」
 仁旺の指摘に真っ赤になって萌絽羽が声を上げる。
「眼福って言ってよ。あれだけ綺麗な人だったら見てるだけで気分が良くなるでしょ?」
「やっぱり、面食いなんじゃないか」
「仁旺ー!」

 居間では萌絽羽の両親と祖父母がそろってお茶を飲んでいた。
「ダイニングは今日も賑やかだの」
 毎度の事なのだが、政宗がわざとらしく片耳を塞ぐ仕草をする。
「相変わらず仲が良過ぎっていうか」
 と裕子が苦笑する。
「生まれた時から一緒に居るからだろう」
 と忠司。
「2人共、本当の兄妹の様にお互いを思いやってますからね」
 と典子が微笑む。

 萌絽羽が生まれた後、葵夫婦には子供が出来なかった。
 住宅地から少し離れ、森に面した寺という少し変わった家庭環境の上、一人っ子では萌絽羽もさぞかし寂しい思いをした事だろう。
 4人は2人の仲の良い姿を見る度に、仁旺を葵家に引き取ると決めて本当に良かったと心から思っていた。
 ドタバタと廊下を慌ただしく走り回る音が聞こえてきて、戦地が広がったなと4人はお互いの顔を見合わせて苦笑いした。

 人界とはわずかに違う月を破王は見上げていた。
力の鬼王よ、無様な姿で生きたたった18年間でお前はすっかり変わってしまったのか?
 パキリと破王は座っていた木の小枝を手折った。

諦めぬ、諦めぬぞ。
我は人間などという汚れた存在からお前を取り戻してみせる。

 付き従っていた配下の者達が、破王の冷たい笑顔を見てガタガタと震えていた。
 輪廻は漸く周り始めたのだった。



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