その11 灰の手入れ

 茶人、茶数寄が火事にあった時、何を一番に持出すか?茶入か茶碗か掛物か、否、灰をいれた瓶である。

 

 炉の季節が過ぎると、灰は瓶にしまわれ、まず水でさらされる。梅雨時にはそのまま雨ざらしにさえする。よく撹拌し灰が沈殿したところで上澄みを捨てる。これを何度か繰返し燃えカスの炭やゴミ、アクを取り除く。梅雨が空けた頃、ムシロに広げ数日乾燥させる。

 

 ここまでが準備段階。いよいよ本作業の開始である。大暑の頃のカンカン照りの日を選び、1日で行う。今年は社中の灰の手入れを志願し手伝うこととなった。梅雨明けが延び何度か日時を変更した後、土用の丑の日に決行となった。

 

 一度ふるいにかけ、ゴミを取り除いた灰をムシロの上に広げる。ほうじ茶に色付けと香り付けの為にクチナシの実と丁字(クローブ)を加え木綿の袋に入れたものを大鍋で煮出す。これをじょうろで灰に均一にかける。

 ドロドロになるまでかけたら灰が乾いてくる(炎天下で2、30分)のを待つ。表面が乾いてきたら上下をよくかき回し、手で揉むようにほぐす。(灰はアルカリが強いからゴム手袋をしないと手が荒れる。)乾燥して細かい粒状になった所で再び茶をかけ、同じ作業を繰り返す。6、7回も繰り返すと灰は良い色に染まってくる。

 湿し灰の方は生乾きの内にふるいにかけ、乾燥しないようにビニルの袋にいれ瓶にしまう。炉灰の方は十分に乾燥させた後、ふるいにかける。

 以上が炉の灰の手入れの方法。風炉の灰にも手入れの仕方があるが、先生の所で今やっているのは、水洗いしゴミを取り除いて乾燥させた後、専用の大きな乳鉢状の器で銅鑼ばちのような木の棒を使いすりつぶすやり方。その後ふるいにかけるのは言うまでもない。

 

 文章で書くと簡単だが、実際の作業はかなりの重労働である。また湿った灰は容易にはふるえない。天候がいまいちだったせいもあって朝8時前から始めて夕方6時すぎにようやく終わった。ビールと夕食をご馳走になりながら、話は普段稽古の場では、しにくい事にまで及んだ。

 

 茶の一見優雅な世界の陰にはこういう苦労もある。だからこそ一大事には灰を一番に持ち出すのだ。作業中汗だくになりながら頭をよぎったのは、お点前とおべっかだけの茶が実に滑稽に思えたことだった。

 いかんせん、今の家元制度の下では点前中心の稽古にならざるを得ない。料理や陶芸、茶杓を始めとする竹芸、書、茶花の栽培や生け方、着物の着こなしなど身につけるべき事は色々あるのに、実際には人前で披露することなどまずないだろう高度な点前の修得にのみ躍起になっている者が多い。茶の湯に関わるすべてのものを体験し学べるような茶の湯教育は出来ないものだろうか。学ぶ側の目的意識にも依るのだろうが、やはり花嫁修業的な女性中心の茶道ではなかなか難しいのかもしれない。

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