朱川湊人作品のページ


1963年大阪府生、慶應義塾大学卒。出版社勤務を経て、2002年「フクロウ男」にて第41回オール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」にて第10回日本ホラー小説大賞短編賞、05年「花まんま」にて 第133回直木賞を受賞。


1.
花まんま

2.かたみ歌

3.本日、サービスデー

4.あした咲く蕾

5.わたしの宝石

6.主夫のトモロー

7.アンドロメダの猫

8.スズメの事ム所

  


    

1.

●「花まんま」● ★★       直木賞


花まんま画像

2005年04月
文芸春秋刊
(1571円+税)

2008年04月
文春文庫化



2005/10/28



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子供の頃に過ごした大阪の路地裏、そこを舞台にした懐かしくも怪しげな思い出の数々、という6篇。
大阪下町に特有の気安くて明るい、猥雑な雰囲気が本書の魅力です。
多くの作品がどれも東京をモデルにしたような標準的な都会小説になっている中、色濃く大阪の風情を匂わせている本書は、かえって引き立って見えます。ただし、そう思うのは私が東京人(今の住まいは埼玉ですけど)だからかもしれませんが。

不思議というより妖しいと言った方が似つかわしい6つの物語は、大阪にとてもよく似合います。
そして、大阪下町の雰囲気と妖しげな雰囲気の両方が味わえる本書は、読んでいてとても楽しい一冊。

朝鮮人家族の病弱だった男の子が死後にトカビ(幽霊?)となって遊びにくる。その楽しそうな様子を描いた「トカビの夜」は、良いなぁ、好きだなぁ。
「妖精生物」は暗い話で遠慮したい気分になりますが、本書物語の幅を広げている効果あり。
死んだ叔父を載せた霊柩車が火葬場を直前にストでもするかのように動かなくなってしまう顛末を描いた「摩訶不思議」は、とても愉快な一篇。大阪らしい笑いを感じます。
「トカビの夜」と並んで気に入ったのは表題作「花まんま」。2歳下の妹がある女性の生まれ変わりであると言い出すストーリィ。幼いながら、そして戸惑いながらも「兄」だからと必死で妹を守ろうとする主人公の姿がとても良い。ちょっと忘れ難い一篇です。

トカビの夜/妖精生物/摩訶不思議/花まんま/送りん婆/凍蝶

   

2.

●「かたみ歌」● ★☆


かたみ歌画像

2005年08月
新潮社刊

(1400円+税)

2008年02月
新潮文庫化



2005/10/10



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東京の下町にあるアカシア商店街
その商店街を舞台に、ノスタルジーたっぷりに描かれる7つの不思議な物語。

そこに住まう人々の人情味や個性をユーモラスに描く下町物語とはちょっと違う。むしろ本書は、人の生や死にまつわる話が多いのです。
それでも癒しを感じるのは、それが昭和年代に遡る物語であり、少しの悔恨と一緒に懐かしさのこみあげてくるストーリィだからです。
生と死を結ぶ不思議な出来事がこの町に起きるのは、近くに死者の国に通じているという覚智寺というお寺があるためか。
各篇毎に主人公は異なりますが、どの篇にも登場するのは古書店・幸子書房の芥川のような風貌の老主人。

7篇の中では、古書店の古本を通じて文を交し合う「栞の恋」、古い木造アパートに住んでいた青年と猫の関わりを描いた「ひかり猫」の2篇が私は好きです。
最後の「枯葉の天使」は、幸子書房の老主人の秘密を明らかにすると同時に本書を総括するような一篇。

読み易く、全篇に漂うノスタルジックな雰囲気も快いのですが、ノスタルジーだけで終わってしまうようなところにちょっと物足りなさも感じます。
各篇に登場するかつてのヒット曲の題名もまた懐かしい。

紫陽花のころ/夏の落し文/栞の恋/おんなごころ/ひかり猫/朱鷺色の兆/枯葉の天使

    

3.

●「本日、サービスデー」● ★★


本日、サービスデー画像

2009年01月
光文社刊
(1700円+税)

2011年11月
光文社文庫化



2009/02/08



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気軽に楽しめる、ちとコミカルで、ちと温まれる短篇集。
三浦しをん「のような暗く重たい小説の直後、気分直しに読むには格好の一冊です。すいすいと読んでしまいました。
いずれの篇も、この先に希望をつかもうという気持ちになれる、前向きなストーリィばかりですから。
そんな希望を語るに際して朱川さんが用意した、舞台設定が心憎い、楽しい。

表題作の「本日、サービスデー」は、世界中の人間には一日だけどんな願いでも叶う日がある。それは神様が与えてくれる、本人は決して気づくことのない特別な日。
それをたまたま知ってしまったのが、主人公。さてその結果はどうなるのか。
本人は知らないほうが世界の平和のため、という理由には納得。結末がキレイですね。

「東京しあわせクラブ」はちとグロテスク。だからこそ対照的に幸せの大切さが判るというものですが、だからといってなぁ。オチの手並みがあって、一応納得。
「あおぞら怪談」は幽霊話なのですが、コミカルさと最後の清廉さが爽やか。こんな幽霊もありか。(笑)
「気合入門」は気弱なところのある少年の一日を描いた篇。まだ小さい少年たちへのエールと思います。

最後の「蒼い岸辺にて」は、これもよくある三途の川での話。
自殺してこの岸辺にやってきた若い女性を惑わすような、カロンのキャラクターが愉快。このカロン、三途の川の渡し手だというのに、人情味があるようです。

本日、サービスデー/東京しあわせクラブ/おおぞら怪談/気合入門/蒼い岸辺にて

   

4.

●「あした咲く蕾」● ★☆


あした咲く蕾画像

2009年09月
文芸春秋刊
(1524円+税)



2009/09/14



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ファンタジックで不思議な力を持つ、近しい人。彼女らがその力を使うのは、いつも人のため。
だからその人たちとの思い出は、かけがえのない大切なもの。
そんな不思議な力をモチーフにした、心温まる短篇集。

「あした咲く蕾」:関西弁で口にする言葉は乱暴という叔母だったが、彼女は自分の命を分けてあげる、優しい天使だった。
「雨つぶ通信」:小学生の頃、雨つぶの中に私は、様々な人の思いを言葉として聞き取ることが出来た。
「カンカン軒怪異譚」:場末の中華料理屋、カンカンと鍋で大きな音を鳴らしてチャーハンを作る豪快な女主人。この鍋は、人に元気をあげるチカラがあるんだ、と言った。
「空のひと」:永遠に好きだと言ったあの人は、今は空の人になって見守ってくれている。
「虹とのら犬」:彼女のテレパシーと笑顔が、小学生の時に道を踏み外しかけていた私を救ってくれた。
「湯呑の月」:お月さまを湯呑の中につかまえると、お月さまが願いを叶えてくれると叔母は言った。
「花、散ったあと」:癌で入院中の幼馴染が語った、不思議な出来事。

さらりと気持ちの良い、遠い思い出といった観のある短篇集。
でもきれいに、ファンタジーにまとめた分、印象度においてもさらりとし過ぎて、記憶に残りにくいような感じがする。
総じて年上の女性と幼かった自分というシチュエーションが多いのですが、同級生という組み合わせもあって、「空のひと」「虹とのら犬」「花、散ったあと」の3篇。
7篇中、私は特にその「虹とのら犬」の篇が好きです。いつ何時でも、心からの笑顔というものは素敵だと思います。

あした咲く蕾/雨つぶ通信/カンカン軒怪異譚/空のひと/虹とのら犬/湯呑の月/花、散ったあと

                 

5.
「わたしの宝石 ★★☆


私の宝石

2016年01月
文芸春秋刊
(1296円+税)

2019年01月
文春文庫化



2016/02/02



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題名に「宝石」という言葉が入っていますが、まさにその題名どおり、珠玉の宝石箱と言うのが相応しい短篇集。

どの篇も、とくに起伏が大きいということはないのですが、それなのに胸の奥深く入り込んでしっかりそこに留まってくる、というストーリィばかり。
そのうえ、各篇ストーリィの趣向はそれぞれに異なり、実に多彩なのです。もう見事!という他ありません。
ちょうどヴァレンタイン・デーの2月ですが、それ向けの高級チョコ詰め合わせ小箱も、これほど美味なものばかり詰め込められはしまい、と思うほどです。

・「さみしいマフラー」は、もし人の心のさみしさが見えたら・・・・心に沁み通ってくるストーリィに、のっけから完全にヤラレタという思いです。
・「ボコタン・ザ・グレート」は 180度転回して、痛快な女子ストーリィ。豪快な展開に加え、幸せも運んで来てくれるという処が嬉しい。
・「マンマル荘の思い出」は、昭和30年代、私の子供の頃の風景を思い出させてくれるノスタルジー溢れるストーリィ。懐かしと、人に希望や素朴な善良さがあった時代、と感じます。なお、家主の松丸氏が主人公に残した言葉が、素晴らしい。
・「ポジョン、愛してる」は、韓国の女性アイドルに夢中になった独身中年男性を主人公にした篇。本人がそれで幸せと思えたならいいじゃないか、と声をかけたくなります。
・「想い出のセレナーデ」は、愛おしさと切なさ、苦い思い出等々を味わうストーリィ。決して主人公を責められませんが、最後の迸るような感情の流出には共感を覚えます。
・「彼女の宝石」は、他の篇に比較すると割りにあっさりとしたストーリィ。愛と恋はどう違うのか。忘れ難い言葉ですね。

さみしいマフラー/ポコタン・ザ・グレート/マンマル荘の思い出/ボジョン、愛してる/想い出のセレナーデ/彼女の宝石

                   

6.
「主夫のトモロー」 ★★


主夫のトモロー

2016年05月
NHK出版刊
(1600円+税)



2016/08/26



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専業主婦ならぬ専業主夫となったトモローを主人公に、専業主夫の日々、その喜びと苦労を描いた長編ストーリィ。
朱川さん自身の体験を元にした作品とのこと。その所為か、実感のこもった作品になっています。

美術雑誌の出版社に勤め始めて3年目という
斉藤知朗を突如襲ったのは、会社の業務停止による失職。
1歳年上でインテリアデザイナーとして働いている恋人=
美智子に状況を打ち明けたところ、思いがけなくも結婚話に持ち込まれてあっさり結婚。元々父子家庭で育ち家事をしていたトモロー、すんなり家事を引き受け、その傍らで小説家志望の夢を果たすべく執筆に勤しむ日々を送り始めます。
ところが間もなく美智子が妊娠、
智里(チーコ)が生まれ、美智子が職場復帰すると、トモローは本格的に主夫業に取り込むこととなります。

男女雇用均等法の現代、妻が外で働き夫は家で主夫業という取り合わせも本人たちが良ければ良いじゃないかと思いますが、中々世間はそう見てくれないようです。トモローもチーコを連れて公園デビューした後、公園ママたちの冷たい視線を受け、現実を思い知らされます。

ともあれ、主夫となると現実にどんな苦労を味わい、子育てにどんな喜びが味わえるか、主人公のトモローと足並みを揃えてリアルに実感できるストーリィに仕上がっています。
温かさとユーモアが本作品の基調ですが、トモローとチーコの仲の良さには羨ましい気分になったりもします。
これから子育てを経験する男性たちに、是非お薦めしたい佳作です。


トモローが主夫になったワケ/トモローが太陽に吠えたワケ/トモローがおっぱいに嫉妬したワケ/トモローが若干メゲたワケ/トモローが熱血しちゃったワケ/トモローが風に歌ったワケ/トモローが揺れちゃったワケ/トモローが走って走って、走るワケ

   

7.

「アンドロメダの猫 Andromeda's Cat 


アンドロメダの猫

2018年09月
双葉社刊

(1500円+税)



2018/11/15



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派遣社員の矢崎瑠璃は日々を無為に過ごしている。唯一の楽しみは、部屋で家庭用プラネタリウムが映し出す星空を眺めること。

そんな瑠璃はある日、不器用に万引きを働こうとした少女を衝動的に助けます。
それがきっかけでその
佐藤ジュラと知り合いになった瑠璃は、その悲惨な状況に置かれた彼女を放っておけず、彼女を奴隷のように扱っている男の元から連れ出して一緒に逃走します。
しかし、男のバッグまで持ち逃げしたことから、その男から追われることになる・・・。

漫然と日々を送っていた瑠璃が、守りたいと思う相手を見つけたことから、初めて一生懸命に行動することになる、というストーリィ。
一面においてサスペンスですが、真には新生ストーリィ、と言うべきでしょうか。

ただ、ひとつひとつの展開が、率直に言って気持ち良くない。
そして、途中〜結末のストーリィにも得心できないまま。
もっと他に、瑠璃が取るべき道があったのではないか。
そうした選択ができなかったのは、これまで瑠璃が、人を信じることのないまま生きて来たからでしょうか。

読了後は、苦みのみが残った気分です。

        

8.

「スズメの事ム所−駆け出し探偵と下町の怪人たち− ★☆


スズメの事ム所

2019年07月
文芸春秋

(1850円+税)



2019/08/22



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レトロな風味たっぷりの下町探偵譚。

ポプラ社の
江戸川乱歩“少年探偵団”シリーズを彷彿させる表紙絵、そして内容も東京の下町<町良>を舞台にした連作ミステリとあって、まさに探偵ごっこのような味わいの一冊です。

主人公は勤務先が倒産して失業、諸事情あって町良(モデルは東京の町屋)に引っ越してきた
黒葛原涼(つづらはらすずむ)
引っ越した先のビルのオーナーは
翁長一郎氏。涼の父親である推理作家=黒葛原玲のファンで、喜んでその蔵書保管を引き受けたことから、その保管室はさながら探偵事務所のよう。

そんな訳で翁氏、やたら涼を本物の探偵に仕立て上げようと、町内で起きた珍事件・犯罪事件の類を涼の元に持ち込みます。
そのうえ、無給で良いから助手を務めたいとハーバード大卒の美人=
ネジ子(三和根自子)さんまで押し掛けてくるという案配。
そんな訳で、涼が町内に出没する怪人たちを巡る事件解決に奮闘する、レトロで軽快な連作ストーリィ。

まったくもって“ごっこ”のような探偵ものなのですが、下町の人情がやさしく(バカにせず)涼の探偵活動を受け入れてくれている気がします。
そこが本作の、読んで楽しいところです。

なお、涼自身にも、実は家族に関わる重たい思い出があります。
それも町良での探偵ごっこの内に解決されるのか?

1.都電の町と鉄仮面/2.ネジ子さんが来た/3.セカイは知らんぷり/4.守り神は失踪中/5.スキマ男のレモン/6.まぼろし楽隊

  


  

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