高樹のぶ子作品のページ


1946年山口県防府市生、東京女子大学短期大学部卒、本名:鶴田信子。出版社勤務、結婚、離婚、再婚を経て、80年「その細き道」にて作家デビュー、84年「光抱く友よ」にて第90回芥川賞、95年「水脈」にて女流文学賞、99年「透光の樹」にて谷崎潤一郎賞、2006年「HOKKAI」にて芸術選奨文部科学大臣賞、10年「トモスイ」にて第36回川端康成文学賞を受賞。


1.百年の預言

2.
トモスイ

3.
アジアに浸る

4.天国の風−アジア短篇ベスト・セレクション−

5.少女霊異記

  


        

1.

●「百年の預言」● ★★


百年の預言画像

2000年3月
朝日新聞社刊
上下2巻
(各1400円+税)

2002年4月
朝日文庫化
(上下)

2004年12月
新潮文庫化
(上下)

    2000/05/13

 


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帯には「百年前の楽譜に秘められた謎とは・ウィーンを濡らす恋」(上巻)、「永遠に流れゆく生と死のメロディー・ルーマニアを焦がす性の炎」(下巻)とあります。
そのため東欧を舞台にした激しい性愛のストーリィかと思い、
宮本輝「ドナウの旅人を思い出したのですが、かなり異なるものでした。

まず、この作品は完璧に出来上がった作品というより、実験的な作品と言う方が相応しいように思います。
この作品の中にはいろいろなストーリィが交じり合っていますが、それぞれ密接に関連しているというより、たまたま同じ本の中に収められたにすぎない、という印象を受けます。
ウィーン駐在の外交官・
真賀木とバイオリニスト・悦子との恋は、お互いのすれ違いが多く、現実の恋愛とはこんなものかもしれないと思わされます。その一方で、2人の眼前に、チャウシェスク政権下ルーマニアから脱出してきた音楽家センデスが携えてきた楽譜の 謎解き、ルーマニア革命のストーリィが展開します。
既に過去のこととなったルーマニア革命について何を今更?と思うのが当然のことです。しかし、時折、作者が顔を覗かせ、真賀木・悦子の恋の行方、ルーマニアの行方をすべて手中に掴んでいるかの如き文章を加える部分は、珍しいだけに目を惹きます。
また、作者自身の取材旅行記と思われる
「ポルンベスクへの旅」が 挿入されているのが興味深いところ。
真賀木と悦子、若いセンデスと
ビエナの関係に着目すれば、本書はまぎれもない恋愛小説です。その一方で、ルーマニア革命に取材した社会小説とも言えます。さらに、ルーマニア人作曲家ポルンベスクを題材に、彼の曲“バラーダ”と 謎の楽譜を文中に織り込んでミステリとし、謎解きに音楽を解する人物を配した点では、音楽ミステリとも言えます。
まさに多様な要素を巧みにまとめあげた作品であり、それが実験的な小説と思う所以です。

    

2.

●「トモスイ」● ★☆            川端康成文学賞


トモスイ画像

2011年01月
新潮社刊

(1400円+税)

2013年09月
新潮文庫化

 

2011/04/18

 

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5年間にわたるアジア文学プロジェクト“SIA”から生まれた短篇集。
表題作の「トモスイ」が川端康成文学賞を受賞しています。

アジア十ヵ国の文学者を訪ねて作品を日本に紹介し、作品が生まれた背景もメディアに発信すると同時に、それに触発されて短篇を書く、というのがSIAプロジェクトだそうです。
本書は、そこから生まれた10篇から成る短篇集。

ただし、ある意味とらえどころのない短篇ばかり、という短篇集でもあります。アジア各国を訪れ、そこから触発されて書いたということを知らなければ、どう受け止めたら良いのか、困惑していたかもしれません。そうでなくても、捉えにくい作品だというのに。
SIA関連だといっても、各篇の舞台は必ずしもアジアではありません。日本国内というものもあります。
どちらかというと、アジア数ヵ国で受けたイメージ先行型の作品集、という気がします。

なお、表題作
「トモスイ」は、中性的な男性=ユヒラさんと、夜釣りのため舟で夜の海へ乗り出す、というストーリィ。
幻想的と摩訶不思議の、ちょうど中間にあるような印象を受けます。第三の性に寛容なタイを訪れたことがきっかけで生まれた作品とのことです

トモスイ/四時五分の天気図/天の穴/どしゃぶり麻玲/唐辛子姉妹/投/モンゴリアン飛行/ジャスミンホテル/ニーム/芳香(ハルム)日記/あとがき

     

3.

●「アジアに浸る」● ★★


アジアに浸る画像

2011年02月
文芸春秋刊

(1905円+税)

  

2011/03/31

  

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本書は、「作家・高樹のぶ子が九州大学総合政策センターの特任教授として、五年の歳月をかけてアジアの十ヵ国を訪ね歩いて各国の作家や市井の人々と交流し、その成果を様々なメディアを通じて発信するというプロジェクトSIA(Soaked in Asia)の記録」とのこと。

上記紹介文のとおり、高樹さんが各国を訪ね、その国の作家や画家、ごく普通の人々と交流しつつ、その国のこれまで、そして今後の問題を考えるという趣向の一冊。
一冊で十ヵ国に触れることができるという点の楽しみは大きいですが、その一方で突っ込み不足、という印象を否めません。
というのは、紹介された人々の話からこうだろうと高樹さんが推量している部分が多く、自らその国の人々の間に飛び込んでみて知ったこと、感じたことを語るという迄には至っていないからです。
一方、高樹さんの目は、特に各国の女性たちや子供たちの在り様に注がれていて、その点は貴重です。
民族という見方をした場合はとかく男性に目が注がれがちなのですが、敢えて女性はどうだったのか、これからどうなるのかという点に視点が向けているところは、やはり女性作家だからこそでしょうか。その点は新鮮です。

一口にアジアといっても、本書に描かれた各国の現在の姿は、予想以上に様々です。
ベトナム戦争で心身ともに深い傷を負った女性兵士、マレーシアでは男性より女性の方が多様性あるといい、共産主義社会から自由主義社会へ急激な変転を行ったモンゴルでは結果的に子供たちが傷を負うことになったという。また、タイでは男性と女性の差に関して鷹揚であり、世界で最も多く性転換手術が行われていて技術も発達しているという。
民族とか伝統文化から離れた、現代社会の中における相違点を知ることができたのは、意義があることと思います

フィリピンに浸る/ベトナムに浸る/台湾に浸る/マレーシアに浸る/中国・上海に浸る/モンゴルに浸る/タイに浸る/韓国に浸る/インドに浸る/インドネシア・バリに浸る

         

4.

●「天国の風−アジア短篇ベスト・セレクション(高樹のぶ子編)− ★★★


天国の風画像

2011年02月
新潮社刊

(1800円+税)

  

2011/04/02

  

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5年間にわたるアジア文学プロジェクト“SIA”から生まれた短篇集。
10ヵ国、10人の作家から、1人1篇ずつ計10篇の短篇小説が選ばれ収録されています。

読んでいて、欧米の小説程には外国の小説という意識は持ちません。日本の小説として読んでも、そう違和感はない。
生きるという上での摩擦や喜怒哀楽は、、日本もアジアもその他外国でも何ら変わらないことだからでしょう。
文学を通じると、国境や民族の壁を易々と乗り越えられる、それは本書を読んで感じた収穫です。
それでも、どこか違った感触がある。それは何処にあるのでしょう。
「あとがき」で高樹さんが、それは現実社会を意識して書かれているからだろうという趣旨のことを言っていますが、確かにその通りかもしれません。
とくに
韓国マレーシア中国系の作品では、こうあるべしという社会のしがらみとの摩擦が感じられます。
モンゴル作品は遊牧民の生活あっての短篇小説ですから、民族性を抜きにしては語られません。
一方、
タイ作品は現在のタイ社会を反映して生まれた短篇小説かもしれませんし、頭にガツンと一撃くらった気がしたものの、高校生の時に三島由紀夫作品に熱中した時程の衝撃ではない。

本書を読んで受けた鮮烈な思いを、国の違いとか民族性の違いとかを理由にしたくはありません。それよりは、アジアの多様性、世界の多様性への感動と言うのが適切だと思います。
最近の外国文学というと、新潮社
クレストブックスシリーズが良い作品を紹介してくれているのですが、欧米・インド・中国系の作家にどうしても偏りがち、アジア系作品は殆ど見受けられません。
その点本書は、アジア10ヵ国の各々代表的な作家の作品を集めた短篇集であり、本書でアジア各国の作品に触れることができたのは、とても嬉しいことです。
いずれも短篇小説ですが、短篇だからこそ気軽に触れられ、かつ端的に受け止められるものがあります。

作品の一つ一つをとっても皆、優れた短篇小説ばかり。そのうえアジアの多様性を知ることができる短篇集であって、本書の意義はとても大きいと思います。
作家・作品についての解説付き。アジアに浸ると併せての読書を、是非お薦め!

【ベトナム】「天国の風」チャン・トゥイ・マイ(加藤栄訳)★★☆
【タ イ】「ぼくと妻/女神」カム・パカー(宇戸清治訳)★★☆
【インド】「仔犬」ラージェンドラ・ヤーダヴ(高橋明訳)★★★
【台 湾】「神様の若い天使/天使の父親」シャマン・ラポガン(魚住悦子訳)★★
【モンゴル】「男の三つのお話」ジャンビーン・ダシドンドグ(津田紀子訳)★★★
【インドネシア】「時を彫る男」オカ・ルスミニ(森山幹弘訳)★★☆
【中 国】「謝秋娘よ、いつまでも」パン・シアンリー(桑島道夫訳)★★☆
【フィリピン】「アンドロメダ星座まで」グレゴリオ・C・ブリヤンテス(宮本靖介・土井一宏訳)★★☆
【韓 国】「親切な福姫さん」パク・ワンソ(渡辺直紀訳)★★★
【マレーシア】「写真の中の人」リー・テンポ(舛谷鋭訳)★★

    

5.

「少女霊異記(りょういき) ★★


少女霊異記画像

2014年10月
文芸春秋刊

(1500円+税)

 


2014/11/19

 


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「日本霊異記」を愛読する若い女性=高畑明日香を主人公にした現代的でありつつも古典的な風合いをもつ寓話集。
その「日本霊異記」、正確には
「日本国現報善悪霊異記」と言い、平安時代に薬師寺の僧であった景戒が著した説話(伝承話)集とのこと。
その明日香は、奈良町にある古い一軒家で一人暮らし、祖父の縁で自宅近くの
薬師寺で現在非正規職員という立場。そして彼女の傍らには「ケイカイ」と名付けたカラスが。
奈良の西ノ京にあり、薬師三尊像を祀っている薬師寺は私の一番好きなお寺で、そこで働く女性が主人公ということであれば飛び付くのは当然というものです。

現代社会におけるストーリィでありながら、古典的世界がストーリィの隅々から立ち上ってくるという風。まるで古の奈良と現代の奈良が二重写しになったような小説世界が魅力です。
決して(陰陽師が主導するような)怪異な景色ではなく、霊異記に記された地名の経緯を辿るのが大好きという主人公の単純さ、明快さが、日陰のような暗いものになっても不思議ないストーリィを日向世界に留めている巧妙なさじ加減に何とも魅せられてしまいます。
未来に向かうSF小説も勿論面白いのですが、こうして古に遡らんとするストーリィも楽しいですねェ。

「奇しき岡本」:母親を探して欲しいと明日香の前に現れた中学生にかかる謎は・・・。
「飛鳥寺の鬼」:高校時代の恩師が持ちかけてきた相談事は、行方知れずとなった教え子の女子に関わること。
「率川神社の易者」:明日香に声を掛けてきた青年の正体は一体・・・、彼は善人かそれとも悪人なのか。
「八色の復讐」:落雷により父親を亡くした小学生の女の子の不思議な様子の理由は・・・。
「夢をほどく法師」:名古屋で働いている母親が“夢ほどき”を頼んだらしい、その理由は・・・。
「西大寺の言霊」:古の存在が明日香に託してきたメッセージとは・・・。

奇(くす)しき岡本/飛鳥寺の鬼/率川(いさがわ)神社の易者/八色(やくさ)の復讐/夢をほどく法師/西大寺の言霊

    


 

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