芦原すなお作品のページ


1949年香川県観音寺市生、早稲田大学文学部独文科卒、同大学院博士課程中退。86年「スサノオ自伝」にて作家デビュー、「青春デンデケデケデケ」にて第27回文藝賞および 第105回直木賞を受賞。


1.青春デンデケデケデケ

2.私家版・青春デンデケデケデケ

3.ミミズクとオリーブ

4.東京シック・ブルース

5.雨鶏

6.嫁洗い池

7.月夜の晩に火事がいて

  


   

1.

「青春デンデケデケデケ」● ★★★       文藝賞・直木賞

  

1991年01月
河出書房新社刊

  

1999/04/03

  

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あぁ、良い本でした。
輝くばかりの高校生活、青春時代がそこにあった、という印象です。
主人公は
藤原竹良(チックン)という香川県立高校の高校生。
彼がロックに酔いしれて仲間を集めてロックバンド・ロッキングホースメンを結成し、楽器を購入するためのアルバイト、練習のための合宿、そして最後の文化祭におけるコンサートという3年間の軌跡を綴ったストーリィです。
いつかは過ぎてしまう時代なのですが、でも忘れられない時代がそこにあった、そんな感傷にとらわれます。バンド仲間との一体感、応援してくれた女生徒たち。そして多少の恋愛風の出来事。読者もまたその仲間に加わって3年間を一緒に歩む、そんな気分になります。皆、確かな手応えある高校時代の思い出を作りたかったのでしょうか。
なお、題名の「デンデケデケデケ」は、ベンチャーズの“パイプライン”で響き渡る、エレキ・ギターのあの独特の音を言い表したもの。
でも、こうした青春小説の明るさに出会うたび思い出すのは石坂洋次郎「青い山脈」、石原慎太郎「青春とはなんだ」といった、やはり地方を舞台にした青春小説の原点ともいうべき作品のことです。都会を舞台にした青春小説にはこのようなまぶしいばかりの輝きは見られません。井上一馬「モーニング・レインは本書と同じ頃に刊行されていますが、都会の高校生活というともっとshyになるようです(どちらが良いとか悪いとか言うことではないので、念の為)。

※映画化 → 「青春デンデケデケデケ」

      

2.

「私家版・青春デンデケデケデケ」● ★★★

 
青春デンデケデケデケ画像
   
1995年04月
作品社刊

1998年07月
角川文庫化
(800円+税)

  
1999/05/11

青春デンデケデケデケを読んで喜んでいたところ、実はカットされた部分を復元した別の版がある、と教えられたのがこの本です。
芦原さんの本書あとがきによると、河出書房新社の文藝賞に 400枚以内という応募条件があったため、折角書いた原稿を大幅にカットしていたのだそうです。

受賞作版を読んでから本書を読むと、そうだヨこんなこともあるよなあとか、そうかこういう事情があったのか、と思う部分が随分とあります。
もちろん、受賞作版もすっきりと完成された作品でした。でも、こうして完全版を読むと、いかに大切な部分、あるべき部分がカットされていたか、ということに気付きます。マメの話、えっちゃんのこと、佐藤先生の活躍部分、みな大切な部分です。
この作品の何よりの魅力は、主人公・竹良、他のメンバー3人をはじめとして、登場するのが気持ちの良い人物ばかりだということです。同級生の3人娘や、それぞれの家族等々。改めてそのことを強く感じました。
私家版が別にあったおかげで、同じ作品を2度楽しめた!という嬉しい気分です。

     

3.

「ミミズクとオリーブ」● ★☆


ミミズクとオリーブ画像

1996年04月
文芸春秋刊

2000年10月
創元推理文庫
(520円+税)

   

2002/04/14

新しいタイプの安楽椅子探偵が登場する、ミステリ短篇集。
主人公はあまりパッとしない作家。それにも拘らず、友人である刑事が時々持て余している事件を彼の元へ持ち込んで来ます。
そして、料理の得意な主人公の奥さんが、讃岐の郷土料理で彼をもてなしつつ、話を聞いただけで事件の真相を見抜いてしまうという、安楽椅子探偵もの。

本作品の面白さ、楽しさは、すべてこの主人公の奥さんにかかっています。料理好きで、気が利いて、そのうえ常に夫をたて、自分の頭の良さを少しもひけらかさない。しかも、いつも着物姿で割烹着を身につけている...となると、とても現代の女性とは思えません。一体、何時頃の時代のことか、と思ってしまうのですが、でも現在。
一方、妻に言われるままホイホイ事件現場に出かけ、仕事はろくにせず、友人の話に余計なちゃちゃばかり入れている本書の主人公、出来すぎの妻と比べると、狂言回しというより、引き立て役のコメディアンか、と思えてきます。
とはいえ、この夫婦のやり取りに、絶妙の楽しさがあることも間違いなし。気軽に楽しめる短篇集です。

ミミズクとオリーブ/紅い珊瑚の耳飾り/おとといのおとふ/梅見月/姫鏡台/寿留女(するめ)/ずずばな

    

4.

「東京シック・ブルース」● ★★


東京シック・ブルース画像

1996年09月
集英社刊
(1748円+税)

2000年11月
集英社文庫化

  

1999/06/12

青春デンデケデケデケに続く青春ストーリィ。
面白さに感激するということはないけれども、とても気持ちの良い本です。
ぼく、葉上容一は、1968年フォークギターを抱えて上京し、文学部の大学生となる。ちょうどその頃は、大学紛争が盛んな時期でした。
「デンデケ」のバンカラな明るさとは、まるで対照的な雰囲気の作品です。同じ面白さを求めて読み始めると、戸惑うかもしれません。
世間のことをまだ何も知らない素直な青年のまま大学生活に入り込んだ主人公がそこで出会ったのは、既に世間に揉まれ、あるいはそれぞれ自分に傷を抱えた人達。そうした仲間達と知り合うことによって、主人公の眼も徐々に開かれていきます。
そんな青春期の移り目にある、ごく短いひとときを描いた作品です。誰でも一度は経験する時であり、同時にすぐ過ぎ去ってしまう時期です。だから大切にしておきたい。
芦原さんも同様の思いではないでしょうか。だからこそこの作品ができた、と思います。また、そうした思いが根底にあるからこそ、読んでいて、気持ち良さをいつも感じるのだと思います。
この作品において、主人公の役割はいつも受身です。いろいろな出来事、いろいろな仲間達の苦しみを、素直に受け止めていきます。そこがこの主人公の魅力です。決していつまでも続くことではないでしょうが。
向井礼一郎、武田倫代、初見芙美枝、篠崎葵、樒一ら登場人物たち、読後振り返ると、皆にいとおしさを感じます。

   

5.

「雨 鶏」● ★★


雨鶏画像

1997年06月
角川書店刊
(1500円+税)

  
1999/06/13

上記作品に続く青春ストーリィ。設定は東京シックブルースに続くものですが、雰囲気はまるで変わっており、青春デンデケデケデケのように明るさのある作品です。と言うより、むしろ椎名誠哀愁の町に霧が降るのだを思い出させられます。
年中金欠病で、自主休講、麻雀、民謡酒場に入り浸り、そして鍵も掛けないアパート生活。自堕落としか思えない大学生活ですが、その時しかできない自由な生活と言われれば、その通りかもしれません。
肩肘を張ってそんな生活をしているわけではなく、ただひたすらに自由な時を満喫している、そんな学生生活が描かれています。
登場する友人達も大方同じような生活状況にありますが、主人公山越只明の徹底振りは、 周囲の友人たちをも呆れさせる程。
勉強したくても、大学紛争でまともに講義も行われていなかった、そんな時代背景も感じます。
一人称で書かれているだけに、実際以上に自堕落な感じを受けてしまうのですが、それを救って好感のもてる作品に仕上げているのは、あーちんという登場人物のおかげのようです。

      

6.

「嫁洗い池」● 


嫁洗い池画像

1998年03月
文芸春秋刊

2003年05月
創元推理文庫
(600円+税)

 

2007/01/13

新しいタイプの安楽椅子探偵を世に送り出したミミズクとオリーブの続編。
事件が持ち込まれ、事件が解決されるまでのパターンは前作どおりです。
まず主人公の友人である刑事・河田が、担当する事件に行き詰り主人公の奥さんにアドバイスを頼みに来る。奥さんは幾つか不審な点に気付くがそれは奥ゆかしくもひけらかさず、ヘボ作家の亭主に河田と一緒に現場を見てくるように頼む。改めて確認された事実から奥さんは真相を解き明かし、主人公が家に辿り着く頃にはすべて事件は解決しているというのが、毎度のパターン。

率直に言ってこのシリーズ、事件の謎自体は特に卓越したものではありません。最初の時点で怪しい人物は特定されていますし、真相が明らかにされるまでもなく読み手に判ってしまうというケースも幾度かあり。
それでもこのシリーズが楽しいのは、主人公、奥さん、河田の3人のキャラクター、トリオ漫才のようなやり取りにあります。
まず河田、他人の家だというのに無遠慮にも夕飯の席に上がりこみ、主人公が大事に少しずつ食べようとしていたご馳走をおかまいなくパクパク平らげてしまう。小市民である主人公が嘆き、怒るのも当然なのですが、奥さんは作り甲斐があるわと喜んでお代わりに応じるといった具合。
そして肝腎の事件の話となれば、河田の話にいちいち主人公がチャチャを入れ、河田は主人公を遠慮することなくけなして言い返す、という繰返し。
「ミミズクとオリーブ」の時よりいっそう、この場面での主人公を奥さんは相手にせず、いい様にうまくあしらっているという雰囲気です。
なお、主人公と河田の数あるやりとりの中でも、次のは傑作。
「成功してても、悩みがあるんだなあ」「うん。成功してなくても悩みのないやつもいるけどね」

娘たち/まだらの猫/九寸五分/ホームカミング/シンデレラの花/嫁洗い池

  

7.

「月夜の晩に火事がいて」●


月夜の晩に火事がいて画像

1999年05月
マガジン
ハウス刊
(1900円+税)

2005年01月
創元推理文庫

  
1999/06/26

「月夜の晩に火事がいて水もってこーい木兵衛さん金玉おとして土(ど)ろもぶれひろいに行くのは日曜日」というわらべ唄を使った警告状が、木兵衛屋敷の当主・第一郎のもとに届く。
事件発生を予感した幼馴染・脇屋志緒から、主人公のぼく・山浦歩は、故郷である四国の善音寺市に呼び戻される。そして直後、木兵衛屋敷の火事、2件の殺人事件が発生する、ということから始まるストーリィ。主な登場人物は、志緒・奈実の姉妹、やはり幼馴染である畝一、変なおばさんイミコ等々。
この作品の面白味は、志緒とぼくとの間の漫才のようなやりとり、方言をたっぷり使った昔の同級生たちとの会話にあります。ああ、故郷とはこんなに良いものだったのかな、という温かさ、くつろぎが感じられます。
全体をそんな雰囲気で包み込んでいるため、肝心の殺人事件に現実感・緊迫感が感じられません。おまけに、事件解決までの道筋も、はっきりとした推理を辿るのではなく、殆どぼくの夢想の中において進んでしまうかのようです。したがって、真相が知らされても、事件解決という納得感がありません。
殺人事件というミステリと、故郷への里帰り物語が、バランスがとれないまま終始した、という印象です。

地方色のあるミステリとしては、井上ひさし「四捨五入殺人事件の方がはるかに秀逸でした。

     


 

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