縮刷版2003年6月下旬号


【6月30日】 久方ぶりに読書感想文とかイジったりしながら迎えた午前3時半。いよいよ始まった「FIFAコンフェデレーションズカップ」の決勝戦「フランス代表vsカメルーン代表」は最初こそ追悼ムードがあって亡くなったマルク・ヴィヴィアン・フォエ選手の大きな遺影パネルを掲げた選手が最初の記念撮影に収まっていたり、センターサークルでフランス代表とカメルーン代表が共に片寄せ合って黙祷したりしていたけれど、いったん試合が始まるとそこはスポーツに生きる人たちだけあって容赦とかなく、アンリが突き抜けるよーに攻めればカメルーンが守って速攻へと持ち込むってな感じに、それぞれが高い身体能力の限りを尽くして戦う決勝戦らしー展開が繰り広げられる。

 ちょっと時間をおくと即座に2人、3人と寄せて前へと進めなくさせるカメルーンのディフェンスの、さらに上を行くよーにドリブルで切れ込み長い足と柔らかい足首を使って考えられない体制からひょいと横パスを出して飛び込んできた選手にチャンスを作るフランス代表のアンリ選手の凄さがとにかく頻繁に出た試合で、マラドーナのテクニックとはまた違う超次元の技を見られて録画して置いて良かったと切に思う。後方から送られた長いパスを飛んで来る方向に背中を向けたまま、背中に2人とかのディフェンダーを背負ってひょいと足先でトラップするその巧さ。いとも簡単にやってのけるんだけど、同じことを出来る選手なんて日本人にいったいどれくらいいるんだろー。この辺りが彼我の差、って奴なんだろー。アンリが21歳以下だったら国家予算を積んで帰化されるのになー、21歳以下なら1回までなら代表変更が認められるよーになったみたいだし。

 試合はそんなアンリのやっぱり凄さで延長前半にフランス代表がゴールデンゴールの1点を挙げて連続優勝。その後に行われた表彰式が再びのフォエ選手追悼セレモニーになって、試合中からずっと着ていた監督やサブの選手たちだけじゃなく、表彰台に上がる選手の全員が17番の背番号とフォエ選手の名前が入ったユニフォームを着て、準優勝の喜びを分かち合っていてちょっと泣ける。優勝のトロフィーはフランス代表のデサイー選手とカメルーンのソング主将がいっしょに受け取った場面までは見えなかったけど、これがTBSだったら延長の途中で「時間になりました」とかいってうち切って、延長後半からPK戦といったクライマックスをすべてすっ飛ばしやがった「チャンピオンズリーグ」の決勝の時と同様に、轟々の非難を浴びた可能性が大。アナウンサーの喋りの多さはこの際脇に置き、フジテレビが放映してくれて有り難かったと感謝の意をここに表明しておこー。しかしやっぱりTBSは表彰式、切ったかな。やって非難されて放映権を持っているのに放映しないJリーグを余所に譲って頂きたいなー。

 田波さんが田波さんが田波さんが田波さんが田波さんが田波さんが田波さんが……やっぱりダメだったのかどーか未だにちょっと判然とはしないものの「ヤングキングアワーズ」2003年8月号に掲載の伊藤明弘さん「ジオブリーダーズ」で横っ腹をえぐられた田波が残る力を振り絞ってお札を起動させたまでは良かったものの、お陰で自分はホームから線路へと吹き飛ばされ、爆風を見てかけつけた高見ちゃんとのハッピーな再会とはちょっと行きそーもない感じがあって来月にいよいよどーなるかってな期待(と不安)がかかる。とか行って田波への心配をよそにローアングルから煽った高見ちゃんの短いスカートの中におさまりこぢんまりとしたヒップを包む色はおそらく白色の布きれに目が行ってしまった自分がいたりするんだけど。まあそれが人間って奴だ。引きで壁際にうずくまる成沢の体育座りした足の奥とかをマジと見る身も含めて。

 電通から届いた「電通報」で1面に懐かしい「国立霞ヶ丘競技場」で「ワールドカップ日韓大会」の日本戦を見ようってゆーイベント「パブリック・ビューイング・イン東京」の写真が掲載されていて、何だと思って読むと今月の中程にカンヌで開催された「カンヌ国際広告祭」でこの「パブリック・ビューイング」がメディアとメッセージの創造的な融合を競うメディア部門の金賞に当たる「メディア・ライオン」を受賞したとか。なるほど4回行われた「パブリック・ビューイング」に毎回5万人を越える人を集めたってことで、イベントとしての凄さを実際にこのうち3回行った身として実感はしているけれど、東京で「ワールドカップ」の試合がひとつも行われないのはつまらない、やっぱり”聖地”で試合を見たいってゆーサッカー好きの”想い”が実を結んだ、どちらかといえばボトムアップ的なイベントだと捉えていただけに、仕切りを電通が務め、スカイ・パーフェクト・コミュニケーションズが映像を提供したってことなんだろーか、クライアントとなって仕掛けられたイベントだったってことが分かって、今さらだけどちょっぴり気持ちに陰りが浮かぶ。

 そりゃまあ並の人間が10人寄ってもあれだけの規模のイベントを、芸能人とかも読んでDJとかも付けて行うなんてことは不可能で、その辺にノウハウを持つ電通が仕切り役となったからこそあの感動を味わえたってことで、心から感謝しているし、素晴らしいイベントをありがとうと讃えもする。試合が行われていた会場を上回るんじゃないかと思えるくらいに、純度100%日本代表サポーターって人たちが巻き上げる熱気と一体感は素晴らしく、その後に見た「ワールドカップ」の試合でも、日本代表が出てくる試合でも感じられなかったからね。

 とはいえサポーターたちの「国立で日本代表を応援するんだ」ってな純粋な想いの集合体だとその時は感じたし、今もそう信じていたいイベントを、背後で仕切った人たちが「作品」として半歩下がった高みから捉え、コンペティションに出品し、賞をもらって嬉しがる構図の、その中に何千円かを払って国立へとかけつけ、場を盛り上げた観客たちが、作品のパーツではあっても、共に作りだした主体としては入っていない状況には、何とはなしに寂しいものを感じてしまう。まあこれも働かないのに益だけは得たい怠け者の言い分に過ぎないんで、背後で仕掛け場を仕切る人たちの掌の上で、感動を味わう僕たちは孫悟空の末裔なんだと、諦念を抱きつついつか釈迦の掌を越えて仕掛け仕切る立場へと、進み世を見下ろして「善き哉」とつぶやけるよう、努力に励むことにしよー。


【6月29日】 同じオタクのガジェットをアートのフィールドへと引きずり込んでは受けを取ろーとしているにも関わらず、村上隆さんに比べて「風の谷のナウシカ」に出てくる「メーヴェ」を作ってしまおうってしている八谷和彦さんへのオタクな世界からの反発があんまり聞こえてこないのは、単にまだあんまり知られていないだけって可能性はそれとして、「メーヴェ」ってものを八谷さんがそのまま再現しよーとしていることに、何らかのリスペクトを感じて知らず同意してしまっているから、ってことがあるのかないのか興味深いところ、だったりする。

 もちろん村上さんだって、オタクが惚れ込む表象なり形質のエッセンスへの激しいリスペクトから、ああいった作品群を作り出しては来たんだけど、その手つき言動がどうにも誤解されやすいのか、オタク好みの要素を引っ張り出しては「手前らこんなのが好きなのか」って感じでカリカチュアライズして見せているよーに取られてしまうのが不幸なところ。オタクの力でアートを変えるんだ、ってなスローガンのどことなく運動臭い部分も、対象にはとことんまで迫っても連帯して運動することにはあんまり興味を持たない人からうさんくさく思われてしまうのかもしれない。

 その点八谷さんの「オープンスカイ」プロジェクトは、「ナウシカ」を見て惚れ込んだその機体を、形もそのままに現在あるテクノロジーで作っちゃおうってゆー単純きわまりない動機だからわかりやすいし、アートがどうしたって御託もあんまり言わないから反発も招かない。見ている方もアートってよりはむしろホビーの一種と捉えている節があって、眼差しとして八谷さんの活動にあんまりネガティブな要素を差し挟まない。もしかしたら阿蘇山で見物に来ていた人も、他のラジコンプレーンと違う「アート」でなおかつ「宮崎駿」のアニメや漫画に出てくる「メーヴェ」とは気づかないまま、変わった形のラジコンが飛んでると思って見ていたのかもしれない。

 懸念があるとしたら、どんどんとマスコミが権威化しつつある宮崎駿さんの代表的な作品から題をとったってことで、文部科学省推奨にして経済産業省支援ってななま暖かい視線の中に八谷さんの作品も混ぜ込まれてしまわないかってことだけど、当人があんまりそーした”政治”を意識せず、飄々として作品に取り組んでいる節があるんで、完成してメディアが褒めそやすなり、事故を起こして「自称・メディアアーティストが宮崎監督の作品からパクって作った”作品”が事故を引き起こした」とニュース沙汰になっても、変わらず「メーヴェ」を完成させ、次に何やるのか分からないけど陸と来て空と来たら次は海だとばかりに実物大「サブマリン707」でも作るか、あるいはいっそ宇宙だと言って実物大「デススター」でも作って浮かすなり、飛ばすなりしてたりするのかも。個人的にはロボットブームの昨今でも、誰もやろーとしない「合体ロボット」に挑戦して欲しいけど、それも「ゲッター」みたくぐにゃぐにゃ曲がってくっつく奴に。

 人付き合いの悪さ故か人間性の至らなさ故か、飲み会やらオフ会やらコンパやらスポーツやらキャンプやらデモやらへの誘いもまるで訪れない日曜日を、とりたてて見たい映画や展覧会やスポーツやイベントがなかったこともあって、家でひたすらに本を読んだり昼寝したり昼寝したり昼寝したりして有意義に過ごす。一言も喋らなかったなあ。いや弁当を買って「箸ください」って言ったかな、「付けますか」って聞かれて頷いただけだったかな。ともかく読んだうちでは「マル得! スクランブル」って午後に民放でやっていそーな番組と、発音が良く似た(似てるか?)冲方丁さんの「マルドゥック・スクランブル The Second Combution 燃焼」(ハヤカワ文庫JA、680円)を読了、カジノの仕組みの勉強にはなったしそれはそれで丁々発止の面白さを味わえはしたんだけど、前巻がど派手なアクションの連続とそれから奇矯なキャラクターたちの御・パレードだっただけに、「燃焼」ってサブタイトルとは対称的な、静かでおとなしめって印象を受けた。

 それでも奇矯とは違うけどドゥエル教授がジェイムソン教授みたく首だけになった頭を鳥かごに入れて浮遊して動く博士とか、トゥイードルディルにトゥイードルディムってついつい「じゃじゃーん」って言葉をつぶやきたくなるよーな(本家よりそっちの印象が今は強くってねえ)名前を持った完全個体の青年に柄の悪いイルカの組み合わせとか、それなりに不思議なキャラクターもいっぱい出てきて目を楽しませてはくれるし、カジノの場面だってそれはそれで緊迫感のあるやりとりは繰り広げられていた訳で、読み込みルールを理解すれば、どーゆー状況にあってどれくらいにピンチなのかも分かって中だるみな感じはしない。けどやっぱり万能兵器ウフコックと美少女戦士バロットのコンビネーションあっての「マルドゥック・スクランブル」なんで、次のえっと最終巻? 吸気を抜かした4サイクルの工程の最後にあたる「排気」で再びのガンアクションなりどろどろの心理戦が描かれることを期待しよー。しかしなぜ「圧縮」「燃焼」「排気」なんだろ。

 いやもう圧倒的な面白さでもって読み終えた海原零さんって人の「銀盤カレイドスコープ VOL.1&VOL2」(集英社スーパーダッシュ文庫、各571円)は、オリンピックを目指す女子フィギュアスケート選手を主人公にしながらも「愛のアランフェス的」な激しく燃える情念のドラマなんてものでは決してなく、どちらかといえば「銀のロマンティック……わはは」的に面白さのなかにフィギュアのハードさ、大変さを織り交ぜた内容になっていて、笑い楽しみながら読むうちに、フィギュアって競技への理解も深まれば愛着も湧いてくる。

 幽霊に取り付かれた美少女フィギュアスケーターが、幽霊のアドバイスや激励なんかも受けながらオリンピックを目指すって展開だけど、気弱な美少女スケーターだったらいかにもな話になってしまうところを気丈ってゆーかむしろ高飛車な性格で、減らず口ばかりが突出し美少女を主役に据えることで、そんな彼女が世間の批判に持ち前の高飛車ぶりでどう立ち向かうのか、表では最悪に見えても裏では迷いもすれば震えもする性格を取り付いた幽霊の少年と二人三脚でどう乗り越えていくのか、ってな部分への興味をかき立ててくれるんで、有り体の話だと敬遠する必要は無用だし、そんなことをしたら今年でもトップクラスに面白い小説を、読みのがして後で激しく悔やむことになる。テレビの競技を本人の解説付きで見ているよーにリアルにイメージできるフィギュアスケートの試合の描写も巧みなら、エンディングで畳みかけてくる感動へのステップの汲み上げ方もなかなか。新人とはとても思えないんだけど、さていったいどんな経歴を持った人なのか、でもってこれからどんな話を書いていってくれるのか、海原零の今後から目が離せない。

 ソノラマ文庫から出た諸星大二郎さんんの「栞と紙魚子の生首事件」を読んでクトルーちゃんの家族がやっぱり世界最強かもとか思ったり、矢上裕さんによるコミック版「住めば都のコスモス荘2」を読んでかつて存在した「電撃アニメーション」を懐かしみつつ来月からスタートのアニメがどんなテンポになってどんな笑いを見せてくれるのかに興味を及ぼしたり、評判の実にさまざまな岡田芽武さんによる「聖闘士星屋EPISODE G」を読んでこれはこれで面白いし、むしろもっとどんどん岡田さん調を出して大ゴマ使った「雷光放電」「雷光電撃」「銀河排撃」「星雲暴風」「天馬流星」「真性包茎」って感じな外連味あっぷりのビジュアルで、ページを埋め尽くしては旧来のファンの心理を逆撫でしてしてやって欲しいと思ったり。していたら日が暮れた。遂に一言も喋らなかったぞ。独り言は別にして。


【6月28日】 ヌワンコ・カヌ選手だったっけ、将来を嘱望されまくったサッカー選手でアーセナルに移籍してさあこれからって時に心臓の持病が発覚して一転、引退の瀬戸際に追い込まれたけれど手術が見事に成功して命を取り留めた上にスポーツ選手としても復帰を果たして、レギュラーって訳でもないけどどーにか一戦で活躍している、そんな姿を見るとカメルーンのヴィヴィエン・フォエ選手も、以前からあったらしー心臓の疾患を早く発見して手術を受けて、復帰して欲しかったなと思うし手術の結果スポーツ選手としては難しくても、生きていさえすればコーチとか監督とかいった仕事でサッカーの振興に、その技能を役立てていけただろーしなにより家族が嬉しかったに違いない。

 そんな出来事があったからなんだろーか、渋谷にある「ユーロスペース」で始まったドキュメンタリー映画「クラッシュ」を見て、生きていたからこそ、って喜びを痛切なまでに感じさせられる。「日本一のフェラーリ使い」とまで言われたカーレーサーの太田哲也さんが富士スピードウェイのレースで豪雨降りしきる中、スタート直前の混乱で多重クラッシュに巻き込まれる形で激突・炎上。オフィシャルが別のレーサーを救出しよーとしていた間に炎上するフェラーリに半ば見捨てられる形で取り残され、その間に全身60%が熱傷3度ってゆー、皮膚が再生しないくらいにひどい火傷を負ってしまう。そのすさまじさは、F1の名レーサーとして讃えられ、激しい火傷から復帰を果たしたニキ・ラウダの10倍ってんだから生きてる方が不思議なくらいで、実際に事故直後の生存は72時間が限度って言われていたらしー。

 「生きるってことはつらいことだ」ってなことを死線をさまよっている時に謎の男からささやかれる臨死体験もしたらしー太田さん、その言葉どーりに意識を回復した後に待ち受けていたのは何十回にも及ぶ全身麻酔の手術に全身の皮膚をこそぎおとす(脱脂綿で丁寧に吹いてもワイヤーブラシで削っているよーに感じられるほどの激痛が走る)熱傷浴の治療。顔は焼け鼻は落ちてしまい前とまるで変わってしまった人相に、2ヶ月間縫い止めていた瞼の糸を抜いて初めて触れた太田さんはこれほどまでのひどい事故だったのかと、それまでのハイテンションに復帰だ復帰だと騒いでいた気持ちがぐっと萎えてしまったらしー。その絶望感は自殺すら考えさせたそーで、病院の階段を上り屋上へと出る扉を開けさせる程だったけど、そこにもうけられた屋上を覆うケージに自殺を断念させられたってゆーから、もしケージがなかったらと思うと怖くて身も震える。

 そんな治療の苦闘を超えて退院してからがまた大変で、カヌ選手とは違って一流のプロのレーサーとして復帰が適ったってことではなく、ロータス・エランやアルファロメオのワンメークレースに出て走っている程度。踏み込む脚を引き戻すだけの機能が失われてしまっているのを補うために、膝とつま先をゴムひもで結んで無理矢理引き戻させていたりする程で、そんな我が身を我こそが知るってゆーんだろーか、一流がギリギリの線でしのぎを削る第一線に、復帰はできないんだろーと自覚している太田さんが映像には映し出される。それでも僕たちが運転するより遙かに巧みに車を操り、レースに挑む姿を見るにつけ、そしてそんな太田さんが家族と戯れる姿を見るにつけ、生きていさえすれば、ってゆー思いがなおいっそうにかき立てられる。生きていて良かったなあ、太田さん。生きていて欲しかったなあ、フォエ選手。

 プロのドキュメンタリストではない奥山和由さんの監督作品ってことだからなんだろーか、冒頭のクラッシュの場面を割に引っ張ってリハビリの苦労めいた話はあんまりとせず、レース場へと出向いてファンの前に立って挨拶する場面とかを引っ張って妙に感動を盛り上げさせよーってあざとさがなくって淡泊だけど見ていて自然に気持ちが頑張る太田さんとその家族に向けられるよーになる。ラストシーンは妙にコミカルで、けれどもそんな姿を見せられるくらいにまで立ち直ったってことが強く伝わって来て知らず心に喜びの涙がにじむ。レース場に復帰後初めて顔見せするシーンで太田さんの横に立ってたレースクイーンの胸元に目が行ってしまったのは秘密だ。舞台挨拶があったってこともあって立ち見が出るくらいに初日は大盛況だったけど、この内容の素晴らしさならきっと興行も成功して、太田さん程ではないけれど同じよーに挫折からどん底へとたたき込まれた奥山和由さんにも、夢としている仕事への道が開けそー。今はまだ単館だけど秋あたりには西にも行くんで見たい人はその時に。すぐ見たい人はネットで異例の封切りと同時の配信も行っているんで、値段はそれなりだけど見て感動して興行が来る日を待とう。

 「t.A.T.u」のファン向けイベントの取材に行く予定もあったけど例の騒動で中止になってしまったんで、渋谷やら自由が丘で時間をつぶしてから中目黒のミヅマアートギャラリーに向かう。八谷和彦さんが現在鋭意取り組み中の「メーヴェに乗って貴女もナウシカになっちゃおープロジェクト」こと「オープンスカイ」のプロセスとして実施された、「2分の1メーヴェテストフライト」の模様が収録された映像を上映するってイベントが開かれるって話が流れて来たんで見物に行ったもの。八谷さんと言えば「ポストペット」の発明者、ってゆーかコミュニケーションにをテーマにしたメディアアート作品で世に知られる自称では決してない芸術家、だと思っていたらどこをどーしたか映画やアニメや漫画に出てくるマシンを現実に作ってみるってゆープロジェクトに足を踏み入れて、まずはジェットの力で空中に浮いて自在に動き回るシルバーサーファーがバック・トゥ・ザ・フューチャーなマシン「エアボード」を作って世間をアッと言わせた人で、2000年12月28日に銀座の「ソニービル」前で見た実験では、見事に空中に浮き上がって動く所を見せてくれた。

 もっともテレビみたく空中の数メートルまで上がって自在に”飛び回る”って感じじゃなく、氷の上を滑るって感じだったのがちょっぴり拍子抜けだったのも実際で、空想と現実との格差を思い知らされたこともあって今回の「メーヴェ」も果たしてどこまで「風の谷のナウシカ」で空を舞うあのシーンを再現しているんだだろーって興味と懐疑を持って映像が流れるのを待ったんだけど、まず映し出された4分の1サイズ「メーヴェ」のラジコンが、見事に空へと上がってはプロポの操作に従って舞う様に感動、紙飛行機だって放り投げても上手く飛ばずに失速して落ちるのに、無尾翼のバランスとか空力とかあんまり良くなさそーに見える「メーヴェ」が自在に飛び回っていて、よほど設計に設計を重ねたんだろーとその時は想像する。

 4分の1ならまだ軽いから飛んでも不思議はないって意見もありそーだけど、次に出てきた2分の1が利根川の河川でテスト飛行にのぞむシーンでさらに感動、4メートル近い幅を持った巨大なラジコンがジェットのうなりを挙げて空中へと浮かんでは上空へと駆け上がり旋回して降りてきては地表に近い場所を飛んで間近にその勇姿を見せつけ再び空へと駆け上がっていく姿に、「エアボード」の時とは違った驚きと感慨がわき上がる。だってメーヴェだよ、ナウシカが現実になっているんだよ、これが喜ばずにいられよーか。これに匹敵する感動があるとしたら巨神兵が現れて会社を吹き飛ばしてくれる時か、クラリスが現れて「おじさま」って読んでくれる時くらいだろー。モンスリーに「ばかねえ」って言ってもらえる時もあるかな。エボシ御前に踏んでもらえる? それはちょっぴりニュアンス違った官能かも。

 阿蘇でのフライトも見事に成功させてさて、これからはひとつはジェットエンジンを搭載して人は乗せない1分の1メーヴェを作って推力とか検証する一方で、エンジンは積まずに人を乗せて滑空の具合を確かめる1分の1メーヴェを作って訓練を行う段階へと進んでいくよーで、夏からの制作がうまくいって来年春くらいのフライトが予定どーりに実現することに期待がかかる。聞くと設計に2週間しかかかっておらず、それでいて完璧に近いフライトを実現してしまえるくらいの凄腕のスタッフをそろえているよーなんで、そっちもきっと必ず成功することだろー。ってか1分の1が墜落とかしたら損害は4分の1や2分の1の比じゃないから、是が非でも成功させてくるだろー。

 宮崎駿監督に見てもらって感想を聞きたいくらいに成功裏に終わった実験の映像を見たあとで、空をバックに実在する飛行機とかヘリコプターを小さく描いて、写真じゃないけれどありそーな構図の絵にしてみせる作品が妙に恰好良くって所見にして大好きになった前川知美さんってアーティストの人とのトークがあって、ナウシカの胸の大きさに関する見解なんかから八谷さんの人となりが伝わって来て面白かった。メーヴェに乗せる女性はやっぱりそこに猫1匹を潜り込ませられる大きさが必要だと思うけど、それだと体重が想定を超えてしまう可能性があるからなー。安田成美さんを乗せる訳にはいかないってゆー見解には同感、乗ってあの歌を唄われた日には飛ぶ鳥だって墜ちるから。ちなみにあの歌は映画のイメージソングとして劇場で流されただけであって映画では使われてなかった記憶が。上映を待っている間に臨死体験した人が全国で1万人はいたんじゃなかろーか。


【6月26日】 じゃぎゃっ、と音を立てて雲に届こうかという勢いで伸びた如意棒を小脇に抱えてぶんっ、と振り向かって来る天帝の軍勢およそ1万を、みるみるうちになぎ倒していくその姿の、巨岩が脚を生やして立っているかの如き迫力に誰も近寄れないでいたその時、ゆらりと現れた総髪の若い男がひとり、すーいと近寄り抜き手を一閃。ごう、と鳴る風音とそしてがぎゃん、と響く轟音に見れば男の尖った指先を、突き出した如意棒で受け止めた恰好のまま、口の端をゆがめて孫悟空がにやりと笑う。なんて話だと夢枕獏さんが脚本を書いたってゆー映画を想像して試写を見に行ったけど、残念とゆーか当然とゆーかそこは手塚治虫さんの遺した「ぼくの孫悟空」だけあって、普通に可愛くって乱暴者の孫悟空が、暴れ懲らしめられ改心して戦う普通に面白い漫画映画でありました。

 出だしこそ石から生まれた猿が仲間の王となり天界へと乗り込み暴れ釈迦に懲らしめられる、孫悟空っていえばそーなんだけどどこか筋を流して辿るよーな展開で少し気持ちも漫然としてしまったけど、現れた釈迦の掌で踊る有名なエピソードを経て、釈迦に捉えられた悟空が五泰山に閉じこめられ、それから三蔵法師の助けで蘇っていく流れの辺りからテンポも良くメリハリもあって動きも活発な見ていて楽しい絵になって、気持ちよく見ていられるよーになった。沙悟浄猪八戒と出会う場面での艶っぽい絵は手塚的だけど手塚さんがやるよりむしろ色っぽいよーな気がしたし、敵のボスキャラと戦う場面でのラスボス手前の巨大な武人たちと戦う場面は敵の巨大な感じが実に良く出ていて、そんな敵が迫ってくる圧倒的な感じも含めて素晴らしい絵に仕上がっているよーに見えた。クライマックスにはスペクタクルもあってどこか東映動画風? ともかく一気に連れていかれます。

 これがベテラン杉野昭夫さんの業績なのか、共同監督を務めた吉村史宏さんの手柄なのかは分からないけど、こーゆー絵をちゃんと映画の中で作れるスタッフがいるうちは日本のアニメもまだまだ全然、安心できそー。中国との合作でもあるんだけど。脇を固めたベテラン声優たちは大塚明夫さんも鈴木ヒロミツさんも大木民夫さんも森田順平さんも納谷六郎さんも穂積隆信さんも完璧以上に完璧。ヒロインっぽい猿の愛鈴を演じた今井絵里子さんはまあ今井さんだったけど、やってるうちに慣れてきたのか別離の場面ではそれなりに情感も出ていて、猿でも素っ裸なその絵にちょっぴりトキメいてしまっったよ。なにより驚きなのが主演の孫悟空をあてた優香さんのハマり具合で叫びも普通のセリフも語尾のにひゃって感じの笑いもいっさいの照れとかなく、普通に聴いていられたのには正直言って驚いた。イントネーションとか所々にプロじゃないって感じもあったけどまあご愛敬。キャスティングした人とそして期待に応えた優香さんに心からの拍手を贈ろー。アトムもやらしてみたい、かな。

8人揃ったチアリーダーと同じエレベーターに乗り合わせたいと思った人も多かった、とか。ぎゅうぎゅう。ほこほこ。  夏に「東京ドーム」で開催されるNFLアメリカンフットボールのプレシーズンマッチをピーアールするため、本場アメリカからチアリーダーがやって来ては前庭で踊るってんでサンケイビルの前で待ち受けること15分、取り囲む昼時のサラリーマンにOLたちの目線の中を現れた8人のチアリーダーたちに三原順子がおらずガッカリする、ってちょっと古すぎた。それはさておきさすがに本場のチアリーダーだけあって踊ればゴムまりのよーにはずむボディは飛び出すところがしっかり飛び出たラインも含めて目に圧倒的な迫力で、4大スポーツの中でもトップの人気を誇るアメリカンフットボールを盛り上げる尖兵としての役割を担うべく、選びに選び抜かれた頂点に立つ人たちだと感心する。

 中に2人ばかり日本から採用された人が混じっていたけど、1人は日本人級の背丈ながらも出るところはちゃんと出ていて眼福率高く、もう1人は何年も前からチアリーダーとして活躍していた人だけあって背丈は高くすらりとしている上に踊りも他に負けない鮮やかさ。競争社会の厳しい荒波をはい上がり価値上がって名門「49ers」のチアリーダーの座を射とめただけのものはあると唸る。「ライスボウル」でもシーガルズのチアリーダーがスタンドまで上がってきて目の前で踊ってくれたけど、日本人サイズの身長だから迫力って意味ではいささか欠ける部分もあったんで、夏には本場モンを見に行こーと決意する。試合は「タンパベイ・バッカニアーズvsニュヨーク・ジェッツ」の好カード。スタンドには上がってきてはくれないだろーから良い双眼鏡をその時までに手に入れておこー。チケットも手にいれなくっちゃ。


【6月25日】 細かった。って別にそれほど太目だってゆー認識を前から抱いていた訳ではないけれど、まだムチムチとした姿態がスクリーンで躍動していた「20世紀ノスタルジア」の記憶が今なお鮮明に、あの頓狂な歌ともども頭に残っている身からすると、ディップってゆー会社のイメージキャラクターに起用されたってんで記者発表会に登場して来た広末涼子さんの今の姿を見て、そのスラリとしたボディラインに細いなあと感動したのも仕方がない。なおかつ笑顔になったりまじめになったりしても決して嫌そうな顔は見せない大人びた表情と、聞かれたことにしっかりと答える喋りっぷりに大人になったなあ、なんて感想も抱く。

 そー言えばあれは4年くらい前のことになるんだったっけ、高倉健さんが主演した浅田次郎さん原作の映画「鉄道員」の製作発表会にも確か広末さんは登壇していたけれど、「WASABI」での奇行があれこれと評判になる遙か以前のまだ初々しさが残る時期だったってこともあって、特段に細いとも大人っぽいとも思わなかったんだけど、恋人問題があって進学問題があってジャン・レノ問題があってリュック・ベッソン問題があってと問題山積だったこの数年を経て、精神に筋がびしっと通ったって言えるのかもしれない。こんな姿を見せられると、最新作の映画「恋愛寫眞」も見ておこうかなって気になって来る。どんな演技をしてるのかな。ブルックリンの橋の上で歌いエンパイアステートビルの展望台で「ニューロンばちばち爆発するよー」って叫んでいたりするのかな。

 とはいえ一時だったら「ヒロスエが来る」と言えばメディアも山と詰めかけただろーはずなのに、愛知県出身の社長が立ち上げまだ5年強ってベンチャー企業のバリューが今ひとつだったのか、それとも広末さん自身のバリューが下がっているのか集まった記者の数はそれほど多くなく、テレビもカメラも来ていたけれどごった返すほどじゃなかったのが栄枯盛衰を切に感じさせる。おかげで間近に広末さんを見られて帰りがけに廊下でも1メートルくらい側を歩けたから嬉しかったんだけど、でもちょっぴり寂しい気がしないでもない。大出版社から出て当然な写真集がなぜかエンターブレインから(エンターブレインは立派な会社だけど集英社講談社に比べれば……ねえ)出たりするのも不思議だったし、今がスターで残るか「あの人はいま」に至るかの分水嶺にいるってことになるのかも。お近づきになった、訳ではないけど間近に見た縁を契機にちょっと応援していこー。ヘアヌード写真集まだかなあ。

 もし。と言っても詮無いことが世の中には多すぎるんだけどでも、こればっかりはもしも○○だったらと切実に思い、できればそうあって欲しかったことだと願う多々ある事柄の1つだったりするかもしれない。96年のマレーシア。アトランタオリンピックに出場するための最終予選に向けて合宿を行っていたサッカーの小倉隆史選手がもし、練習中に怪我をしないでそのまま予選を戦い五輪へと行っていたら果たして小倉選手は、でもって日本のサッカーはどーなっていたんだろーかと考えてしまう。

 オリンピックに出たのは当然だろー。でもって試合もブラジルナイジェリアハンガリーと破って予選をあっさり突破して、本戦でも活躍して注目されたメンバーは勇躍海外へと旅立ち、98年のフランスワールドカップにも中心となって出場しては、4年早く初勝利とそしてグループリーグ突破の成績を手にしていたかもしれないし、そうでないかったかもしれない。ただ小倉選手の選手人生だけは確実に変わっていただろーし、同じメンバーだった前園真聖選手も城彰二選手もそのサッカー人生を変えていたよーな気がすると、この3人を今になって取り上げた「スポルティーバ」の2003年8月号の記事を読んで激しく思う。

 誰か書いていたことだけど親分肌で面倒見の良い大物感漂う小倉選手が抜けた後、世の関心を前園選手が一身に集めることになってしまって結果その期待が実力を超えてのしかかり、増長とまでは言わないけれど過剰な自信を与えてしまってそれが、現実にちょっとだけでも追いつかなくなってしまうと途端に不安と不満へと変わって選手としての研鑽を、怠らせてしまった可能性がある。選手としては注目されてても人気の面では脇も脇、「ラ王」のCMではカレーが出たとおどけて告げたり、パラシュートで木に引っかかっていたヒデこと中田英寿選手が、前園選手の凋落に反比例して台頭しては98年ワールドカップで核になり、イタリアに渡り世界の「ヒデ」となって今なお王様として君臨している姿を見るにつけ、当たりすぎたスポットが及ぼした影響を考えてしまう。

 城選手の場合はどこまで小倉選手の不在が影響したかは計れないけれど、注目が分散されればそれだけ意識に増長もなくなり、他にライバルがいるってことで緊張感も抱けただろーから、フランスで活躍できなくってもなおスペインでやれると信じ、渡って得点が取れず戻って来てモチベーションを下げってデフレスパイラルに陥らなかった、かもしれない。まあ小倉選手がいなくっても中田選手は世界のナカタになったし伊東輝悦選手は怪我さえなければ日韓大会にも出ていただろーし川口能活選手は次のワールドカップでも正かサブかはともかく代表に選ばれるだろーし服部、遠藤、松田といった面々も同様に、代表を伺う場所にいる。前園、城の凋落は当人の気質に問題があっただけって言われて返せる材料はない。

 とはいえあの当時、一投抜けた実力を見せていた3人が今、いずれもレベルを下げた場所でプレーをしている姿を見るにつけ、あのマレーシアでの一瞬が、変えた歴史を思って考えてみたくなるのも仕方がない。「スポルティーバ」で川端康生さんがルポしている文章によると、アトランタ世代とくくってもそこにはワールドユースで世界を知っていた世代、トレセンで訓練を受けていた世代とそうでなかった世代が入り交じっていて、前園選手は後者で中田選手は前者だったからこそ普段の意識に差が出た可能性があるって指摘もあって、いろいろと考えさせられる。それを言うなら世界を知りすぎている今の若い世代が後、どこまで伸びるかて期待もしたくなるけれど、飢えていた中から掴んだ世代とそれが当然と思う世代で差がまた出てしまうようで悩ましい。ともあれ週末28日は小瀬で小倉選手が加入したヴァンフォーレ甲府と城選手をトップに擁する横浜FCが激突の好カード。ちょっと行けないけれどその成り行と試合での2人のパフォーマンス、そして世間の反響をちょっと注目してみたい。


【6月24日】 「LASTEXILE」のビデオ撮りに失敗して悲しい。DVDを買うから良いって言えば良いんだけど、なにやら勇壮なトーンで予告されてたアレックスとどこかの誰かとのバトルが見られなかったのが残念だし、アリスティアに振られたタチアナが一人寝の寂しさをベッドでどー解消するのか、でもってクラウスに迫ったアリスティアが見かけに実は寄らないかもしれないボディでもって彼をどー籠絡するかが確かめられなかったのも心に禍根として残っているけど、全体から見ればおそらくは次のステップへと進む上でのバトルが行われたって程度だと、思い込んで「月刊アニメージュ」か何かのあらすじ紹介で補完して、来週こそはちゃんとタイマーセッティングに成功しよーと決意する。HDDレコーダー買えよって? そんな堕落はしない。

 ってか本当はこの夏に買う予定だったんだけどボーナスの支給額が同年代の築地の新聞社かお台場のテレビ局の人の月給に届くか届かないかって程度(嘘じゃないよ)だったことに加えて、故障続きのパソコンの代替機を探して買い叩いたとは言え「天地無用!」のDVDボックスが買えるくらいのお金を出して買ってしまった関係で、タイマーセットの手間がいらず映像だって綺麗なHDD&DVDレコーダーを買い損ねてしまったってゆーのが偽らざる心境。DVDレコーダーだけだと結構こなれた値段になっては来ているけれど、せいぜいが2時間ってゆー録画時間じゃーテープを入れ替えするビデオと手間は変わらずむしろ、撮り溜してあるビデオが見返せなくなる分面倒も増えるんでちょっとパス。HDD&ビデオの機種ならビクターあたりで安いのがありそーだけど、今さらそんな古いものを買うのもなあ、でも失敗が続くよーだと買ってしまうかも。那須だか塩原だかの「日本SF大会」も行くのを諦めたし。会社が絡んでる「ジュラシック・パーク」のイベントが開幕するんで仕事しないといけないんだよね。

 とか言ってる矢先から激しい出費に見舞われ呆然。気にもとめずに回った夕刻の秋葉原の「ゲーマーズ本店」でいよいよ明日から発売になる「新世紀エヴァンゲリオン」のDVDボックスこと「箱エヴァ」がすでにして品切れになっているとゆー張り紙を見て、これはもしや今買わなければ一生を後悔することになるかもと「ゲーマーズ」を飛び出し「石丸ソフトワン」に向かったところそこでも品切れになっていると分かって更に呆然。実を言うならすでに過去に売らて1度は3分割だかのボックスにもなっているシリーズだけに、即完売なんて事態にはならないだろーと高をくくっていた所もあったんだけど、世代が1つ下がってこれから「エヴァ」を見たいって人もいたんだろーか、それともメーカー側も高をくくって製造数を抑えたのか、秋葉原って土地柄も影響したのか完売続出。となるとますます欲しくなるのが人情って奴で、飛び出し別の店へと回って残っているかを探しまくる。

 もっとも時間が時間だけに店じまいするところが続出していた関係で、開いている所に入るしかないと決めて目についた「ヤマギワ・アニメショップ」に向かったら……あるじゃん、っても表の張り紙を見る限りは残部僅少なよーで、明日まで待つと無くなりそーな予感もしたんでおろしたばかりの大枚をその場ではたいて1つ所望、パソコンを予想より安く買えて浮いた分がこれで吹っ飛んでしまったよ。もっとも買ってかえって見るかと言ったら見ない可能性が結構大で、それは大昔に買ったLDの豪華おまけ付きボックスも明けずに部屋のどこかに埋もれてしまっていることからも明白なんだけど、そこは入れればポンなDVDだから会社クビになって暇が出来た時とか嫌なことがあって家にひきこもった時とかに、一気に見返してなおいっそうの悲しい気持ちになるかも。「生きろ」って言われている気はしないからなあ、「エヴァ」じゃあ。

 届いた「SFマガジン」2003年8月号をパラパラ。表紙の北原聡さんって名前に聞き覚えがあって調べたらその昔にナムコで「未来忍者」と「カブキマン」をやった人だった。同じ号には東浩紀さんが評論「計算の時代の幻視者 フーコー、ディック、イーガン」でマガジン初登場に喜びのコメント。そーか「SFが読みたい」は増刊みたいなものだから本誌は初登場になるんだな。東浩紀さんと唐沢俊一さんが同じ目次に名前を連ねた雑誌って過去にあったっけ、これだから「SF」って幅が広くて懐が深い。いよいよ刊行間近ってことで「第六大陸」の小川一水さんが表紙を描いた「プラテネス」の幸村誠さんと対談で登場。「日本の民間企業が月に作る基地が××××というのがすごいですね」ってゆー「××××」が気になるぅ。「世界各国の人がそんなのお金をかけるものかは実はわかっていないんです」「名古屋周辺だけかも」って辺りから想像は付くけれど。植木等系? 「ココイチ」 でも「ウォッチマン」でも「風来坊」でも「アサヒドー」でも「米兵」でもないことは確かだな。

 「ヴィーナスシティ」が文字で描き「BOOMTOWN」が絵で描いた電脳世界のビジョンに90年代を親しんで来た身だとそーした世界にジャックインして現実とは異なる世界のビジョンを見せられてもそんなに驚きはしないんだけど、菅浩江さんの新刊「プレシャス・ライアー」(カッパ・ノベルズ、819円)はそーしたバーチャル・リアリティに加えてゴーグルと位置情報だかユビキタスだかが一体化して実現する強化現実(オーグメンテッド・リアリティ=AR)が話に盛り込まれていて、現実の世界のはずなのに歪み崩れる世界のビジョンが寄って立つべき世界の危うさを示してちょっぴり不安にさせる。挑んで来るAIとのバトルがだんだんと横滑りして観察する者かそれとも観察される者か分からなくなり、アイデンティティをぐちゃぐちゃにしてしまう展開も興味深い。薄くて軽い体裁な割に重厚で奥深い1冊。


【6月23日】 ビデオで「デ・ジ・キャラットにょ」。面白くなって来た、って言ってもまるで説得力のない狼少年的言辞だけど今回ばかりは殺しを抜きに誉めてるって思って頂いて構わない、かもしれない。前半は「まねき猫商店街」に取材にやって来たテレビ局にでじこが付いて街を案内して回る話だけど細かいネタを重ねて巧みにつないであって間延びせずに次への展開を愉しむことができた。でじこに変わってリポーターをやりたいと出張ったうさだの耳ぶんぶん回しながらダバ絵で踊っている絵とかグッド。うさだママも可愛かったなあ。

 後半も重なるエピソードのつなぎがテンポ良くって見ていて楽しく時間もまるで気にならない1本。ぷちこの好きなランキングが変動したってんで面茶やすしが家を改装してぷちこと出会って100何日記念パーティーをやろーとしたらそこに紛れ込んだ例の成金っぽい不動産屋の親父が他人の家なのに勝手に場所を仕切り始める、エピソードのエスカレーションぶりが面白い。そんな喧噪の中で路地に捨てられたあのどーぶつを見物に行ってニコリと笑顔を見せるぷちこの表情、最高です。前の「ワンダフル」版では徹底して突っ込み毒吐きキャラだったからこーゆー表情ってあんまり見たことがなかったんだよなあ。あっとお花見か何かのスペシャルで幼稚園に通った時に似た子供っぽい姿を見せてたっけ。月に1本はこーゆー話、見たいなあ。来週はでじこママ久々の登場で期待大。お着きの耳つき和風メイドさんも出るのかな、出して欲しいなあ。

 午前3時半に目覚めて近所の自動販売機まで出向いてペットボトルのお茶を仕入れてテレビの前に陣取り(ってもベッドを反対側を向いて俯せになっただけの姿で)サッカー「FIFAコンフェデレーションズカップ」の予選「日本代表vsコロンビア代表」を見る。鹿島勢を半減させ若返った布陣の今後を考えると負けて欲しくないなーと思う一方で、去年の秋からかれこれ8カ月もの間、鹿島勢に期待をかけすぎたあげくに新戦力を試し鍛える余裕を持たせなかった無為無策ぶりと、そんな無策ぶりを改め新しい才能を使い始めたと思ったらそればっかりになってしまう場当たりぶりがこれからも続く可能性に、惨敗して監督の人には退場願いたいと思う気持ちもあって、始まる前から気持ちは複雑だったけど、始まって1点を取られた後に是が非でも1点を取りに行くんだってなヒディング的パワープレーへの意欲満々な采配がなく、やっぱり物足りないなあと思えて来る。

 勝ってるときはメンバーを変えないのが鉄則ってゆーのはなるほど原則ではあるけれど、1日置きに続く試合にあのフランスですらごそっとメンバーを超えて望んだ試合を怪我した人なりカードをもらい過ぎた人だけを変えて基本はそのままでいき、交代枠もしっかりと使わない采配は、それで負けても構わないってスタンスが最初からあったかあるいは敗退してもクビにならないって言質でももらっていたとしか思えないんだけど、その真否はともかくとして結果出ずっぱりだったメンバーの気持ちのほころびが、共に失点となって敗退へと至ったわけで、出ている選手の個々人に責任を押しつけられる話じゃない。それを何を血迷ったかキャプテン川淵さん、選手の個々人を挙げて戦犯呼ばわりするんだから、およそ真っ当な神経があるとは思えない。そんなに監督の責任を軽減して、結果として選んだ自分の責任を回避したいのかと穿って勘ぐってやりたくなる。

 「独裁者」と集まっていたサポーターに呼ばれて「なにを」と挑みかかろーとした、なんて話を聞くとますます「独裁者」であり「ガキ大将」ってな印象が色濃くなる。そんな人にかばわれ手前の無為無策さをさらし者にさせ続けるジーコ監督も、ある意味被害者ってことになるのかも。今回の敗退でもまるで責任を押しつけられそーもない以上は、次に様子を見ようってことになるんだけど次って行っても親善試合でナイジェリアにカメルーンといった辺りで勝てば良かった、負ければ仕方がないよねって微妙な相手で責任問題に発展するだけの指標を出しにくい。これがトゥルシェ監督だったら五輪予選とゆー指標、五輪での結果とゆー指標を次々に提示できたんだけど、今の監督だといったいどこでどーやって「ノルマ」の達成度合いを判断すれば良いのやら。このままワールドカップ予選まで続けてしまいそーな予感にせめて、選手のセレクションだけは誰もが納得できるだけのものを見せてやってくださいな。J上位のチームから2人3人と選ぶくらいの目配りを。それが出来なかったからこそのこの1年間の体たらくなんだけど。

 新しい人よ来たれ、って声に誘われたのか伝奇の世界にまた1人の新星が登場。「KAPPA−ONE登竜門」って仕組みは良くわからないけど今回については広く募ったっぽい新人発掘コンテストから出た浅田靖丸さんって人の「幻神伝」(カッパノベルズ、1143円)は、京都を舞台にした現代系の妖怪&格闘バトルを圧倒的な描写力でもって描いていて、500ページを超える厚さを最後まで読み手に一気に駆け抜けさせる。奇妙に加工された死体が見つかり、鬼のよーな怪物が現れといった事件から浮かび上がった京都の危機に、霊障相談員の勘解由小路春海って青年が刑事や春海を訪ねてきた格闘の天才・慈瞬を巻き込んで挑む展開は、決して珍しいものではないけれど、ただ力の強さを誇り合うだけでなく、技を繰り出す瞬間瞬間に騙し騙される格闘のシビアさを取り入れつつ描く格闘シーンの描写の厚さが読んでいる身をその場へと連れて行き、眼前に格闘する人々を現出させる。

 「チャクラを回す」って描写の辺りは夢枕獏さんの「キマイラ」シリーズなんかを思い出させるし、格闘のシビアさも夢枕さん系の影響なんかをついつい見てしまうのが難と言えば難だけど、もはや大御所となった夢枕さんより先にこれを手に取れば、その描写の分厚さにきっと圧倒されるだろー。主人公ともゆーべき勘解由小路春海が割に案外に負けそーになって半ば偶然に助けられてしまう辺りに、これからの展開の難渋さを覚えてしまうけど、そこはそれ、秘められたさらなるパワーめいたものとか新たな仲間とかを得てスーパーサイア人化しては、次々にインフレしていく敵と戦い対には”神”のレベルへと挑むスケールの大きい物語を、見せてくれるだろーと信じたい。


【6月22日】 言ったけど「次世代ワールドホビーフェア」、その昔の「ミニ4駆」から「ハイパーヨーヨー」「ベイブレード」と流れて来たフロアの主的観客大殺到イベントが今回はなくって「ベイブレード」も「デュエルマスターズ」もまあそれなりな人の集まり具合で、流行から定番へと移行して来ている感じ。ただしここを支えないと他のホビーみたく影も形もってことになりかねないんで各社とも頑張りどころってことになるんだろー。まあ滅びてもヨーヨーみたく10年とか20年が経ってから突如復活するってケースもあるから玩具って面白いんだけど。

 幾度の復活を経た玩具だとタミヤの「ミニ4駆」が有名だけど今回のイベントでもちょっぴりと趣を変えながらも復活の兆しが。ってもここに出ていた「ラジ4駆」ってのがどこまで過去の「ミニ4駆」を受け継いだ面白さを持ったものかはわからないんで、次の「次世代ワールドホビーフェア」辺りがひとつのメルクマールになるのかな。ずっと出続けていた「ダンガンレーサー」は新競技「クロスファイト」導入のおかげか何かでなかなかなにぎわい。ブースの周囲を取り囲んで移動ピットこと手提げ工具箱を抱えた親子が座り込んでいたのにはびっくりで、ここで鍛えたメカいじりの知識が将来の日本の自動車工学を支えるのかと思うと、日本の自動車産業あるいはレーシング界も安心って言えそー。言えるのか?

 家に閉じこもって暗くジメジメとした場所でプレーするのがゲームってゆー固定観念(どんな固定観念だ)をひっくり返そーと、コナミの小島秀夫監督が満を持して投入するゲーム「ボクらの太陽」のデモンストレーションも行われていたんで見物。ホールを外に出た場所、燦々と降り注ぐ太陽の下に並べられた試遊台に子供たちが取り付いて遊んでいる様を見て、面白いんだったら別に家の中だろーと外だろーと関係なしに、遊ぶものなんだってことが何とはなしに伺える。けど中天から降り注ぐ日差しはなかなかのキツさで、そんな環境に配慮してコナミも遊びに来る子にひとりづつ、帽子を渡していたのがほほえましくも面白かった。だったらソフトに1つづつ、帽子を付けて売れば良いのに、限定版はゲームの中で引きずることになる棺桶形のゲームボーイアドバンス用ケースってのはちょっと凝り過ぎな気が。でも深紅の「ボクタイ」カラーの「ゲームボーイアドバンスSP」はちょっぴり欲しいかも。

 いや良い。素晴らしい。と誉めても人に信じてもらえなかったりする不徳まみれの人間だけど神野オキナさんが朝日ソノラマから「シュレイオー」シリーズに続けて出した「星魔の砦」(ソノラマ文庫、495円)は話の流れも圧巻なら、キャラクターもしっかりと立ってて過酷にして残酷な戦士たちの物語を堪能することができる。異次元より現れ人間たちを襲う「星魔」が出現するよーになって幾星霜。6年に及ぶ内戦を終えてこれから平和が訪れると一息ついていた国のある砦に、異様な風体をした2人の男が訪れ「星魔が来る」と告げたことから、砦は再びの、というより以前を上回る緊張と喧噪に包まれる。

 男たちはサムライ。かつて「星魔」によって滅ぼされた倭の国の末裔たちで、復讐心をたぎらせ己を徹底的に鍛えて「星魔」と戦う能力を身につけ世界にたびたび出現する「星魔」を駆って回っていた。2人の訪れを受けて砦は襲来への準備を固めるが、想像を遙かに上回る「星魔」の数に厳しい戦いを強いられる。旧来の騎士道精神を持った砦の騎士たちと、身をなげうってでも「星魔」の殲滅にかけるサムライの行動原理が当初は相容れなかったものが、向かってくる敵のすごさとサムライたちの一途な想いによって変えられ、一致団結へと向かう辺りは感動的だけど、そんなサムライの一途さを超えた”政治”の世界が厳然としてあることにもまた、人間の世界を生きる難しさを感じさせられる。サムライの1人で鬼の面をつけた少年の名前がイセンブラスといって略して「イセス」って辺りにちょっぴりニヤリ。でもあんなことそんなこてゃしないのであしからず。ナポレオンじゃないんだから。

 異次元より現れる人外の化け物たちといつ果てるともない戦いを繰り広げる人間たちの過酷な運命を描いてるって部分では、よーやく読み終えた高瀬彼方さんの「ディバイデッド・フロント1 隔離戦区の空の下」(角川スニーカー文庫、629円)にも共通する部分が。「ディバイデッド・フロント」の方は次元を超えて現る「憑魔」ってのが敵。相手をするのは体のどこかが「憑魔」に寄生されてしまった人間で、普通に暮らしていたのにある日突然寄生されてしまった少年少女が全国から集められ、「憑魔」が集中的に出現する比較的限定された地域(日本だと北関東)に送り込まれて「憑魔」をの戦いを強いられる。

 殲滅すれば増えるし、核爆弾のよーなもので根こそぎにすれば限定されていたはずの出現地が増大したり移動して大変なことになる。隔離戦区に送り込まれた少年少女ばかりの兵士たちはだから、現れるはなから倒してくだけの”受け身”の戦いを強いられることになり、つまりは「憑魔」が現れる限りは一生を戦いに明け暮れることになる。そんな過酷な運命をある日突然背負わされた少年たち少女たちの諦観とも達観とも付かない境地の裏でやっぱり残る悲哀が読んで胸に厳しく刺さる。エンドレスで続きそーな話をさてはてどんなシリーズに仕立ててくれるのか。ってかちゃんとシリーズが完結するのか。期待しつつ先を待とう。「星魔」と「憑魔」は果たしてどっちが強いのかな?

 ピチピチのレザースーツに身を包んだ美女が月をバックに立つ表紙の恰好良さに惹かれて響堂新さん「飛翔天使」(カッパ・ノベルズ、819円)を読む。「並み外れた跳躍力と人間離れした怪力、そして闇を見通す暗視能力と高周波の音を聞き分ける能力」を持って生まれた人類を超える存在の末裔がそーした敵を疎む勢力によって追われ駆られる中を1人の女性が生きる権利を求めて立ち上がろーとする話、って表紙裏にあるあらすじ紹介からわかる内容そのままで、それ以上でも以下でもないんでそれで興味を持った人は読んで面白がれるかも、30年前に流行った日本SFみたいだって。読むなら「ウルフガイ」シリーズの方が情念たぎって良いかも。復刊してるし(してたよね)。復刊と言えば「METHODS 〜押井守『パトレイバー2』演出ノート」の復刊が決定したのはめでたいことではあるけど、出すならせめて「今畝」の誤字誤記誤植だけは直すよーに。「令敏」も駄目だよ。


【6月21日】 目覚めて午前4時にテレビを付けて「FIFAコンフェデレーションズカップ」の「日本代表vsフランス代表」。ほとんどまるで先発メンバーをいじらなかった日本がほとんど変えて来たフランスを相手に攻める攻める攻める攻めるその様は、かつてフランスが見せた「シャンパンサッカー」のお株を奪うくらいの鮮やかさで、見ていて楽しいことこの上なかった。とはいえコロンビア相手にスピードとテクニックでもって切り裂いていった攻撃がなく、またコロンビアにほとんど仕事をさせなかった中盤での守備がないフランスが相手なんで、これが実力と思うには悩ましいところがあったりする。

 おまけにそんな相手に幾度となくシュートを放つものの取れた点は、中村俊輔選手の神業的なフリーキック1本だけで、遠藤保仁選手の惜しいフリーキックもあったけれど結局は1点止まりに終わって敗戦の憂き目に。フランスだって微妙な判定からのPKと日本のちょっとした油断を付いたフォワードの確かゴブって選手のシュートだけって言えば言えるけど、そのシュートで見せた絶妙なトラップと瞬時に振り抜いて決めたシュートのすごさこそがワールドクラスって奴で、こーゆー仕事ができるフォワードが控えにだっているチームと、攻めても切り裂いても結局は1得点すら上げられないフォワードしかいないチームとの、世紀を超えても超えよーのない差だったりするのかも。

 まあ良い大量失点で負けなかったのがもっけの幸いで、次にコロンビアに引き分けさえすれば準決勝へと進める訳でおそらくはトルコ、あるいはブラジルといった「ワールドカップ日韓大会」で1位と3位のチームを相手に戦えることになりそーで、どちらも主力を欠いてはいるけど是非に世界って奴にどこまで挑めるのかを見せてやってくださいな。稲本潤一選手が出られないけどまあいなくっても福西崇史選手が……いない、困ったなあ、やっぱり鹿島から来るのかなあ。中村俊輔選手もキツそーだしなあ、ここにも鹿島が入るのかなあ、不吉だなあ。お払いするか、鹿島神宮で。

 その福西選手、同様に「コンフェデレーションズカップ」を辞退した中山雅史選手といっしょにピッチには立ったけれど、そこはさすがに怪我による辞退ってことに配慮してか、後半の終わったロスタイムに投入されてボールに1度も触れず走りさえせずに終了のホイッスルを聞いたのは、道理を心得た行為だったって言えそー。昨シーズン限りで引退した「東京ヴェルディ1969」の北澤豪さんの引退試合が、ピーカンでむし暑さもたっぷりな「国立霞ヶ丘競技場」で開催されたんだけど、「ヴェルディ」のOBたちで構成された「ヴェルディ・オールスターズ」を相手に戦った「Jリーグ・オールスターズ」のメンバーとして登場したもので、他に木村和司さんマリーニョさん松永成立さんといった懐かし過ぎな人たちから、井原正巳さん福田泰博さんといったついこの前まで現役だった人たちからが勢揃いしたメンバーに、これだけの人に参加してもらえる北澤さんって人の、サッカー界における人気の高さ、すごさを改めて思い知らされる。

 名古屋グランパスエイト系では浅野哲也さんが出ていてベンゲル監督の下で快進撃していた頃を思い出したけど、中西哲生さんが出ていたのはなかなかに微妙な線で、綺羅星のごとく並んだ中に1人混じっていたのはサッカー選手として「川崎フロンターレ」の昇格に貢献した活躍が認められているからなのか、それとも引退後のジャーナリストとしての活躍ぶりから知名度もあると声がかかったのか考えてしまった。単にキーちゃんと仲良いって線もあるけれど。接点があったかは知らないけれど。

 一方で「ヴェルディ・オールスターズ」に関しては文句の付けよーがないくらいの最強布陣で、カズがいて武田がいて都並がいて柱谷がいて戸塚がいて菊池ブラザーズがいて三浦兄がいて、ミニラ中村忠がいて藤川がいてペレイラがいてほかにいろいろ懐かしい顔がいて、そして何とかつての名プレーヤーこと与那城ジョージがいてさらにラモスがいてといった具合で、聞くほどに背筋に痺れが走るくらいのメンバーで懐かしさに目頭を押さえたくなった。この暑さで50歳を越えた与那城さんが倒れないかって心配になったけど、そこはブラジル出身だけあって高温多湿にも慣れたもの。むしろ木村和司さんの方がずいぶんと太めになった体をもてあましていたみたいで、ボールさばきにこそ冴えは感じられたものの現役の頃のよーな凄みはちょっと失せていた。ラモスは……体型もプレーも変化なし。お化けだね。

 試合はさすがに引退の餞になる華試合ってことで中盤のプレスとかなく激しいタックルとかなくお互いに対峙してプレーを披露し合う展開に。最初こそ「Jリーグオールスターズ」が点を取って雰囲気読めない奴らって気分を辺りに引き起こしたけど、そこは他人への気配りで成るラモスさんが、ゴール前から横に振ってつっこんできた北澤選手にうまく渡してまず1点。そのあとにカズが1点を決めて懐かしくも久々な「カズダンス」を披露して引退に色を添えると後半に入ってさらに1点を北澤選手がこれは誰の配慮もなしに、絶妙な吶喊からゴールにたたき込んで見せてもしかしたらまだまだやれるんじゃないか、ってなところを見せてくれた。北澤さんも確か出ていた対名古屋グランパスエイト戦で、華麗に舞ってアシストも決めたピクシーの現役最後の姿を見た時も思ったけれど、やっぱり早すぎるよ引退するのは。

あのイラク戦にキーちゃんが出ていればワールドカップでの1勝は8年早かった、かも  続く「東京ヴェルディ1969vs横浜F・マリノス」の現役が揃うプレシーズンマッチは、7月のシーズン再開に向けてアルディレス新監督による戦力のチェックなり、トレーニングなりの意味もあってどちらも本気でぶつかっていて、後半終盤まですでに引退している北澤さんが入る余地はなし。久保竜彦選手が決めたりしていて遠くフランスで苦しむフォワード陣を選んだジーコ監督に、どーしてつれていかなかったんだと言ってやりたくなったし後、この何年か存在感が下がっていたヴェルディの平野孝選手が得点を上げて健在なところを見せてくれて、再スタートに向けていろいろ楽しめそーな要素が浮かんで来た。マリノスの33番の北野翔って165センチしかない選手のスピードがとにかく圧巻で、もちあげられてはいるけど点を取れないでいる大久保嘉人選手も下からの突き上げを気にしなくちゃいけないかもって気になった。坂田・安永・阿部だけじゃないんだなー、マリノスの若手フォワード陣は。

 岡ちゃん岡田武史監督が無粋って訳じゃなくってそこは真剣勝負ってことでこっちはヴェルディが負けてしまったけど、終わり頃になって出てきた北澤さんがこちらでも体力にものを言わせてゴール前へと迫る勢いを見せてくれて、やっぱりまだまだできるんじゃないかって思えてきた。試合終了後のセレモニーでもその辺りに半ば未練もありそーなニュアンスを漂わせていたけれど、言い出したことを引っ込めるなんてことはしない人だけに、花束をもらった後で寄ってきた奘君、快君の2人の子供に対してその名前が刺繍されたスパイクを片方づつ渡して”草鞋を脱”いで、現役からの決別と、そして次世代へのバトンタッチを態度でもって示してくれて、その格好良さに泣きたくなって来た。

 恩師だった故・宮本征勝さんの夫人に花束を贈呈するシーンなんてもー鼻の奥がツンツンとさせられたよ。場内を回る時も立ち止まったり近寄ったり、花束をもらったり旗を身にまとったりとサービス精神のたっぷりなところも見せてくれた北澤さんの、この素晴らしいスピリッツをさてはてフランスで戦っている我らが日本代表の誰が受け継いでいるのかそれともいないのか。最後まで帰る人もいないなかを執り行われたこの試合の一部始終をビデオに撮ってフランスへと送りつけ、見せてそのスピリッツを取り込んでもらえればコロンビア相手でも無様な試合はしないだろーなー。5年前にフランスにおいてきたカズの魂も拾い直して与えるか。ゴールを決めた高原直泰選手が「カズダンス」したらそれはそれで滑稽だけど。


"裏"日本工業新聞へ戻る
リウイチのホームページへ戻る