縮刷版99年2月上旬号


【2月10日】 「AX」の勝ちに決定。何がってそれは買って読めば一目瞭然、「アニメージュ」と「AX」とで競演した「青の6号」の主演女優こと紀之真弓ちゃんのピンナップは、「アニメージュ」が体育座りでプニプニしたお胸もクニクニしたお尻もよく見えないのに比べると、折り畳まれて中央部分に閉じられた「AX」の真弓ちゃんは伸ばすと添い寝も可能な長身にクラリ。んでもって半開きの胸元からのぞく肌色の膨らみになだらかなヒップラインと柔らかそーなYゾーンに思わず顔を埋めてそのガサガサ感に紙だと気付き涙する、そんな人々が全世界に掛け値なしに5万と出るとの確信を持つ。布地にカラーコピーしただけでもいーからアニメイトでもブロッコリーでも抱き枕にしてくれないか。しかし買ってない「ニュータイプ」は知らないけれど、アニメ雑誌の有力2誌がピンナップにするなんて、これで紀之ちゃん今年のアニメヒロインの有力候補決定だね。作品賞はどうだか知らないけれど。

 新作のガンダムが「∀ガンダム(ターンエーガンダム)」としてアニメ雑誌にもその姿を現し初めて世間を怒号と戦慄の渦に叩き込んでいる。本紙既報どおり(何時だったか忘れた)シド・ミードがデザインした新ガンダムはボールかヘルメットのよーな丸い頭に円形の胸当てが付いたそれはもーヨーロッパスタイル(なのか?)のガンダムで、おまけに口から両側に伸びたアンテナがまるでカイゼル髭のよーに見え、タイトルから「逆A」と呼ぶ直裁的な言い回しに加えて、一部愛好家の間からは「髭ガンダム」「あの髭のモビルスーツ」「ブロンソンガンダム」「ガマンダム」といった実に特徴をとらえた愛称が飛び出して(後ろ2つは今作った)、国民の心を笑いでハッピーにしてくれている。ゲラゲラゲラ。

 安田朗さんのキャラについては好みの問題で何ともいえないけれど主演のロラン・アセックは男の子なのにちょい可愛い。キエルとソシエの姉妹は目の色が違うが何かあるのか? 大草原の小さな家的なアメリカ中西部風の衣装で舞台もアメリアってゆー土地の穀倉地帯とあるから多分、実にカントリーでワイルドなストーリーの中で少年の成長と恋の物語が展開されるんだろーと勝手に思う。違うかもしれんが。放映日とかはどーせアニメの枠が多い水曜日とか土曜日とかになるんだろーけど、ネイティブでローカルなテイストあふれるキャラなんだから個々は再びカルピスさんにスポンサーになってもらって日曜夜の7時半とかにやっちゃって戴いた方が落ちつきそーな気がするなー。「ガンダム」にもテンガロンハット被ってもらえばなおピッタリ、いっそみうらじゅん田口トモロヲに倣って「ブロンソンズ」入りでも目指したら?

 紀之ちゃんのこれからが期待出来そうなプリクニ感じるも良いけど成熟し切ったウリウリムリムリした感じが最高なかたせ梨乃さんが水着でスポーツ新聞に登場して朝から目を点にして写真に見入る。ををでかい。んでもって41歳とちゅー年齢が信じられないくらいにシャッキリしてる。ベンチプレスで鍛えているとゆー胸筋が支える胸は96センチの巨大さであるにも関わらず真っ直ぐと前を向き、上腕は弛みどころか筋肉にピンと張りつめ、脚も無駄な肉はカケラすらなくスラリと伸びて思わず踏んでと言いたくなる。あれだけ上半身が巨大だと腹部の弛みなんてエベレストに対する猿投山(マイナー)、胴回りが61センチあったってモヤシの髭より細く見える。水着といってもファッション性の高い品らしくスカートっぽい腰巻きがついていたからハイに切れ込んだレッグの部分は確かめられなかったけど、今からでも全然遅くないから流行の熟女ヌードに対抗して、水着の写真集をどかんと出してやっちゃーくれまいか。安達佑実だって買う僕だけどそっちだって多分買うぜ、無節操に。

 鍛えていると言えば「不連続ダイエット日記事件(語呂が悪いよ)」なあみこ様におかれましてはごきげん麗しく恐悦至極に存じ上げます敬具。久々にお目に掛かった場所は品川プリンスホテルで開かれた「ウェブデザイン・アワード1999」の発表と「Web年間1999」の刊行を記念するパーティー会場で、なるほど言われてみればなんとなく細くなっているよーな気がしないでもない雰囲気って感じらしーけど真実は人の数だけあるってのが持論だから人それぞれに判断の基準ってものがある筈で世界には様々な概念があって宇宙は謎に満ちている。だからいったいどっちなんだ? それは言えません。しまった「タオの月」の感想聞くの忘れた。「ワンフェス」でマカラガのリアルフィギュア売ってたけど買って送ったらやっぱり破壊しましたか? 「こんなもん作るなっ」とか言って。

 それはともかくとして「デザインがすっげーウェブサイトを誉めちゃおー」って目的で開かれたパーティーで披露されたのは、どれも優れたデザインを持ちかつ見やすさと楽しさも持ち合わせている優れ物のウェブサイトばかり。何年か前にキノトロープでもらった海外の美しいサイトを紹介したムックでしか見られなかったよーな美麗なサイトが、日本にもどんどんと生まれていることが解って勉強になった。しかし単にこちらが不勉強だったとは言え、受賞したサイトのほとんどを認知してなかったって事はつまり、デザイン性よりも別の基準が一般的に高い認知度を誇るサイトにはあるって事なのかもしれない。例えば大手のメーカーなりメディアなりが作っていたり作らせているサイトの方が、メジャーとなって一般の目にも振れ広告が入ってビジネスとして成功していくってな構図とかが。

 そーしたマスが一段とマス化していく地獄のよーな構図を打破し、インディペンデントでも優れたサイトを発掘し一般に広め啓蒙していく意味で、どこの官庁もどこの企業も学校法人も研究所も主体としては関わっていない「ウェブデザイン・アワード1999」は今後大きな役割と責任を担って行くんだろーし、報道する側もそーしたウェブ・デザイナーたちの頑張りを組み上げビジネスシーンへとつないで行く役割を果たすべきなんだろー。ってことでとりあえずは珍しい料理をたくさん食べさせてくれたパーティーに敬意を表して、ここに「ウェブデザイン・アワード1999」の表彰式が行われ「graphica+6」が金賞を受賞した事を紹介して、今後のビジネスにつないでもらうための一助としよー、迷惑じゃなければ。

 しかし金賞銀賞銅賞部門賞とあった「アワード」と他に山ほどのサイトが紹介された「Web年間999」の中でも突出したプロデュース数を誇っているのがキノトロープで、ローバーとかBIGLOBEってな大手企業のサイトももたくさん手がける一方で「絵巻水滸伝」なんかも作っている、その仕事の質量は完全に他を圧倒していてかつての代々木上原駅前のビルでゴチャっていた会社が数年でかくも立派に成長する、これぞ「でじたるどりーむ」だと努力を讃える一方で何か羨ましく思う。動きを知っていて未だに紙メディアで地べた這い回る事しか出来ないマスメディアの、未来は果たして明るいか。暗いかもなあ。


【2月9日】 あな恐ろしや今年のインフルエンザは遂にマスコミ界の頂点に君臨する大朝日新聞の社長の命すら奪ってしまった。65歳の年齢は今までに亡くなったご老人たちに比べると決して高い方でもなく、また栄養状態だって大朝日だもん悪いはずがなかっただろーから(むしろ糖尿病とか心配した方が良いくらい)、接待やら仕事やらの激務に不景気やらテレ朝株問題やらの心労が重なって弱った精神力に体力を、インフルエンザが一気に奪ったって事なんだろー。”世紀末流感”とかってな適当な名前を今付けた今シーズンのインフルエンザの大流行では、最有名人の犠牲者として歴史に名を刻んだかもしれんなー。まだ残り数週間あるシーズンに大物がコロリといったら別だけど。モリシゲとか。

 紙面上でこれまでも山ほどのインフルエンザが大流行的記事を書いて来たにも関わらず、そのトップが予防も治療も出来ずに亡くなったのは医者の不養生ってか紺屋の白袴ってーか、ともかくも面前と威張れる事でもないんでここは大朝日、弔い合戦よろしく大キャンペーンを展開し、来るべきワクチン不足に備えた有精卵の大増産とか、抗生物質の効かない細菌と戦えるための感染症研究施設の拡充とかを、政府民間その他に持ち前のパワーでもって働きかけてやっちゃーくれまいか。たまたま読んだ(訳はない、理由は後述)「週刊プレイボーイ」によれば、「メチシリン」の効かないMRSA(メチシリン耐性黄ブドウ球菌)より質の悪い「VRSA(バンコマイシン耐性MRSA)とかってのも出て来たりして、人間対細菌の最終戦争も始まる気配とか。んな時に政局がどうか南京大虐殺がこうとかキャンペってるより、頭(アタマ)穫った相手に一矢報いる方が社員と言えば子も同然な記者諸君にとって先決だよな。

 さて後述する理由は有り体に言えばジャイアント馬場の追悼記事でありまして。すいません嘘吐きです本当はグラビアに登場した吹石一恵ちゃんでして、あの迷作の誉れも高く今やコナミの歴史からも「ときメモ」ファンの脳髄からも消え失せている東映映画「ときめきメモリアル」に、あろう事か「藤崎詩織」の名を借りて登場するとゆー勇気いっぱいの行動を見せてくれた一恵ちゃんも、あれから随分とたっていろんな番組にも顔を出すよーになり、ちょっぴり大人びた顔を見せてくれるよーになった。可愛いだけでこれといった特徴もないのが「可愛いだけじゃダメかしら」で可愛いだけじゃない所も存分に見せつけている榎本加奈子ちゃんとは違うけど、「女は生きているだけで偉い」とゆー未来人の名言もあることだし、167センチってな長身も活かしてしばらくは可愛いだけでもそのお姿を披露してくれちゃって戴きたい。藤崎にはもーならんでいーから。

 すげえぜトッド・マクファーレン。かの「スポーン」の作者としてオタクな人々の間ではつとに有名な兄ちゃんが、流体力学のミスター・サクラダじゃないケンドー・ナガサキでもない前野さんをして世紀の愚挙を感嘆ならしめたマグワイヤの70号ホームランボールのオークションで、3億円もの高額で競り落とした張本人だったと判明。オタク力(ちから)がいよいよ世界の表舞台にその影響力を発揮し始めた現れだと、理解して喜びに大いに酔う。けどビル・ゲイツがダヴィンチの絵を買ったとかってゆーレベルとはまた違う、オタクな成金がアメリカンなメジャースポーツの分野に嘴を突っ込んできたと、嫌がる声が広まり健やかな精神を健やかな体に宿した汗臭いスポーツマンからオタクが襲撃されないとも限らず、目立ち過ぎるのも考え物だと少しばかりの心配に脅える。

 しかしオタクなのかまともな企業人なのかはよくは知らないけれどマクファーレン、どうせだったらメジャーなスポーツなんて見向きもしないで、セバスチャンよろしくハヤシバラメグミやらオガタメグミやらクワシマホウコやらミヤムラユウコやらをまとめてアメリカに招いて、マジソン・スクゥエア・ガーデンで「声優紅白歌合戦」を開催してしまうとか、フロリダ州オーランド市はオレンジ群にある全米でも最大規模のコンベンション・センター(一昨年見物して来たんよ)に10万のサークルと200万人の愛好家を全員まとめて招待して、世界どころか全銀河で最大規模の「コミックマーケットinUSA」を開催してしまう位のオタクぶりを見せて戴きたかったねえ。7個だか9個だかのボールに注ぎ込むお金があれば、出来たんちゃうかと思うけど。同じ金かければ映画版の「スポーン」だってもっとまともに……おとっつぁんそれは言わない約束だよ。

 10分の1だってかければ立派な映画になりそーなのが、日活にとって2000年最大の作品になるかもしれない「どら平太」。市川昆に黒澤明に小林正樹に木下恵介の監督4人が作った「四騎の会」が練りに練り上げ4人で撮ると言われながらも、仲違いがあったのか他の理由があったのか実現叶わずお蔵入りしたファンには幻の脚本が、黒澤監督の死に加えて木下監督も確か亡くなった今の時代に市川監督の手によって作品として日の目を見ることになり、キャストも決まっていよいよ製作へと突入する、その記者会見が大勢の人たちを集めて東京會舘で開かれた。キャストは主役に役所広司で脇に宇崎竜童、片岡鶴太郎、菅原文太、石橋蓮二、石倉三郎らがズラリ。これで外したら目も当てられないため、公開に向けて製作とは別に宣伝においても最大級の情報戦と物量作戦が繰り広げられる事だろー。

 そこで心配なのが当初黒澤監督が亡くなった直後に「『どら平太』を撮るぞ」とブチ上げたチーム・オクヤマの奥山和由プロデューサーの姿も名前も会見場に見えなかったって事。なるほどタイミングとしてはあざといくらいにバッチリと、「どら平太」の脚本の謂(いわ)れも知らない若い映画ファンにだってアピールする殺し文句になり得る「黒澤の遺作」的なキャッチも含め、大いに前宣伝の役割を果たした奥山氏。それがいざ動き出した時になると見事な迄に名前も影も消えていて、いったい何があったのか、前宣伝の功績が逆に勇み足との不興もを買ったのかと、そんな邪推がムクムクと頭を持ち上げて来る。

 そこで面白かったのが日活の会長でナムコを率いる中村雅哉さんの会見での言葉。誰も聞かないうちから奥山さんの消息について喋りだしたのも意外だったけど、話によれば奥山さんは「地雷を踏んだらサヨウナラ」ってベトナム戦争の従軍カメラマンを主人公にした映画の準備とかがあってかかりきりになっているのが、今回「どら平太」から外れた理由なんだとか。それを信じる信じないかは別にして、たとえば勇み足だったと仮定した時に現在関わっている作品のタイトルが「地雷を踏んだらサヨウナラ」ってのはとっても意味深で、あるいは中村会長、黒澤プロダクションって地雷を踏んでサヨナラせざるを得なかった奥山さんの去就を気遣って、降板となった理由を暗に示唆していたのかもしれないと、これまた邪推モードになって考え込む。考えすぎだな。少なくともタイトルが暗示しているって点は。降りた理由は理由としてあったとしても、ね。


【2月8日】 そっかー岩倉玲音も出てたんだ「ワンフェス」。番組終わっちゃって雑誌からも記事が消えて、DVDも全部出そろって残るは2月の27日だかに「ロフトプラスワン」で開かれるらしーイベントくらいしか無いんで、ちゃんと忘れずにいてくれる人がいるのは有り難い。でも買わなかったから一緒か。次回「夏フェス」にも出るなら見に行こー。後「ワンフェス」で思い出したのは霞さんとこ以外で初めて「ラフィール」を見たのが1件あって、そこん家は「エンジェルリンクス」の美鳳も出てて胸がポニポニしてて、それからメーカー物じゃないけど結構出来の良かった「青の6号」の紀之真弓ちゃんが出てたって事かな。

 この真弓ちゃん、メーカー物だと閉じてる前のジッパーが開いてて、あのプニプニしたお胸が半分だけどちゃんと見えてるって素晴らしい品物。お尻のクニクニ感じも出ていて欲しかったし終了間際には5000円まで値下がりしてたんだけど、いかんせん作る側にスキルがないんで作れないのが1つと、他にも買ったフィギュアを未だ組み立てられずにいる事が1つと、それから最大にして絶対的な理由としての金がないのが1つってな理由のオン・パレードから見送ってしまった。今にして思えばちょっと残念かも。月末に出るDVDの2巻で更なる大盛り上がりを見せれば、「夏フェス」にはさらなるプニプニクニクニした真弓ちゃんをたくさんたっくさん拝める事だろー。プニクリプニクラ。

 流れじゃないけどBOMEさんの作品がまとめて掲載された「美少女フィギュアスーパーコレクション」(メディアワークス、2400円)を買う。値段が理不尽に高いと思うなら手に取り開けて見るが良い。居並ぶ完成品の数々のその肢体にきっと目もくらむことだろー。インチキにもヌードのほとんど無い裕木奈江とか買うんだったらこっちの方がよほど使えるって思う人も結構いるはず、のよーな気がするのはもしかしたら僕だけか。ちなみに個人的な使える度から言えば高いのは「バーチャコール」のプリシアで、何故ってそれは編集した人もきっと解っているよーに、あの独特な両脚の間にある部分の立体感が実に良く出ているって点ですか。それはもー本当なの? ってくらいの標高差で、スケールを4倍に伸ばしてノギスで計ればギネス級の高さを誇っているかもしれぬ。いや素晴らしい。

 前に海洋堂の秋葉原の店で2体売ってて高すぎて手も出なかった「ダーティーペアフラッシュ」のユリ&ケイのとくにケイも盛り上がり感は一流。衣装のエナメル感も出ていて何で塗ってるのかちょっと不思議に思う。「ときメモ」ファンだったら水着のビキニな「藤崎詩織EX」か水着のワンピースな「虹野沙希EX」に目もクラクラか。食べてるアイスクリームの溶けた一部が肌に垂れて何ともピーな「ボーメ屋の女の子」はウールマークが出ていて勇気100倍な逸品。これと同じ物がニューヨークの「フューチャーインク」で開かれた個展から戻って来る時税関でとっ捕まって未だ返ってこないってゆーのはねー。何か大人の玩具だと思ったんだろーか。

 こーゆー時に例えば「ニューヨークのマスメディアが絶賛したアート作品です」とかってな情報が上から下から入っていけば、すぐにでも解放されそーな気もするけれど、それやっちゃうと「”権威”としてのアート」であり「”権威”としてのマスメディア」を認めてしまう事になってちょっと嫌だし本意を外れてしまうだろー。「フィギュア」が「フィギュア」として持つ作品性でもって”優れた品物”とゆー本来的な意味での「アート」であると認知されるのがやっぱり本懐のよーな気もするから、今後どーゆー成りゆきを見せるか気になる所でありますね。しかしカバー取った時の表紙もコレってのはメディアワークス、挑戦意欲バリバリじゃん。

 アートという言葉がややもすれば一種の権威として見られるかもしれない懸念から成りゆきが注目されているのが、去年の冬の「ワンフェス」で「Ko2ちゃん」を売り切り、今またBOMEさんに海洋堂とそれからあさのまさひこ氏の協力を得て「S.M.PKo2」を送り出したアーティストの村上隆さん。発売を記念したイベントでフィギュアの人たちの対談が前回同様行われて、その時に1つの相違点が見えて来たのが面白かった。村上さんによればフィギュアでニューヨークの個展を成功させたBOMEさんが第一人者として認知されてしまった以上、例えばあげたゆきをさんでも宮川武さんでも誰でも、優れた美少女フィギュアを作る人たちが米国に言ったところで「アート」にはならない、だって2番目だからとゆーことらしー。

 アートもフィギュアも専門じゃない単なる半可通な目で見れば、「フィギュア」とゆージャンルは多分、好みによって第一人者が違ったって全然違和感はないだろー。なのに彼はアートで彼はアートじゃないとアートな人が言う。そんな理不尽な区別をするアートだったら入れてもらわなくたって良いとフィギュアな人が言いたくなるのは何となく解る。たとえ語源は同じだとしても、半ば権威が背景に見えてしまうアートと、フィギュアの人が自らを語って言うアルチザン(職人)とでは、感覚に埋めがたい溝が依然残っているみたいだなーと、対談を聞いていて何となく思う。そんな矛盾を抱えつつも動き出した新プロジェクトは、多分アートでは評判を呼ぶだろーけどさてオタクではいかな反響を呼び起こすのか。半可通にも楽しんで成りゆきを見守りたい。ちなみに新作の「S.M.PKo2」は土手どころか割れ目もしっかりで税関的な興味も深々。

 銀座テアトル西友で「ガッジョ・ディーロ」を見る。ロマ族すなわち「ジプシー」の歌い手であるノラ・ルカとゆー女性を探して、ルーマニアにあるロマ族の村へと迷い込んだフランス人の青年が、村人たちの間で次第に自分の居場所を見つけて回りから受け入れられ、女性ともちょっといい仲になるお話は、「アラビアのロレンス」でロレンスがアラブにとけ込んで活躍したのを例に見るまでもなく、映画でも小説でも漫画でもありがちと言えばありがちな展開だけど、「音楽が上手」で「情熱的」で「自由の民」的な印象のある上っつらな知識の中の「ジプシー」が、現実的な社会の中でどのよーに位置づけられ、どのよーな暮らしを送っているのかをリアルに見せている点で、他に類を見ない貴重でかつ感動的な映画へと昇華している。「よーロマニー」「はーいゴールジュ」なんてカッコ付けて言ってる場合じゃないぜ。

 背景を理解するにはイザベル・フォンセーカの書いた「立ったまま埋めてくれ ジプシーの旅と暮らし」(青土社、2800円)とゆー本を読むのが最適で、とりわけ第4章の「世界でもっとも素直ではない民族」の冒頭で紹介される、ルーマニアを舞台にしたジプシーの村に対する襲撃事件のエピソードは、映画でもまるで同じ話のよーに出てきて「やっぱりなのか」と思わせる。93年にトランシルヴァニアのハダレニとゆー村で、ジプシー兄弟がルーマニア人を刺し殺してしまった事から、ルーマニア人が兄弟を殴り殺したついでにジプシーの村を襲って火を付けたとゆー。89年にも焼き討ちされた村で子供が干し草の山もろとも焼き殺されたとか。193ページに掲載された地図には点々と襲撃された村が記され、事の根深さを読者に見せつける。

 映画でももちろん情熱的と形容されそーな音楽の場面がたくさん出てきて、見るだに気分を陽気にさせてくれるけど、ラストで見せつけられる衝撃的な場面にはやはり驚かされて、複雑な歴史と文化を持った民族が今なお抱えている様々な問題を知り、それはアジアのとりわけ日本人にも逆の立場でありうる問題だと想起させる作品として、より大勢の日本人に見てもらいたい気がしてる。映画の村の風景が「立ったまま埋めてくれ」に掲載されている写真のまんまで、登場人物の顔つきもやっぱり写真のまんまなのは現地で現地の人とロケしたからなんだろー。その意味でも貴重さは十分。隣りに凄い美人が座っていたけど、少ししか気にならないくらいに集中させ、かつ考え込ませてくれる映画でしたね。とても終わった後に美人に向かって映画のセリフよろしく「あそこの毛が食べたい」なんて声かけられなかったくらいに。


【2月7日】 「もう寝なさい明日は早いんだから」とゆー内なる声に急かされて床についたのが昨晩の11時、んでもってしゃっきりと8時間の睡眠を取って午前7時半には家を出て、向かうは東京・有明は「東京ビッグサイト」で開催中の「ワンダーフェスティバル1999冬」。寒いと思って途中でインスタントなカイロを買い、タートルのカットソーの上からタートルのセーターを着るとゆー防備でいざ出陣とはなったものの、駅頭に吹き付ける寒風にもう少し厚着をして来た方が良かったかなー、と少しばかり怖じ気付く。手袋もビジネス用で短く、羽織ったウィンドブレーカーの袖口からのぞく素肌に風が冷たくささり、これは相当の寒さだと有明での屋外での行列を予想して頭が痛くなる。

 想像どーりに午前8時半に到着したビッグサイト前は東館から通路を渡って階段を降りて建設中の「ワシントンホテル」をぐるり1周回って正面にある大通りを横切り、「ファッションタウン」の前を通ってさらに横断歩道の向こうまで伸びている。推定そうだな5000人はいたかもしれない行列の最後尾に付くと、哀しい事に日陰でおまけに行列の先頭でかつ北側とゆー、寒風がモロに当たる最悪の場所。しばらくは耐えていたものの次第に震えが来てついでにお腹もユルくなる。

 友だちが多い人間だったらそこで「カバン持ってて」と預けてトイレにかけ込むところを、生来の一匹狼気質(正確には嫌われ組)が禍してか相変わらずの1人イベント、預ける人も見あたらず前へと詰め始めた行列の中では地べたに置いたまま抜け出す事もかなわず、それでも9時15分くらいまでは我慢したもの、ホテルの東側へと回った時点で脳天のサイレンが鳴り始めたのが解ったので、走って国際展示場駅の構内にあるトイレへとかけ込んで用を済ます。あと1分遅ければそれはそれは哀しい事態になっていただろー。ケツ断力に少し拍手。

 再びとって返しても元の場所へと入るなんて良心が許さないし周囲だって許さないのが解っていたから、再び今度は最初の時よりもさらに後方へと並び直して残り30分に迫った開場を待つ。後ろでオタクなアベックがオタク会話を交わしているのを聞いて、頭が痛くなったけど腹痛の時には訳に立つから羨ましい、などとこれまた哀しい事を思いつつ、うりゃうりゃと動き始めた行列についてジリジリと前へと進み、およそ開場から50分は経った頃合いになって何とか東館の「ワンフェス」会場へと入場が叶う。お腹も事なきを得たよーで。

 思えば最初の列でも入場は多分30分も違わなかっただろーけど、最近の巨大化しかつ来場者の到着も早朝化する傾向のある「ワンフェス」ではこの30分差が命取りになる可能性がデカい。「H・B・Conpany」へと向かい、「ラフィール」「スポール」以来そろえてる霞タカシさん原型の「奈々子那なしの1/8」を査収した目の前で、当該品が完売となった所を見てこれからも早朝お大行列は避けられないとの認識に達する。次はおまる、持ってくか(友だち作れよ)。

 「エンジェルリンクス」に「美鳳」とか「吸血姫美夕」の「美夕」とかカタログの広告ページで見た良さげな品物は午前中で完売の模様でショゲショゲ。場内をずがっと突っ切ってほぼ反対側にある今回が「ワンフェス」初出店の「アルフレックス」のブースへと行き、噂の新キャラを遂に拝む。ケースに入っていたのはシルエットからも明らかだったよーに水木しげるさんは「悪魔くん」の実写ドラマに登場した「メフィスト」の、それも兄と弟のツインフィギュア。吉田義夫さんの初代と潮健児さんの2代目の両方が見る人が見ればちゃんと解るくらいに衣装も表情も克明に再現されていて、通りかかったオジサンが「をを!」ってな漢字でガラスケースに張り付いて、「ボクは吉田さんの方が好きなんだなあ、潮さんもカッコ良いけど」と感動にうち震えていたくらいの出来だった。

 発売は何時になるのか未定で値段もたぶん1万5000円は下らないとは思うけど、何しろここん家のアクションフィギュアは衣装は手縫いとゆー極めて丁寧な作りと、肉付きをキャラクターによって全て改変する関節の柔らかい正座だって出来ちゃう素体がウリだから、「ダンケ」と気取った「メフィスト」を製品版でもリアルに再現してくれて、ファンを満足させてくれる事でしょー。兄だか弟だかには金子光伸くんだか魔法陣だかが付く予定とか。両方買うのがやっぱ正しい道なのかなー。

 「アルフレックス」では他に予定の「中村水主」をアナウンス。また商品として売り出す「侍・三船敏郎」を筆頭に戦闘服とか赤ひげとかTV時代劇とかの格好になった三船人形とさらにはあくまでも参考品として商品化どころか交渉もしていない、ただ内面から迸る「サムライスピリッツ」に惚れて作者が挑んだ松田優作(探偵物語バージョン、ヴェスパ付き)に中田クン(日本代表バージョン、炎のユニフォーム)が展示してあって、いつか製品として世に出る日を夢みてた。権利関係これ有りで多分相当に難しいけど、でも欲しい。

 「侍・三船敏郎」の予約表のトップにあの「TVチャンピオン」で有名な山田卓司さんの名前があってあの人も欲しがる人形って事になってるみたい。「わらじ職人さんがもう嫌がって2度と作ってくれないんですよー」とプロデューサーの人が言っていたから多分これが最後になるだろー「座頭市」を購入。こーなると「侍・三船」も「メフィスト」も買い続けるだろー予感が他のフィギュアでもシリーズで揃える癖からなんとなく見えて来る。

 その点岡田斗司夫さんは「欲しい物が欲しい」ってな感じのポリシーが確立しているよーで、会場に「東京トイフェティバル」の設立説明のチラシを配りに来ていた所で挨拶したら「僕も買いました」と袋に入った「座頭市」を見せてくれて、「だったらメフィストは」と聞いたら「あんまり知らないから」とそれほど欲しくなさそーな口振りだった。ちなみに岡田さんは会場で見つけたとゆー「小泉トランク」と「林寛子」のLPが今日の戦利品みたい。思い出したけど金曜日に見たダンナのクロパン、寛子ちゃん連れてなかったかなー。

 どうにかこうにか買い物を追えて再び向かうは向かいで開催中の「アイドル&アニメカードフェスティバル」の2日目。流れて入るお客さんも結構いるよーで当日券が結構はけて「ワンフェス」への便乗、じゃない「ワンフェス」との相乗効果もあったみたい。入り口でたむろってた「ブロッコリー」の社長の人から「ワンフェス」での動向も絡めて「コレってキャラクターがないでしょー」と言われたんで、「じゃあ次は何が流行ますかー」と聞いたら返って来たのが「自前のキャラクターを流行らせたいねえ」って言葉。それってつまりは「ゲマ」じゃない「デ・ジ・キャラット」ってことじゃんと、聞くとこれからいろいろ子供にもアピールするよーなキャラにしていきたいとか。「バレンタインデー」向けのギフトも1000は出ているから無名のキャラにしては結構な引き合いって事らしー。描いてる「コゲどんぼ」さんの事とか聞いて今後への期待を膨らませる。

 場内ではハドソン期待の「北へ。」のプレビューカードはわずか数10分で完売とかで、昨日の反省を踏まえて1人5パックに抑えたにも関わらずの人気に担当者は手応えをギッチリ感じているよー。「人気あるキャラってどれですかー」と聞くと個人的な趣味も踏まえてか「ターニャですよ」と即答。説明すると「ターニャ・リピンスキー」ってのはカードになってるキャラの中でも大人っぽくって理知的でアーティスティックな雰囲気を持ったガラス職人の女の子。声は売出し中の坂本真綾さんとあって期待も大きらしー。

 だったら昨日のサイン会で僕がサインしてもらった眼帯少女の「左京葉野香」は、と聞いたら今はそれほどでもないけれどゲームが始まると来るものがあって人気が出る可能性が大とか。声は「ラフィール」でもお馴染みの川澄綾子さんで、黒く長い髪にクールな印象の葉野香ちゃんをさて、どー演じてくれているのかと期待も膨らむ。

 遂に1000円まで下がっていたみやむーのトレカを2箱まとめ買いしつつ「セーラームーン」の新作に登場する女の子たちの歌を聞きつつ場内をフラフラ。「セラムン」の8人の唄う場面でステップを踏む「ちびうさ」に目の行くあたしゃやっぱりヤバいかも、けど両サイドを固めていた「ウラヌス」や「マーズ」もスラリを伸びた脚が良さげでよっぽどプレスの特権でステージ下から煽ろうか、と思ったけれど手に「座頭市」と「みやむー」では「仕事です」の良いわけも立たないので断念する。

 あとステージに酒井彩名ちゃんと並んで何度か登場した大森玲子ちゃんは、噂どおりにやっぱり破壊力抜群で、歌もトークも底抜けっちゅーか天上知らずのハイテンションに、場内からやんやの喝采が飛んでいた。歌不思議と聞けたなー。そんなこんなで帰宅してから「みやむー」のカードを並べると2箱でもまだ全然足りず、もう1箱買っておけばよかったかと少し後悔する。定価の6800円で買うのはなー。またどっかで山積みになるのを待つか。みやむー貴女は1山幾らの女なの?


【2月6日】 新井素子さんの久しぶりになる大長編の「チグリスとユーフラテス」(集英社、1800円)を読了。「キャプテン・リュウイチ」は隆一ではなく龍一だったのは残念だけど超絶天才なエリート宇宙飛行士って設定だけは自分と一緒なので許す。嘘吐きはどこじゃーとナマハゲが来たってこっちは生禿なんで怖くなないぞ。ちなみにあかりは神崎でも神岸でもなく灯とかいて読ませるアカリちゃん。けど惑星ナインのすべての人間の母親ってあたりは宇宙に輝くコスモビューティーと似て無くもないことも無い。どっちやねん。

 肝心の物語の方はと言えば、なるほどこーゆー命題が提示されていたかとその大きさに恐れを為しつつ、無理矢理自分の答を押しつけるなんてことをせず、いろいろと考えさせつつページを引っ張り、最後まで読み通した上で居住まいを正させてくれる展開を読んで、今さらながらその才を認め深く頭を下げる。何せ相手は「人間は何の為に生きるのか?」ってゆー、恐らくは人間が物事を考え始めて以来営々と論議が重ねられ、今なお結論の出ていない爆笑の付かない大問題。いかな宗教家でも学者でも政治家でも神様でさえも答えの出せない問題を、作家が言ったところで同感する人がいても必ずや反発する人が出る。その双方に「解る」答えを移民先の惑星で人類が辿った運命を見せながら示唆するペンの冴えをさあ、読まれよ新井ファンもそうでない人も。物語のプロセスであれこれと開陳される登場人物たちの思考や主張の鬱陶しさに辟易とさせられたって、感動的なラストに触れるまで諦めずに最後の1行まで、是非。

 通して読んでとりわけ最後の「レイディ・アカリ」の章なんか、仮に映像化したとしたらさぞや壮絶なキャスティングが為されるだろーなーと予想出来るし、声だけのドラマだってこりゃ結構つらいかもしれない。漫画なら描きようによってはかろうじてってな印象もあるけど、大友克洋さんだったら「AKIRA」っぽいキャラの登場でエグくてなり過ぎてイヤかも。小説ならではの作品と言っていえないこともなく、世にマルチメディア時代と呼ばれメディアミックスこそが本道のよーに言われている現代に、言葉の持つ目に見えないメリットを感じさせてくれる小説って言えるのかも。あるいはベテランの女優さんをキャスティングして舞台化なんてのが面白いか。哲学的な命題を考察していく1人芝居にもなりそー。戯曲誰か書かないかな。

 今時のメディアミックスを見るために朝早くから東京ビッグサイトへと出向く。世にも珍しい「アイドル」と「アニメ」のカードだけにスポットをあてたニッポン放送主催のイベント「アイドル&アニメカードフェスティバル」は9時に到着するとすでに1000人近い行列が出来ていて、こーゆー分野への関心ど度外れた高さを今さらながら思い知る。もちろん秋葉原の「ゲーマーズ」の上なんかにある交換場が、常に満席の人気ってのは知っていたけど、自分でプレイしたり収集しないと熱意ってゆーか楽しさの勘所が今一つ分かりにくい。それでも集まった人数だけを見れば熱の入りようの一端だけは伝わるもので、こーゆー行列をそれこそ新聞の幹部に見せつけて、トレカ業界の発展性を説いてやりたい気分になる。蟻の一穴地球を滅ぼすの例えも今作ったし、せっせと啓蒙しよー、会社で「モンコレ」とかやりながら。相手がおらへん。

 たどり着いはハドソンが期待のドリームキャスト対応ソフト「北へ。」のプレビューカードを販売している未来蜂歌留多商会のブース。聞くと全部で9種類あるカードのうち10パックに1枚の割合でしか入ってないとゆー5番のカードを引き当てると、絵を描いたNOCCHIさんのサインを好きなカードに入れてもらえるってんで、少ない枚数でコンプリート可能な事もあって気分を試すのに好都合と、行列に並んで6パックを購入するも入っておらず、さらに1000円を突っ込んで2パックを買ってうち1パックから5番のカードを発見し、喜びにひたりつつ「こっ、これがカードか!」とカンドーに打ちふるえる。っても実は前に「VIRUS」のコンプリートやったんで気分は解ってるんだけど。つまりは購入するための自分への言い訳って奴ですわ。

 言い訳ついでに最初はひどく混雑してたものの午後になって空いた「ティーアイ東京」のブースへ。このん家のウリは神岸の方のあかりとマルチで有名なリーフさん関連のカードらしく、何でも3月から販売が始まるリーフキャラ総出演の対戦カード「LEAF FIGHT」のバージョン0・9ってのが出ていて皆さんゲシゲシ買ってるのを見て試しに2パックほど購入。全部で135種類もあるカードがたったの120枚で揃うはずもなく、そうなると今度は悔しさと挑戦意欲にかられるこれが”カード魂”ってやつなのか? あずまきよひこさんのちびキャラと高雄右京さんのシリアスキャラがいろいろ分かれて描かれているカードが1パック60枚で1000円は、製品版よりちょっとお得らしーんで明日も寄ったらまとめて買おう。こうやってカード地獄が家計を「火車」へと変えていくのであった。

 だったらヤメておけば良いものを、その場でサインの言葉につられてついに買ってしまったのだよ「仮面天使ロゼッタ」をSFの人が誰も誉めてくれないにも関わらず見事に勤め上げた吉井怜ちゃんの写真集を。挟み込んであるトレカの1枚にサインをしてくれるとあって選んだのは1番のカード。行列に並んで待っていると現れたのは別のステージでは某イビさんが大好きとゆー優香さんと並んで負けないだけの上半身のタワワぶりと、下半身の安定さぶりを見せてくれた吉井さんが同じ肉々しいスタイルで登場。1枚1枚とサインして近づいて来るそのご真影に向かって思わずおじさんすがりつきたくなったけど、同じグループのイベントでイイ事やっちゃー後に響くんで断念して見るだけに止める。透し眼鏡って何時になったら発明されるんだーい。

 ちなみにステージでは朝1番にみやむー宮村優子さんのトークショウもあったけど、安定性では吉井さんに負けないくらいの脚はズボン姿で見えずちょっと残念、まー今さらみたくもないけれど。流石に人気のみやむーだけあって、後で行われたAAA(アクト・アゲインスト・エイズ)のためのチャリティーオークションで、直筆サイン入りの「コンドーム」が2万円で競り落とされて周囲は唖然。別に手で直に装着してくれる訳でもないのにこのお値段ってんだから驚くよね。使用済みだったら解らないけど外側はともかく中に溜まっているのは別にみやむーとは無関係だからなおのこと値段なんて付かないから、サインに2万の価値があるって事なんでしょー。けど別のブースでみやむーのトレカが実に1箱2000円で山積みになって叩き売られてたのも見たから本当はどっちか解らない。本人が見たらどんな気だったか、聞いてみたいから誰か聞いて。

 予定だと明日は朝の10時半とかに松本梨香さんのステージがあってほかに新人とか音波兵器こと大森玲子さんとか酒井彩名さんとか丹下桜さんとかのステージがあるみたいなんで気分な人は1000円出して入ろー。今日は売り切れになった「北へ。」のカードの明日分は出るみたいだけどどーだったかな? 向かいはちなみに世紀のイベント「ワンダーフェスティバル」が開幕中。すでにして今朝の段階で数人の行列が出来ていたのは驚きだったけど、だいたい午前中で売り切れが続出してしまう「ワンフェス」をざっと舐めたら、後の時間は入場料がそれほど惜しくなければチラリと向かいで開催中の「カードフェスティバル」ものぞいてみよー、最終日なんでトレカの投げ売りとかあるかもね。みやむー幾らだったら1箱買う?


【2月5日】 「のばすな」って大阪はりんくうタウン方面に住んでそーな面識もなければ名前も書かない人から突然言われてもこーゆーふーに延ばすのはまー一種の自己欺瞞ってーか照れ隠しみたいなもんで実際もー3年近くも大昔のインターネットのホームページがそろそろ増え始めた時期にスタートした当ホームぺージでは最初からこーゆー具合に語尾が延びてるって訳でそれが今頃になってたった1人とは言え指摘されるよーになったって事は当ページもますます多方面に読まれている現れだと適当に喜んでみたりもするがしかしやっぱり誰だか解らない所からの突然のメールは気分にいささか不健康な気もしないでもなくだから暫くはこーやってのばし続ける事にしたってまー誰が死ぬもんでもないから良いでしょーって何々句読点をちゃんと打て?

 新井素子さんの新刊「チグリスとユーフラテス」(集英社、1800円)をみんなで買おう、何てったって登場人物の独りが「キャプテン・リュウイチ」ってんだからもうそれだけぜ全部オッケー。んでもって彼の妻が「レディ・アカリ」ってのはおそらく神崎あかりか若しくは神岸あかりのゲーム&アニメ業界2大あかりのどちらかだろうからこんなに嬉しい事はない。お話自体は特定の事象に対する例えば「グリーン・レクイエム」では自然への「だったらどーすりゃいーんだ?」的思い入れに匹敵するくらいの妊娠出産に対する思想が冒頭の中編には込められていて、肌合いが合わないと結構辛い思いをしそう。ただし著者ご本人の来歴を考えつつ巻末の「えっと、あとがきです」を読みつつ本編に触れると、振り絞るようなキャラクターたちの言葉行動の凄みが湧く。全編読んだ訳じゃないから解らないけど読めば結構脳天に衝撃がありそう。週末はあかりっきり、じゃないかかりっきり。

 挟み込まれた「新刊案内」には我らが世代にとってはもはや「姫」とも呼べる新井素子さんに向かって目尻に鴉の踏んだ跡のような皺を寄せて微笑む大森望さんの姿が。とは言っても大昔の例えば吾妻ひでおさんの漫画に出てきた超絶可愛い「素子姫」的お姿から流れた年月は幾星霜、今や立派な人妻になられた新井さんと対談している位では、いかなファンとはいえ袋たぬきの刑(袋詰めにした狸を1日1匹送りつける刑罰。10日で部屋中が狸だらけになって満月の夜なんかはとても五月蝿い)には処さないからご安心を。

 しかし昔は新井さんといい同じデビューの大和真也さんといい10代デビューでは大原まり子さんといい、若い女性のSF作家がいてお兄さんたちのアイドルになっていたっけか。今では皆さん観念的のみならず物理的にも丸くなられて感情の持って良き場を無くした男性諸氏も大勢いる。「SFマガジン」におかれましては若くてピチピチ蟹道楽な女子中学生SF作家を是非ともデビューさせて我らが、っちゅーか我がアイドルにさせたまえ。女子大生やOLのアイドルには半ズボンのショタ向けSF作家も是非。物理的に丸くなりつつある雰囲気のある京極さんでもあの人気、況や美形の少女or少年SF作家がデビュウすれば、SF大会は3万人の来場者で埋まりSFセミナーも水道橋の全逓会館を離れて後楽園ホールすら通り過ぎて東京ドームの開催も必至、だったりしちゃったりするかもしれない。ジャニーズJrをさらってSFに洗脳するのもアリか。

 夢を見すぎた、話戻して新井素子さんと大森望さんはどうやらPR誌の「青春と読書」で対談しているようだけど、読んでないから何を話しているのか昔話なのか作品論なのか中身はちょっと解らない。「SFインターセクション」って新井さんとの対談があったような記憶もあるけど無かったかもしれないけれど、同じような中身なのかなあ。探してみようまだ出てないか出てたら品切れかもしれなが。大森さんと言えば意図してウォッチしてる訳でもないのに「キネマ旬報」の年間ベスト・テン発表号でも顔入りでご登場を発見。けど何か写真の髪型が向かって右だけ扁平していて後ろに何やら脳味噌みたいな影が見える。あれってもしかして噂の「ゴセシケ」? なんて思ってしまったけどさてはて如何に。「がんばっていきまっしょい」はダメかぁ。

 もはや歯止めの効かなくなった「天地無用!」ワールドだけどいよいよ「完結編」と銘打たれた作品の登場で93年頃だったかな、だいたい6、7年に及ぶ「天地ワールド」もこれにていよいよ終幕を迎えるみたいでテレビ版「天地無用」の日曜夕方の放送を見て消えかけていた若干マイナーなアニメへの関心を再び燃やすことの出来た身として、それが良かったか不幸だったかは別にして幾ばくかの感慨を覚える。その作品「天地無用! in LOVE2 遥かなる想い」をGAGAの試写室で観覧、その何とゆーかコメディタッチの中に闘う男の厳しさなんかを見せられて来た「天地無用!」の世界が、かくも肌身に生々しいラストを迎えるとはちょっと予想してなくって、見ていてフクザツな想いに囚われる。

 相変わらずの魎呼と阿重霞とのバトルに溜息をつきつつ、ふと見た先に現れた椿の樹へと吸い込まれた天地が次に見たのは文化住宅の布団から首だけ出した先にある台所でトントンと包丁でネギを刻む美少女。決して下だけフレームの眼鏡をはめたチビッコが「ネギネギ」と唄いながら台に乗ってネギを刻んでいたんじゃないからご安心を。「起きないと学校に遅れるわよ」と言った美少女のハルナと天地と甘い神田川な生活をよそ目に、失踪した天地を追って魎呼と阿重霞は半年に渡って各地を点々とし、鷲羽も美星も清音も砂沙美も勝仁も誰も彼もが消えてしまった天地を追ってコンピュータを操作したり銀河アカデミーに乗り込んだり樹雷へと帰ったりしていた。

 生々しいと言った理由は神田川な暮らしを映画で見れば一目瞭然だったりするからゴールデンウィークに見て戴くとして、とにかく「好き」ってな想いがベタなセリフも含めて打ち出されると免疫のない純朴な自分みたいな青少年は相当に心がドギマギしてしまうし、人前キッスも平気な若い男女は古風ともいえる男女の心の機微にややもすれば引いてしまうかもしれない。ラブコメの要素すらない展開を耐えて見通せば結構ジンと来たりもできるから、後は見る人の心の持ちようってことで。しかし頭身の上がったキャラクターの実になめまかしいことよ。天地を囲っているハルナの肢体に表情を見たら天地じゃなくともハマってしまうし、魎呼に阿重霞の胸元の、膨らみ具合の中身詰まってて柔らかそう感も良く出てる。んなとこばっかり見てても楽しい約90分。最後に勝ったのが彼女だったのは言うまでもないことですけどね。

 年に1度のマルチメディア業界の受賞パーティーは昨今の情勢を受けて毎年1人ぐらいづつ重鎮の姿が見えなくなってしまうのはちょっと哀しい。恵比寿にあったCD−ROM屋の人は去年くらいから見えなくなったし、今年は賞を取った人のタイトルを出した会社が消えていた。来年は誰がいなくなりますかー、と不謹慎な事を言ったりして場内でド顰蹙を買いながらも、今年もマルチメディア・タイトル製作者連盟が主催する「AMD Award」の表彰式を取材する。1等賞は副理事長も務めているコーエー(のばしてるんじゃない、こーゆー社名だ)の「信長の野望Internet」で他には「星の王子様」とか「T−Time」とか「ポストペット2001」とかが受賞。ネット系ではシーナ&ロケットも受賞していて会場には長身で二枚目で喋ると博多な鮎川誠さんがシーナに娘も連れて来場し、むさいおっさんたちの大勢いる会場でそこだけ華やかな雰囲気を出していた。

 今や業界でも重鎮におなり遊ばされた「週刊アスキー」の福岡編集長と「ぱそ」の服部編集長も当然ながらご来臨賜っておられたようだけど、昨年までは壇上で華やかに漫才を繰り広げていた「WIRED」の小林編集長はいたかいなかったかは不明だけど少なくともプレゼンターにはならなかった。時代は巡り人は減る。授賞式の後のパーティーで奇妙なずわいがにが並んでいて何かと想ったら特別なプレゼントらしく、本賞とは別に優れた作品に贈答する品物として何とあの鮎川さんが受け取った。壇上ではロッカーらしくお盆から受け取った蟹をギターよろしく頭上に掲げてポーズをキメッ! ロッカーは何をやらせても様になることを証明した。これが例えば別の鹿児島は伊佐美って焼酎だったとしてもキマっただろーなー。「ワンダースワン」だったら? 答えは保留。

 ある賞を受賞した人がプンプンしてたのは、控え室に案内されたら狭い部屋にたくさんの受賞者たちが詰め込まれて煙草の煙がモウモウとしていてゲホゲホになってたって事について。鮎川さんもシーナさんも同じ部屋にいてそれこそ「ピーキーズラインダンス」でもやるよーな感じでギッシリと座らされてたらしー。んでもってその受賞者の人が隣の部屋を除くとちょっと広い部屋にプレゼンターの人がチョロリといて余裕こいて煙草を吸ってて、さらに隣りの大きな部屋では団体の理事の人たちが数人だけ、別々のテーブルに座って手持ちぶさたにしてたのを見て怒ったねえ。

 それもその筈、AMDが表彰制度を創った時に決めたのは、同じような団体がメーカーを受賞の対象としているのに対抗し、クリエーターを表彰の対象にしようって事で、何故かと言えばコンテンツを産み出す上で1番貢献した人を讃えたいって狙いからそうなった。にも関わらず表彰前の控え室ではクリエーターの人たちが1番虐げられているのは、何だかとっても矛盾していない? ごもっともごもっとも。なので聞いてないだろうけれど偉い人たちはこれから狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めになりながら出番を待ってもクリエーターの人たちは大切にしてあげましょう。でないと来年は誰も来れなくなっちゃうよ。


【2月4日】 だから自転車用の「チンコン」と鳴るベルで宇宙最強の生物があっさりとやられてしまった後の締めのセリフで吉野沙香嬢が叫んだ「こんなもん作るなっ!」をまんま監督に献上して差し上げたくなったシネコンの小さなホールで初日にわずか3人の入りで見た「タオの月」だったのだが、それはさておき夜ぴいて北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)から過酷へと亡命した最高幹部の黄さんが書いた回顧録「金正日への宣戦布告」(文藝春秋)を読んで果たして読んだ事を公表しちゃって良いのかどーかとすっげー怖い気持ちにかられてしまった。

 曰く餓死者は350万人で市場じゃ牛カルビ定食ならぬ人肉カルビ弁当、おっと弁当は付かないただの人肉カルビが売られてて、それでも偉大なる首領様は韓国に戦争を仕掛けようとしこしこ準備までしていんだとか。書いた黄さん自信は当然ながら暗殺される可能性を示唆しているけど、これほどまでに赤裸々に絶対知られたくない筈の北朝鮮の内実が書かれてしまっている以上は、読んだ人にだって等しい罪があるんだと思われたって不思議じゃない。本屋で購入している背中を誰から見られていると感じたらその時はヤバい。

 まあそれは冗談としても、大新聞やら著名な政治家らが訪問しては素晴らしいカナ人民の国ヨ、ってな感じの報道もあって、餓死者の数にしても核兵器の保有にしても戦争の意志にしても、ホントだいやウソだと論議喧しい北朝鮮の内実を、長年連れ添った妻に国家への忠誠に洗脳されてしまった子供に可愛い盛りのあめ玉が好きな孫も捨て、北朝鮮の最高学府の学長を経て外務大臣級の役職にも就いた経歴の持ち主であるバリバリの最高幹部がその地位を捨て、今は暗殺とテロの前に命すら投げ出そうとしている老哲学者が書いた本だって事だけは間違えよーのない事実だから、そんな背景を踏まえつつ後は読んだ人が判断しちゃって脅えて下さい、空を人工衛星が行き交う日々を。

 古い映画人にはお馴染みなのかも知れないけれど新しい映画もそんなに見てない人は全然知らない城戸四郎って松竹の元会長の評伝が新人物往来社から発売されたので買う。小林久三さんてそーか松竹のプロデューサーだったのかー、って事も含めて映画が全盛だった頃から斜陽へと向かう戦前から戦後の昭和映画界の模様が実に刻銘に記してあって勉強になる。判断力の鈍った老人の専横が「幸福の黄色いハンカチ」のような作品をも埋没させよーと働いたエピソードなんかを読むと、トップの頑固陋迷さはもちろんの事ながら周囲を取りまく腰巾着らの腑抜けぶりも見えて来て、傾国ならぬ傾社の様を現代に重ね合わせてあれやこれやと考えてしまう。

 高倉健さんがハリウッド流に興行成績に応じたギャラを要求し、けれども俳優よりは脚本を重視した城戸が絶対に飲もうとせず、仕方なく当時の企画の最高責任者、といっても実際は城戸が全権を持っていたから「代理」の肩書きに甘んじていたプロデューサーが、頑張って内緒で制作をスタートさせて、そうこうしているうちに城戸が死んでウヤムヤの中で完成したから、武田鉄也の今もあるんだろー。もっとも往時はそれでも城戸自身にたとえ過去の物でも実績があったから、たとえ共に沈んで行ったとしても、心情として救いよーがある。今はトップが愚昧で周囲も腑抜けという一段と悪い状態にあるから沈んでも沈みきれない。どこの話かって? もちろん松竹さ、ホントだよ、ウソじゃないよ。

 「創」は新聞社特集。なるほど景気が悪いのは朝日毎日産経ともお互い様のよーだけど、反して読売の元気ぶりと日経の安定ぶりには同じ大手町グループながら取り残されたのみならず、10周20周の集会遅れにされて今またリタイアの懸念すら浮かぶ身としてただただ羨ましく思う。いずれ発表されるネタでも1日早くあるいは半日早く書くことだけが大切だと考えているよーな所がある日経への批判は、何も日経に限らず一般紙でも共通する問題だけど、それを知っていてなおかつ1日早く教えることで大きく扱ってもらおーと考えている節が企業にだってあるよーで、同じフィールドで仕事している身としては腹立たしい。

 が、金のかけかた人のかけかたが半端じゃなく、取材だってローラーだけど徹底してやるその上で、維持している300万とゆー部数に企業が乗るのも解らないでもなく、故にジリジリした気持ちで農協を挟んで立つ日経ビルを横目で見つつ、壁の向こうに空き地を挟んで立つ読売に秋波を送りたくなる。産経の項目ではなるほど買収の噂に社員がほのかな”期待”を抱いたってエピソードが書かれているけど、その気持ち、解るなあ。「創」ではほかに突如新創刊されとつど休刊となりそーな「トーキングロフト」についてツルシ編集長の連載が爆発。今や文化の発信地と化した「ロフトプラスワン」の名物店長に何があったのか? 儲からない? すまんオレいつもビール2本しか飲まねーわ。


【2月3日】 山形さん訳「クルーグマン教授の経済万歳!」(ちょっと違うか)は5版が店頭に並びロングセラーの道まっしぐらで早川書房の新刊は大丈夫? な今日この頃ですが仕事なんで佐藤正午さんの「カップルズ」(集英社、1700円)なんかをベラベラと読む。たぶん郊外か地方の街を舞台に小説家が街で拾った男女の噂の主とか周辺とかに取材して、実態と照らし合わせて真相を探るミステリーともノンフィクションとも言えそうな連作短編集。登場人物たちの絡み方が絶妙で、噂の主とバッタリ出会うとか噂が飛び込んでくるとかいった展開を経て、噂をめぐる男女の愛憎とかが浮き彫りにされていくに連れ、噂って人間の願望が込められている分事実より紋切り型だけど面白いって事が見えてくる。自分について言うなら艶っぽい噂だったら幾らでも語ってもらって結構、差し障りもないし。事実無根ってバレバレだけど。

 をを「ニュースステーション」のドーピング特集のBGMは「機動警察パトレイバー2」のオープニングテーマじゃん、ってのはともかくとして「少年マガジン」は「らぶひな」がトップでお色気もあってファンは朝から胸ドキドキ。それもともかくとして冒頭のグラビアの榎本加奈子さんは手足の細さをごまかしたのかそれともちょっとは肉が付いたのか、見ていてアウシュビッツがソマリアな気分にはならず、むしろ細いのにちゃんと見えるタニマにマニアは朝から頭クラクラ。決してヘアヌードは見たくないけど水着姿はみたいアイドルの、今は山田まりやと並んで個人的なランキングのトップにいる。方や干物でこなたトドでは乾物屋に行くなり鴨川シーワールドに行った方が良いからね。

 そんな肢体ももちろんだけど、喋り雰囲気のトボけぶりトバしぶりも榎本加奈子の独壇場、ってことでそんなエノモトの全てを本当に全て盛り込んだCD−ROMがオラシオンから3月に発売とあってファンじゃないけど何でか気になる似非エノモティストとしては、買って試してみたいと今から心ウキウキ。その名も「junk brain diagnosis」とゆーゲームは、「ボケ診断ゲーム」とのサブタイトルにもあるよーに、人間の持つ”榎本的”な部分を極限まで高めてしまおーとゆー画期的な内容。クリア出来ると榎本が俳句や詩の朗読や歌や体操といった隠し芸を見せてくれたり、失敗すると叱ってくれたりするらしーからファンなら買おー。プレイステーション対応で4800円。けど”榎本的”っていったいどんなだ?

 糖尿病に自治会に点滴に入院にオカマにオナベに地上げに不倫に展示アパート販売会に清酒に他にもいっぱい。3題話ならぬX題話でもやるのかって位にたくさんのキーワードが盛り込まれているのが「左手に告げるなかれ」(講談社)で江戸川乱歩賞を取って「無制限」(講談社)もパチンコ業界から好評で業界向け雑誌で対談までやってた渡辺容子さんの最新作の「斃れし者に水を」(講談社)。不倫している女性シナリオライターが不倫相手の糖尿病発症をきっかけに病院で起こった奇妙な事故死に巻き込まれ、そこから自分の住んでいる地域を巡るドロドロな地域エゴのぶつかりあいの渦中へと引きずり込まれていく、その筆の運びたるやもはや重鎮の域でかつ、前述のキーワードの使われ方の正しさ絶妙さもベテランの高み。上手くてそつなさ過ぎるのが、逆に心を掴み損ねて人気爆発へと至らない要因なのかもしれないと、読み終えて感嘆しつつ思う。主張の激しい女性が主人公ってのも損なのかな。ぎはどんな業界に取材して小説に仕立て上げてくれるのか今からちょっと楽しみ。


【2月2日】 プロ野球のキャンプが開幕して青島都知事が不出馬を表明したんで翌日のスポーツも含めた新聞のどれがトップニュースかを考えて、たぶんスポーツ新聞はプロ野球のキャンプがトップで1面の肩に見出しだけ入れて終面か中面でジャイアント馬場、と言ったヴェテランの整理な人がいたけれど、毎年あるプロ野球のキャンプインよりも宇宙が生まれてから消滅するまでタダの1回しか起こらないジャイアント馬場の死の方が大ニュースなのはやはり自明の理だったらしー。すべてのスポーツ新聞で1面から2面3面に芸能面社会面まで潰して報道してあって、改めてその偉大さぶりに感嘆する。時に新聞の記事の序列はデスクなり編集局長の世代の趣味が反映される事があるけれど、ついこの間まで現役バリバリだった馬場の長年の功績が幅広い世代にファン層を形成したのだろうか、見てもそれほど違和感がなくむしろ当然と思えたくらいだから。

 おかしいのはむしろ一般紙の方で、馬場の死を1面で伝えていたのはたぶん朝日が1紙だけ。他は青島不出馬をトップにいろいろな記事が飾っていたけど、馬場は社会面のせいぜいが4段くらいの大きさで伝えられているだけで、プロレスと言うスポーツへのエスタブリッシュを自認するメディアの認識が、まだまだ低いことが如実に示された。夕刊では流石日本テレビを傘下に持つ読売新聞が大きなスペースを割いて報道していてちょっと嬉しい。ソーサヨミウリが庶民の心を掴んで伸びて行きそーな雰囲気を、営業中かつ躍進中の日テレともども感じさせる1幕でした。それに引き替え目ん玉は。まあ上を向いて走りたくても走れない足下ズブズブな事情があるんだろーけどね、今が喫緊の時だけに。いっそ隣りに新社屋を落成する時、渡り廊下で繋げちゃうか? もっともウチが新社屋に入れてもらえるとは限らないんだけど。はあ。

 「諸君」が愉快。いや愉快なのは例のドクター・キリコの事件について書いた大塚英志さんの文章で、論そのものは研究とかしてあって流石なものなんだろーけど、いや実は詳しくは読んでないんだけど、最後の方に出てきたキリコとは関係なく睡眠薬を大量に摂取して無くなった女性のご主人が書いているホームページの日記を引いて、そこに書かれた女性のパソコンのスペックをあれこれ書いた記述を読んで、術語(ジャーゴン)なんて難しい言葉を持ち出して特殊な人たちに通じる特殊な言語が特殊な世界で使われ初めてよー解らん、風な理論を持ち出している。でもねえパソコンの機種名にCPUのクロック周波数なんかを並べただけの記述から、それもパソコンに詳しい男性が組んだパソコンのスペックから、亡くなった女性の姿が知っている人だけには想像がつくんだろーって言われても、ねえ。そんなに不思議な世界に思いたい(思わせたい)んだろーか。謎。

 毀誉褒貶甚だしい人形風三次元電脳画像(フィギュアニメーション)が話題な「VISITOR」を産み出したクリーク・アンド・リバーとギャガ・コミュニケーションズが贈る「CR−GAGAプロジェクト」から次回プロジェクトの発表が。やっぱり3DCGの映像作品になるみたいだけど、近未来SF作品とゆーやっぱりな設定は別にしてメンバーがちょっと面白い。脚本はあの「シェンムー」を書いた吉本昌弘さんでキャラクターデザインは木崎ひろすけさん、んでもって監督には「宇宙戦士バルディオス」「魔法少女プリティーサミー」の広川和之さんとゆー陣容は、前作にも増して期待だけは持たせてくれる。15歳の少女「亜利寿」を軸に展開される物語が萌え萌えにさせてくれることを今は祈り、99年中には出来る「A・Li・Ce」の完成を待とー。しかしいかにもな企画&タイトルだなー。

 「宇宙海賊ミトの大冒険」はシットリの第5話。なんだやっぱり蔭朗さんは海賊バージョンのメイルスーツを着たミトに最初は出会ったんだね、いきなりあのチビッコだったらやっぱり驚いただろーね。うーんやっぱり淡々と受け入れて家に招いて宇宙からの助けが待つのを待っていたのかもしれないなー。ただ斃れた自分を大事なスーツを脱いでまで看病してくれた姿に絆されたのかもしれないから、最初はでっかくあとでチビッコだった戦法が奏功したのかも。それでもやっぱり隣りでスースーと眠る小学生ライクなミトの姿に一発萌えだったって可能性も残る訳で、従って蔭朗さんロリロリ説は最終回まで根強く尾を引くのであった。幸いにして葵には引き継がれてないよーで、茸が生えなかった睦月ちゃんとラブラブな関係で次回はいよいよ慟哭の別離かそれとも感動の告白か。窒素呼吸生物と酸素呼吸生物が同衾する事は可能か否かを詳しい人は研究してレポートにして夏コミに出そー。買いますから。

 今でも出ているのか見かけなくなったんで解らないけどかつて桐島かれんを網タイツにくるんで写真に撮ったファッション写真家の伊島薫さんが、自分でやってるファッション誌「zyappu」で連載していた、ブランド品を身に纏った女優やときどき男優を死体にして撮った写真が「死体のある20の風景」(光琳社出版、3800円)が刊行されたんで買う。小泉今日子が富士の樹海で死体になったのは写真誌か何かに掲載されて話題になったから覚えている人もいるかも。他には秋川リサに坂井真紀に高橋恵子に細川ふみえに篠原涼子に松雪靖子に桐島かれんに鈴木保奈美にいろいろ。男性は永瀬正敏と本木雅弘と真行寺君枝のオマケの吹越満。個人的には歳はともかく未だ衰えないバストが白いドレス越しに盛り上がったかたせ梨乃と、どぶ川にうつ伏せで顔は挙げていたけど浮かんでいた富田靖子がお気に入り。あとどの死体にも言えることだけど、こんなにピチピチの死体だったらその場で絶対に持ち帰って試す。何を? それは言えない。


【2月1日】 「ドトール」に「プロント」が日本中に蔓延(はびこ)り出して以来、喫茶店ってものが随分と安っぽく、別の言い方をすれば安易な存在になったもんだなーと永井宏さんとゆーカメラマンやらエッセイやらをやってる人の書き下ろした「カフェ・ジェネレーションTOKYO」(河出書房新社、1300円)を読んで思う。美術の学校を出てからいろいろな仕事をして来た作者の、喫茶店を巡る音楽やら女性やら友人との思い出話ってゆーのかな。なんだかメロ入ってキザ入ってハルキ入ってせいぞう入った80年代っぽい雰囲気の文章に、今時の若い人は「ケッ」とか行って投げ出しそうな印象もあるけど、喫茶店という「場」を媒介にして、時代の流れや自分の成長に即して語っていく手法はちょっと面白い。

 喫茶店は当然ながらそれぞれが個性を持った違う店で、故に目的によって使い分けたり年齢によって通い始めたり逆に行かなくなったりする意味もある。だからこそ、あの時あんな事を考えていたのはあの喫茶店、なんて思い出が生まれるんだろーけど、最近のどこに行っても内装外観メニューに大差のない「ドトール」や「プロント」で、果たして喫茶店を媒介にした思い出づくりが出来るんだろーかと考える。少なくとも永井さんのよーなエッセイは書けないだろーけど、きょうび喫茶店に入り浸って云々、なんて発想自体がフォークな時代ロックな時代ジャズな時代の遺物かもしれず、そーした時代の尻尾だけをちょろりとかじった最後くらいの世代として、なおのこと羨望を持って読めるのかもしれない。

 ちなみに喫茶店で思い出深いのは名古屋の久屋大通りのテレビ塔をやや北に行った西側にある「バン(本当は漢字だけど書けない)」ってオークヴィレッジの家具が置いて在る喫茶店。近くにあった会社を昼間さぼって地下街の三省堂で本買ってよく読んでたっけ。あとは豊橋駅前にある「鈴木珈琲店」かな、ここん家で初めていかにも珈琲店ってな雰囲気とこれぞ珈琲ってな濃い味高い香りの珈琲を飲んだのが思い出深い。高かったけどでも豊橋相場なんでこっちの喫茶店のくそ不味いレギュラー珈琲と値段的には大差ないんだけどね。鈴木珈琲店はもう1軒あるけど狭いのが難。街道脇で雰囲気も明るいし。

 東京じゃーそれこそたくさん専門店はあるけれど、何となく好きなのが喫茶店とはちょっと違う、竹橋にある東京国立近代美術館の確か4階にある珈琲スタンドで、味は問題外として、ともかくそこで珈琲を買って、南側のベンチじゃなく北側の窓際に行って丸椅子に座って窓枠に珈琲を置き、眼下の高速道路を流れる車を見ているのがちょっと好き。外の喧噪が厚いガラスで遮られて中には聞こえてこず、静まり返った美術館の雰囲気を背中に味わいながら、北の丸公園になるのかな、科学館の特徴的な建物をその緑に透かしつつ、合流する車が黙々と流れていく様を眺めていると、時間も時代も関係なく、存在すらも希薄になっていく感覚がして妙に心地良い。暗い奴だって? ほっとけ。

 はあはあと仕事。相変わらずの1日数百行ペースは変わらず実に効率的に仕事をしていてかつ出費も抑制しているとゆーのにあの体たらくはなんだろー、と考え込んで胃を痛める。それでも元気に昼御飯を食べてからホテルニューオータニで開かれた「ドリームキャスト」向け新作ソフトの発表会へ。パルス・インタラクティブってまったく聞いた事のない会社がかの「新宿鮫」こと大沢在昌さんを演出やらスクリプトやらに起用して作ったアドベンチャーゲーム「アンダーカバー」の発表会には、相当数のプレスがつめかけて今さらながらに大沢親分の知名度の高さを実感する。と思ったけど他のゲームの発表会でも似たよーな人数が集まるから、別に大沢さんが北方謙三さんでも似たくらいの人数は集まったかもしれない。京極夏彦さんだったら朝から3000人が行列だけど。

 しかし大丈夫かってのが「アンダーカバー」の企画を見た印象で、近未来を舞台にした刑事アクションのアドベンチャーって設定しかり、ちらりと見えたCGの棒状手足かつビジター的無表情のキャラクラーしかり、あまりのありきたりさにゲップが出そーな設定&ビジュアルでちょっと食指が伸びない。なるほど大沢親分をメインに据えて、「ワンダープロジェクトJ」を手がけた米田喬さんがディレクターで入り、キャラクターには「快男児」の漫画が好評連載中なくつぎけんいちさん、んでもって音楽はアメリカで活躍中のGomiさんとゆー錚々たる陣容は、それだけで興味を集める事は間違いないけど、いくらすぐれたパーツを組み合わせたところですぐれたゲームにならないのは過去に幾つも例のあることだからね。

 そのあたりを突っ込んでいたプレスもいたけれど、とにかく会社側としてはゲームとしての面白さは折り紙付けるから買ってやってもらうしかないと、陣容が過去に成し遂げて来た実績をバックにした自信めいたもので押し切ろーとしていた。だったらよろしい作ってくれよ買うからさ、ってのが向こうの自信に対するこちら側の答えだけど、ゲームの面白さより以前にもう1つ気になるのは、主人公の名前が「鮫島ケイ」って点で、これはつまり小説の「新宿鮫」の鮫島の遠縁ちゅーか子孫って事なんだろーと考えると、ってゆーか「関係ある」って大沢さんが明言していることも踏まえると、危険な身分故にこれから先の人生が一体どーなってしまうのか、それが解らないからハラハラドキドキの気分に浸れる小説版「新宿鮫」の鮫島が、同じ系譜に属する未来のお話の登場によって、「何年に何した」と書き込める人間として歴史年表の上に固定されてしまったよーに思えて奇妙な思いの囚われる。

 いっそパラレルワールドの女鮫島ってな設定の、漫画で言うなら「デビルマンレディー」みたいな(違うか)話にしてしまえば割り切って考えられただろーけど、最近の「デビルマンレディー」に不動明が登場しているのを見ると、やっぱり永井豪さん自作のすべてを松本零士さん的に統合していこーとする意図も見えたりする。「新宿鮫」だけじゃないすべての大沢作品が1つの年表の上にかき込まれてしまう、異様な自体にだけはなって欲しくないと思うから、「新宿鮫」だけで止まってくれている今の方がまだ健全だと納得しておくことにする。

 会見では大森望さんの想像どーり大沢オフィスから直木賞作家の宮部みゆきさんと泉鏡花賞受賞作家の京極夏彦さんが登場、大沢さんが「2人は声で出演している」と言うと社長の人が「それは言わないことになってたんじゃ」と慌てる一幕があって面白かったけど、じゃあ何のために来てるの? 同じ事務所だからって理由だけで動員させられたの? 大沢さんってひどい人、って話になるから素直にゲームに出ていると言って正解でしょー。

 会見終了後の記念撮影でも宮部さん京極さんは借り出されて大沢さんとの3ショットなんか撮らされてゲームとはほとんど関係ないのに何だろーってな雰囲気。一段落した時にセガ・エンタープライゼスの広瀬副社長と話してた僕と背中合わせに京極さんが立って、挨拶しよーかと思ったけど面識もないからパスする。「帰ろうか」と宮部さんい聞いて2人で会場を出ていった京極さんは普通の人っぽかったです。

 会見にビデオで登場したムービーディレクターのマーク・ガンブルが喋っていたバックを見て爆笑。だって後ろには志郎正宗のでっかいポスターが貼ってあって、綾波レイのフィギュアが飾ってあって、初号機か弐号機だかのフィギュアもすっくと立っていて、さらにそれからトトロの縫いぐるみまで置いてあるんだもん。アメリカの日本大好きな業界の人のオフィスの典型を見る思いがして、作品への親近感が一気に湧く一方で、これほどまでにいかにもな奴が作るタイトルが、いかにもな発想を超えらた傑出した作品になり得るんだろーかと悩む。ポスターが最近実験とゆー名の迷走に入った寺沢武一さんじゃなかったのを救いとするか。


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