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1.百年の預言 2.トモスイ 3.アジアに浸る 4.天国の風−アジア短篇ベスト・セレクション− 5.少女霊異記 6.小説伊勢物語 業平 |
1. | |
●「百年の預言」● ★★ |
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2002年4月 2004年12月
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帯には「百年前の楽譜に秘められた謎とは・ウィーンを濡らす恋」(上巻)、「永遠に流れゆく生と死のメロディー・ルーマニアを焦がす性の炎」(下巻)とあります。 そのため東欧を舞台にした激しい性愛のストーリィかと思い、宮本輝「ドナウの旅人」を思い出したのですが、かなり異なるものでした。 まず、この作品は完璧に出来上がった作品というより、実験的な作品と言う方が相応しいように思います。 この作品の中にはいろいろなストーリィが交じり合っていますが、それぞれ密接に関連しているというより、たまたま同じ本の中に収められたにすぎない、という印象を受けます。 ウィーン駐在の外交官・真賀木とバイオリニスト・悦子との恋は、お互いのすれ違いが多く、現実の恋愛とはこんなものかもしれないと思わされます。その一方で、2人の眼前に、チャウシェスク政権下ルーマニアから脱出してきた音楽家センデスが携えてきた楽譜の 謎解き、ルーマニア革命のストーリィが展開します。 既に過去のこととなったルーマニア革命について何を今更?と思うのが当然のことです。しかし、時折、作者が顔を覗かせ、真賀木・悦子の恋の行方、ルーマニアの行方をすべて手中に掴んでいるかの如き文章を加える部分は、珍しいだけに目を惹きます。 また、作者自身の取材旅行記と思われる「ポルンベスクへの旅」が 挿入されているのが興味深いところ。 真賀木と悦子、若いセンデスとビエナの関係に着目すれば、本書はまぎれもない恋愛小説です。その一方で、ルーマニア革命に取材した社会小説とも言えます。さらに、ルーマニア人作曲家ポルンベスクを題材に、彼の曲“バラーダ”と 謎の楽譜を文中に織り込んでミステリとし、謎解きに音楽を解する人物を配した点では、音楽ミステリとも言えます。 まさに多様な要素を巧みにまとめあげた作品であり、それが実験的な小説と思う所以です。 |
2. | |
●「トモスイ」● ★☆ 川端康成文学賞 |
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2013年09月
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5年間にわたるアジア文学プロジェクト“SIA”から生まれた短篇集。 表題作の「トモスイ」が川端康成文学賞を受賞しています。 アジア十ヵ国の文学者を訪ねて作品を日本に紹介し、作品が生まれた背景もメディアに発信すると同時に、それに触発されて短篇を書く、というのがSIAプロジェクトだそうです。 本書は、そこから生まれた10篇から成る短篇集。 ただし、ある意味とらえどころのない短篇ばかり、という短篇集でもあります。アジア各国を訪れ、そこから触発されて書いたということを知らなければ、どう受け止めたら良いのか、困惑していたかもしれません。そうでなくても、捉えにくい作品だというのに。 SIA関連だといっても、各篇の舞台は必ずしもアジアではありません。日本国内というものもあります。 どちらかというと、アジア数ヵ国で受けたイメージ先行型の作品集、という気がします。 なお、表題作「トモスイ」は、中性的な男性=ユヒラさんと、夜釣りのため舟で夜の海へ乗り出す、というストーリィ。 幻想的と摩訶不思議の、ちょうど中間にあるような印象を受けます。第三の性に寛容なタイを訪れたことがきっかけで生まれた作品とのことです。 トモスイ/四時五分の天気図/天の穴/どしゃぶり麻玲/唐辛子姉妹/投/モンゴリアン飛行/ジャスミンホテル/ニーム/芳香(ハルム)日記/あとがき |
3. | |
●「アジアに浸る」● ★★ |
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本書は、「作家・高樹のぶ子が九州大学総合政策センターの特任教授として、五年の歳月をかけてアジアの十ヵ国を訪ね歩いて各国の作家や市井の人々と交流し、その成果を様々なメディアを通じて発信するというプロジェクトSIA(Soaked
in Asia)の記録」とのこと。 上記紹介文のとおり、高樹さんが各国を訪ね、その国の作家や画家、ごく普通の人々と交流しつつ、その国のこれまで、そして今後の問題を考えるという趣向の一冊。 一冊で十ヵ国に触れることができるという点の楽しみは大きいですが、その一方で突っ込み不足、という印象を否めません。 というのは、紹介された人々の話からこうだろうと高樹さんが推量している部分が多く、自らその国の人々の間に飛び込んでみて知ったこと、感じたことを語るという迄には至っていないからです。 一方、高樹さんの目は、特に各国の女性たちや子供たちの在り様に注がれていて、その点は貴重です。 民族という見方をした場合はとかく男性に目が注がれがちなのですが、敢えて女性はどうだったのか、これからどうなるのかという点に視点が向けているところは、やはり女性作家だからこそでしょうか。その点は新鮮です。 一口にアジアといっても、本書に描かれた各国の現在の姿は、予想以上に様々です。 ベトナム戦争で心身ともに深い傷を負った女性兵士、マレーシアでは男性より女性の方が多様性あるといい、共産主義社会から自由主義社会へ急激な変転を行ったモンゴルでは結果的に子供たちが傷を負うことになったという。また、タイでは男性と女性の差に関して鷹揚であり、世界で最も多く性転換手術が行われていて技術も発達しているという。 民族とか伝統文化から離れた、現代社会の中における相違点を知ることができたのは、意義があることと思います。 フィリピンに浸る/ベトナムに浸る/台湾に浸る/マレーシアに浸る/中国・上海に浸る/モンゴルに浸る/タイに浸る/韓国に浸る/インドに浸る/インドネシア・バリに浸る |
●「天国の風−アジア短篇ベスト・セレクション(高樹のぶ子編)−」● ★★★ |
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5年間にわたるアジア文学プロジェクト“SIA”から生まれた短篇集。 読んでいて、欧米の小説程には外国の小説という意識は持ちません。日本の小説として読んでも、そう違和感はない。 本書を読んで受けた鮮烈な思いを、国の違いとか民族性の違いとかを理由にしたくはありません。それよりは、アジアの多様性、世界の多様性への感動と言うのが適切だと思います。 作品の一つ一つをとっても皆、優れた短篇小説ばかり。そのうえアジアの多様性を知ることができる短篇集であって、本書の意義はとても大きいと思います。 【ベトナム】「天国の風」チャン・トゥイ・マイ(加藤栄訳)★★☆ |
5. | |
「少女霊異記(りょういき)」 ★★ |
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「日本霊異記」を愛読する若い女性=高畑明日香を主人公にした現代的でありつつも古典的な風合いをもつ寓話集。 |
「小説伊勢物語 業平」 ★★ 泉鏡花文学賞 | |
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名作古典「伊勢物語」の小説化、大野俊明氏によるカラー挿絵16点収録という一冊。 古典や和歌にはまるで造詣がないので、当初は読もうという気がなかったのですが、宣伝文句であろうと「日本の美の源流」「これは文学史上の事件である!」という一文を目にしてしまうと、一応は確かめておこうという気持ちになり、読んだ次第です。 でもやはり、正直言って私にはやはり縁遠かった、と実感。 作者の高樹さん、平安の雅を可能なかぎり取り込み、歌を小説の中に据えていくために文体を模索した、とのこと。 その文体はというと、主人公である在原業平と同時代の人物が、語ることを以て業平の生涯を綴る、という風です。 これは本作の内容に適っており、気持ち良く読めました。 読みながら、いろいろと考えました。 ・伝えたい相手に言葉で語る、ということの意義。 ・直截的な言い方より、和歌の方が感情が籠るのだろうこと。 それを「雅び」というのでしょうか。 ・しかし、言葉を操るのに長けていれば、相手を騙すことも容易ということではないか。 ・色好みと言われる業平、女性に出会えば必ずナンパという風。そんなことにばかり明け暮れていて、なんて良い身分か。 ・ただ、作中に登場する女性たち、業平周囲の男性人物であっても同様ですが、意に沿わぬ運命に甘んじること多々あり。だからこそ、和歌の世界に生きようとするのか。 まぁ、そうしたことを全てひっくるめて「伊勢物語」なのでしょう。古典の世界にちょっと分け入ってみた、という思いです。 初冠/雨そほ降る/誰が通ひ路/蛍/昏き思ひ/長岡/大幣/若草/白玉/露の宿り/これをや恋と/みそかなる/忍ぶ草/朧月/芥川/杜若/宇津の山/武蔵鎧/姉歯の松/塩竈・水無瀬/夢うつつ/大淀/炎上/藤の陰/花の宴/花散り雪こぼれ/千尋の竹/紅葉の錦/潮干潮満/鶯のこほれる涙/ほととぎす/つひにゆく |