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『ダークスタイル・ダークエレメンタラー 〜ヴァーダークラルアンティー 闇来恋(やみくるこい)〜』
第二十四旋承壁陣(だいにじゅうよんせんしょうへきじん)
たかさき はやと
晴れ渡る空。まだら模様の雲が流れる空。
エルフィールは爽快(そうかい)な気分ではなかった。
エルフィールは汗だくで息も絶え絶えだ。
滝でも流れそうな灰色の岩山をいくつ上がってきただろう。
エルフィールはよろけた足取りだが、ダリルやジョルディー、ハイベルはしっかりした足取りだ。
「おいジョルディー」
「なんだエルフィール」
「私の剣を持たせてやる」
「ん、いいぞ」
「エルフィール、しっかりしろ。だらしないぞ」
ダリルの声に「はい」とエルフィールは襟(えり)を正す。
剣をジョルディーに持たせてからエルフィールは一息つく。
こうなったのもオマエのせいだぞと、ハイベルの頭を叩く。
不思議そうにエルフィールを見るハイベル。
鍛(きた)え抜かれたエルフィールの体も、
最近は疲れるとジョルディーに背負ってもらったりしていて、体がなまっていた。
かといってダリルの前でジョルディーに背負ってもらうわけにもいかない。
もう精魂つきたとエルフィールが倒れそうな時、「村がある」というジョルディーの
言葉にエルフィールは生気を取り戻す。
睨(にら)みつけた先には村があった。
岩山をくりぬいた住居が川づたいに並んでいる。
エルフィールはジョルディーの腕をつかんで走り出す。
「水、水、みいずう〜!」
ジョルディーもついて行くのがやっとな勢いでエルフィールは
山道を駆け抜ける。
岩に埋め込まれたような住居に飛び込む。
中は通路の天井だけがくりぬかれ、空が見えた。
太陽光が取り込まれ、以外に明るい。
道には丸く土が詰め込まれ、木が植えられている。
木はところどころに植えられ、緑の色彩を放っている。
左右は岩をくりぬいた住居が延々と道の先まで続いている。
窓や扉など四角く、くりぬいただけだ。
エルフィールの胸の辺りを四角い木が延々と連なっている。
木のふたを開けると水が流れていた。
どうやら川を利用した水道らしい。
しばらく歩くと広場にでる。
天井は丸々と広くくりぬかれ、陽の光りが磨かれた岩に反射して
光りの広場がある。
中心は水が上から流れてくる。
木の桶(おけ)がそれを四角い木の水道へと、十二本に分配している。
エルフィールは桶の水をすくって飲んだ。飲んだ飲んだ飲んだ。
ついでに咳き込んだ。
「だいじょうぶか」
ジョルディーがエルフィールの背中を叩く。
ふり向いたエルフィールは目から鼻から口から水が流れていた。
ジョルディーが布で拭いてやる。
エルフィールはなんだかどきっとした。
−−−なんだこの気持ちは?
エルフィールは不思議に思う。
そんな気持ちは初めてだった。
戦い。
それだけが存在の証明だった日々。
それがいまジョルディーといるとなにか
もどかしい気持ちがわきおこることはあった。
だが、その気持ちにターボをかけたこの気持ちはなにか。
エルフィールはその気持ちに好奇心を持っていた。
−−−この気持ちを知りたい。
それは好奇心ではなかったのかもしれない。
さらに奥に進むと木々も何本かしげり、ちょっとした森を思わせる。
豊富な土に水に緑があった。
「ここはまるで岩山に出現したパラダイスかオアシスだな」
エルフィールは感嘆のため息をつく。
「そうだな」
ジョルディーがあいづちをうつ。
−−−なにか足りないな。なにかが。
そう思うエルフィールは横にいるジョルディーを見た。
胸がどきどきしてくる。
「エルフィール、どうかしたか?」
「な、なんでもないっ」
胸はさらに早鐘を打つ。
それはエルフィールがいままで知らなかった気持ち。
その気持ちの名は。
エルフィールはジョルディーの腕をつかむと走り出す。
「ど、どうしたエルフィール!」
「ついて来いジョルディー!」
エルフィールが向かったその先に、この村唯一の教会があった。
「おいおい」
ジョルディーが困惑している。
「欲しいものは奪うのが戦いの基本だ。なにか間違っているかジョルディー」
ジョルディーはため息をつく。そして「間違ってない」と言った。
二人は教会に入る。
やはり岩をくり抜いた建物は質素で広くもなく、数歩、歩くともう祭壇についてしまった。
祭壇の前には神父がいる。
「これを」
神父は木の指輪をふたつ布から取り出すと、エルフィールとジョルディーに持たせる。
ジョルディーはエルフィールに指輪を付ける。
−−−これだ。これが私の待っていたことだったんだ。
エルフィールは笑顔がこぼれる。
エルフィールも指輪をジョルディーに付けようと、ジョルディーの顔を見ると、なにか悲しげだ。
「どうしたジョルディー」
「いや、なんでもない」
「私ではいやなのか」
「そうじゃない」
「なぜ悲しそうな顔をする」
「なんでもない」
エルフィールは指輪を付けようとする。
ジョルディーの顔を見る。
やはり悲しそうだ。
「言いたいことがあるなら言ってくれ」
「言うことはなにもない。さあ、幸せになろう」
エルフィールは肩をふるわせる。
なんだか無性に腹が立ってきた。
馬鹿(ばか)にされた気がした。
と、二人のあいだから光りが生まれた。
それはいつになく、おだやかで気持ちが落ち着いた。
エルフィールは光りでジョルディーを斬る。
ザキン!
−−−オレではだめだって言うのか!
ヤサぐれた男がいた。
今風のファッションらしいボロボロの服を着ている。
髪はだらっとしていて、まるでとかしていないようだ。
エルフィールはその若い男がジョルディーであることに、しばらく気がつかなかった。
「なぜオレではいけない」
男は女に叫ぶ。
若い女は黒い腰まであるストレートな髪に白のワンピース姿だ。
「あなたが自分で自分を支えられるならば、いつでも一緒になりましょうに」
女はそう言って悲しげに笑った。
「その顔をやめろ! やめろやめろやめろおっ」
ジョルディーは走り出す。
なにもかもから逃げ出すように。
泣いた。
ありったけの涙で泣いた。
それがジョルディーにできる精一杯のことだった。
エルフィールの前で泣いていた。
エルフィールはそっと肩を抱く。
何時間も泣いたジョルディーは眠ってしまった。
エルフィールは自分のマントをかける。
光りが通り抜けた。
目の前に現在のジョルディーがいた。
泣いていた。
なにも言わずに。
エルフィールがジョルディーを抱きしめる。
「泣くな、私がついているぞ」
しばらくそうしていた。
「落ち着いたかジョルディー」
「まあな」
「それじゃ行くぞ」
二人は外に出る。
水も木も動物もなにもかもがそろった村。
だが、村には足りないものがあった。
水のせせらぎが聞こえない。
葉のそよぐ音が聞こえない。
風もいっさい音が失われていた。
いや、音はあった。
その音だけが、すべての音をかき消していた。
森の中心にそれ、はあった。
たてごとが岩の上にぽつんとある。
誰もいない。
なのにたてごとは音を奏でるのだ。
その音は聞く者に感情を芽生えさせた。
エルフィールはジョルディーとうなずく。
二人のあいだに光りが生まれる。
ザキン!
光りがたてごとを斬る。
草原が広がる緑の丘に座る二人の少年と少女がいた。
「妖精が舞っている」
少女はそう言って笑う。
「そうだね」
少年もうなずく。
なにもない空に二人は確かに自然を見ていた。
それは二人の奇跡だったのかも知れない。
少年と少女は毎日のように遊んでいた。
それは生活のあいまの一時だったが、何事よりも楽しくうれしかった。
そんな日々に終わりはなく、あるとすればそれは……。
少女は少年に花の指輪を作る。
それを付けようとした瞬間、指輪は風の妖精のいたずらか、空に舞う。
別れは突然だった。
少女は遊牧の民だった。
旅立つ少女を少年はまた会う約束をして別れた。
一年が過ぎた。
少女は来ない。
二年、三年が過ぎた。
十年が過ぎた時、少年は青年になっていた。
青年はなぜ遊牧の民が来なくなったのか、少女はどうしているか、旅に出ることにした。
いくつの国をいくつの街を数え切れない村を旅して歩いた。
旅の糧にと、歌を覚え、たてごとを弾き語りしながら歩いて歩いて歩き続けた。
青年はその過酷な旅に耐え、八十になっていた。
いっこうに少女のゆくえは知れず、次の村へと岩山を上っている時に力つきた。
男の骸(むくろ)を土が覆(おお)った。
だが、たてごとだけはそのままだった。
それだけでなく、たてごとは日々旋律を奏で、その音によって水がわき、緑が生え、動物が住み始めた。
ポロン……
たてごとが鳴る。
誰が弾くでもなく音楽を奏でる。
愛の歌を。
ジョルディーとエルフィールは岩の家々を抜け、出口に向かう。
出口には、村人が何十人となく集まっていた。
年をとった白いヒゲの神父が言う。
「お気に入りませんでしたでしょうか」
「別に」
エルフィールは一瞥しただけで、また歩き出す。
「お待ちください」
「なにか用か」
エルフィールはうっとうしげでさえある。
「この村にたどりついた者は虐げられた者たちばかりです。ここでは誰もあなたたちに危害を加えたりしないでしょう。それはいまのあなたたちなら知っているはずです」
「まあな」
エルフィールはだるそうな答える。
「ではここに住んでください。あなたがたの住む家なら我々が建てる手伝いをしましょう。ここならなにも心配なく暮らしていけるのですよ」
「ここにはひとつ足りないものがある」
エルフィールは遠い目をして答える。
「なんです。用意させましょう。お力になります」
「冒険がない」
エルフィールとジョルディーは歩き出す。
「そんな……」
それが最後に聞こえた声だった。
「いやだったかエルフィール」
ジョルディーが聞く。
「いや、楽しかった。な、なにを言わせる斬るぞジョルディー!」
ジョルディーが笑いだす。
痴話喧嘩をしていると、村の外にダリルとハイベルがいる。
「どうしたんです。村に入らなかったんですか」
エルフィールの言葉に「休憩が必要なのはエルフィールだったろう」と、ダリルが言う。
エルフィールには意地悪く聞こえた。
エルフィールはふと村のほうを振り返る。
「行くぞエルフィール」
「わかったジョルディー」
村からは風に乗って音楽が奏でられていた。