「交響曲第4番は、ショスタコーヴィチがベートーヴェン以降の交響曲の伝統、特にマーラーの音楽に独自のやり方ではあるものの積極的に取り組んでいたことを明らかにしています。とりわけ、そのコンセプトと規模においてマーラーの影が最も大きく迫っています。ショスタコーヴィチの交響曲の中で最も長い作品ではないものの(その栄誉は第7番に与えられることになります)、(中略)ここでのショスタコーヴィチの表現力は、平凡なものから崇高なものまで、些細なものから悲劇的なものまで、両極端の対峙という記念碑的な表現で表現されています。20本の木管楽器、17本の金管楽器、そして多数の打楽器と弦楽器で構成されるこの交響曲第4番のオーケストラは、ショスタコーヴィチの交響曲の中で最も大規模なものでした( “Shostakovich:
A Life” by Laurel E. Fay p.93-94 )。」
また、1979年にニューヨークでこの曲が演奏された時の新聞評には、「3つの楽章で1時間を占める。その巨大さ、特大オーケストラの使用、そしていくつかのアイデアにおいてマーラー的である。(
"Rozhdestvensky Conducts Shostakovich's Fourth" The New York Times Feb.
25, 1979 by Raymond Ericson)。」と書いています。さらに、その著作『ショスタコーヴィチの証言』で正統性や信憑性をめぐって議論を巻き起こしたソロモン・ヴォルコフも同じようにマーラーの影響について語っています。
「(1935年2月に開催された会議で)ショスタコーヴィチは音楽における『内容』という難題について次のように述べています。(中略)『アルバン・ベルク、ヴァイルといった一流の巨匠たちを研究するために、ソヴィエト作曲家同盟はセミナーを開催すべきです。西洋の音楽文化をもっと深く、真剣に理解する必要があります。そこには多くの有益な情報があるからです。』 (中略)
『マクベス夫人』が糾弾されるまでは、模範的なソヴィエトの若手作曲家として注目を集めていたショスタコーヴィチは、ベルク、シェーンベルク、クルシェネク、ヒンデミット、そしてとりわけにストラヴィンスキーといった同時代の作曲家の音楽が、特に音楽院卒業後の3年間に自身の成長に与えた影響について率直に語っていました(“Shostakovich:
A Life” by Laurel Fay p.88 )。」
「(1920年代)から1930年代にかけて、マーラーの交響曲と歌曲は、レニングラードと(それほど頻繁ではないが)モスクワで、ハインツ・ウンガー、フリッツ・シュティードリー、ハンス・シュタインベルク、アルバート・コーツ、ブルーノ・ワルター、オットー・クレンペラー、アレクサンダー・ツェムリンスキー、ヨーゼフ・ローゼンシュトック、ヴァーツラフ・ターリヒ、オイゲン・ゼンカール、ヤッシャ・ホーレンシュタイン(といった海外の指揮者)、そしてアレクサンドル・ガウク、カール・エリアスベルク、ナタン・ラフリン、ニコライ・ラビノヴィチ、エフゲニー・ムラヴィンスキーといったソヴィエトの指揮者によって演奏されました( "Mahler's
Forgotten Conductor: Heinz Unger and his Search for Jewish Meaning,
1895–1965" by Hernan Tesler-mabe p.195 )。」
「悲劇性と平凡性の要素的な衝突から、オーケストレーションの細部、和声の横滑り、そして『カッコウ』の鳴き声に至るまで、マーラーとの接点は至るところに見られます(
About this Piece "Dmitri SHOSTAKOVICH:Symphony No.4" by Laurel E. Fay
2011 Los Angeles Philharmonic )。」
「第2楽章はニ短調のシンプルな構成(A-B-A1-B1-コーダ)で、その”レントラー”的な特徴はマーラーを彷彿とさせます。( About
this Piece "Dmitri SHOSTAKOVICH:Symphony No.4" by Laurel E. Fay 2011 Los
Angeles Philharmonic )。」
ローレル・E.・ファーイが第2楽章のどの部分(AかBか)を”レントラー”的と形容したのかはその文章全体からはわかりません。第2楽章の中間部(ファーイの分類ではB:練習番号123のファースト・ヴァイオリンによる旋律)をレントラーとする解説もありますが、A-Bどちらなのか、両方共なのか、どちらでもないのかはわかりません。個人的にはこの楽章でレントラーは正直なところ聴こえてこないのです。ショスタコーヴィチのテンポ指定は速く、
Moderato con moto 8分音符=144
の3/8拍子です。一方マーラーの場合、「緩やかなレントラー風のテンポで」と明記している第9番の第2楽章はメトロノーム記号はありませんが、ショスタコーヴィチよりははるかに遅く演奏されます。
「(作曲家の息子マクシム・ショスタコーヴィチは)『時間の経過…時計、あるいは心臓の鼓動』を示す意図があったと彼は考えている。(一方指揮者の)ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーは別の見解を示している。『私にとって、そしておそらくショスタコーヴィチにとっても、これで連想することは囚人たちが温水パイプを叩いて互いにメッセージを交わすことなのです。』( "Shostakovichiana
- Recent Commentary on Symphonies 1-5" by Ian MacDonald)」
「既に豊富なアイデアで彩られた交響曲の中でも、特に際立っているのが最後の楽章です。緩徐楽章と終楽章の機能を併せ持つこの楽章は、冒頭の葬送行進曲(交響曲第1番、第2番、第5番にも見られるマーラーとのもう一つの関連性)から、伝統的な交響曲の終楽章を約束するかのような力強いアレグロへと展開していきます(
About this Piece "Dmitri SHOSTAKOVICH:Symphony No.4" by Laurel E. Fay
2011 Los Angeles Philharmonic )」
「ショスタコーヴィチの助手I. B.
フィンケルシュタインは、交響曲第4番を作曲中、ショスタコーヴィチのピアノには必ずマーラーの交響曲第7番の楽譜が置かれ、ショスタコーヴィチがその楽譜についてよく話していたと回想しています(
"A Soviet Credo: Shostakovich's Fourth Symphony" by Pauline Fairclough,
xvii )。」
「第4交響曲ではまだ自己表現には至っていません。それは、周囲の世界に対する強い関心を持つ個人の反応に過ぎません。(中略) 私にとって興味深いのは、それがチェーホフやマーラーなどに見られるような自己憐憫とは似ても似つかないということです。ショスタコーヴィチには自己憐憫は見当たりません。彼にとってそれは苦悩ではあるものの、昇華され、完全に超越されているのです。それはショスタコーヴィチ自身の悲劇ではなく、ソビエト体制の犠牲者である個人の悲劇なのです(
"Shostakovich and the Soviet state - An interview with Vladimir
Ashkenazy" by Ian MacDonald)。」