イアン・マキューアン作品のページ


Ian McEwan 1948年英国ハンプシャー生。シンガポール、北アフリカのトリピリなどで少年時代を過ごす。サセックス大学卒業後、イースト・アングリア大学創作科で初めて修士号を受けた学生となる。76年第一短篇集にてサマセット・モーム賞、97年「愛の続き」がブッカー賞最終候補、98年「アムステルダム」にてブッカー賞を受賞。2001年刊行の「贖罪」にて全米批評家協会賞等の多数の賞を受賞。11年エルサレム賞を受賞。現在オックスフォード在住。


1.
アムステルダム

2.土曜日

3.初夜

4.ソーラー

5.甘美なる作戦

6.未成年

   


   

1.

●「アムステルダム」● ★☆     98年度ブッカー賞受賞
 
原題:Amsterdam


アムステルダム画像

1998年発表

1999年05月
新潮社刊
(
1800円+税)

2005年08月
新潮文庫化

1999/06/29

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極めてあっさりとした文章。それでいて、何を描こうとするのか、題名がどう関係するのか、まるで見当もつかないまま読み進みます。
一人の女性
モリーの葬儀に、かつて彼女と恋人関係にあった3人の男性が参列します。作曲家、新聞編集者、外務大臣と、それなりに社会的地位を確保している面々。
本作品は、その3人の因縁から展開するストーリィ。とくに、作曲家と編集者は長年の友人でもあり、その二人を中心として本作品は書かれています。

モリーが生前に撮ったという数枚の写真、そしてひとつの事件。そこから、二人は予期せぬ局面に転がり落ちるようにはまり込んで行き、自分達のろくでもない面を曝け出す羽目に陥ります。
人間誰しもそんな危うさに直面することが度々あろうかと思うのですが、なんとなくその危機を回避しているものでしょう。しかし、この二人の場合、まるで決まっていたことのように、自然とそんな結末にはまり込んでしまいます。そして、一方でそんな結末を喜ぶ人間がいます。
現代人の悲喜劇を描いた作品、と言って良いでしょう。二人がそれなりの社会的地位を持っていた人間だからこそ失笑せざるを得ない、そんなふうに思います。

    

2.

●「土曜日」● ★★
 
原題:"Saturday"     訳:小山太一


土曜日画像

2005年発表

2007年12月
新潮社刊
(2200円+税)

 

2008/01/12

 

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ロンドンに住む脳神経外科医、ヘンリー・ペロウンの過ごすある土曜日、その一日のことを描いた長編小説。

ヘンリーは優秀な脳神経外科医であり、委ねられる手術は多いものの仕事には十分満足している。妻のロザリンドは弁護士であるため互いに多忙ですが、結婚以来2人の愛情関係には少しの揺るぎもありません。
要は、言うことのない生活を送っているのです、このヘンリーという主人公は。
それでもふと、今の生活の中に不穏を感じることもある。今朝4時半に目覚めてみると、窓の外を旅客機が火を噴出しながら飛んでいるのを目撃する、といったように。
そんな朝の出来事から始まり、文学を全く理解できない自分と処女詩集を出したばかりの娘デイジーとの距離感、やはり理解のおよばない音楽を奏でるギタリストの息子シーオとの関係、さらに毎週土曜日の恒例となっている同僚とのスカッシュも体力的にいつまで続けられるか判らないということも、ちょっとした不安材料。
数えあげれば、平穏で順調な生活の中にも常に不穏な兆しはあるのです。ヘンリーの生活はそのどちらに傾いても不思議ないバランスの上に成り立っている、と言えないこともありません。

何の不自由もない、比較的恵まれた生活を送っているヘンリーの土曜日が淡々と描かれていきます。
時に退屈で、時にじれったくも感じながら、読んでいて何となく心地良いのは、ヘンリーの中に満ち足りた思いがあるからでしょう。
しかし、それがふとした出来事が発端となり、後半、家族全員が集まったところでその平穏が破られることになります。
ヘンリー一家の場合はほんのちょっと平穏が破られただけで済みましたが、NY 09.11事故との差はほんの紙一重なのかもしれません。

本作品の面白さは、ヘンリー・ペロウンが文学をまるで解さない人物である、というところにあります。
娘のデイジーは父親に何冊もの文学名作を読ませ矯正しようと努力しているらしいのですが、外科医として「死・恐怖・勇気・苦悩といったものならば、五、六ヶ国の文学史に匹敵するほどの量を実生活で見てきた」のだから今更、というヘンリーの言葉には誰しも頷かざる得ないでしょう。
デイジーに読まされた「デイジー・ミラー」「アンナ・カレーニナ」「ボヴァリー夫人」という名作に対する実務家ヘンリー評は的を射たところがあって、つい笑ってしまいます。

それでも最後、家族の危難が“詩”によって救われるという場面で初めてヘンリーが娘の詩を理解するに至ると、ホッとする気持ちになります。
そしてまた、痴呆化している母親リリアンの関心事がオースティン小説の中身と共通のものであると理解する辺り、文学への肯定が感じられて、本好きとしては嬉しさを感じながら読み終えることのできる、なんとなく楽しい一冊です。

※本書では、英米軍によるイラク攻撃の是非も重要な話題となっており、興味惹かれる部分です。

    

3.

●「初 夜」● ★★☆
 
原題:"On Chesil Beach"     訳:小山太一


初夜画像

2007年発表

2009年11月
新潮社刊
(1700円+税)

 

2009/12/18

 

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 160頁余りの短めな長篇小説。それだけに、作者マキューアンの上手さが光る一作。

1962年の英国、結婚式を挙げたばかりのエドワード、フローレンスは初めての夜を迎える。
待ちに待ったという期待感、溢れんばかりの愛情。一方、愛を確信しているものの、困惑、恐れ、それ以上に嫌悪感。

現代日本のような、恋愛といえば(結婚問題などお構いなしに)即セックスという小説世界とはまるで異なる、1962年が舞台。
だからこそ、こうしたストーリィが生まれ得るのです。
人の寝室、しかも初夜の、を覗くスリリングさ。それ以上に当事者である若い男女の心理に立ち入る面白さ。
初夜に至るまでの2人の道のりも相応に織り込まれているところもまた巧妙。
この夜に備えて新婦が読んだ手引書に書かれている言葉の、何と実務的なことか。
エロティックな場面といって不思議ないのですが、そんな気配は微塵もありません。教会での挙式の後に来る儀式であり、むしろ厳粛ささえ感じます。
それなのに、あぁ・・・・。

お互い愛し合っているのは確かなことなのに、僅かなすれ違いが重なって、2人の歩みを狂わせて行く。
一歩踏み出せば互いの誤解を解き、次に期待することができるというのに、前へ踏み出さずに後ろへ下がってしまう。
若い2人だから、不慣れだからと、2人の心の内が判る読み手にとっては歯がゆいばかりなのですが、人生とは何と皮肉な賽を転がすことでしょうか。

たった一夜の、それもありふれた事柄から、人生の扱い難さ、永遠とも思える悔恨を何と見事に描き出していることか。
可笑しさと切なさが微妙に交錯するところが、何とも言えない味わいです。是非お薦めしたい佳作。

       

4.

●「ソーラー」● ★★
 
原題:"SOLAR"     訳:村松潔


ソーラー画像

2010年発表

2011年08月
新潮社刊
(2300円+税)

  

2011/09/28

  

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若くしてノーベル賞を受賞したマイケル・ビアード
ノーベル賞を受賞したぐらいですから真面目で優秀な物理学者かと思えば、これが有り得ない位の好色かつ狡猾。
53歳にして既に結婚5回。過去の離婚はすべてビアードの浮気の所為だというのに、その5回目も僅かな結婚期間の中で既に浮気11回。ビアードに対抗して妻の
パトリスも浮気を始めれば、これには焦燥を感じるという身勝手さ。
そのうえ、パトリスの浮気相手が転んだ拍子に頭を打って急死したとみれば、もう一人の浮気相手の犯行に見せかけ、相手が実刑を受けても何の負い目を感じることなし。また、同僚のアイデアを横領して賞賛を得ても、自身の功績と疑うことなし。

いやはや何とも呆れかえった人物なのですが、余りに悪びれない態度の所為か、読み手もつい憎めず思ってしまう程。
こんな人物が現代社会にもしいたら、という趣向のブラックユーモアかと思ったのですが、よく考えてみると、実は結構ある話なのではないか?と思い当たった次第。
何でも自分に都合よく解釈し、自己肯定し、自分は正しいと公言して何の憚るところなし。マスコミが大物○○○、事業成功者、カリスマと煽り立てるが故に、世間もその人物が正しいのかもしれないと思ってしまう。
ビアードがノーベル賞受賞者という看板をもっているが故に社会で容易に許容されている事象とよく似ている、と思うのです。
 
決して本書主人公のマイケル・ビアードだけが特殊例なのではない。彼らの自己肯定を許してしまっているのは、もしかすると世間一般の我々自身なのかもしれないと思うと、本作品、ただの現代社会における風刺コメディとばかりは言っていられません。
表面的な悲喜劇の裏に、鋭い示唆を含めた怪作と受け留めたい一冊です。

        

5.

「甘美なる作戦」 ★★☆
 
原題:"Sweet Tooth"     訳:村松潔


甘美なる作戦画像

2012年発表

2014年09月
新潮社刊
(2300円+税)

 


2014/10/28

 


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英国国教会主教の娘に生まれ、子供の頃から読書好きだったにもかかわらず、母親の断固とした指示でケンブリッジの数学科に進んだセリーナ・フルーム。関係をもった大学教授からの勧めで英国諜報機関に就職。しかし、同機関で女性は下級事務職員としてしか扱われず、しかも給料は安いといいところなし。
そんなセリーナにある日チャンスが巡ってきます。国益に沿うよう、反共的な小説家に助成金を与えるという文化工作、名付けて
“スウィート・トゥース(甘党)”作戦の担当者に、読書好きという経歴を買われてセリーナが抜擢されます。担当することになった新人作家はトマス・ヘイリー
セリーナ、そのヘイリーとすぐに愛し合うようになります。果たしてセリーナの任務はどういう結果となるのか、そして2人の恋愛の結果は・・・というストーリィ。

主人公のセリーナ、いかにも不器用そう、そのくせいつも容易く男性と恋仲になるという風で、あまり好感を持てません。また、所々で作品執筆の一端を味わえる楽しみはあるものの、長ったらしいなぁと感じてしまうのが、読む方としては苦しいところ。
しかし最後の40頁位で、俄然面白くなります。まるでオセロゲーム、終盤で一気に裏返されて黒白が入れ替わってしまう様に喩えられます。
「好きなのは、自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」というセリーナに対し、ヘイリーは「トリックなしにページに人生を再現するのは不可能だ」と言い返します。
人生にトリックなどまずないと思い込んでいる主人公ですが、実は本ストーリィ、至る所にトリックがあったと、最後にして判ります。どんなトリックだったのか、それを知るところに本作品の痛烈な面白さがあります。
2人の言葉がそのまま本作品の大きな鍵になっているとは、まるで予想つかず。
最後、本書に登場する小説家ヘイリーと、本書の作者であるマキューアンの姿が重なって見えてくるのですから、何とまぁ驚かされます。

途中で諦めず、最後まで読み通してください。そうすれば本作品の面白さに興奮すること間違いなし、です。

      

6.
「未成年」 ★★☆
 
原題:"The Children Act"     訳:村松潔


未成年

2015年11月
新潮社刊
(1900円+税)

 


2015/12/23

 


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白血病で緊急入院したものの“エホバの証人”に属し宗教上の教えに基づき輸血を拒否する少年と、輸血の是非を問う判決を委ねられた女性裁判官との邂逅を描く長編。

50代後半の女性裁判官
フィオーナ・メイが本書の主人公。
シャム双生児の片方を生かすための手術の是非等、これまでも彼女は幾つもの難しい裁判での判断を過たず行ってきており、その簡潔で合理的な判決文は美しいとさえ評価されている。
そのフィオーナが新たに担当したのは、命を救うため輸血措置の許可を求める病院側と、宗教上の理由から輸血を拒む両親とその本人
アダム・ヘンリとの争い。
命を救うことは重要だが、本人の信仰心・意思も当然ながら尊重する必要がある・・・・その難しい裁きをどうフィオーナは乗り越えるのか。
それだけでも興味津々、ストーリィに引き込まれざるを得ないのですが、その後に予想もしなかったドラマが展開していきます。

裁判は所詮一瞬のもの。直面する課題について裁判で是非を決めることは簡単ですが、人はその判決だけで生きていけるものではない。
長年連れ添った夫との間に起きた問題に加えて、フィオーナはアダムとの問題に直面させられます。
人は何か信じるものを持たないと生きていけない・・・裁判、そして裁判官の限界を、一人の女性、一人の人間としてフィオーナは味わうことになる、というストーリィ。

マキューアンの文章は簡潔で凛々しく、音楽の旋律を聞くような美しさが感じられます。
その文章によって描き出される、もはや老年の域に達しようとしている女性裁判官フィオーナと少年アダムの邂逅を描いたシンプルな本書ストーリィは、儚くも美しいリズムを醸し出しているように感じられます。
本書について悲劇であるとか云々する必要はないでしょう。
ひんやりと美しい読了後の余韻を味わうことが全て、と思います。

     



新潮クレスト・ブックス

     

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