はじめての茶会
お茶を習い半年、初めての茶会に参加させていただいた。亭主は私のお茶の先生。料理の方への関心からお茶を始めたことを知っていらっしゃって誘っていただいたのである。時に1997.10.12(日)、場所は横浜の鴨居に在る”祥古”である。ここにその模様を紹介させていただきます。なお、初心者ゆえ用語等不正確なところもあるかと思います。お気づきの方はぜひご指導いただきたいと思います。
さてこの祥古というところ、住宅街の一角で茶室を営んでいて、自宅に茶室がなくても此処で本式の茶事を催すことができる。2つに仕切ることが出来る広間に小間が1つずつある。ご主人は女性だがこういう店を営んでいる以上当然お茶人で、灰型(炉内の灰を整えること)に関してはかなりのものと聞く。駅前から乗ったタクシーの若い運転手いわく、祥古を知らないのはこの辺じゃもぐりの運転手、というぐらい有名のようだ。
午後5時少し前にJR横浜線の鴨居駅に着く。日は傾き、風が冷たい。駅前からタクシーに乗り込む。前述の運転手と話をする。”男性は珍しい”らしい。
5時10分頃到着。寄付に用意された室(広間を仕切った小さい方の4畳半)の脇で身なりを整える。といっても洋服だったので、ソックスを白に履き替え、懐紙などを上着の内ポケットへ。寄付に入り、掛け物を拝見し、待つ。客が揃ったところで互いに挨拶をかわす。今日は全員で6名、正客、次客、お詰めは私の先生のお仲間の先生方。その間に私とあと2人、今回が初めてという者たちが入る。ちなみに男性は私1人。半東の用意してくれたお湯をいただくと、露地草履を履き外の腰掛待合へ。5時20分頃。
○初座 席入りから懐石、中立ちまで
円座を敷き座にすわり待つ。亭主が蹲踞の水をあらためる。
やがて、亭主が迎付けにやってくる。正客を先頭に中門へ。挨拶をかわし腰掛に戻る。頃合をみて順に蹲踞へ進む。立ちあがると次客に”お先に”と声を掛け。
蹲踞で手と口を清め、席入り。今回は広間なので、広縁から入る。手をつき膝をついて。草履を合わせ立てかける。扇子を前にしてひざまづいて入室する。席中に入ると床の間の前に進み、花入拝見。月を型どったものが吊してあり花一輪。そして釜を拝見。一同拝見が終わると座に着く。
亭主が茶道口から入室しまず正客と挨拶。その後順に挨拶。ひとひざ前に進み”お招きありがとうございます。今日は勉強させていただきます。
炭点前が行われ、室に香の香りが満ちる。
亭主が茶道口に下がり、”祖飯を差し上げます。”そしてお膳が運ばれてくる。順にひとひざ進み膳を受け取り、一礼し下がる。一同に行き渡り、亭主は茶道口で挨拶。総礼で受ける。
一同、同時にご飯と汁の椀の蓋を取り、かぶせ合わせて膳の右、縁内へ置く。飯椀の方が大きいからこれに汁椀の蓋をかぶせるわけである。
ご飯を一口いただき、今度は汁を一口。ご飯は炊きあがったばかりのものでやわらかい。汁は白味噌仕立てで白玉が入っている。甘い。正客が言うには、白味噌だけにするのは炉に入ってからでこの時期は本来赤味噌を少し合わせるものという。また、椀を持ち替えるときは箸を一旦置いた方が美しいと。
※今回の正客は大変くだけた方で、初心の我々の緊張を解きほぐそうと大変心遣ってくださった。途中色々と解説をいれてくださったり笑いを誘ってくださったり。(それには後ほど出てくる道具の”逸品”の数々のおかげでもあるわけだが。)幼少の頃から研鑽を積まれてきたからこそであったと思う。
亭主が盃台と銚子を持って入室。お酒を勧めてくれる。この時ご飯や汁が残っていても蓋を戻して盃を受けるのが礼とのこと。冷たくやや辛口のお酒がおいしい。盃は向付を左にずらしてその右へ置く。ここで初めて向付に箸をつける。染付の皿には太刀魚におからをまぶしたもの。かけ汁には酢が入っていて身の甘みを感じる。
煮物椀が出る。茶碗蒸し風の玉子に餡がかけられ、松茸がのっている。”きれい、お月見ね。”
飯次が持ち出されてくる。人数分1杓分ずつすくわれた飯がまるで花びらのように盛られている。順に廻しながらよそっていく。汁替えが勧められ、汁碗を渡す。
汁椀が渡され、焼物、強肴の鉢が運び込まれる。焼き物はかますの塩焼き。それぞれ向付にとる。鉢の中のものは手前から順にとるとのこと。
強肴は真薯と野菜の炊き合わせ。牡蛎のしぐれ煮。えのき茸と芹の和え物。柿と大根のなます。
鉢の他に飯次や銚子が廻り、さらに空になった焼物鉢の拝見もあるので、とても忙しい。焼物の鉢は絵唐津の片口。2度目の飯次のご飯はむらし加減もよく程良い固さでおいしい。料理は残さない方がいいと自然若い者の所に廻ってくる。また、ご飯は1口分を残しておき、終わったら蓋を戻しておく。
煮物椀は下げられる前に懐紙で清める。懐紙は紙質に硬さがあるので拭きにくい。普通のポケットティッシュを懐中した方がいいようだ。拭いたあとの懐紙の処理にも困る。仕方なく上着のポケットにしまい込む。
箸洗いが出る。じゅん菜が入ったごく薄い塩味だけの吸物。まず、箸を中で軽くゆすって洗うようにしてからいただく。その後、懐紙で清めておく。箸洗いの椀の蓋はこの後使われることになる。
ここで、亭主が八寸と銚子を持ち出してくる。亭主が酒を勧めながら八寸のうち、海のもの(今回はいぶし鮭、つまりスモークサーモン)を客の箸洗いの椀蓋に取り分ける。そしてここからが一番の肝要、千鳥の盃が始まる。亭主は一巡した後、正客に戻り盃を乞う。次客が亭主にお酌をし、次客が”お流れ頂戴”と言い、返盃を受ける。次に三客が亭主にお酌をし、と続いていく。盃の受け渡しの際、懐紙で清めるのは言うまでもない。この間に八寸の残り、山のもの(今回はむかご)が取り分けられる。
柿と大根のなますは最後の口直しにいい。”フランス料理ならシャーベットでも出ているところね。”
亭主が下がるとき、正客はお湯を所望する。そして、湯桶(ゆとう)と香の物が持ち出される。香の物はたくあん、赤かぶ、きうり。湯桶から1杓ずつ湯の子(ご飯のおこげ)をすくい、飯椀、汁碗の両方へよそう。注ぎ口から湯を注ぐ。湯漬けである。このときたくあんはしばらく湯につけておけば軟らかくなり、食べるときの音がやわらぐという。また、本来は両椀の中身を1つに移してから食するものだが、最近の若い人は嫌がるから別でもいいとのこと。香の物を使って椀を洗うようにしていただく。
残った椀と向付、盃を懐紙で清める。ポケットはパンパン。汚れないようにさらの懐紙でくるむ。飯椀の蓋は逆さに重ね、その上に盃を置き、向付を膳の正面に戻す。
正客の合図で一斉に箸を膳の中に落とす(懐石の間箸は膳の右側の縁に乗せかけておく)。この音が亭主への合図になる。
亭主が入室してくるのでお礼をし、膳を返す。
お菓子が出る。亭主、中立ちの挨拶をして下がる。お菓子は波しぶきのような縁の瑠璃色のガラスの器に同系の青い練り物。”時期はずれ”と言いつつ、器を廻すうち、室の明かりに透けたガラスの影が畳にうつる。”なるほど夜咄にこそ味わえる風情ね”皆、納得。
お菓子をいただき、掛物、炉中を拝見し室を出る。7時10分をまわっている。足はかなりしびれているがこんなに正座を続けてしていたのは初めて。途中、足をくずして、と勧められたが最後まで保った。程良い緊張感のせいか。
中立ち。外は夕闇に沈み、露地には行灯が置かれている。手燭を持ち腰掛へ戻る。用心のためちょっとトイレへ。ついでに紙茶巾を水で湿らせる。
○後座 席入りから濃茶、薄茶、送り出しまで
腰掛で待つ。月が雲間に見え隠れしてほのかに明るい。顔にかすかに雨粒を感じる。露地には水を打ってあるのと夜露のせいか黒く沈んでいるが、仕掛けられた行灯の周りはその光を反射している。やがて鳴り物の喚鐘(小間なら銅鑼)の音が静かに聞こえてくる。亭主が手燭を手に現れる。正客と手燭を交換し挨拶とする。引き返す途中亭主が足元を滑らせる。切り立った飛び石があって踏み外したのだ。”ここは足元が悪いから注意なさって”。
正客から順番に露地を進む。途中で手燭を次へ手渡していくのだが、やはり足元が気になって思うように進めない。案の定滑った。”省略しましょう”ということで蹲踞は素通りする。
席入りして、掛物、釜周辺を拝見。手燭をかざして見る。掛け物は皮の地に達磨?が描かれた画賛。
炭を直し、濃茶。先生のお手前を拝見するのは初めてで緊張する。さすがによどむところなく、流れるようなお手前。お茶の時間をかけて丹念に練り上げられる。
お茶をいただく。緊張してお茶を縁内に取り込まないまま、礼をする。正客から”縁内に取り込んでから挨拶しましょうね”とやんわり指摘を受ける。お茶はとてもおいしい。紙茶巾は水で湿しておいたおかげで拭きやすかった。
この時の茶碗は灰柚のかかった井戸茶碗。石ハゼがあって、亭主も”茶筅がすり減るんじゃないか気になって”。茶入れはガラス製。その方面では著名な作家のものらしい。蓋が木地でこれも珍しいと言う。茶杓は節が3カ所もあり、ほぼ中央に小さな穴があいている。
続き薄となる。ここで正客からの申し出もあってお手前は半東にバトンタッチ。半東はお詰め役のお嫁さん。主茶碗は星天目。象牙が全体に埋め込んであり、それが黒い地に星のように見える。利休さんの時代のもの、と道具を用意した店からの説明を伝える亭主の言葉に眉につばをつける正客。替茶碗がいくつか出る。私にまわってきたのは楕円状にゆがめられた茶碗。”編み笠っていうのよ。”正面は避けるにしてもどこに口をつけたらいいものか。誰に、と言うわけでもなく訊ねると正客が”縁が細くなっているからいただきなさい。広い方だとこぼれる”とこぼれるゼスチャー入りで教えてくれる。なるほど沓形の茶碗はこう扱うのかと納得。
”インカ帝国”の燭台、”古九谷”の水指、”李朝かなにかの宮廷で使われていた”真鍮の菓子器などなど、道具の由緒が説明されるたびに眉につばする正客。”ここは大英博物館ね””王侯貴族になった気分”。まあ、真偽はともかく座が盛り上がったのは確かだった。
そうして茶会はお開きになった。時刻は8時半になろうかというところ。奥から店の主も姿を見せ、しばし歓談。料理を担当したのはまだ若いらしいが”鉄人なんとかという番組(料理の鉄人の事か)の出演交渉も来た”という料理人だそう。主人から、いつでも遊びにいらっしゃいとにこやかに送り出されて帰路に就いた。
だらだらと書き綴ってしまったが以上が私の初めての茶会の次第である。なにせ緊張していた上にメモをとっていたわけではないので細部は憶えていない。だが、全体としては厳粛な中にもなごやかな雰囲気でとても楽しかったし感動した。これが”一座建立”というものかと実感出来た。普段の稽古も大事だが、結局はそれも茶会に招き、また招かれるためのものとあらためて認識し、一層精進していく決意を新たにした。いつかは自分が亭主となって茶会を開きたい。あなたもお仲間に入りませんか。
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