伊勢英子 or いせひでこ作品のページ


伊勢英子。1949年北海道生、東京芸術大学卒。絵本「むぎわらぼうし」にて絵本にっぽん賞、88年創作童話「マキちゃんのえにっき」にて野間児童文芸新人賞、96年宮沢賢治作品「水仙月の四日」にて産経児童出版文化賞美術賞、「ルリユールおじさん」にて講談社出版文化賞絵本賞を受賞。

 
1.
マキちゃんの絵にっき
(伊勢英子)

2.水仙月の四日(宮沢賢治・作 伊勢英子・絵)

3.絵描き(いせ ひでこ)

4.ルリユールおじさん(いせ ひでこ)

5.旅する絵描き(伊勢英子)

6.大きな木のような人(いせ ひでこ)

7.旅する絵描き タブローの向こうへ(いせ ひでこ)

 


   

1.

●「マキちゃんの絵にっき(伊勢英子) ★★★    野間児童文芸新人賞

 
マキちゃんの絵にっき
  
1987年12月
講談社刊

2001年04月
中公文庫
-てのひら絵本-
(533円+税)

 

2008/01/07

 

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マキちゃんは三月生まれ。4人家族のおうちでもいちばん小さくて、保育園の三さい組でもいちばん小さい。
そのためか、マキちゃんはその分ちょっぴりだけ甘えん坊のような気がします。

そんなマキちゃんの、四つになる少し前から六さいになって保育園を卒業するまでの愛しい姿を、マキちゃんの絵を途中にはさみながら日記風に語った作品。
まさに大人のための絵本、と言ってよい一冊です。

何よりもスケッチ風に描いたマキちゃんの絵が素敵です。
静止している絵ではなく、マキちゃんの動きを表している絵。ですから、マキちゃんの幼い子供らしい表情、動き、可愛らしさと愛しさがとてもよく伝わってきます。

そしてまたマキちゃんの、小さな女の子だからこその気持ちが見事に語られています。
朝の支度、食事、お母さんは早くしてというけれど、マキちゃんは起きてすぐ反応することができない。もっと違う優しい言い方を何故してくれないのだろう、急かすほどマキちゃんは頭の中が混乱してますます手が動かなくなってしまうのです。
親の思うところと子供の感じるところに、こうも大きな隔たりがあるものかと驚くくらい。
本書の初めの方を読んでいて、幼い子はこんな考え方をしていたんだ、するんだなァと初めて教わったような気がします。
これが判っていれば良い父親、母親になれるだろうと思うのですが、本書を読んで判ったような気分になっても実践においてできるかどうかは、また大きな隔たりがあるんでしょうねぇ。

マキちゃんのお母さんは絵を描く仕事をしているとのこと。本書はどこまで伊勢さんの実際と一致しているのでしょうか。
本書は、中公文庫“てのひら絵本”シリーズの中で、伊勢英子“絵描きと暮らす家族の物語”としてまとめられた内の一冊。
是非お薦めしたい、大人のための文庫版絵本の名品です。

     

2.

●「水仙月の四日(宮沢賢治・作 伊勢英子・絵) ★★ 産経児童出版文化賞美術賞

 
水仙月の四日
  
1995年09月
偕成社刊
(1600円+税)

 

2008/01/12

 

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宮沢賢治の童話に、伊勢さんの絵を合わせた絵本です。

“水仙月の四日”、それは恐ろしい雪婆んごが、雪童子雪狼を駆け回らせて、猛吹雪を起こさせる日。
ちょうどその日、赤い毛布に包まったひとりの子供が山の家の方へと急いでいました。
雪婆んごは雪童子に、その子供を「こっちへとっておしまい」と命じますが、雪童子はその子をしきりと蹴散らすふりをして、助けてあげようとします。そんなファンタジーな小物語。

大きな背景の中、雪童子の可愛らしい姿、うって変わって雪を吹き荒らす激しく動く姿、白い雪童子と赤い毛布に包まった子供とのコントラストが鮮やかです。
そしてまた、平和な白い雪の世界から、吹き荒れて暗い世界へ、嵐のあとの陽だまりのような光り輝く世界へというめまぐるしい変化も鮮やかです。
いくつもの絵の中で私は、子供を助けようと雪童子がわざとつきあたって倒そうとする場面の絵と、一夜明けて雪の上に太陽の光が躍り、雪童子が赤ん坊のように寛いだ姿をみせている絵が、とくに好きです。

宮沢賢治の童話の楽しさと、伊勢さんの格調高い絵がぴったり組み合わさった、魅力的な絵本です。

  

3.

●「絵描き(いせ ひでこ) ★★

 
2004年11月 理論社刊
(1500円+税)

2008/01/06

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絵描き

 いいなぁ。
 「ルリユールおじさん」と同じように水彩画、大きな景色の中に小さく絵描き青年の姿が描かれています。
景色がまずあって、そこからその景色をキャンバスに描き出したいと思う絵描き青年の心が始まる、そんな雰囲気がとても素敵です。

 絵描き青年が旅をしています。様々な景色をスケッチして写し取っていく。
いろいろな風景があり、そして時によっても風景の様々な姿があることが絵をもって語られていきます。
 「風がはこぶ くものものがたり」 その雄大な自然の姿が心に染みてくるようです。
 部屋に戻り、子供の頃からずっと同じことを繰り返してきたことに思い至ります。そしてまた街中に出て行き、街中の光景、そして空を見る。 再びキャンパスに向かえば、また新しい記憶を求めて旅心を誘われる。
 「だいすきな うたを うたうときのように 描ければいいんだけどなあ」という気持ちは絵を描く人の心からの願いではないかと感じます。

東山魁夷画伯がエッセイの中で、モーツァルトの曲を聴きながら絵を描くと語っていたことをふと思い出しました。

 

4.

●「ルリユールおじさん ★★★
  RELIEUR ET ROBINIER
(いせ ひでこ)

2006年11月 理論社刊
(1600円+税)

2007/12/31

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講談社出版文化賞絵本賞
  

ルリユールおじさん

 これは絵本です。
 お子さんが読んでも楽しいだろうと思いますが、本好きの大人が手に取ってみればきっと嬉しくなるだろう、という一冊。

 ストーリィは簡単です。繰返し読んでいるために大事な植物図鑑がバラバラになってしまった少女。彼女はこわれた本を直してもらおうと、パリの街中へ飛び出して行きます。
「そんなにだいじな本なら、ルリユールのところへ行ってごらん」と言われ、少女はようやくルリユールおじさんのところへ辿り着きます。
そこは昔ながらの本作り工房。おじさんは少女が大事に抱えてきた植物図鑑を一旦ばらし、もう一度作り直します。
 まず、バラバラになるくらい読み込んだという、少女のその本に対する愛情が素敵です。
 また、彼女から本を受け取るルリユールおじさんの本に対する温かな態度にも、なんとも魅せられます。
そして、ルリユールおじさんの手によって本は、少女ソフィーにとっての「わたしだけの本」に生まれ変わるのです。
自分だけしか持っていない本、それも作った人の温かな手が感じられる本・・・こんなに嬉しいことがあるでしょうか。
 絵もとても素敵です。水彩画の淡い色調がとても優しい。
街を大きく描いた構図の中で、青い上っ張りを着た少女ソフィーの小さな姿がしっかり目に付きます。ルリユールおじさんを求めて懸命に駆け回るソフィーの心の内が感じられるところが素敵。
そしてルリユールおじさんの、父親から受け継がれた職人の確かな技、誠実さもきちんと伝わってきます。

 単に絵が、そしてストーリィが素敵というだけでなく、本書はどんなことを大切にしたいか、ということを思い出させてくれる一冊です。
 自分自身のことを思い出すと、子供の頃本はそう簡単に買ってもらえるものでなく、クリスマスやお年玉で本を買いに行くときはとてもワクワクしたもの。ですから、そうして自分のものになった本はとても大切なものでした。
懐かしい気持ちが蘇ってきました。

※「ルリユール」とは、広く本作りをさす言葉とのこと。

      

5.

●「旅する絵描き−パリからの手紙−(伊勢英子) ★★

 
旅する絵描き
  
2007年06月
平凡社刊

(1400円+税)

 

2008/01/07

 

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本作品は、理論社のホームページ上に連載(06年01〜04月)したエッセイを改稿、未公開スケッチを加えて構成し直したものとのこと。

旅を常とする絵描きの青年が、パリから日本にいる友人Yに宛てて便りします。本書はその手紙という形式に立った、エッセイ+スケッチ・r絵という一冊です。
何故彼が珍しくもパリに足を留めたかというと、パリの街中で偶然窓越しに見た革表紙の美しい本の数々、そして“製本屋+金箔師(Relieur-Doreur)”という看板を掲げた老人の手作業の技に惹かれたから。
いつもは「美しい風景」や「流れる雲」というモチーフに心惹かれる絵描き青年が絵描きの主人公であることは、まず間違いないところ。
そしてまた、彼が心惹かれたルリユールおじさんがルリユールおじさんの老職人であることもまた疑いないところです。なにしろ挿入画の中、老職人の店の前に青い上っ張りを着た少女の姿を見出すことができるのですから。
その意味で、本書は「絵描き」「ルリユールおじさん」が交わるところのエピソードを描いたものといって良いでしょう。

そして多くの絵画、音楽と日常的に接することのできるこのパリの街の雰囲気に暫し浸った後、青年はパリを離れ、再び旅の途につくことを決心します。
この絵描き青年、そのまま伊勢さんご自身に通じる姿、経験であろうと感じるのはきっと私だけではないでしょう。
本書を読むと、伊勢さんが「ルリユールおじさん」という絵本を作るに至った気持ちを判る気がします。

「絵描き」「ルリユールおじさん」の余韻を再び味わうことのできるエッセイ+絵として、嬉しい一冊でした。

   

6.

●「大きな木のような人 ★★
  Saela et le Botaniste (いせ ひでこ)
   監修:ジョルジュ・メテリエ
  (人類植物会社/仏国立科学研究所名誉研究者)

2009年03月 講談社刊
(1600円+税)

2009/06/27

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大きな木のような人

 パリには2本の樹齢 400年のアカシアがあって、一本の方は植物園で大切にされているそうです。伊勢さんは、パリの大きな植物園を足繁く訪れては、四季折々の木や花の様子を観察するようになったのだとか。
 案内役になってくれたのが、35年来の友人ジョルジュ・メテリエ氏。ユーモアを交えいろいろなエピソードを語ってくれる氏の前で、伊勢さんの耳も目も鼻も子供のそれになったという。

 植物園でいつも絵を描いている少女、さえら。庭師たちをてこずらせるその子も、植物学者の語る木や花の話に、いつしか植物園の一員になったよう。まるで上記の伊勢さんを子供の姿にして描いた絵本のようです。
また、大きな画の中の小さな人影は、「ルリユールおじさん」に共通する構図。
 緑いっぱいの木々も素敵ですが、四季折々に風情を変えていく姿を眺めるのも素敵です。
 なお、本書は、仏語版もフランスで同時刊行されているとのこと。
 仏語の“Ca et la(サエラ)”は、「あちこち」という意味だそうです。 

    

7.

旅する絵描き
  タブローの向こうへ」
 ★★

2019年07月 文芸春秋
(1850円+税)

2019/09/01

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タブローの向こうへ

週刊文春に2018/6/21〜19/04/18 全42回にわたって連載された、原田マハ「美しき愚かものたちのタブローの挿画として描かれた絵等+絵描きとして辿ってきたいせひでこさんの歩みを回想したエッセイ、という一冊。
もうひとつの「美しき愚かものたちのタブロー」を眺める思いです。

また、これまでの歩みをひとつの旅として語ったいせさんのエッセイ文の中には、旅人として共感し、あるいは心に留まる言葉がちりばめられています。
頁を繰ることを幸せだなぁと感じられる一冊です。

物語はパレットから始まり、パレットで終わる/Ou Vas-Tu?(どこへいくの?)/あいたくて/白い紙を食べる子/銀の額縁/1973年の2月、私は予定通りパリに発った/初めてのパステル画/Kさんへ/風景のすきま、時のあわいで−/アボンダン/あとがき

   


   

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