erem20
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『ダークスタイル・ダークエレメンタラー 〜ヴァーダークラルアンティー 闇泉水(やみせんすい)〜』
第二十旋承壁陣(だいにじゅうせんしょうへきじん)
たかさき はやと
岩だらけの道を歩いていくジョルディーとエルフィール。
陽は陰り、夜はその濃さを増していく。
なにも見えず、なにも聞こえず、闇は深まっていく。
「星が見えるな」
「どうしたエルフィール」
「泉が見える」
「この暗闇でか? いや、そうだな。見えるな」
ほのかな月明かりが木々などに囲まれた泉を照らしている。
「水の補給ができる。ちょうどノドが乾いていたんだ。行こうエルフィール」
ジョルディーとエルフィールは泉に向かう。
緑に囲まれた泉だ。木も何本か見える。
足の感触が砂から土に変わり、さらに草になる。虫もいる。アリが行脚のすじを作り、バッタのような虫が踏んだ草から飛び出す。木々のあいだをムササビだろうか。大きな動物が移動していく。
泉は小粒の水泡を出しながらしたたっている。アメンボが作り出すような波紋がそこかしこに見える。ここは妖精が波紋を作る泉なのかとエルフィールは思った。妖精はめったに姿を見せないから、その気配でしか妖精を見つけることはできない。
水面に光りが灯る。ちょっと手をのばせば手が届きそうだ。
「妖精かな」
ジョルディーがそう言う。青い光りが水面に反射してふたつの光りがゆらめく。青い光りが水面に近づいていく。光りが水に沈むのと同時に水面から人が生まれた。白い肌に白いワンピースのドレス。白い髪が腰までのびている。妖精ではない。その背は、体格のいいジョルディーより一回り小さく、エルフィールよりは大きい人だ。
「誰だろう?」
ジョルディーが謎かける。
シャリンッ
エルフィールがソードを抜く。
「敵なら斬るまでだ」
「まだ敵と決まったわけではないさ」
ジョルディーがさとすが、エルフィールは泉の中に入っていく。
「答えろ。おまえは誰だ。敵か? ならば斬る」
エルフィールが剣を振り上げる。その人影に近づいたエルフィールはそれが少女であることに気づいた。少女は素足で水面から浮かんでいた。霊のたぐいかと思ったが、姿が透けているわけでもない。エルフィールはこういう種族がいるのか考えてみるが思い浮かばない。
「光りの種族というのがいると聞いたことがある」
ジョルディーはそう言う。エルフィールは「おまえに聞いているっ!」と、少女の手をつかんだ。その瞬間、少女は水となって崩れ落ちる。
「大丈夫かエルフィール」
ジョルディーの声も聞こえていないようにエルフィールは一言「確かに感触があった」とだけ言った。
エルフィールを中心に水面に波紋が走る。
夜はまだ暮れたばかりだった。
次の日、二時間も歩くと街があった。三十くらいの石作りの家がそこかしこに並んでいる。砂にコーティングされた家は黄色に染まっている。大通りをジョルディーとエルフィールは歩く。
「ひさしぶりにメシらしいメシでも食うか」
ジョルディーの言葉の後、二人は食堂兼宿屋に入る。宿屋の中には丸テーブルがいくつかあり、それぞれ四つ椅子が付いている。まだ人はいない。カウンターには白ヒゲにふわふわした白髪の中年の男性が食事の仕込みをしている。ジョルディーとエルフィールは食事を頼む。
「ここは二階が宿になっている。良かったらどうだい」
ジョルディーとエルフィールはお互いの顔を見る。
「それじゃ情報を集めたあと、一泊するか」
ジョルディーの提案に「そうだな」とエルフィールが応える。
「じゃあ三人様お泊まりだ」
宿のおやじが奥の従業員らしい中年女性に呼びかける。ジョルディーはテーブルを見回すが、旅人はエルフィールと自分の二人だけだ。
「オレたちは二人だけだよ」
ジョルディーの言葉におやじさんは怪訝(けげん)な顔をする。
「あんたにエルフにそれ、そこのお嬢さんの三人だろう」
おやじさんが言う少女の話しを聞くと、泉で出会った少女と似ていることが解かった。
「憑(つ)かれたかな?」
「よせっジョルディー! 私は、私はそういうのはニガてだ!」
「それは以外なことで」
ジョルディーがイジ悪い顔をする。
「エルフィール、ま、とりあえず害がなければいいから街に情報を集めに行こう」
「う、うん。それでいい」
エルフィールはキョロキョロして挙動不審だ。ちょっとおどおどさえしている。もちろんジョルディーはこんなエルフィールを見るのは初めてだった。
それから二人は街に出て人と話しをして、異変について聞いて回ったが、たいして手ごたえはなかった。そして街の人は必ずエルフィールたちが三人組だと言うのだった。それは少女で白い服に白い肌、白い髪だと言うのだった。その話しを聞くたびにエルフィールは冷や汗をかくのだった。
「とり憑(つ)かれているな」
ジョルディーが深刻な顔でそう言う。
「その話しはするな! 斬るぞ」
ジョルディーは笑いをこらえるので大変だった。ジョルディーも軽く少女のことを考えているわけではない。だが、少女が悪さをする様子もない以上、姿が捉えられない以上、とりあえず様子見しかない、と考えているのだった。
街の日も暮れ、二人と見えない一人は宿に戻った。
食事を取る二人。おやじさんが言うにはまだ少女は一緒にいるとのことだった。食事を終え、二階の休む部屋に上がる。自分の部屋に入ろうとしたジョルディーの手をエルフィールがつかむ。
「一緒に寝てくれ」
エルフィールがオドオド言う。
「ああ、いいよ」
ジョルディーは笑いをこらえている。ジョルディーは床(ゆか)に、エルフィールはベッドに横になる。
「ジョルディー起きてるか」
「ああ、起きているよ」
そんな会話が何回続いただろうか。やがてエルフィールは静かに寝入ったようだった。ジョルディーは考えていた。異変のことを。そして少女のことを。やがてジョルディーも眠りにつく。夜はふけていく。
翌日、二人は街の端まで来ていた。この街での情報はあきらめ、葉の国に急ぐことで二人は一致したのだ。
「なっ!」
エルフィールがぎょっとする。
街の出口に少女が立っていた。まるで街から二人を出さないかのように。
「私たちにつきまとうな!」
エルフィールが怒鳴る。少女は動かない。
「わ、私のサラマンダーはおまえを灰燼(かいじん)と化すぞっ!!」
少女は動かない。
「この……!」
「あれは何だ?」
ジョルディーの声にエルフィールが気づいた。
少女の後ろからなにかがやって来るのを。
「これは……」
「砂?」
少女の後ろから砂の津波が押し寄せて来る。砂の波の大きさは10メートルはあるだろうか。二人どころか街もひとたまりもないだろう。
パアアア……
光りが生まれた。
二人の間に。光りの剣が。
ジョルディーとエルフィールは顔を見合わせる。二人はうなずくと数歩歩いて光りの剣で少女を斬った。
ザキン!
砂の津波がまっぷたつに割れた。
二人の脳裏を少女の思い出がよぎる。
街の人々をうるおしてきた泉は、どれだけの人たちが育つさま、生きるさまを見守ってきたか。それは街の人たちの思いを得た泉の気持ち。街は泉によってうるおって力を得てきた。「ありがとう」少女はそう言って消えた。
砂の津波は光りの剣により断ち切られ、ふたつに分かれた砂が城壁のごとく街の壁となっていた。街の中には砂は入らなかった。
街の人々は騒然となっている。
エルフィールは駆け出す。ジョルディーも後に続く。昨日泉のあった場所へ走った。そこは砂の津波に飲み込まれ、木のてっぺんがわずかにのぞくだけだった。
エルフィールがひざを落とす。ジョルディーがエルフィールの肩に手を置く。エルフィールはしばらくそこにいたが、また歩き始める。二人は泉を街を後にした。道はただ二人の先に続いているのだった。