今野 敏
(びん)作品のページ No.1


1955年北海道生。上智大学在学中の78年「怪物が街にやってくる」にて問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、作家活動入り。2006年「隠蔽捜査」にて吉川英治文学新人賞、08年「果断−隠蔽捜査2−」にて第21回山本周五郎賞および第61回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞。


1.
隠蔽捜査

2.果断−隠蔽捜査2−

3.疑心−隠蔽捜査3−

4.同期−"同期"シリーズNo.1−

5.初陣−隠蔽捜査3.5−

6.転迷−隠蔽捜査4−

7.確証

8.欠落−"同期"シリーズNo.2−

9.宰領−隠蔽捜査5−

10.自覚−隠蔽捜査5.5−


精鋭、プロフェッション、真贋、去就、継続捜査ゼミ、変幻、棲月、エムエス継続捜査ゼミ2

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1.

●「隠蔽捜査」● ★★       吉川英治文学新人賞


隠蔽捜査画像

2005年09月
新潮社刊
(1600円+税)

2008年01月
新潮文庫化



2008/06/29



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殺人事件、警察庁、警視庁とくれば、ハードボイルドサスペンスを予想するのが当然と思いますが、本ストーリィはそうしたサスペンス小説とはかなり違います。 
本ストーリィで主人公が戦うのは、犯人ではなく、むしろ警察の体面や自分たちの責任回避ばかりを第一に考える幹部官僚なのですから。

本書の主人公は、警察庁長官官房総務課長の職にある竜崎伸也警視長。 
まずはこの主人公の鼻持ちならないところから語られ始めます。大学といえばそれは東大であり、それ以外の大学は価値がないと考えている。息子が有名私立大学に合格したものの許さず、その息子は現在東大合格をめざして浪人中。
上級国家公務員に採用されたからといってそれだけでは十分ではない。入省同期は皆競争相手。その中で然るべき昇進を果たさなければ何の意味もない、竜崎はそんな考え方をしている人物。 
辟易してしまうばかりの人物ですが、そうした主人公の人物描写は、本書続編の果断を先に読んでしまった後なので、いささか煩わしい。 
その竜崎が異彩を放ち、ほぉーっとばかり彼に惹かれる気持ちになるのは、彼が偉くなってふんぞり返りたい為ではなく、国家公務員として社会に対する職責を存分に果たしたいという竜崎独特の義務感に基づくものであると判ってから。 
いわば、昔の武士のような気構えを持っている人物、といえるでしょうか。 
その竜崎にしても実際に岐路に立たせられると、そう物事は単純ではない。事件が大きければ大きい程、それに絡む人間の数も増え、保身ばかりを考える人間が増えるという訳。 
そしてまた、連続殺人事件に加え、息子が起こした不祥事の始末について竜崎は思い悩むことになります。しかし、その後の彼の行動は清廉潔白に過ぎるものですが、やはり清々しさを覚えます。

でも、それは本来当然のこと。その当然のことをしない人間がいかに多いことか。それは高い地位にいる人間ほど、言えると思います。 
そうした高い地位にいる人こそこの竜崎のように正しく行動して欲しい。そうすれば社会はどれだけ良くなることか。 
自らの職の尊厳をかけて組織の壁にただ一人で挑む、その闘いこそが本ストーリィの主眼。 
竜崎を主人公とした「果断」以降の続編も楽しみです。

    

2.

●「果 断−隠蔽捜査2−」● ★★☆    山本周五郎賞・日本推理作家協会賞


果断画像

2007年04月
新潮社刊
(1500円+税)

2010年02月
新潮文庫化



2008/05/26



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山本周五郎賞、日本推理作家協会賞ダブル受賞と聞いて、そんな作品なら読まなくちゃ損!と手に取った一冊。
吉川英治文学新人賞を受賞した隠蔽捜査をまず読んでからかナァと思いましたが、とりあえずは本書から。

主人公の竜崎伸也は警察庁長官官房の総務課長を務めるキャリア官僚でしたが、息子の不祥事から大森警察署の署長に左遷されたという人物。その竜崎が大森署へ新たに出勤するところから本ストーリィは始まります。

何といってもこの竜崎伸也警視長の人物像が秀逸。
接した人たち皆から一様に“変人”扱いされる程、徹底した合理主義者かつ硬骨漢。
地位をかさに威張りまくるのが常の方面本部の管理官らなど歯牙にもかけず、理屈を押し通して揺るぎもしない。その姿勢はとても痛快、というに尽きます。
私も同じサラリーマン、お役所程ではないにしろ、縄張り争い、上下関係故の「長いものには巻かれろ」はあるし、どうあるべきかという正論が通じないばかりか変な方向へ進んでしまうというのに皆が口を噤んでいる、というメを長い間に沢山味わってきました。
ですから、従来の慣行、部下の視線など一切気にせず正論を通す姿勢に、スッと胸の透く思いがするのです。その点が本作品の一番の魅力。

なお、ストーリィとしても、強盗犯の人質立て籠もり事件、事件の指揮内容をめぐって監察の餌にされる、そのうえで最後の大逆転と、無駄のないスピーディな展開。
硬骨漢ぶりが、主人公の人物像だけでなく、ストーリィ展開の雰囲気にも反映して読み応え充分でした。

   

3.

●「疑 心−隠蔽捜査3−」● ★☆


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2009年03月
新潮社刊

(1500円+税)

2012年02月
新潮文庫化



2009/04/07



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隠蔽捜査シリーズ、第3弾。
今回竜崎は、米国大統領来日に向けて組織される方面警備本部長への任命を受けます。
いくら竜崎が軽視正である第二方面本部長より階級が上の警視長であるといっても、所轄の警察署長が序列上位にある方面本部長の上に立つなどあり得ぬこと。
本来ありえぬこの人事は、あわよくば竜崎の足を引っ張るに良い機会だと企んだ人間がいるためか。
そんな状況だというのに肝心の竜崎、あろうことか秘書官として補佐についた美人の女性キャリア=畠山美奈子に恋心を抱いてしまい、冷静な集中力を欠いてしまうという展開へと進む。

この辺り、徹底した合理主義者の竜崎であっても人間であることには変わりない、ということを描いた本巻のミソと言うべき部分なのですが、率直に言って、幾らなんでもそこまではありえねーだろー、と思う。
人間味を感じるというより、滑稽を越えてアホらしい感じ。折角冒頭で本巻も面白そうだと気分が盛り上がっていたのに、水をかけられた気分です。
そんな苦境から竜崎が立ち直るきっかけとなるのが、毎度お馴染みの「婆子焼庵」という公案(禅問答)。
そこから一気に本来の竜崎伸也像に戻るのですが、後はもう結末が残っているだけという按配。

竜崎が恋にやつれる思いを味わうといった信じ難い展開がストーリィの中心に居座ってしまい、竜崎のキャラクターが際立つといった本来の面白さが後手に回ってしまった印象を受けます。
第4作は再び大森署が舞台ということですから、本巻は第2作との間の骨休みと思っておけばいいかも。

    

4.

●「同 期」● ★★


同期画像

2007年07月
講談社刊
(1600円+税)

2011年07月
講談社ノベルス

2012年07月
講談社文庫化



2009/10/05



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暴力団事務所をガサ入れした際に危ういところを救ってくれたのは、同期の公安部刑事=蘇我。3日後、その蘇我が突然に懲戒免職となったうえ、行方知れず。
主人公で警視庁捜査一課の刑事=宇田川が、同期として蘇我のことが気になり個人的に調べようとすると、何故か警察組織の上部から妨げが入る。
さらに、暴力団組員の殺人事件が2件続いて発生し捜査本部に招集されると、何とその容疑者として蘇我の名前が挙がる。
一体蘇我の身に何があったのか。

暴力団同士の抗争による殺人事件という捜査方針の下、組織対策本部四課主導で組織された特別捜査本部に加わって捜査に邁進する一方、宇田川は蘇我の謎を追い求める、というストーリィ。
いかにもサスペンス小説という様相でストーリィは展開していきますが、本作品の主眼は警察組織と、それを構成する刑事たちを描くことにある、と言って間違いないでしょう。
暴力団抗争事件なのか、殺人事件なのか。捜査の主導権を巡って組対と刑事の対立、さらに背後に公安の影がちらつく。
何も知らされず上層部に指示されるまま捜査を進めようとする管理者たち。それに対し現場の刑事たちは、黙々と指示にしたがって捜査に当たりながらも、組対部あるいは刑事部という枠組みを越え、誇りをもって事件の捜査に当たろうとする。
いみじくもその刑事魂を本事件で揉まれ上げられることになるのが主人公の宇田川であり、その象徴として警察上層部から様々な圧力を受けることになるという展開。

当初、主人公像としては頼りなかった宇田川、ストーリィが進むにつれ次第に硬骨漢ぶりを発揮していくところが、味わいのひとつ。
もちろんその背後に、彼をバックアップするベテラン刑事たち、こんな事柄に巻き込まれたくはなかったという本音を洩らしつつも、刑事としての誇りを捨てないところが、これまた本作品の味わいで、そんな刑事たちの姿こそ、本作品の魅力です。
サスペンスとして面白かったかどうかは別として、警察組織そのものを描いた作品として注目に値します。
警察小説も面白くなったものだなぁ、というのが、読み終えた後の率直な感想です。

   

5.

●「初 陣−隠蔽捜査3.5−」● ★★


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2010年05月
新潮社刊
(1500円+税)

2013年02月
新潮文庫化



2010/06/09



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隠蔽捜査シリーズの第4弾。今回は初の連作短篇集。

前3作は長篇にしてスリリングな展開が魅力でしたが、今回は短篇集とあってむしろユーモラスな雰囲気をまとっており、それはそれですこぶる楽しい。
その主たる理由は、主人公を竜崎伸也ではなく、竜崎と同期のキャリアで幼馴染でもあるという警視庁の刑事部長=伊丹俊太郎にもってきた点にあると言えます。
その伊丹刑事部長、太っ腹な現場主義の警察官という風を装っていますが、実は私大卒のキャリアであるという点に引け目をもっている上に、結構周囲の目を気にする小心なところあり。
その点、いつも自分は正しいと絶対的な自信を持っていていささかの揺るぎもない竜崎と対照的です。
そんな訳で本書主人公の伊丹、自分で解決できないと悟ると、ついつい竜崎に電話して悩みを相談してしまう、というのが本書でのパターン。
その都度竜崎の答えは、お前が何で悩むのか判らない、というもの。この2人の、そんな掛け合いが、すこぶる面白いのです。

そうした展開の故、どんな問題についても竜崎の鋭い切れ味が改めて浮き彫りになるのですが、その引き立て役となっている伊丹のキャラクターの良さも見逃せません。
仕事の上で悩むこと多し。でも外見は冷静なふりを装い、私生活では妻と別居状態という伊丹、極めてごく普通の人間像で、親しみを感じるところ多いのです。
“隠蔽捜査”シリーズのファンであってもなくても、是非お薦めしたい、人間味溢れる警察官小説です。

「指揮」:伊丹が警視庁刑事部長に栄転する前の、福島県警刑事部長時代の最後の事件。竜崎は警察庁長官官房総務課の広報室長で、伊丹と同時の辞令で総務課長への栄転が決まったところ。
「初陣」:伊丹が警視庁刑事部長、竜崎が警察庁長官官房総務課長に栄転し、2人共に最初の事件・難題にぶつかった話。
「休暇」:伊丹、せっかく休暇をとって伊香保温泉にきたのに殺人事件が発生。大森署に捜査本部を設置しようとしたところ、竜崎署長が設置を拒んでいるという知らせが入る。(この篇以降、竜崎は左遷されて大森警察署長の職にある)
「懲戒」:現職警官が選挙違反のもみ消しを図った、との報告。どうしたら良いか悩みつきない伊丹に対し、竜崎の回答は単純明快。
「病欠」:伊丹はじめ多くの警察署がインフルエンザの猛威で業務に支障がでているというのに、何故か大森警察署だけは無事。
「冤罪」:誤認逮捕か? 責任を負わされてしまうのかと焦る伊丹に、竜崎の助言はまさに核心をついていた。
「試練」疑心の裏話。竜崎を米国大統領来日時の方面警備本部長に任命した藤本警視監の思惑は?
「静観」:大森署に失態が3件連続して発生? 伊丹、秘かに竜崎が困っている様子を見たいと思うが・・・。

指揮/初陣/休暇/懲戒/病欠/冤罪/試練/静観

         

6.

●「転 迷−隠蔽捜査4−」● ★★


転迷画像

2011年09月
新潮社刊
(1600円+税)

2014年05月
新潮文庫化



2011/09/28



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隠蔽捜査シリーズ、第5弾。
5冊目ともなればややマンネリ化する部分があっても不思議ではありませんが、警視長という高い職位にありながら降格人事で所轄の警察署長を務める主人公=
竜崎伸也のキャラクターの見事さもあって、少しも飽きません。
毎回、趣向に変化が凝らされていることも、その理由でしょう。

今回、様々な事件・トラブルが連鎖し、一気に竜崎に襲い寄せます。
まずは娘の
美紀。彼氏の乗る予定だったロシアの旅客機が墜落した、彼氏と連絡がつかないと大騒ぎ。さすがの竜崎も、妻・冴子の後押しもあって振り回されます。
大森署管内では、連続放火事件の上にひき逃げ事件が発生、大森署内に捜査本部が設置されます。
一方、同署生活安全課が捜査で厚労省の麻薬取締部とぶつかり合いひと悶着あったかと思えば、ひき逃げ事件も大井署管内の殺人事件も外務省絡みと、ますます事態は複雑化。
流石の竜崎も溜息・・・ですが、そこからが竜崎の真骨頂。
難題ばかりの状況をどう竜崎が仕切り、凌いでいくのか、が本書の読み処です。

さてその対処方法はというと、状況を整理し、基本ルール通りに、やるべきことをやっていくだけ、ということ。
極めて正論ですが、警察組織も含めてサラリーマン社会はその正論を通すことが中々できない、というのが誰しも抱える悩み。
それを竜崎署長ひとりが平然と正論を唱えて少しも揺るぎなし、必然的に全ての事件捜査の統括は竜崎に委ねられ・・・・という展開。
いつもながら、真に痛快です。
ただ、家庭に入ると、警察組織内とは違って竜崎一人が浮いている、という姿もまた面白いところです。

ミステリ・サスペンスには余り興味がないという方にも、この“隠蔽捜査”シリーズは是非お薦め。

               

7.

「確 証 Confirmation ★★


確証画像

2012年07月
双葉社刊
(1500円+税)

2015年06月
双葉文庫化



2013/06/25



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偶々高橋克実&榮倉奈々主演によるTVドラマ「確証−警視庁捜査3課−」を観てしまい、面白く感じて原作も、と思ったのが本作品を読むに至ったきっかけ。
警察ミステリ、いやミステリの殆どは“殺人”事件。したがって警視庁の登場となればそこは当然捜査一課なのですが、本作品は珍しくも
“盗犯”を担当する捜査三課が主役。
主人公となるのは、警視庁捜査三課のベテラン刑事=
萩尾警部補と若手女性刑事の武田秋穂巡査部長というコンビ。

渋谷で強盗、そのすぐ近くで鮮やかな窃盗、そしてその後に赤坂で強盗殺人と、一課と三課の双方に関わるような事件が連続して発生します。
2つめの事件は何らかのメッセージを含んでいるのではないかという一言から、萩尾と秋穂は異例にも捜査一課が主導する捜査本部に招集されます。
しかし、捜査方針・捜査手法を巡り、エリート意識を隠さない捜査一課の刑事たちは萩尾たちに対して傲慢に振る舞う。それでも萩尾と秋穂コンビは地道に捜査を進めていくのですが・・・。

捜査一課が相手にする犯人はド素人、それと対照的に捜査三課が相手にする犯人はプロ、というのが萩尾の決め文句。
盗犯という事件捜査の面白さに加え、一課と三課の捜査手法の対立はまるでお仕事小説としての面白さを見るかのようです。
それに加えて萩尾と武田秋穂という刑事コンビが魅力。ベテランと新米という関係に留まらず、時に秋穂の感性が萩尾に刺激を与え事件捜査を推進していくという展開は清々しいくらいで小気味よい。

事件の謎、捜査の両面が楽しめる、目新しい趣向による警察ミステリ。お薦めです。

           

8.

「欠 落」 ★★


欠落画像

2013年01月
講談社刊
(1500円+税)

2014年10月
講談社ノベルス

2015年11月
講談社文庫化


2013/02/07


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同期シリーズ、第2弾。
今度はどんなストーリィかと思いましたが、どうやら趣向は前作と同方向のようです。通常の殺人事件捜査だった筈が、またもや途中から公安の影がちらつく、という展開。
その意味でストーリィの軸となるのは前作に引き続き、警視庁捜査一課の刑事である
宇田川(主人公)と、同期で警察を懲戒免職となりながら実は今も公安に絡んでいるらしい蘇我の2人。だからこそ本シリーズ名は“同期”となるのでしょう。

本書は、その宇田川と蘇我の初任科同期で3人仲が良かったという女性刑事=大石が所轄署から特殊犯捜査係に異動してきたところから始まります。すると早速に主婦を人質にとった立て籠もり事件が発生。特殊捜査班が出動し、大石が身代わり人質となりますが、その直後大石を連れたまま犯人に逃亡されてしまうという事態に。
一方、女性殺害・遺体遺棄事件が発生、大石の身を心配しながらも宇田川は捜査本部に加わります。
さて、2つの事件はどう展開していくのか。
本書の楽しさは、主人公が「
ボン」と呼ばれてまだ捜査一課では新米の部類ながら、彼を取り巻くベテラン刑事たちのバックアップを受けながら組織の垣根を越えて捜査に邁進していくところにあります。
そうした組織の在り方、その是非も本書の読み処のひとつ。

警察小説でありながらサスペンスやミステリとはまた違った味わい。面白いかと問われれば、ちと微妙、と答えたくなります。
それでも何となく惹きつけられて嵌ってしまうのは、登場する刑事たちのキャラクターが冴えているから、と思います。

                

9.

「宰 領−隠蔽捜査5− ★★


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2013年06月
新潮社刊
(1600+税)

2016年03月
新潮文庫化



2013/07/15



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隠蔽捜査シリーズ、第6弾。
いつもながらに本シリーズは本当に面白い。そして本巻はシリーズの中でも特に面白い方の一冊であることに間違いありません。

今回の事件は衆議院議員の誘拐、そして運転手の殺人。
本事件は大森署管内で起きますが、誘拐犯人からの捜査本部への電話により、監禁されている場所は神奈川県内とすぐ推測が付けられます。そこで障害となるのが、かねてからの
警視庁神奈川県警の確執。大森署内に設けられた特別捜査本部から横須賀署内に設けられた前線本部へ、伊丹刑事部長からの命令で竜崎が副本部長として赴きます。
自分のホームグラウンドである大森署から、敵地と言っても過言ではない横須賀署の前線本部に乗り込んだ竜崎が、警視庁と神奈川県警間の反目を乗り越え、どう指揮を取って誘拐事件を早期解決に導くかが本巻の見どころ。
またそれに並行して、竜崎の2浪中の息子=
邦彦の東大受験と直前に高熱を出すという心配事が重なります。さて・・・。

組織というのは組織であるが故に効力を発揮することもありますが、組織であるが故に逆に障害要因となることもある。
目的が事件の一刻も早い解決にあることが明らかでありながら、目的が二の次とされ、警視庁と県警の勝ち負けばかりに目が行ってしまう。
そうした状況の中での竜崎の振る舞いがまた竜崎らしく、その面白さに目を少しも背けられません。
むやみに対立することなく、目的に向かって相手側の力を引き出すためにはどう動いたら良いのか。批判をときに抑え、一部の好意を獲得しながら、譲れないところでは一歩も退かずに正面突破する。
こんな風に振る舞えたらと思うところ大ですが、中々竜崎のように確信をもって行動することはできない。だからこそ竜崎が一種のヒーローのように見える処に本シリーズの魅力があります。
まさに捜査官・竜崎伸也の本領発揮の一巻、お薦めです。

     

10.

「自 覚−隠蔽捜査5.5− ★★


自覚画像

2014年10月
新潮社刊
(1500+税)

2017年05月
新潮文庫化



2014/11/13



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隠蔽捜査シリーズ、第7弾にして、シリーズ2冊目となる短篇集。長編作品とは別の意味で面白くてたまらない巻になっています。
シリーズでお馴染みの脇役たちを各章での主人公に配し、各人の視点から竜崎伸也という署長像を描く、という趣向。

そして結局は、各人が竜崎署長を正しく理解できていない、誤解している、というところから各ストーリィは始まっています。

いや、正確に言うならば、竜崎署長は極め付けの合理的な人物という認識は必ずしも誤ってはいないのですが、その“合理的”という意味を正しく理解できていないでいる、ということ。
何故理解できないかと言えば、自分たちが合理的な思考に程遠いから、と説明するのが一番相応しいようです。
かねて言われていることですが、自分自身がそのことを理解する能力を持っていないと、相手がどう合理的に考えて動くのか理解できない、その典型例でしょう。
竜崎の場合は事実だけをまず並べてそこから判断するのですが、凡人は皆一様に、心配とか怖れとかプライドとかの感情が混じってしまうから事実だけを直視することができない。ですから竜崎が道理に基づき明解な説明をし結論を示すと、何だこんな簡単なことだったのか、と呆気に取られるという訳です。

各章、それぞれちょっとした事件等々がベースにありますが、それを踏み台とした各人とのやりとり、会話が痛快に面白くて堪えられません。本シリーズのファンだけでなく、未読の方にも是非お薦め。

「漏洩」:大森署の貝沼副署長。捜査状況の漏洩、誤認逮捕について竜崎の反応を心配します。
「訓練」疑心に登場した女性キャリア=畠山美奈子。特別訓練に参加して挫折しそうになり、竜崎を思い浮かべます。
「人事」:野間崎管理官。新任方面部長を迎え、つい大森署の竜崎署長に問題ありと答えてしまい・・・。
「自覚」:大森署の関本刑事課長。強盗殺人犯に向けて部下が発砲、処分に同意すべきか、それとも反対すべきなのか。
「実地」:大森署の久米地域課長。職責したのに犯人を逃した責任を問えと騒ぐ面々に対し、新人警官を守ろうと孤軍奮闘。
「検挙」:大森署の小松強行犯係長。上層部からの命令で検挙数・検挙率をアップしろと言われたって・・・・。
「送検」:伊丹刑事部長。つい軽率に動いて竜崎にまたしても救われる羽目に・・・・。
畠山美奈子と戸高刑事の2人が比較的すんなり竜崎を理解できているのは、同じキャリアだから、同じクセ者だからでしょうか。

漏洩/訓練/人事/自覚/実地/検挙/送検

  

今野敏作品のページ No.2

      


  

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