佐々木譲
(じょう)作品のページ No.1


1950年北海道夕張市生、札幌月寒高校卒。本田技研勤務を経てフリー。79年「鉄騎兵、跳んだ」にてオール読物新人賞を受賞し、作家デビュー。90年「エトロフ発緊急電」にて山本周五郎賞・日本推理作家協会賞長篇部門・日本冒険小説協会大賞、94年「ストックホルムの密使」にて第13回日本冒険小説協会大賞、2002年「武揚伝」にて第21回新田次郎文学賞、2010年「廃墟に乞う」にて 第142回直木賞を受賞。


1.
ベルリン飛行指令

2.エトロフ発緊急電

3.ストックホルムの密使

4.黒頭巾旋風録

5.制服捜査

6.暴雪圏

7.廃墟に乞う

8.地層捜査

9.回廊封鎖

10.獅子の城塞


犬の掟、沈黙法廷、図書館の子

→ 佐々木譲作品のページ No.2

           


   

1.

●「ベルリン飛行指令」● ★★


ベルリン飛行指令画像

1988年10月
新潮社刊


1993年01月
新潮文庫刊

(660円+税)

  

1998/01/18

第二次秘話三部作の第1作
欧州戦線で英国のスピットファイアに苦渋していたヒットラーは、日本に対して零式戦闘機の提供を要求した。海軍の札付きパイロット安藤啓一大尉・乾恭平一空曹の二人がベルリンを目指して飛び立つ、というストーリィ。

何よりの魅力は、零式戦闘機が遠路ベルリンまで飛行する、という着想でしょう。もともと零式戦闘機にはわくわくする要素があります。それを格好の材料に、楽しくかつ気楽に読める戦時冒険譚と言えるのではないでしょうか。
ただ、迫力ある面白さかと言えば、ちょっと欠けていたと思わざるを得ません。この冒険譚の主人公は、安藤・乾という当時の軍隊からはみ出た心情の持ち主二人であり、一方で零式戦闘機そのものです。帝国海軍というのはもともとイギリス海軍を範としてできあがっており、井上成美中将を初めとする海軍良識派からすれば、安藤大尉の考え・行動など、また山脇順三書記官の率直な物言いも、むしろ当然のことだと思われます(この辺りは阿川弘之「井上成美を読むと特に感じられること)。
また、零式戦闘機は当時として画期的な能力をもった戦闘機ですが、その代わりに致命的な欠陥を持っていた。それこそが当時の軍部の思想を反映したものでもあったわけですが、零式戦闘機にまつわる誕生秘話、栄光、運命は、吉村昭零式戦闘機でより迫真的に語られていることです。
というわけで、本作品の魅力は、着想の見事な冒険譚ということに尽きます。だからと言って、楽しく読んだことには変りありません。

  

2.

●「エトロフ発緊急電」● ★★  山本周五郎賞・日本推理作家協会賞 (長篇部門)


エトロフ発緊急電画像

1989年10月
新潮社刊


1994年01月
新潮文庫刊

(660円+税)

 
1998/07/11

第二次秘話三部作の第2作
開戦前夜、日本の機動艦隊はエトロフ島に集結した。ハワイ急襲作戦の真偽を探るべく日本に潜入した日系アメリカ人ケニー斉藤とそれを阻止しようとする憲兵隊との諜報戦は、択捉島に最終舞台を移す。そこには女主人公ともいうべき岡谷ゆきがいた。

率直に言って、期待したほどの面白さは感じませんでした。
ひとつにはベルリン飛行指令における安藤大尉らの毅然とした、孤高の姿、ベルリンまで飛ぶという冒険ロマンほどの魅力を感じなかったこと。斉藤に感情移入することのなかったこと。
もうひとつ。極秘作戦をめぐる緊迫さが本作品をスリリングにする重要な要素だと思うのですが、それが感じられなかった。2ヵ月前に吉村昭「大本営が震えた日を読んでいたのが致命的。この奇襲作戦決行までの苦労をドキュメントした作品で、択捉島のことも描かれています。その迫真性、緊張感と比較すると、所詮本作品ははるかに及びません。
しかし、最後の数日、その内でも斉藤とゆきのクライマックス・シーンは素晴らしかった。それまでの物足りなさを一気に振り払い、評価が一転急上昇しました。エピローグも納得いく収束。
※我ながら辛口の評価になってしまったなあと思います。(^^;)

  

3.

●「ストックホルムの密使」● ★★       日本冒険小説協会大賞


ストックホルムの密使画像

1994年10月
新潮社刊

1997年12月
新潮文庫刊

(552・590円+税)

  

1998/09/12

“第二次大戦秘話三部作”の完結篇。
中心となるストーリィは次のように二分されます。
ひとつは、この三部作共通のテーマである第二次大戦下の冒険物語。
ストックホルムの海軍武官事務所から、日本存亡の危機に関わる連合軍側重大情報を日本に伝えるため、二人の使者が送り出される。二人の密使は情報を日本に届けることができたのか、そして終戦に影響をもたらすことになったのか。
もう一つは、事実に沿った、海軍を中心とした終戦工作の話。こちらの方には山脇・真理子夫婦等、馴染みの人物が登場します。

2つのストーリィは同時並行して進みますが、最後には当然もつれ合い、日本のポッダム宣言受諾に至ります。
前2作とまたしても同じなのですが、この2つのストーリィを比較すると後者の重みが常に勝り、前者の陰が薄くなります。
先に読んだ阿川弘之「米内光政「井上成美」の迫真さが常に蘇ってしまう、ということがあります。例えば、山脇が米内海相から連合軍側回答の解釈を求められる場面、「井上成美」では杉田主馬書記官として登場しますが、緊迫感ははるかに本作品を凌ぎます。
とは言うものの、第二次大戦下の三部作による冒険譚という着想はお見事。3作を通じて充分に楽しみました。
共通して蘇るのは、安藤啓一大尉のイメージの鮮やかさです。

      

4.

●「黒頭巾旋風録」● 

 黒頭巾旋風録画像
  
2002年08月
新潮社刊
(1700円+税)

2005年06月
新潮文庫化

2011年03月
徳間文庫化

2002/09/13

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江戸時代、松前藩の支配する蝦夷地に、アイヌたちを守る“黒頭巾”という人物がいた、というところから始まる時代小説。

主人公となる禅僧、恵然が蝦夷地にやってくるところからストーリィは始まります。恵然が副住職として赴任するのは、アッケシにある官寺・国泰寺佐江衆一「北の海明けにて舞台となったのと、同じ寺です。
この恵然は武家出身。初めて蝦夷地にきて、和人のアイヌに対する暴虐ぶりに憤りを覚え、黒頭巾となってアイヌたちの窮地を救う、というストーリィです。寺に使えるアイヌの少年トツケが、恵然の助手役となってともに活躍します。

こんな黒頭巾とあれば、思い出すのはマッカレー「怪傑ゾロ。ストーリィ的にもかなり似ています。自分ひとりが悪を懲らしめるのではなく、人々が世の中を正すために立ち上がることが、究極の目的という点でも同じ。もっとも恵然が禅僧ですから、恋人となる美女は登場せず、ワクワク感に欠けるのは致し方ないところ。また、「北の海明け」のような深刻さは薄い。
蝦夷地におけるアイヌの窮状を描いてはいますが、本質的に本書は、軽いタッチのエンターテイメント作品です。

    

5.

●「制服捜査」● ★★


制服捜査画像

2006年03月
新潮社刊

(1600円+税)

2009年02月
新潮文庫化

   

2006/05/31

 

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北海道警察で起きた不祥事。その原因となった癒着を恐れるあまり、道警本部は同地域勤務の長い警官を無理やり転勤させるといった形式的な措置をとります。その結果、方面本部にも所轄にも専門性をもったベテラン捜査員がまるでいなくなるという、それこそ問題と考えるべき事態が生じます。
本書の主人公・川久保篤巡査部長もそのあおりを受けた一人。刑事畑15年というベテランであるにもかかわらず、広尾警察署管内の志茂別町という小さな町で初めての駐在所勤務を命じられ、札幌に家族を残して単身赴任します。
本書はそうした状況を背景にした、微妙な心理戦に面白さがある連作短篇小説。

“心理戦”という理由のひとつは、地元が求める駐在さん像と主人公の意識のズレ。そしてもうひとつ見逃せないポイントは、発生した事件の重要性を感得できない所轄署員とベテラン捜査官だった主人公との間にある歪みです。
被害者にとっては冗談じゃない、とても容認できない事態なのですが、所轄署の担当官が横柄に振舞おうと、制服を着た駐在である以上主人公は捜査に口を挟むことが出来ない。
ではどうするかと言えば、権力組織の一員である以上従う他ないものの、主人公ならではの方法で一矢を報いるのです。
そこには屈折した痛快感があると言って良い。昔TVで流行った「仕掛人」みたいなものでしょうか。
冒頭の「逸脱」は凄い!のひと言。また、「割れガラス」は蜂の意地の一刺し、というところか。
「仮装祭」は正攻法のサスペンスであるものの、隠された田舎町の実態を露わにする面白さと、かき立てられるその迫真性・焦燥感には中篇とは思えない読み応えがあります。

逸脱/遺恨/割れガラス/感知器/仮装祭

    

6.

●「暴雪圏」● ★★


暴雪圏画像

2009年02月
新潮社刊

(1700円+税)

2011年12月
新潮文庫化

   

2009/03/12

 

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北海道の志茂別町という小さな町で駐在所勤務する、川久保篤巡査部長を主人公とした制服捜査の第2弾、長篇もの。

北海道東部を何年ぶりかという雪嵐が襲う。
帯広へ向かう道筋に建つペンションに奇しくも吹き寄せられるように飛び込み、そのまま大雪で閉じ込められてしまったのは、強盗殺人犯の若い男、出会い系サイトで知り合った男に脅されて呼び出された人妻、会社の金を持ち逃げする途中の中年男、家出してきた少女と通りがかりに彼女を助けた配達トラックの青年という訳ありの人々。そして、ペンション経営者の夫婦と予約客の初老夫婦。
複数のストーリィが次第にひとつへと収斂していき混乱を大きくするという展開は、恩田陸「ドミノのようにドタバタコメディ的な作品にはよくある話。
本ストーリィは、そうした可笑しさを残しつつ、その状況をもたらしたのが自然の猛威というべき大雪であり、かつ登場人物の幾人かが後ろめたい事情を抱えている点がリアリティーに富んでいます。
そして、それに立ち向かうべき警察が、この大雪の中、たった一人の駐在所勤務で孤軍奮闘するしかない川久保巡査部長である、という構図に妙味があります。
ハードアクションがある訳でも、ドラマティックな展開がある訳でもない。むしろコツコツとストーリィを積み重ねていく、という感じなのですが、そこが実に面白い。
言ってみれば、大自然の猛威を前にしては、人間一人一人のトラブルなど微々たるもの、という風。

登場人物各々の思惑など吹き飛ばし、彼らを翻弄する暴雪こそ、本ストーリィの真の主人公であると言いたいくらいです。
まるで雪嵐がサイコロを振ったかのように、悪人には逆の目が、悩みを抱えていた人たちには良い目に出るという結末が、やっと嵐の夜が明けた気分に通じていて、気持ち良い。
また、川久保巡査部長の仁王立ちする姿を最後の見せ場として持ってくる辺りも心憎い。
冒頭の1頁目から最後の頁まで、緊迫感ある面白さ少しも変わらず、じっくり楽しめる、読み得な一冊。

   

7.

●「廃墟に乞う」● ★★          直木賞


廃墟に乞う画像

2009年07月
文芸春秋刊

(1600円+税)

2012年01月
文春文庫化

 

2010/04/04

 

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ある事件がきっかけで精神性外傷を負い、自宅療養を命じられて休職中という北海道警察・捜査一課の仙道孝司警部補を主人公とした連作短編集。

直木賞受賞作ですが、ストーリィの面白さより、ストーリィ設定の妙が本作品の魅力でしょう。
まず最初に感じたのは、ハードボイルド調の文章。
そして各篇、北海道の様々な街が舞台となっていること。
さらに、これは読み進んでいってから気づくことですが、主人公像が興味深い。
警官であるといっても、休職中の身であり、他の警察署が捜査している事件に、もちろん仙道は何の捜査権限も持ちません。
それなのに何故仙道が事件に絡むかというと、かつての知り合いから請われたから。
ハードボイルドで捜査権限を持たず、頼まれたからというこの設定、まさしく米国の私立探偵、ハードボイルドもの。
佐々木譲さん自身、そうした意識があったようですが、第一の狙いとしては、北海道の各地を主人公に歩き回らせるという点にあったようです。
また、捜査の前線にいるのではなく、外側から事件を眺めるからこそ気づくこともある、仕入れることができる情報もある。警官を主人公にしながら、警察の捜査を否定しているような観があるのも、本書の妙。

各篇、捜査官ではないが故に、事件解決のヒントだけ与えて仙道は現地を去る、というのが恒例パターン。
そんな6篇中、「廃墟に乞う」では犯人の過酷な生い立ちに触れる衝撃、「消えた娘」では遺体であっても娘を見つけたいという父親の懸命な思いが印象的。
通常の警察小説とは異なる面が、本連作短編集の読み処。

オージー好みの村/廃墟に乞う/兄の想い/消えた娘/博労沢の殺人/復帰する朝

        

8.

●「地層捜査 Geological Investigation」● ★☆


地層捜査画像

2012年02月
文芸春秋刊
(1600円+税)

2014年07月
文春文庫化

 

2012/03/17

  

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公訴時効撤廃により、15年前に起きた未解決殺人事件の捜査が再び幕を開ける。
警視庁に新設された
特命捜査対策室。その分室付けとして再捜査の担当を命じられたのは、キャリアの上司を面罵して謹慎を命じられていた警視庁捜査一課の水戸部裕(ゆたか)警部補
たった一人の捜査陣に応援としてつけられたのは、当時事件の捜査本部にいて現在は定年退職、相談員という立場の
加納良一
15年という事件が経過した今、事件の真相を明らかにすることはできるのか。
事件が起きたのは平成七年、バブル崩壊後という時代。舞台はバブル当時地上げも盛んだった
新宿区荒木町、元花街で芸妓や置屋もあった、極めて小さな地域。殺されたのは元芸妓という70歳の老女。

当時の事件と捜査、つまり表層に隠れていた、奥深いところにあった問題を掘り起こす、という意味で“地層捜査”ということらしい。
もやは物証や証言から真相を明らかにすることは困難。水戸部は、加納の協力を得ながら当時を知る人々からの聞き取りを重ねることによって事件に近づこうとします。
極めて地味なストーリィ、それだけ警察小説らしい、ということかもしれません。
主人公の水戸部裕警部補にしても、その魅力はまだまだ花開く前、という感じです。
新シリーズということですから、主人公と“地層捜査”という構成が本格的に魅力を増していくのは、これからのことでしょう。

           

9.

●「回廊封鎖」● ★☆


回廊封鎖画像

2012年08月
集英社刊

(1600円+税)

2015年10月
集英社文庫化


2012/08/26


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陸橋から飛び降り電車にはねられて即死、マンションの屋上から身を投げて首吊り自殺。一見どちらも自殺のように思えるが、他殺。自殺を偽装しようとした訳ではないことは明らか。
被害者2人に共通しているのは、アコギな商売を繰り広げて儲けた後、過払い利息返還訴訟を受けて経営破たんした消費者金融会社の元社員だったこと。

そこから始まるサスペンス長篇。
報復のため消費者金融会社の元役員の一人を狙うグループと、報復を阻止しようと駆けまわる刑事、そして狙われる側の反撃とが激しく入り乱れます。
埒外の高金利と執拗な取り立てによって家庭を崩壊させられ、全てを失った人間にとって報復は是か非か。合法的な営業だったと臆面もなく反駁する元サラ金役員・社員の弁は正当なものか。
いろいろ意見はあるでしょうが、刑事の犯人に向けた憐憫の籠った目が印象的。
本作品が一番描きたかったことは、サラ金の不法に近い営業によって家族崩壊、全てを失った人たちの哀しみでしょう。

それなりにまとまりのあるストーリィでしたが、今一物足りなさも残ります。

      

10.
「獅子の城塞」 ★★☆


獅子の城塞画像

2013年10月
新潮社刊
(2100円+税)

2016年04月
新潮文庫化

 

2013/12/14

  

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信長の命令で安土城の築城に関わった石積み職人=戸波市郎太を主人公とした「天下城」と対になる作品。
主人公は市郎太の次男でやはり石積み職人の
戸波次郎左。その次郎左、同じく信長の命により石造り建築の技を学ぶため西南蛮(ヨーロッパ)に向かって長崎から船出します。同行するのはイエズス会が斡旋したローマ法王への少年使者たち。
しかし、その直後に信長は本能寺の変で死去。また、西南蛮まで行き帰りの日数も含めて5年くらいと考えていた修行年数は、ローマに行き着くまでに約3年を要すると誤算続き。
イタリアの地で建築家や石工親方らの下について石積みの技術を学び始めた次郎左ですが、要はその後予想もしなかった運命を辿ることになります。

上記物語のサイドストーリィとして語られるのが、旧浅井家の浪人である瓜生小三郎・勘四郎の兄弟の物語。堺の地で出会った次郎左に刺激を受け、日本国外で傭兵として生きて行く道を選びます。当然ながら兄弟の半生は、次郎左の半生と交錯します。

海外へ出るということが予想もされなかった時代に、遥か離れた西欧の地で、仕事という実績を残した日本人の足跡を描いた、大歴史長編。
異国の地で一人の職人としてどう生き抜いたのかというドラマも読み応えたっぷりですが、
イタリアでの聖堂建築、自由独立を目指すネーデルラントイスパーニャ戦争を要因にした自由都市の城塞化という歴史も興味尽きません。
最終的に次郎左の運命はどうなったのか。それに対して次郎左はどういう思いを胸にしたのか。一人の人間の半生ドラマとして、重厚感に溢れ、読み応えと共に面白さもたっぷりの大長編。
お薦めです!

      

佐々木譲作品のページ No.2

 


  

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