ゼイディー・スミス作品のページ


Zadie Smith 1975年英国、多くの移民が暮らすロンドン北西部ウィルズデン生まれ。父はイギリス人、母はジャマイカ人。ケンブリッジ在学中に書いた草稿が出版社の目にとまり、異例の版権争奪戦となる。2000年「ホワイト・ティース」にて作家デビュー。イギリスに次ぎ、アメリカでもベストセラーとなり、4文学賞を受賞。2002年渡米し、ハーヴァード大学在学中。

 
1.ホワイト・ティース

2.直筆商の哀しみ

 


 

1.

●「ホワイト・ティース」● ★★
 
原題:"White Teeth"     訳:小竹由美子
    ウィットブレッド賞処女長篇賞・ガーディアン新人賞
      ・英国図書賞新人賞・コモンウェルス作家賞最優秀新人賞

 


2000年発表

2001年06月
新潮社
上下
(各2200円+税)

2021年06月
中公文庫
(上下)



2001/08/13

これだけ評判が良いと、手を出さずにはいられないと読み出した本。その選択は正解でした。
題名の「ホワイト・ティース」とは、白い歯のこと。
歯が白いのは人種を問わず人間誰しも共通のことですが、その一方で有色人種だからこそ歯の白さが目立つという面があり、本書の内容をうまく言い表しています。
本作品の冒頭、ジャマイカ系黒人クララが、前歯を折って失ったままの状態で登場しますが、それによっても白い歯のことは強く印象づけられます。
ストーリーの舞台は、移民が多く住むというロンドンのウィルズデン。作家自身の出生地でもある。そして、主役となるのは、3組の移民家族です。
まずは、アーチー・ジョーンズ家アーチー自身は白人ですが、優柔不断ではっきりいって白人社会のおちこぼれ。28歳年下の黒人妻クララはジャマイカ系移民の三世。
もう一方は、バングラディッシュ出身で誇り高きムスリム(イスラム教徒)のサマードと、同じベンガル人の妻アルサナイクバル家。
アーチーとサマードという2人は、第二次大戦のヨーロッパの戦地で一緒になって以来、奇妙な組み合わせながら、お互いの妻子よりも一緒にいる時間が長いというきってもきれない仲。
この2組の家族が中心となる本書ストーリィは、場所がロンドンでありながら、まるで異文化圏に入り込んだような気がします。同様の感じは、ジュンパ・ラヒリ「
停電の夜でも醸し出されていましたが、こうした多くの人種が混在するというのは、現代世界の潮流なのかもしれません。
優柔不断男のアーチー、ムスリム一辺倒のサマード、そして2人の若い妻と、2組の夫婦だけでも混沌とした印象があるのですが、それぞれの子供たち、娘アイリー(ジョーンズ)、マジト・ムラトの双生児兄弟(イクバル)が生まれ、成長してくると、混乱騒ぎは次第に大きくなっていきます。
とくにマジトが、イギリス人にまけないイギリス人的性質を備えていくと、サマードの嘆きはどれほどか。そして、サマードが自分勝手にとった手段とは? 、その挙句のサマード夫妻の関係は?
後半、そこへさらにユダヤ人のチェルフェン一家が加わると、人種、文化、宗教、家族主義等、ついで3家族の親子関係やらまで入り乱れるようになると、混乱は留めようもなく増幅されていきます。
また、ストーリィは、1857年セポイの乱(インド)1907年ジャマイカ大地震と時代を自在に行き来します。そして、現代においては遺伝子工学者、宗教原理主義者、破壊的動物愛護運動家も登場し、ハチャメチャぶりは一層強まるばかり。
書評は、本書をディケンズ/ラシュディばりの才能と称えていますが、確かに当たるとも遠からず。登場人物の個性、滑稽さは、ディケンズを思い出させます。でも、ディケンズにはない若々しさがあるのが、本書の魅力。
とくに何という一貫したストーリィがある訳ではありませんが、その割に上下2冊という長さが気になりません。陰鬱さがなく、明るさ、若々しい率直さ、ユーモアが、この作品の基調にあるからでしょう。
最初から最後までしっかりとしたテンポで書き上げられているにも拘らず、作者が24歳という若さで、しかも本書がデビュー長篇というのは、驚きです。
読んでみるだけの価値、手応えがある作品です。とくに英米文学ファンにはお薦め。

  

2.

●「直筆商の哀しみ」●  ★
 
原題:"The Autograph Man"     訳:小竹由美子

 


2002年発表

2004年03月
新潮社刊

(2800円+税)

 

2004/05/08

書評をみて面白そうだと思い図書館にリクエストしたところ、入手してみれば約 550頁と、前作に及ばないまでもかなり長大な作品。
その長さの所為にする訳では有りませんが、結局ストーリィの波に乗り切れず、上滑りした状態のまま読み終えてしまった、というのが正直なところ。今更読み返す気にもなれず、こういう時はとかく自己嫌悪気分に陥ってしまいます。

主人公は、有名人の直筆文書を売買するオートグラフマン(直筆商)であるアレックス=リ・タンデム。亡き父親は中国人、母親はユダヤ人であり、彼もまたユダヤ教徒である筈というのがアレックスの立場。そして、昔父親に連れて行ってもらったプロレス観戦以来の友人である、黒人ユダヤ教徒のアダム、当時悪ガキで今はラビとなったルービンファインジョーゼフ、アダムの妹で10年来の恋人であるエスターとの関係を中心に、9日間という物語が展開されます。
敬虔なユダヤ教徒にもなれず、エスターとも安定した恋人関係も築けず、趣味なのか仕事なのかもはっきりせず、どこかフラフラした観のあるのが、本書の主人公。
そのアレックスは、往年の美人女優キティー・アレクサンダーの大ファン。長年ファンレターを出し続けた結果、突然彼はキティーからの返信をもらい、稀少価値であるキティーのサインを手に入れることになります。
そこから生じたのは、偽造したのではないかというアレックスへの疑い。アレックスは自ら真偽を確かめるため、ロンドンからニューヨークへキティーを尋ねに出かけます。その結果起こったのは、思いもかけない騒動と大躍進。しかし、それは果たしてアレックスが望んでいた結果だったのか。
ストーリィそのものより、展開の細部にポップでコミカルな感覚漂うところが本作品の持ち味と思うのですが、冒頭書いたとおりその面白さを十分感じ取れなかったのが、残念至極。

 


 
新潮クレスト・ブックス

 

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