縮刷版2006年4月中旬号


【4月20日】 世界中が泣いた。あれのどこが遠坂凛だ。いや凛じゃないけど凛みたいな赤い服を着てニーソックスを履いているんだから目には凛だと認識されるんだ。でもってそんな外見の首から上に乗った顔とアニメやゲームに描かれた遠坂凛との、月とアンドロメダほどにかけ離れた容姿に立ちすくむんだ。けれどもそんな凛じゃない凛であっても脚を開いて白いのを見せその下にある黒いのまで見せて、喘ぎ漏らす様に欲情しては心をかすめ取られしまう男の性を、改めて知らされ哀しみに沈むんだ。人間て奴はこれだから。

 それほどまで人間とゆー奴の深淵を抉るDVD作品「Faith/stay knight」。佐伯日菜子さんを擁してダークな雰囲気とハードなドラマを繰り出し話題を呼び、なおかつ途中で危険だからと打ち切りになったこともあって伝説となったテレビシリーズ「エコエコアザラク」の再来を期して、円谷映像がCGIの白組と組んで送り出した人気ゲームソフトの実写ドラマではまるでなく、敢えて説明はしないけれど存在自体が果たして赦されるのかって議論を巻き起こしている作品を、折角だからと秋葉原の「ラオックス」アソビットシティで買って帰って見て泣いた。

 何だこりゃ。まるで凛に見えない凛も凛なら、絶対的に衛宮士郎ってよりは鴻上尚史さんって風貌の主人公も主人公。横に引っ張られたか立てに押しつぶされたとしか思えない面子がそれと匂わせながら動き回る姿が浅ましくも悩ましく、たとえ海賊的な行為であってもそこに本編をリスペクトする美学のかけらも存在していないことへのもやもやとした反発が、浮かんで目を霞ませる。バーサーカーじゃないんだけどバーサーカーらしい何かが、どう見てもローマ兵の格好をした武藤敬司さんなのは何だろー、長髪で上半身が裸の男を捜せなかったからなのか。ちょっと違和感。

 かろーじてセイバーではないんだけどセイバーとしか見えないセイバーの顔立ちが比較論で言うなら真っ当に分類可能だったりして、あとイリヤも子供じゃないんだけど子供っぽさを残した女優さんだったりして、そんな2人の艶姿にアニメとか、ゲームとかで見た作品のそれっぽさを感じつつ、そこではただ想像するしかなかった艶っぽい場面に、脚と脚の付け根部分をチリチリとさせられたのはこのDVDの多くはない利点の1つか。3時間もある癖にイタす場面が少なすぎるのがオーディオビジュアルではないAVの用途として問題って気もしないでもないけれど、現存して人気の作品に対して浮かぶ妄想を形にしてみせたてことでは評価すべきなのかも。妄想はやっぱり二次元のまんまが良いって思い知らせる作品としての価値も存分に持ってるし。

 それが出た1985年9月13日にはすでに成人となっていた人間にとって、「スペースインベーダー」で言うところこの「名古屋撃ち」的な技としてそれに派生する諸々を、血肉のレベルで記憶し社会を認識する上での象徴なり暗喩として用いることは不可能だ。もちろん20歳が30歳であっても深くどっぷりとそれを楽しんでいた人がいたって不思議はなく、その状況をしてやったりの思い出として記憶していることを否定はしない。けれどもより切実な問題としてそれを楽しみその状況を慈しんだのは、それが対象としていた10代も前半から下の子供たち。そんな世代だったらあるいは西島大介さんの「アトモスフィア」の衝撃的だと言われるエンディング部分を、笑いつつほくそ笑みつつ楽しみそして、無限に上昇していくその現象が暗に示唆した、仮構の世界における存在の永続性を思い出して、今再びの世界への懐疑として心を踊らせることが出来るんだろー。

 そうでない既にして不惑を超えた身には、重なり合って増殖していく自分や世界の有様を描いたストーリー自体は、この世界に現実感を抱けずリアルさから遊離してバーチャルの海を彷徨う心を示したものとして受け止められないこともないんだけれど、エンディングに繰り出される世界がそんな重なり合ってしまった理由には、やっぱり疑念を抱いて首をかしげ頭を悩ませるんだろーなー。まさしく中に出てくるセリフそのままに「ふざけんな」って言葉を吐きつつ。ともあれ自らの喧伝どーりに衝撃的なエンディングを見せてくれた「アトモスフィア」(早川書房)の下巻。不惑の身でなく世代的にあれにどっぷりはまって子供時代を過ごした世代から、どんな反響が出るのか傍目的には楽しみ。心に刻まれた懐かしい情報に触れて心浮き立たせて本の購入に走るんだろーか。

 話題の将棋名人戦の毎日新聞から朝日新聞への移管騒動について読もうと「週刊文春」の記事を開いて仰天。声の出なくなった少女棋士が女流の世界で頑張る漫画「しおんの王」の原作者、かとりまさるさんって元女流棋士の林葉直子さんだったのか、例の失踪騒動で話題になり、それからあんまり勝てなくなって結局引退してしまい、けれども中原誠永世棋聖との不倫騒動でも名前が挙がって世間を湧かせた彼女だけど、将棋の腕前は決して悪いものではなかっただけに、将棋に関してはシステムも含めて実に真面目に描かれている「しおんお王」の原作者だと聞いて妙に納得してしまった。ミステリー的な部分も一応は作家だからちゃんと書けるし考えてあるんだろー。

 名人戦をめぐる朝日と毎日のバトルに関する記事なのに、どーして林葉さんのことがメーンになっているのか分からないけど考えて見れば日本将棋連盟の米長邦雄会長は林葉さんの師匠だし、毎日とかの交渉に出向いた中原誠副会長は一時なりとも付き合っていた相手。そんな2人を幼いころから何十年も見続けていた林葉さんの名前をここで挙げるとこによって、もしも2人が無謀にも突っ走るよーなら過去をひっさげ林葉さんが現れるぞってゆー何かの思惑があっての牽制記事か。「週刊文春」じゃあ林葉さんとは姉弟弟子の先崎学さんも連載を持っていて、そんな2人がタッグを組んで過去の暴露を始めた日には、米長会長の権威も吹っ飛んでしまい強行姿勢も尻窄みになってしまうからね。今再び表舞台へと姿を現しはじめた人間爆弾・林葉直子さんの動静に注目。


【4月19日】 「錬金3級まじかるぽかーん」を見てぽかーんとなる。ユルいねえこのアニメ。オープニングは過激にシリアスなのに本編となると吸血娘が惚れた男の案内する献血車に通い詰めた挙げ句に血が足りなくなるって話が1本と、エレベーターに閉じこめられた4人が暑さに服を脱いであれこれ時間つぶしの夢物語を交わす話が1本。何がどう進むって感じじゃなくってそのシチュエーションにおいて4人いるキャラクターたちの性格に合わせた言動を、楽しむ作品に仕上がっているから前提なしに見ても何となく楽しめる。

 お楽しみは鉄子があの厳重に身を包んだ衣装を脱いだ場面で、手とか首にのぞく金属パーツを見るともしかして体は四角い箱状で、そこからやっぱり金属製のピラミッドが2つ突き出しているだけなのかもって不安もあったけど、それはさすがに世間体も悪いと考えたのか普通に普通のボディに見えるよーになっていた。いや流石にキャミソールっぽいのを着けてたんで肌までは見せてくれなかったけど。

 お話的には1話の前半でちょとだけ活躍したたぶんメインな魔法使いのゆうまが、ここんとこあんまり目立ってないのが気になるところ。1話でもあったよーに謎めいた呪文で魔法を発動させるシーンはウリなはずなんだけど、それが全然出てこなくても別に気にならないくらい、他のキャラもエピソードも充実しているから良いってことで。エレベーターで会話する4人のキャラを他の作品になぞらえると、鉄子は「ジオブリーダーズ」で言うなら桜木高見でゆうまは菊島社長で、りるは元気の良さが梅崎真紀って感じだけどバキラは蘭東栄子ちゃんでも姫萩夕でもないから重ならない。「ギャラクシーエンジェル」ならゆうまは天然なところがミルフィーユで高飛車なバキラは蘭花でリルはフォルテ姉か。でも鉄子はお嬢様口調な所がミントなんだけど腹黒さがないから違うっぽい。女性キャラっていろんなタイプがあるもんだ。

マックからマックへ渡り歩いて金もたっぷりもらってる?  初めて買ったパソコンがアップルコンピュータの「マッキントッシュLC575」だったりする人間にとって原田泳幸さんって名前はスティーブ・ジョブズほどではないもののそれなりに拝聴に値する名前だったりして、今は無き「マックワールド」の会場なんかで喋っていたり発表会の場に登場したりする姿をみながらウィンドウズに押され勝ちな中にあって踏ん張ってくれよと応援もしていたんだけど、そんな原田さんが2年前、何を思ったかそれとも思わされたからなのか、マッキントッシュの最前線から同じマックはマックでも、よりメジャーなマクドナルドの日本法人へと転じて驚いた記憶も未だに新しい。

 外資系にはよくある異業種へのヘッドハンティング。マネジメントが出来れば業態なんて問わないってことなんだろーけれど、それにしてもコンピュータの世界からファストフードとは違いすぎると心配の声もあったし、なにより当時のマクドナルドが売上的に苦戦を続けていたこともあって、まるで経験のない原田さんに立て直せるのかどーなのか、それともたんにお飾りの会長なのかって思った人も多かったけれど、2年経ってマクドナルドは利益こそ客単価が上がらず厳しいものの売上は伸びていて客数も上々。どーにか立ち直りを見せていたりする。

 そこに至るまで原田さん自身の采配がどれだけ反映されたのかは分からないけれど、少なくとも会長だけでなく社長でありCEOの看板も背負っている以上、それ相応の役目を果たしたと考えるのが妥当。その意味で言うなら「iPod」の大爆発前の停滞期にあったアップルコンピュータの時代より、今の方がずっと経営者としてやりがいのあるポジションにいるのかも。先鋭的で革新的な会社のトップを結婚したらポピュラー過ぎるファストフードのトップの奥さんになってしまった谷村有美さんも、さぞやお喜びのことでしょー。

 そんな原田さんが会見に出てきて5月発売の新メニューを発表。その名も「サラダマック」はチキンにレタスのサラダがあったりチキンを挟んだサンドイッチがあったりとなかなかにヘルシー。サラダは490円もしやがるしチキンサンドも290円だから決して安くはないけれど、それでも食べる人がいれば念願だった客単価の向上は図れるってことで、そーなるよーにちょっぴりお高くっても食べたくなるよーな雰囲気を、これからどー作っていくのかに注目が集まりそー。あと発表会では売れてない店を業態転換するってことも好評されたけどどんな内容のどんな店になるのかはまだ未定。ファストフードかそれとも別の何かか。たこ焼きとか大判焼きとか売る店ってこともあるのかな。さすがにないか。何だろう。

 秋葉原に寄ってTMAから発売されてる話題のアレを仕込んでから、「ゴーゴーカレー」でメジャーは無理なんでビジネスマンのカツ&ソーセージ乗せをかきこんで、それから表に出てふと見上げると「ロケット本店」が閉店してた。総武線を挟んで巨艦「ヨドバシカメラ」と対峙する位置にあっただけに苦戦も予想されてたんでやっぱりって感じ。他の店舗へと分散するみたいで中央通りに並ぶ何号館かに集約されてくんだろーけど、そっちもなかなか厳しいみたいであっちの店とかこっちの店が消えた後、ビルごと一層されて小ぎれいなオフィスビルが立ち並ぶ街へと変わっていってしまうんだろーあー。まさか抜けた穴を「ラムタラ」と「とらの穴」が埋めるとは思えないし。どっかのメディアで森川嘉一郎さんとかに10年後の秋葉原を予想させてみてくれないかな。


【4月18日】 「三井住友銀行」だなんて20年前ではまるで考えの及ばなかった、名門財閥の間での合併なんてのが起こるこのご時世に、同じ鉄道事業を展開していて大阪・神戸間で激しい乗客獲得争いを繰り広げてきた阪急鉄道と阪神電気鉄道であっても、合併して不思議はないってのが大阪に縁がなくって鉄道や百貨店を運営している企業としての阪急にも、阪神にもまるで愛着のない人間にとってのストレートな感想。あるいはお互いの会社にスケールメリットの追求を狙った合併への意向が芽生えていたとしても、長い遺恨から内部的にはとても言い出せなかったことを、外部からの闖入者が現れひとり悪者の名を甘受しつつ、実質的には”時の氏神”の如く立ち回ってライバル企業どうしの経営統合を実現させたといったポジティブな見方も出来ない訳ではない。

 やや駅に違いはあって山の手下町と沿線の風景も違っているといっても、同じく梅田から三宮元町へと結んでいる阪急神戸線と阪神本線。これが合併したからといってスケールメリットはなくむしろ重複するだけだって思わないでもないけれど、仄聞するに人口の増加もあって輸送人員が増え続けているこの路線。対応するには列車を長くし1度に運べる人数を増やす成り、速度を上げて回転を増すしかなんだろーけど1編成を長くするのはホームの形もあって限界だし、速度をあげれば05年4月25日に起こったJR西日本福知山線の脱線事故のような危険がつきまとう。

 残る葉複々線化なんだろーけど土地の問題もあって限界だ。しかし阪急と阪神が経営統合すれば望むと望まざるに関わらず、複々線化が実現してしまうって寸法。すでに定期は共通化されてれいるそーだけど、切符も共通にしてしまえば利便性が増して相互利用も増えるかもしれない。その辺についてはそーゆー乗り方へのニーズがあるか分からないから何ともいえないけれど、決してデメリットばかりではないんじゃなかろーか。2社が都心部に持つ土地なり施設の有効活用が図られれば収益機会はさらに増す。そー考えると阪急による阪神株の取得ってのはそんなに悪い話じゃない。

 阪神タイガースの親会社が阪急鉄道になるってのは鉄道再編って大仕事を前にしたら末端の話。ここで阪急にまだ球団が残っていたんだとしたら問題はもーちょっと複雑になるんだろーけれど、今なら例え統合したとしても球団は1つ。グループにおいて「タイガース」は唯一のチームとして、現在の阪神本線に利用客を呼ぶ有料コンテンツとしての立場を堅持していけば既存のファンにとって何ら困ることにはならない。それともファンは「タイガース」とゆー伝統と実力を兼ね備えたプロ野球のチームではなく、「阪神」とゆー企業の傘下にあるプロの野球部として鉄道や百貨店といったサービスともども支持して来たんだろーか。だからライバル企業の「阪急」との統合に反発を抱くんだろーか。ちょっと違う気がする。

 「タイガース」によって「阪神電鉄」のイメージが形作られているってのがどちらかといえば実状で、故に「タイガース」が「タイガース」であり続ける限り阪神が大阪西宮甲子園でも変わらないよーな気がするんだけど、「阪神」であり「タイガース」として応援している人にとってそれ以外は認められないってことなのかなー。その辺りがよく分からない。国鉄からサンケイを経てヤクルトになったスワローズは、次にどこかに売られてもすぐにスワローズとして親しまれるんだろーし、未だ売られたことのないジャイアンツだって例え読売が東京になったり日テレになったとしても、ジャイアンツとして君臨し続けるだろー。ドラゴンズだって中日が名古屋になっても名鉄になっても松坂屋になったとしてもきっと、ドラゴンズとして愛されるんだと思うけど、阪神だけはやっぱり違うのか。だいたいが元は「大阪タイガース」で戦時中の一時を挟んで1960年まで「大阪タイガース」だったんだから、これを機会に元に戻したって良いんじゃない?

 中原誠副会長が関西まで出向いて棋士に説明したらしーけど事態は進展せずむしろ泥沼化が進んでいる日本将棋連盟による「名人戦」の毎日新聞から朝日新聞への移管問題。その動静を知るために「週刊将棋」の06年4月19日号を買ってみたけど流石に日本将棋連盟が発行している媒体だけあって、毎日コミュニケーションズが販売して毎日新聞が販売に協力しているとはいえ毎日寄りの見解で埋め尽くすことはできない模様。ニュースの欄にかろーじて「名人戦主催紙以降問題が発生」って感じの記事が掲載されている。それでも事態を「問題」と位置づけ報じたところは流石とゆーか。「AERA」に「週刊朝日」なんてまるで無視だったからなー。

 あと「記者のまなざし」ってコラムで将棋ジャーナリストの山田史生さんが文末で「名人戦の主催者を毎日から朝日へ写そうとの動きが明らかとなった。すんなり解決するとも思えず、将棋界はまた大騒動必至である」と書いている。ただそーした問題が起こる原因が「将棋連盟と担当記者との、本音によるコミュニケーションの欠如が影響しているように思えてならない」と書いいる辺りにゲンナリ。コラムによると将棋記者会ってのがあってそれは「将棋連盟のスポンサーにあたる会社の集合体」であって「親睦会的な意味合いが強」いそーで、月に一回の会合のあとは将棋連盟によって設けられた小宴で、本音の語らいをしていたのが数年前から、「連盟に費用を負担させるのは不本意であるとの”正論”が出、一時会費制になったが、それも超過分の払いの分担はどうするか、などの問題から、記者会後の小宴は1年ほど前に廃止になって」しまい、故にコミュニケーションの欠如が発生したって匂わせる。

 何だそりゃ。なるほど新聞社は棋戦のスポンサーになってお金は出しているけれど、そこから派遣されている記者がお金を将棋連盟にスポンサーとなって支払っている訳では決してない。新聞社の支払うお金は読者が新聞を購入した代金なり、企業が広告を掲載した代金であってそれの一部が将棋連盟へと渡って棋戦が運営され、棋士たちによる素晴らしい棋譜となって新聞に掲載され、読者なり広告を載せた企業なりへと還元される。将棋記者会の記者はそんな読者や広告の出向企業と将棋連盟とを結ぶ単なる橋渡し。それを会社から給料をもらってやっている。従って将棋連盟から小宴でもって歓待される立場になんか本来なく、歓待されたとしたらそれは読者や広告の出向企業に還元されるべきお金を、横からかすめ取っていることになるだろー。

 もちろんそこまで杓子定規に考えることはなく、新聞社という大会社が投下するビッグマネーを前線にいる日本将棋連盟と棋士たちと、そして棋士の仲間としての記者たちが少しつづシェアしあいながら、親睦し仲間意識を強めてよりよい発展につなげていくことがあっても構わないとは思う。けど俺たち将棋記者会のメンバーは主催新聞社の代表で手前らの賞金給金を出してやっているんだからもてなしやがれって感じのことを、堂々と正面切ってコラムで書かれると、そりゃ違うだろって異論反論が湧いてくる。何様だって気になって来る。そんな何様面して将棋会館を闊歩する記者がいるから、相手も萎縮しコミュニケーションが取れなくなっているんじゃないのかねえ。「今、将棋界に必要なもの」なんてタイトルで「信頼と尊敬を基盤によき関係の復活を望む」なんて言っているけど、むしろ「今、新聞界に必要なもの」と題した上で、「増長と尊大を基盤によき関係をぶちこわす」新聞社の態度を改めて、「謙虚になります尊敬しますから良き関係の復活をお願いします」と書いて赦しを乞うたらどうだ。

 まああと100年経ったって新聞社の尊大さが消えるとも思えないのが実状。だからこそ日本将棋連盟も相手の出方をうかがいながら棋戦を右に左に動かして、相手を揺さぶってみたのかもしれないって気がして来た。なるほどメディアとしての影響力は未だに健在とはいえ、もはやトップではない新聞のご意向ひとつで賞金が左右されなおかつそこから出張ってきたサラリーマンの記者にもっともてなせと脅されて、やってられるかって思ったところで不思議はない。

 ここで将棋連盟に力があれば、すべての棋戦の主催を日本サッカー協会みたく日本将棋連盟にして、独自にスポンサーをつのって運営しつつ結果をそれぞれの新聞社に掲載させてあげるよーな仕組みも作れるんだけど。別に普通の企業が「ナビスコカップ」「マイクロソフトカップ」のよーに棋戦の冠スポンサーになって賞金なり協賛金を支払う状況になっても良いじゃんか。でもって棋譜なり対局中の映像を「ヤフー」とか「GYAO」に配信してまた儲ける。問題はそれで10年20年と棋戦を支えてくれるかって部分だけど、なあに新聞社だってあと10年20年と棋戦を支えられるとは限らない。そんな崩壊の時代を前に、いろいろと打とうとした手のひとつが今回の名人戦移管騒動だとするなら米永邦雄会長、これでなかなかの策士かも。でもやっぱり違うかな、目先の金に眩んだのかな。


【4月17日】 ゆりかもめでしか行けないゆりかもめの本社へゆりかもめでなくバスとそれから徒歩で行って帰って疲れ果てた頭で見たけど目が覚めた。「涼宮ハルヒの憂鬱」その3、ではなくその4は活字で読んでも目に光景が浮かんで心躍ったハルヒと朝比奈みくるのツインバニーが映像となって登場。スカート姿だとそんなに分からないハルヒのボディラインがくっきりと出た作画は感動物で、みくるとは違った意味で脱ぐと凄い奴だったんだと改めて感嘆。これで迫られたら誰だってなびくはずなのに、1人として「SOS団」への入団を希望しないとはキョンたちの通う学校、ちょっとおかしいんじゃなかろーか。

 場面的には校門でチラシを配っていた所を教師に怒られバニー姿で地団駄を踏むハルヒが可愛らしい。あとは部室へと戻ってきてどっかと脚を組むシーンかな。お話的には長門有紀がいよいよその正体を明かして謎めく物語世界の一端が垣間見えて来たけれど、原作を知らない人にはなんだこいつも電波だったかって印象を受けただけ。そんな不思議な奴らが織りなす学園ドラマの域を抜けないなじゃないかって想像から、視聴をうち切る人がいたとしたらとりあえずは勿体ないから続きを見ろと断言しておこー。一所懸命に動く絵の凄さを毎週堪能するだけでも十分だし。エンディングのダンスのフルバージョンがおまけで付くならDVDは買うね。入ってなくてももちろん買うけど。

 ナマ酒井與惠選手が見られそうってんで東京は八重洲にあるレストランで開かれた「日本女子サッカーリーグ(L・リーグ)」の今期のスケジュール発表会へと潜り込む。モックってゆーレストランのコンサルティングとかウェディングのプロデュースとかを展開している会社でレストランの経営もしていて、そこが何でも今期から「L・リーグ」のオフィシャルスポンサーとなったとか。リーグの名称も「mocなでしこリーグ2006」ってことになってマークもナデシコを象ったものへと変更。スポンサー名が頭についた女子の大会っていったらかつて「okiカップ」ってのがあったけど、景気停滞でokiのチームが消えて前後して確か消滅したっけか。

 3年前にメキシコとのプレーオフに勝ってちょっとばかり女子サッカーが盛り上がり、翌年に北朝鮮戦に勝ってアテネ五輪行きを決め手人気に火が着いてからこっち、ベレーザにはニチレイがスポンサーになりYKK・APは東京電力へと持ち主が変わって屈しの強豪チームへと脱皮したりと、金回りはなるほど良くなっている。けど実力までもが世界屈指となったかとゆーとアジアでナンバーワンにすらなっていないのが現状で、いつまた五輪にもワールドカップにも出られなくなる時が来ないとも限らない。今は人気だからとスポンサーになってもちょっと悪くなるとすぐ撤退、なんてことにだけは絶対になって欲しくないのでモックには、末永い長い支援をお願いしたいもの。そーしてくれないとモックの施設で結婚式も披露宴も開いてあげないぞ。開く予定があるかは聞くな。

 ただモックの本気度もなかなかのようで、優勝チームにはモック謹製の1億円もするティアラがカップの代わりに授与されるとか。ホーム&アウェーで闘って後、上位4チームが1試合づつを総当たりする試合も含めた全試合の勝ち点合計で優勝を決めるディビジョン1。そのシーズンも終盤になって優勝が決定した試合では、当然の如くに優勝した日テレ・ベレーザのキャプテンの酒井選手がユニフォーム姿で後ろをポニーテールにした頭に1億円のティアラを被せられる場面が見られそう、ってそーなるの? 多分ちゃんとした表彰式を開いてあげるんだろーなー、フォーマルな格好で来いって支持出して。でなきゃティアラも選手も可愛そう。

 会見には今シーズンから「mocなでしこリーグ2006」のオフィシャルサポーターに就任したよっすぃー吉澤ひとみさんも登場。芸能の人からすればフットサルとかやっているけど日本サッカー協会とは一体どんな繋がりがあるんだろうって疑問に思った人選だけど、実は吉澤さん、去年なんかは日本女子代表チーム「なでしこジャパン」が西が丘サッカー場で開いた親善試合に、たしか来場していてあの狭くて小さいゲスト席から観戦していたっけか。それが”お仕事”であったとしても、ちゃんとあの場に来てフル観戦していった姿からは本気度も伺えた。その本気度に日本サッカー協会も、彼女だったらどこかのテレビ局が視聴率稼ぎに読んで勝手に任命しては大騒ぎしている男性アイドルのサポーターとやらとは違って、女子サッカーそのものを盛り上げる役割を存分に果たしてくれると思ったに違いない。

 具体的にどんなお仕事をしてくれるのかは未定だけど、とりあえずは5月14日に「フクダ電子アリーナ」で開催の決まった日テレ・ベレーザとTASAKIペルーレによる「なでしこスーパーカップ」あたりで当人の登場とかあるのかな。流石に所属の「モーニング娘。」によるフットサルチームでの登場はないんだろーけど、1人だけでも来るってことならファンがわんさと詰めかけ会場は大変なことになってしまうかも。それはそれでチケットが取りづらくなるんで困るんだけど。ちなみにこの日はいっしょに「なでしこリーグ」の選抜オールスターによる試合も開かれるとか。あの素晴らしいピッチの中で女性選手たちが飛び跳ねる姿を、ピッチに間近なスタンドから間近に見物できる絶好の機会だ。是非に行こう。翌週の5月21日からはリーグ戦もいよいよ開幕。ちょーどJ1がワールドカップで休止となる時期だけに、サッカー成分を吸収しにこちらも行こう。ドイツに行ければそれはそれで幸いなんだけど。チケットが。ないんだよ。


【4月16日】 漫画のアニメ化で真っ先に注目しがちな部分といったら、漫画のまんまに絵が動くのかって所なんだろーけれど、「ヘルシング」のOVA版の場合は漫画自体が動きよりはポーズとかレイアウトとかの派手さでもって、強烈に目へとインパクトを残すタイプの漫画なだけに、まんまアニメ化されると逆に動きが目で見る漫画の凄みを和らげてしまっている所があったりして、ああ動いているぜって感動とはちょっと違った感情にとらわれた。

 むしろ「ヘルシング」の場合は、漫画そのままにアーカードやセラスが動くことより、漫画そのままのセリフを少佐やアンデルセンがどう喋るのかって方に興味が向かっていたりして、その本領が発揮されまくったとはちょっぴり言い難い第1巻に、だから物足りなさを覚えたのかもしれない。これがもうちょっと話が進んで、トバルカインとの魔術妖術体術を駆使した闘いとか、リップ・ヴァーン・ウィンクルが怯えから嬌笑へと豹変しながら闘う様とかになると、どんな感じに動くのかって期待を持てるのかも。ともあれ人気アクション漫画のアニメ化って難しい。

 「ブラックラグーン」のアニメ版もどちらかと言えば漫画に描かれた絵がそのままのクオリティで動いているってタイプの作品だけど、「ヘルシング」と違うのは漫画自体もアクションをどう見せるのかって部分に力が入れられていて、それでも止まっている絵で見せる漫画の”壁”もあったんだけどアニメになってそんな”壁”が取っ払われて、飛び跳ね転がり駆ける様が継ぎ目なしに映像となっていて、止め絵を見ながら妄想していた動きがそこに現出したことへの感動が素直に沸き起こる。あのテイストを崩すことなくむしろ高める形で映像化してみせたスタッフの力量にひたすら感謝。

 なおかつ第2話は、捨てられたロックが南の澄み切った青い空の下で、海賊となって独り立ちする姿と、ロックを切った陰山部長が上役から褒められ頭を下げて家へと帰り太った息子の受験勉強が進んでいるかと訪ね邪険にされ妻から娘の素行に注意をしてくれと頼まれそれはお前の役目だと押しつけ、さらに小さい娘から南の海のことを聞かれて仕事で行ったんだから知らないと邪険に扱う、その型枠に填められたよーな企業人間的なキャラクター描写が対比されていたりする。

 漫画にはなかったそのシーン。企業という場所で権勢と金銭こと得ながらも柵に縛られ固定観念にとらわれるみっともなさが、よりくっきりと強調されれそこから自由になったロックへの憧れを募らされる。本来のエピソードの終わりに次のエピソードの頭をくっつけ関連するエピソードを挿入して、テーマをより際だたせてみせるアニメ版スタッフの手腕も流石とゆーか。これなら続くロベルタちんとの圧巻のバトルシーンの描き方にも期待が持てそー。エンディングの波打ち際を歩きながら弾を落とし銃を落とし靴も脱ぐレヴィの、まるで冥界へと旅立つよーなビジョンが悪い暗示とならなきゃ良いな。

 これでコミケとかワンフェスとかが開催されている最中だったら、大変なことになっていたかもしれない「ゆりかもめ」の運休だけど幸いにして「東京ビッグサイト」で大きなイベントは開かれておらず、16日もまるまる運休だったにも関わらず、「りんかい線」がすし詰め状態で運行されることにはならなかった模様。それでも行くべき人たちはちゃんと他の手段を講じてお台場へと向かっていたみたいで、出番で会社にいたらゆりかもめが会見するってことになって、それならついでにお台場の状況を見てくるかと思い大崎から「りんかい線」」で入った「東京テレポート駅」では、上の広場で開かれていた「渚音楽祭2006」を見物に行く若い人たちで大混雑。ロックの前には「ゆりかもめ」の事故なんて関係ねえってことかそれとも、買ったチケットが無駄になるなら他に手段もあるんで行くって今時の金銭感覚がなせる技か。

 せっかくだからとフジテレビの25階にある球体展望室にも上がってみたら、こっちもそれなりなお客さんが来ていて運休の影響はあんまりなさそう。つり下げられたモニターで皐月賞の中継をみているおっさんたちがいて、わざわざここまで来てそれを見るかって内心で爆笑。家族サービスで来ていてたまたまやっていたのを見ただけで、わざわざここまで見に来た訳ではないんだろーけど、そこまで気になるんだったら「ゆりかもめ」に乗らないで総武線なり東西線に乗って中山まで行って生を見る方が、家族にとっても新鮮な体験になったんじゃなかろーか。馬券を当てればパパへの信頼だって一気に快復。でも外れたら信用は失墜。賭けだねえ。いや賭けなんだけど、競馬だし。

 そこからバスで東京ビッグサイトまで行きさらに歩いてゆりかもめ本社で。ゆりかもめ本社でゆりかもめが運休している理由を説明する会見があるのに1番便利なゆりかもめで行きたくってもゆりかもめが止まっていて大変とゆー、冗談みたいな出来事に悩んだけれどそこは貧乏な会社だからハイヤーとか、タクシーなんかを仕立てて行くわけにはいかないのが辛いところ。会見で築地にある巨大な新聞社から来た記者が、「ゆりかもめ」の運休なり17日からの間引き運転で、お台場に住んでいる人とか通う人たちに不便が出るだろうってやや攻める口調で社長の人に質問していたけれど、電車が動かなければ黒塗りハイヤーを使えば良いじゃないかbyマリー・アントワネットな身分の方からそれを言われても、お前さんだけには言われたくないねえって気がまず起こって心じくじく。

 もっともなかなかに出来た人たちだった様子で、そんな非難混じりの質問に対して正論を振りかざして反論しないで、なるほどごもっともと理解を示しつつ運転再会への段取りを理路整然と説明して理解を求めたゆりかもめの人たちの”危機管理能力”の高さに感心すること仕切り。雪印乳業での「寝てないんだ」という頑張りを訴えた一言が、逆に高飛車だととられて大批判を浴びたケースもあったよーに、メディア対策はひとつ間違うとこじれてとんでもない記事になることがあるからなー。プライドは尊重。そしてロジカルに冷静に。嘘は付かず。それがメディア対策の神髄。学びました。


【4月15日】 今をときめくメイドの名前を関した余りにもあからさまなタイトルに、惹かれ読んで、驚く人がきっと続出することだろーと確信。早見裕司さんの「メイド刑事」(GA文庫)はタイトルどーりにメイドが刑事となって犯人を挙げる話だけどフリフリひらひらとしたメイド服に身を包んでは怪しい屋敷に潜入し、知恵と美貌で解決してく話かと思うとこれがまったく正反対。確かにメイドとしての技量を役には立てるけれど、本当に使うのは武力と体力と誰にもまけないど根性。そのパワフルさに比肩しうるは「大魔法峠」の田中ぷにえくらいしかいないかもしれない。つまりはそれだけ凄まじい。

 見かけは確かに古風な眼鏡っ娘のメイドさん。かつて助けられたとゆー恩人の若い警察庁長官の家でメイドの国家資格を得て一所懸命働いている彼女だけど、事が起こればお国の一大事とばかりに手にクイックルワイパー、に見せかけた合金製の杖を持ち、犯罪が行われている家や屋敷に潜入してはメイドとしてはそれなりな技量を発揮し取り込み事件を探る。そして見つけた犯人といよいよ対峙する場面でそれまでの態度を豹変させ、バッジに仕込んだ桜の代紋を見せて身分を明かし、そして地に刺した白い標識を示して啖呵を切る。「メイドの一里塚!」。

 諦めず挑んで来る犯人は、手にしたクイックルワイパーを使い打ち据え退治する。駆け付けた警察に連行されていく犯人には、白いハンカチに包んだ何かを手渡しその改心を求めあるいは引導を渡す。そして言う。「メイドの土産だ」。そうなのですこれはいわゆるメイドさんの形を借りた「スケバン刑事」なのであります。それが証拠に主人公のメイドの過去たるや、普段のおとなしげで勤勉な姿からはまるで想像もつかない凄まじさ。そんな捨てた過去を1度だけ、取り戻しては歪んでしまったかつての仲間たちを真っ直ぐな道へと引き戻し、改心を迫る場面での主人公の姿には鬼気迫るものがある。かつて斉藤由貴の、南野陽子の、浅香唯の威勢に姿に心躍らされたおじさんたちには懐かしく、そしてこれから松浦亜弥の颯爽とした活躍に燃え上がらされる少年たちいには先導となる物語。萌えないけど燃えられること請け負い。映画化するなら誰が主演だ。

 天気は良いけど風が冷たそうだったんで冬用のピーコートをひっかけまずは表参道の「Nadiff」へと出向き鷹野隆大さんって人の写真展を見物。写真集の「イン・マイ・ルーム」に入っている写真のごくごく一部が展示されている程度だけど一部に映像の作品があって上半身と下半身が別々に切り替わっていく展開は、どちらも男の裸ではあるんだけど時にどきっとするほどすべすべだったり、あるいは女装している下半身なり上半身もあったりしてそれが脱いでいく様に妙な期待感を持って見入ってしまう。何が現れるんだろうって期待でそれはたいていにおいて裏切られ、例えすべすべでも明らかに太かったりゴツかったりする男の体が現れるんだけど、まとった衣装なり鬘が女性のものだってだけでついうっかり、それを女性と思ってしまう目の迷いを暴かれているよーで、不思議な気持ちにさせられる。写真集は既に買ってしまったけど「Nadiff」で買うとおまけにパラパラ漫画風写真集がもらえるってんでちょっぴり後悔。それだけでも手に入れるためにまた買っちゃおーかな、サインも入っているし。

 ふらふらと店内を見渡していたらパールプルなんとかって分厚いファッション写真の集大成みたいな「Purple Fashion #5」冊子が出ていてヌードもあれば美麗なモデルさんの姿もあって、買い込んで1日眺めていたい気分にかられる。けどそれが広いリビングでソファーに座ってだったら気分も優雅になるんだけど、本が山とつみあげられて足の踏み場どころか寝る場所すらやっとの暗い部屋では美麗なファッション写真は鬱屈した気分ばかりが浮かんでかえって落ち込みそうなんで諦める。付録の外国人が冬の温泉とか木々とか新宿を闊歩する荒木経惟さんを撮影した荒木っぽいミニ写真集が素晴らしい出来で、それだけでも買う価値がありそー。本誌にはタカノ綾さんのドローイングも何点か掲載されていた。やっぱり買っちゃおーかな。とりあえず仕舞っておいていつかリビングの広い部屋に移り住んだら出して読むんだ。一生無理か。無理なのか。

 そして「味の素スタジアム」へと出向いて「FC東京VSジェフユナイテッド市原・千葉」の試合を見物。出足も好調でフォローの走りも増えてきたジェフが前半から圧倒的に押し気味で、そんな中から巻誠一郎選手がヘッドではなく脚でもって2点を決めてまずリード。1点を返されたものの後半にゴール前で巻選手が腹這いになりながら頭でつないだボールを走り込んでいたクルプニコビッチ選手が豪快に決めて3点目。不可解極まりないPKを食らって1点差に迫られたけれどそこから崩れることもなく、逃げ切り前節のセレッソ大阪戦に続いての勝利を得た。よくやったぞ巻選手。あれだけのマークに合いながら決めた2点の意味は大きい。ジーコ監督、見ていたか? 見てないよなあ。見てても見えない人だから。

 あとクルプニ選手も走りが増えたしパスの精度も上がってフィットして来た模様。マリオ・ハース選手が抜けた善戦の穴をしっかり埋め、調子の良い羽生選手との共存も果たせるよーになって来た。あとはこれから中断期間までにどれだけ勝ち点を積み上げられるか、だなあ。後半から登場の楽山選手は攻撃の時のスピードには感動的なものがあるんだけど、持っていない時の動きとか奪われた時の戻りがどうにもゆったりしている感じ。前線から中盤へと戻りそして前線へと走りチェックも怠らないクルプニ選手に巻選手を横に見ると、どこか物足りなさを感じてしまう。決める時に決めていたらそれでもイメージが違うんだろーけど、まだそこまでの活躍は見せていないのが悩ましい所。オシムもだからスタメンじゃなくサブで使っているんだろー。期待の選手なだけに更なる精進を。青木孝太はいつ上がって来るんだ?


【4月14日】 バレンタインデー返し返しの日。黒縁眼鏡と目線より下まで伸びた前髪のためにではっきりと地顔の見えない地味っ娘で、授業の合間も放課後も本ばかり読んでいるよーな女の子から、なぜか小さなチョコレートを2月にもらってしまったので、邪険に扱いのも悪いと3月に近所の駄菓子屋で買った10円お菓子の詰め合わせを半ばギャグだと渡したら、脈ありと思われたのが家に少女からクロネコで宅配便が届けられる。

 開けると宇宙人だとか滅び去った文明だとか四次元だとかUMAだとか、ラブクラフトだとかクロウリーだとかフレーザーだとかイアン・ワトソンだとかグラハム・ハンコックだとかの本がぎっしり。でもって手紙が入ってて夜に学校の屋上で待つとあって、行くとそこには眼鏡を取り去り神もあげ、地顔をしっかりと見せた女の子が銀のマントを背負いスレンダーなボディを超ハイレグのレオタードで包み、手に杖をもって踊りながら待っていたとゆー、そんな出会いをしてみたいと思わせる春の陽気。

 さすがにそれは無理でも、学生さんの新入生にはさまざまな出会いのチャンスが到来しているのがこの季節。何気ない勧誘に載ってついふらふらと会合に赴くと、そこに本当にいた美男美女がいて一目惚れして、惹かれ下心もたっぷりに入会してしまったりするかもしれないんだけどちょっと待て。その出会いが果たして新しい生活に置いて、充実をもたらす素晴らしいものになるのか、それとも波乱をもたらす恐ろしいものになるのかくらいは、考えてから動いた方が良い。そーしないと世にも不思議な経験をさせられ、後で悩み悶えることになるかもしれないから。そう万城目学の書いた「第4回ボイルドエッグズ新人賞」の受賞作「鴨川ホルモー」(産業編集センター出版部)の主人公、安倍のよーに。

 舞台は京都。お勉強して京都大学に張った安倍は学校で知り合った高村とゆー、いかにも京大性っぽい見栄えのしない男といっしょに京の街へ出たら、そこで京大生かと声をかけられた。渡されたチラシには「京都大学青竜会」の文字。といってもヤクザな組織でもなければ新興宗教のダミーサークルでもなく、集まりキャンプとかハイキングといった楽しいことをして過ごすサークルだと聴かされ、とりあえずは居酒屋での新歓コンパに出てみると、そこに理想の美少女がいたからたまらない。何が理想的かって鼻の形が理想的。惹かれ魅入られ忘れられず、妖しげなサークルであるにも関わらず安倍はそのまま入会してしまう。

 そして始まったサークル活動は、なるほどキャンプにコンパと学生っぽい温さにあふれていて、早良とゆー鼻が理想の彼女もちゃんと参加していて、安倍も告白こそしなかったものの彼女を見るためにせっせと活動に参加していた。いつかは更に親しくなれるかな。そんな淡さとユルさの混じった新入生っぽい幻想が、遂に崩れる日がやって来る。祇園宵山の夜。繰り出した観客たちに混じって待っていた1回生の会員10人の前に現れた3回生ばかりの先輩10人は、全員が青い浴衣に身を包み、そして1回生を引き連れ四条烏丸の交差点へと向かっていった。

 待っているとやがて残る3方からも別の色の浴衣を着た3回生10人と1回生10人の集団が。そして交差点の中央で4つの集団が向き合った時、京大の面々を率いるリーダーのスガ氏によって「四条烏丸交差点の会」の開催が告げられ、残る3本から来た集団が「京都産業大学玄武組」「立命館大学白虎隊」「龍谷大学フェニックス」と名乗り「京都大学青竜会」が最後に名乗ってそして「四条烏丸交差点の会」終了が告げられ、彼らは「ホルモー」を担う戦士にさせられてしまった。

 なんて素晴らしい出会いだろー、ってそこで思える人はバレンタインデーに図書館の魔導少女からイモリの生き血入りチョコレートをもらいたいって願っている酔狂な人間。そうじゃない安倍は戸惑い考えた。何だよ「ホルモー」って。ホルモンじゃない。「ホルモー」。それは安倍たちで500代目となる選ばれた人たちが繰り返してきた闘いだという。4つの勢力がそれぞれに鬼に式神を扱って繰り広げるリーグ戦で、優勝すれば「四条烏丸交差点の会」で真っ先に名乗りを上げる権利を得られる。たったそれだけ? それが重要。闘いで勝つことが重要。なぜなら負けると「ホルモー」だから。

 だから「ホルモー」って何なんだ? 読めば分かる。それはもう冒頭で明らかにされているんけど、だからといって何だそんなことか謎は解けたもう十分だ、って思わせないのが「鴨川ホルモー」の面白いところ。見るも無惨な状態にどうしてなるのか。なってしまったらどう変わるのか。ならないためにはどうしたらいいのか、といった「ホルモー」そのものへの興味でもって、先へ先へと引っ張られる。

 それ以上に安倍や高村たちと同じ「京大青竜会」の面々が繰り広げる、学生らしさにあふれた仲間うちでの出会いと恋と失恋の物語が、まさしく”青春”って奴を感じさせてくれる。高校生には来るべき大学生活への理想を抱かせ、現役生には今まさに直面している状況に心をを浮き立たせ、すでに過ぎ去った年輩者には懐かしさを覚えさせる物語。一目惚れもあれば一目惚れられもあって、友情が生まれ誤解が生じ仲違いが起こり結束へと繋がる、サークル活動に割とありがちな出来事を、そのまま描いたんでは他にも多々ある青春小説と重なってしまうところに、「ホルモー」という設定を加えたのが妙手だ。伝奇バトル的な雰囲気で読む人の興味を引き出しつつスポーツ小説のような努力と友情の果てにある勝利って爽快感も与えつつ、最後の場面へと引っ張っていってくれる。

 んで肝心の恋愛の方はというと、安倍の理想はもろくも崩れ去ってしまった訳だけど、変わりに得られたものもあって羨ましい限り。その展開もまたありがちだったりするけれど、そうあって欲しいという誰もが抱く願望を形にしては読む人の心を慰撫するためにも、こうならざるを得ないしなってくれてむしろ有り難い。でもやっぱりちょっと羨ましい。鮮やかに完結していて続きはなさそうだけど、例えば他の学校にも似たような出会いがあったのかな、なんて話が読みたいところだし、新たな力を得た「青竜会」が3回生として戦う「ホルモー」の様子も読んでみたいところ。圧倒的なんだろうなあ、やっぱり。それにしても同志社が入っていないのは何であろう。キリスト教系だからか。龍谷は仏教系だからオッケーか。いやでも式神は神道でもあるし。謎。


【4月13日】 遅ればせながら「錬金3級まじかる?ぽかーん」の第2回目を見る。ぽかーんと脳天気になる。狼娘のりるちゃんが出入りしている先に男があらわれりるを仲間だと誘いそしていよいよ結ばれそうになったその時。転がり出た巨大さに怯えついついガブリとやってしまった結果、種族の維持は不可能になってしまったとゆー痛々しい話。ああ痛々しい。やっぱり千切れちゃったのかな。

 それから通販であれやこれやと取り込んではみたもののお金を払うことを知らずすべて返品させられてしまうとゆー展開。お腹にあてて電気をびりびりとさせる例の機械を着けたゆうまちゃんのぴくん、ぴくんとなてうぉっ、うぉっとなる姿がそれっぽい。でもいらないじゃんそのスリムなお腹には吸血鬼のパキラが頼んだものがある意味で1番女性らしい注文かも。それも胸部に悩みを抱いた少女にとっての。。鉄子と書いてあいこと読む人造人間は野菜カッターだか何かを注文。理由が自分で包丁を使い切るとまな板まで切ってしまうから。すっげえ力持ち。人は見かけによらない。人じゃないけど。

 浅草でタカラトミーの新商品展示会を見物。そうか折り紙か。折り紙を使ったデュエルがこれからのトレンドか。カードゲームで出すカードの代わりに動物だの怪物だのといった折り紙を折ってそれをフィールドの上に向かい合わせて立たせた上で、サイコロを振って価値か負けを決める遊びがタカラトミーのブランドでこの夏登場。何度も折り返す必要のある難しい折り紙ほど強くって、手に入れた子供は一所懸命折ってからフィールドに出さなくてはいけない。カードをただ集めるよりは指先を使う分、子供の知育に良いかもしれない。

 折り紙なんだからその辺の四角い紙を使えばいいじゃん、カラーコピーなら模様だって折り線だってコピーできるじゃんって誰もが思うけど、紙にちょっぴり開けられた穴から折り返した時にマークがのぞくよーな仕組みもあって、そのマークが闘いの場でルールとなって勝ち負けを左右するらしーから表だけ、裏だけのコピーは不可。市販の折り紙は当然使えずやっぱり玩具屋さんで買って遊ぶしかなさそー。考えたなあ。問題はやっぱり買っても折るのが大変ですぐには遊べないってことか。ブースターパックを開いて出たレアな折り紙を折っていたら何十分もかかって試合がいつまでも始まらない。そんな部分をどう案配していくかも含めて展開が着になるところ。流行るかなあ。

回収から運搬して販売へ向かう子供車のお通り  見物の後でぶらり浅草。修学旅行とアジアや欧州からの観光客がやたらと多い。見てあれって感動するものなのかなあ。東大寺とかだったらいざしらず、浅草寺なんてそんなに大きくないからなあ。イタリアあたりにある寺院の1つにだって叶わない。でも東京あたりだと規模的には最大だからやっぱり仕方がないのか。仲見世にも凄い人。異国のバザールに比べれば短いし扱っているものだって基本的にはおみやげ品なんだけど、エキゾチックな感じはやっぱり欧米人には受けるのか。サムライニッポンバンザイフジヤマ。

 歩いていたら子供がワゴンで売られてた。じゃないワゴンにはいった子供がいただけなんだけど、あれは一体何だったんだろー。歩いて歩けない年齢でもないけれど、離れて迷子にならないよーにちょっとしたワゴンにまとめて乗せて、押したり引っ張ったりしていたのかなー。外国人が興味深げに眺めていたのはあるいは不思議で不気味なものを感じたからか。2台あったワゴンに乗せられた子供たちがその後どこへと向かったかは誰も知らない。バスに乗せられ東京湾からコンテナで南米へ中東へ。なんてまさか。

 だから自分だけが知ってるって風情でいつまでもいなさんなって。金子達仁さん。「スポーツニッポン」の4月13日号で「スコットランドは世界のトップではない」って見出して文章を寄せているんだけど、内容はといえば見出しから予想が付くとーり「スコットランドのプレミア・リーグは、そう褒められたものではない」「中村も素晴らしい才能の持ち主であることに疑いの余地はない。しかし、スコットランドで結果を出しているから大丈夫、と考えるのは、はっきりって危険である」って感じで、セルティックでリーグ優勝を果たした中村俊輔選手を持てはやす風潮に茶々をいれたものになっている。

 そんなことは中村選手がスコットランドを選んだ段階で誰もが指摘していたことだってば。大きく落ちるレベルの中にあって突出した上3つくらいが争っているリーグの中で、たとえ活躍したってそれが中村俊輔選手の欧州での実力をそのまま現すものではないことを、サッカーの世界情勢を知っている大勢のファンの誰もが考え、どーしてスコットランドなんかに行くのかと訝った。訝らなかったのは商売と考え中村選手を持ち上げなくてはいけないメディアくらい。現場の人はそれを知っていても、商売っ気から中村選手の”活躍”を持ち上げ忸怩たる思いで1面に取り上げ続けた。

 だから「スコットランドでの活躍がJリーグでの活躍よりはるかに大きく取り扱われる現状に、おそらく、一番戸惑っているのは中村本人」であると同時にメディアも戸惑いながら作っていた。それを今、自分だけが知っているだぜって感じで金子さんが記事にする。冒頭で金子さんは「理解した上での確信犯か」と書いているけど、それを言うなら確信犯的にやっているメディアの振る舞いを、これまた確信犯的に非難してみせては斜めから着る自分のポジションって奴を、固めよーとしているのかもしれない、メディアと半ば結託しつつ。

 その非生産的でマッチポンプ的なメディアとライターの共犯関係的な振る舞いに「わたしは戸惑わずにはいられない」。もっと生産的なことをやってくれよ頼むから。ヘラクレスにおける平山選手のゴールが持つ意味とか。高原選手がハンブルガーで干され中田選手がボルトンで干されている意味を当人たちへのネガティブな見解も含めてしっかりと文字にするとか。そんな非レギュラーをスタメンで固めて動かさない我らが代表監督への見解を堂々と開陳するとか。それはしてるか。してもそれ以上に動じないからなあ、協会は。今の代表に8年で500億円の価値があるなんて本当に思っているのか? 楽しくもなくわくわくもしない代表に。横浜でだって空席の出来る代表に。長く世話になって来たキリンに吹っかけるなんて不孝をよくも出来るもんだよなあ。

 それは日本将棋連盟も同じか。看板ともいえる名人戦を毎日新聞に紙切れ1枚で奪いライバルの朝日新聞へと持っていこーとしてるんだから。いったんは手にしながらも邪険に扱った朝日新聞に煮え湯を飲まされた日本将棋連盟に、手をさしのべたのは当時も決して経営の良かったとは言えない毎日新聞。半ば助けられる形で運営して来たにも関わらず、でもって当時に朝日新聞からの横紙破りに反発した人が会長をやっているにも関わらず、その人が率先して朝日へのタイトル移籍を決めてしまうんだから何を信じて良いものか。

 おまけにその人は東京都の教育委員までやっていたんだから何を況や。人の親切に仇で返して是とする振る舞いを、子供に堂々と見せて平気なんだろーか、米長邦雄さんは。それが棋士たちのためになる? 50人近くもC2を作ってしまうからお金も足らなくなるんだって。15年前ってそんなにいなかったよなあ。ここで大リストラを慣行すれば良いのに出来ないのかなあ、出来ないんだろうなあ。ともあれ毎日は奪われた名人戦の代わりに王将戦を主催して格を上げ、対抗していくんだろー。朝日は順位戦も含めて面倒を見るならオープン選手権は廃止か。タイトル戦じゃないから別に良いのか。でも1つ棋戦は減る訳で、収入も減る訳だけど、どーする日本将棋連盟。


【4月12日】 チャックが開いている。教えるべきか否か。これがムサいおっさんだったら教えるだろう。見苦しいものを見せるなと怒鳴ってすぐに仕舞わせるだろう。だが相手は女性だ。それも妙齢の。スレンダーな脚を包む真っ白いスラックスのチャックが下まで開いている。教えるべきか否か。正直を言えば教えたくない。教えないでいればそのうちに、チャックの隙間から中にはいている三角形の布きれがのぞくかもしれない。白いか黒いかピンクか花柄かは分からないけど、ともあれ生のそれが見えるかもしれないと、思うと教えるよりは黙って様子を見守る方が個人的には望ましい。

 別の見方もある。教えたとしよう。果たして女性は喜ぶのか。その時まで開いていた。もしかしたら公衆に見せまくっていたかもしれないと気付いた彼女はきっと傷つくだろう。例え見えてませんでした、大丈夫でしたと言ったとしてもそれを信じて安心できる人間なんて滅多にいない。教えられ、見せていたかもと思いこんで自己嫌悪に陥って、落ち込み悶えて苦しむだろう。そんな目に遭わせたくないという思いやりから教えないでおくのも正解だ。

 なるほど後で脱ぐ時に自分で気が付くんだから一緒だって意見もある。けれども見下ろしてピタッと重なっていた様に、これだったらあるいは気付かれずに住んだと自分を納得させることだって可能だ。これが他人に教えられて気付いた場合、それが公衆の面前での指摘でなく、影でこっそり教えられたのだとしても、1人以上には確実に、開いていたんだということを見られていたんだと、知ってやっぱり自己嫌悪に苛まれることだろー。そう考えれば教えない方がやっぱり良いのかもしれない。当人は自分を納得させる道を持てる。他人は見えるかもと言う期待に胸躍らせられる。

 だから僕は教えませんでした。サッポロビールが新しい発泡酒を発売するって会見を、恵比寿にある本社のホールで開いたんだけど、司会に出てきたおねえさんの白いスラックスの前にあるファスナーが下まで降りていることを発見。残念にも喜ばしくも中はまるで見えなかったけど、それが降りているとゆーだけでやっぱりどこかに心沸きたつものがあって、会見の間を発表のコメントもゲストで登場した宮藤官九郎さんのコメントも、耳を素通りしてしまった。ずらり居並んだカメラマンで果たしてそれに気付いた人がいたかどーかは分からないけど、ここに1人気付いた人間がいたってことは確かなこと。それが果たして人伝えに当人に伝わるか。伝わって自己嫌悪に苛まれるか。ちょっと楽しみ。とってもドキドキ。

 そんな発表会で登場したのは発泡酒の「雫」って製品。第3のビールってカテゴリーが爆発的に普及してて、キリンビールが「のどごし<生>」の好調で「新生3」が今ひとつなアサヒビールをビール系飲料全体のシェアで抜いたってことが分かった日に、ちょっっぴり話題から外れた発泡酒を発表していて良いんだろーかって気もしないでもないけれど、たとえ新ジャンルが増えても未だに発泡酒は家庭でのビール系飲料として3割近いシェアを持っている訳で、そこでシェアをとれれば全体のシェアアップにも直結するから手は抜けない。

 ただ第3のビールがすっきり爽快なタイプへと流れていく中で、同じテイストを追求しては値段で勝てないのも自明の理。むしろだったらビールの方へと流れてビールから消費者を集めた方が良いってことで「雫」は旨さとコクを強調した、味わいの深い発泡酒になっている。CMキャラクターとして起用された宮藤官九郎さんも飲んでまるでビールみたいと話していたから、それなりな味を持っているんだろー。同じテイストだと「淡麗」シリーズがあるにも関わらず、「円熟」を出して旨さとコクある味わいが好調なキリンビールと戦略的には同じ。「円熟」がなかなかの味だっただけに「雫」にも期待して良いのかも。エビスより美味いのかな。美味かったらエビスも大変かな。

 せっかくだからと「東京都写真美術館」で展覧会を見た後、下のミュージアムショップで今年の木村伊兵衛賞を受賞した鷹野隆大さんって人の写真集「イン・マイ・ルーム」を買って見る。これはすごいなあ。基本的にはスレンダーな男のヌード。だけど時々女性も混じっているし、顔と上半身と下半身を分割して合わせた写真は顔が女性で股間にはにょっきりと生えていたりして、アンドロギュヌス的とゆーかニューハーフ風てゆーか性を超越した不思議で魅力的な人物が、そこに写されていて脳をぐりぐりと刺激される。最近は風景とか光景の写真集が木村伊兵衛賞を取るケースが多かっただけに、人物をあからさまに写した作品での受賞は流れを変えるか。ちなみに鷹野さんは「Nadiff」で個展を開催中。行こう行ってあからさまな写真に舌鼓を打とう。


【4月11日】 そんな暇あるんだったら「ファイブスター物語」の続きを描けと誰か説教してやって欲しいけど、それが言える人なんてもはやどこにもいなくなっているからなあ。「月刊ニュータイプ」2006年5月号は永野護さんが原案をやって脚本も描いて監督までしてしまう「ゴティクメード 花の詩女」を表紙から巻頭から大特集。まるでヤクトミラージュのよーに細腰で脚の長いモーターヘッド、ではなくその名も「ゴティックメード」が登場しては皇子を乗せて闘いを繰り広げるらしー。

 キャラクターにしてもメカにしても永野護のこれまでの線からは1歩も外れていないデザインで、それこそ「重戦機エルガイム」の頃から面々と続くスリムなメカに「ファイブスター物語」のダイ・グにふファティマの誰かって感じの少年少女が織りなす闘いと成長の物語。永野護の世界だなあと浸れても新鮮な驚きはなさそーだけど、だからといってそれが退屈かとゆーとそーはならないのもまた永野護さんの凄いところで目にも圧倒的なバトルシーンと絢爛にして豪華な物語でもって、楽しませてくれることだと信じよー。CGをぐりぐりさせずに手でメカ戦を描くってのにも注目。その結果映画「ファイブスター物語」みたくナイトオブゴールドが佇むだけの画面にならないことを切に願う。

 しかしあっさりしたものだな「ニュータイプ」における「交響詩篇エウレカセブン」の取り扱い。付録のポスターに百面相のエウレカの画をのせつつ各キャラクターの声優さんたちが振り返って好きなエピソードとか最終話後のキャラクターの人生とかを話した記事を掲載してはいるけれど、あの”衝撃”の最終回を振り返って何があんな展開にさせたのかを検証する評論的な記事はない。だいいち本誌じゃなく付録でってところに扱いの不思議さも見て取れる。角川書店が出版面でバックアップしていた作品にしてこの扱い。それが常に新作の情報を載せてはファンの期待に応える”情報誌”としての「月刊ニュータイプ」の特徴なんだと、理解できない訳じゃないけどでも少しは、家元としてあの結末に”釈明”を欲しかった。次号でやるのかな。評論のページの人とかが。

 今更言うまでもないことだけど甲田学人は天才で、長く続けた「Missing」のシリーズを終えてこれで一段落かと思いきや、続けざまに発表した新シリーズ「断章のグリム」の第1巻「灰かぶり」(電撃文庫)がこれまた格段に興味深くで奥深く、面白くって恐ろしい話で読めば誰もがきっとその才能に驚嘆するはずだ。設定自体は珍しいってものじゃなくって、見た目平凡な少年がふとしたはずみで事件に巻き込まれ、戦う少女と出会い自らの闘いに望む中で内なる力に目覚めるってゆー、同時に発売された三上延さんの「天空のアルカミレス」(電撃文庫)とやや重なっていたりする。

 それだけじゃなく似た設定の少年だか少女だかが内なる力に目覚めて悪と戦うとかって話が最近はどうも多すぎて、それはそれで面白いんだけどでもちょっとは工夫が欲しいなって思っていた所に送り込まれた最強平気が「断章のグリム」。まず土台となる部分でグリム童話ってものがある。それも単にグリム兄弟が集めた童話が蘇るってんじゃなく、童話として練り上げられた話の原型になっただろー、人が心の奥底からしみ出させる無意識の恐怖みたいな感情がやがて人間を動かし世界を脅かすって設定があって、そんな脅威に自ら内なる恐怖に気付いた少女なり少年が挑むって所に思索の成果がある。

 でもって事件はシンデレラの童話の原型となった物語をなぞりつつ、そんな物語に心重ねる少女の悲劇を描いては人間の奥底にあるどろどろとした感情を暴き立て白日に晒しておののかせる。けれどもカオスのような恐怖は他の人間にとっては危険なもの。そこであふれ出た恐怖の心を狩っては鎮める騎士が生まれては戦っているというのが全体の流れ。主人公の少年は、とある事件の現場でそんな騎士の1人として従事していた少女と出会い最初は少女から敵と間違われ、やがて少女の所属する組織に引き入れられては街で起こっている不思議な事件、少年と少女が出会うきっかけになった事件の真相へと迫っていく。

 主人公の少年と少女がチームを組んでまず闘い、少年に心寄せつつも言えないまま家庭の事情に苦しむ別の少女がいて教師がいてといった具合に極力おさえられたキャラクター配置の中で物語は進むから、読んでいて混乱せずにストーリーを追っていける。このシンプルさを最近の作家の人は忘れてとにかくわんさか人を出しては膨らませすぎて、かえて話の本筋を見えにくくしてしまう。その意味でも「断章のグリム」のシンプルさには好感が持てる。

 なおかつそのシンプルな配置で親への相克に悶え苦しむ子の姿を描き、幼い頃の悲劇的な経験を押さえて今を平穏に生きる少年の暴走寸前なトラウマの緊張感を描き、そして童話という形式の向こう側にある、人間の原初の複雑怪奇な感情や習俗を暴いて見せてしまうから、ただただ凄いとしか言いようがない。身に潜む恐ろしい力に目覚めた少年の、苦衷に溢れた決断が今後も続いていくとなると読む方も生き方についての覚悟が必要だろーけど、語られる真摯でシリアスな問題は歳なんて無関係に人間の生に重要なこと。 続く物語で主人公はどれだけの苦しみを味わい、それでも心を平らかにして平穏を保とうと耐えるのか。それはどんな童話の上で成り立つのか。続刊が楽しみで仕方ない。


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