その2 炉の季節に名残を惜しんで

 お茶には2つの季節がある。1つは”炉”であり、10月に炉を開き翌年の4月までの半年間。もう一方が”風炉(ふろ)”。炉が亭主と客が対面する形でその間の畳の中に切ってあることに対して、風炉は亭主が客に直角に座した向きで畳の上に据えてある。寒い時期には炉中の火を客に近づけ暖を取らせ、暖かい時期には火を遠ざけるというもてなしの精神の表れである。もっとも喫茶の法と共に伝来したのは風炉であり、炉は日本において茶の湯に取り込まれたものである。また、当時は夏場に炉を使用することもあり、現代のようにことさら季節感を強調するといったことはなかった。なにせ巷には季節を感じさせるもので満ちあふれていたのだから。ついでに言うと、私の記憶が確かなら、お燗の”燗”とは炉の時期にはお酒を暖めて出したことに発する言葉である。

 さて、4月最後の稽古の日。前回が濃茶の点前だったので、今回は薄茶でなどと勝手に決め込んでいたのだが、先生からは”炉は今日で終わりだからお炭(初炭・しょずみ)の手前をしなさい。”と言われ、かなり焦ってしまった。毎回、人がやるのは見ていたが、やるのは初めてだった。実際、先生の手取り足取りの手前となり、何をどうやったか憶えていない。その後、引き続きお薄(薄茶)の点前。半東(はんとう・亭主のアシスタントの事)もついてすっかり亭主気分だったが、姿勢など細かいところも厳しく指導を受け、男らしい堂々とした点前はどうあるべきかいくらか分かってきたような気がする。また、お茶を始めてから気がついた事だが、洋服で正座をしている姿は決して美しくない。ズボンの膝小僧が丸見えではどんなに良いスーツでもみすぼらしく見えてしまう。やはり、和室には着物で、馬子にも衣装、点前もいくらかよく見えるだろう。”和服美男”になりたいものだ。

 次回、5月の最初の稽古の時はお膳で初風炉を祝う。今から楽しみだ。

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