谷村志穂作品のページ


1962年北海道札幌市生、北海道大学農学部で応用動物学を専攻。出版社勤務を経て、90年ノンフィクション「結婚しないかもしれない症候群」がベストセラーになる。91年処女小説「アクアリウムの鯨」を発表。2003年「海猫」にて島清恋愛文学賞を受賞。

 
1.
余命

2.雪になる

3.空しか、見えない

 


   

1.

●「余 命」● ★★☆


余命画像

2006年05月
新潮社刊

(1400円+税)

2008年12月
新潮文庫化

  

2006/07/06

 

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38歳になる女性外科医、百田滴が向かい合うことになった明と暗。それは初めての妊娠と、時を同じくする乳癌の再発。
外科医であるが故に自分の置かれた過酷な状況を滴はすぐ悟ります。出産しようとすれば、それは胎児と共に癌も育てることに他ならないということを。
癌の再発を告げれば出産を反対されるに違いない。そのため愛する夫にも同僚の医師にも癌の再発を一切告げまいと滴は決心し、孤独な道に足を踏み入れます。
一緒にいればつい弱気になって打ち明けてしまいかねない。そのため売れないカメラマンの夫を無理やり南海の孤島での3ヶ月間に及ぶ仕事に追いやり、あえて産科に通わず、自分で密かにスキャナーを操って胎児と癌が育っていく様子を見続けます。
その孤独な闘いを耐え続ける姿も凄絶ですが、それにもまして圧倒されるのが、出産後母乳を与えていた乳房と反対の乳房からついに化膿した癌細胞が皮膚を破って現れてくる場面。思わず呻いてしまう。

昔観た映画で忘れられない作品があります。
「愛の一家」
という題名だったでしょうか。実話に基づくストーリィとのことでしたが、病であと1年の生命と宣告された主婦の話。貧しいけれど子沢山の一家。しかし自分の死後子供たち全員を夫がきちんと養育していくのは到底無理と判断した彼女は、自分独りの意思と判断で子供たちを養子として受け入れてくれる家庭を探し始めます。
子供たちは一人ずつ別々に新しい養父母に引き取られていき、彼女が死ぬ時はもう夫と2人きりの状態となる。その間、夫は何をすることもできず妻の行動に従うしかないのです。そして妻が死んだ後、夫は家族を失って独りぼっちになってしまう。
感動というような生易しい気持ちではなく、主人公となる女性の強さにただ圧倒されるばかりでした。今でもその時の思いを忘れることができません。彼女を演じたのはジェーン・フォンダ

その映画を思うと、滴の決心も納得いくのです。
その一方、告げられなかった事実を出産後に知った夫、同僚の女性医師、友人夫婦が味わった無力感も、さぞ辛いものだと思います。でも滴の凄絶な闘いを知れば、それ以上誰も何も言うことはできない筈。
滴に底知れない恐怖がなかった筈はない。それなのに彼女が過酷な運命に耐え続けられたのは、母となる喜び、新しい生命にかける願いが強くあったからでしょう。そんな苦闘と引き換えにするだけの価値ある生命の重み、それを噛み締める思いです。
比較的短く読みやすい一冊。女性だけでなく、男性にもお薦めしたい作品です。

※読み終えたばかりの空高くでも、主人公の娘がやはり同じ運命に見舞われていました。偶然というにはあまりに偶然過ぎるような。

    

2.

●「雪になる」● ★☆


雪になる画像

2008年01月
新潮社刊

(1400円+税)

2011年01月
新潮文庫化

  
2008/02/08

   
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出版社の紹介文によると、本書は「凍てつく心と身体をゆっくりと溶かす極上の恋愛短篇集」ということなのですが、私の読んだ印象はちょっと異なります。
“恋愛”というより、捨てきれない女の性(さが)、性的な意味で男への想いを抱える女性たちの生身の姿を描いた作品集、という印象です。

そんな6篇の中でも一番忘れ難いのは、雪降る中で訪れてきた男の足音を思い出す、表題作の「雪になる」
ストーリィはまるで異なりますが、川端康成「雪国」と同じように、背景となる雪がなおのこと叙情をかき立てるようです。その余韻が格別。
一方、それと正反対に男への想いがないからこそ、一層女性としての侘しさが際立つ「かさかさと切手」も忘れ難い。

男性からは思いも寄らぬ女性の胸の内、そこに根ざした寂しさ、渇望が、6篇の底に共通して在るように思います。
その意味で本書は、女性読者が読んでこそ、深く通じるものを感じられる短篇集ではないでしょうか。
所詮、男性にはちょっと手の届かない世界、という気がします。

雪になる/上等な玩具/ねじれた親指/かさかさと切手/ここにいる/三つ葉

      

3.

「空しか、見えない」 ★★


空しか、見えない画像

2013年04月
スターツ出版

(1300円+税)

2015年07月
集英社文庫化

  

2013/05/18

  

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谷村作品にしては意外、と感じたのですが、本書は青春小説。
主人公たちが卒業した中学の伝統行事は、房総は
岩井海岸での中3臨海学校最後の日に行われる2キロの遠泳。一人一人が完泳すればいいというものではなく、予め決められたバディ8名が助け合って全員完泳することが目標。
この中学校では、名前を書いたおしゃもじを首からぶら下げるルールがあり、そんなことから名付けたバディ名が
“おしゃもじハッチ”
それから10年後、8名の内の一人が海の事故で死去したことが伝えられます。それも何と思い出の岩井海岸で。
亡くなった仲間を偲んで岩井海岸に集まったハッチたちの間で、1年後皆で再び遠泳しようということが決まります。さて、本当に計画は実現するのか・・・。
 
青春小説というと爽やかなイメージばかりが連想されますが、そこは谷村さん、青春小説にしてはシリアスな展開が待ち受けています。
遠泳によって耀いた時から10年、20代半ばになった主人公たちが様々なドラマを抱えていてもそれは当然のこと。仲の好かった彼らの間にも、実は色々な思いが錯綜していたことが徐々に明らかになっていきます。その結果、どういう結末を彼らは迎えるのか・・・それは本書を読んでのお楽しみです。
あれから彼らが過ごした10年の重み、それがそのまま本作品の読み応えとなっています。
単に爽快だけではない、人生の起伏を感じさせてくれる苦味も備わった青春小説。私は好きです。

※本作品を手に取ったのは「岩井海岸」という言葉から。私も小学校、中学校と臨海学校は岩井海岸でしたので。

    


   

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