〜 スイート・チョコレート G 〜



「……何で、チョコレートが入ってるんだよ!」

 自分の下駄箱の中に入っているモノを確認した瞬間、俺は思わず絶句してしまう。
 高校に入っても、自分がどれだけ女にもてているのだと言う自覚はしていたため、俺の靴箱には、『チョコは入れるな!!』と目立つように張り紙をして置いたのにも関わらず、一つだけ誰が居れたかも分からないチョコレートが入れられているのだ。

「この、張り紙が見えねぇのかぁ!」

 何処のどいつが入れたのか知らねぇが、これだけデッカク書かれているのに平気でチョコを入れる奴の気がしれねぇ。
 しかも、名前もメッセージも何もないのだ。常識が無いのにも程があるだろう。

「大体、俺は甘い物は好きじゃねぇんだよ!」
「……さっきから、何文句言ってるんだよ、豪……」

 後ろから、突然肩を叩かれて、俺は我を取り戻した。振り返れば、クラスメイトが心配そうに自分の事を見ている。
 それもそのはず、自分は玄関口である下駄箱の前で、ブツブツと文句を言っていたのだ。

「チョコレート貰って、文句言うなんて、俺等に喧嘩売ってるのか、豪?」

 少しだけ不機嫌そうな表情を見せる級友に、俺は盛大なため息をついて見せた。

「そんなんじゃねぇよ……俺は、甘いもんは苦手なんだ」

 ため息をつきながら言った言葉は、半分は本当で、後の半分は嘘。
100%語るのなら、それは、本当に好きな人からのモノしか受け取りたくないから……。

「んじゃ、俺にくれ!喜んで食ってやるからさ」

 俺の言葉に、嬉しそうに手を伸ばしてくる友人に、俺はさっとそのチョコレートを隠した。

「やんねぇよ。理由はどうあれ、俺の所に入ってたもんを人にやる訳にはいかねぇ」

 張り紙をしていたのに、それでも入れてあるのには、きっとちゃんと理由があるのだろう。
 それが分かるからこそ、人に遣る事など出来ない。
 嫌、したが最後、兄貴の怒りを買うのは目に見えているのだ。
 そんな事だけは、何がなんでも避けたい。

「お前なぁ……言ってる事と違うぞ……」

 俺のその言葉に呆れた様に返されたが、それを無視して上履きを履くと教室へと歩き出す。



 今日は、2月14日。俗に言うバレンタインである。

 今日と言う日は、好きな人にチョコレートを渡そうと女どもが騒がしい。
 俺にとっては、迷惑この上ない日なのだが、世の中の男どもは、チョコレートが貰えるかどうか、ドキドキの行事。
 
 そりゃ、俺だってチョコレートは貰いたい。
 でも、それは本当に好きな人からのチョコレートだけなのだ。
 他の誰から貰ったとしても、意味はない。

 鞄の中に入れたチョコレートの事を考えて、俺は盛大にため息をついた。
 誰が入れたのか分からない、チョコレート。
 差出人が分かっていたのなら、直接返しに行ったのだが、それは叶わない。
 見ず知らずの誰かからのチョコレートを受け取ったと言う事に、後悔とも罪悪感とも分からない気持ちが湧き上がってくる。

「……これが、烈兄貴からのチョコレートなら、万歳三唱で受け取るのに……」

 ため息と共に、小さく呟いて、俺はもう一度ため息をついた。
 今日、目が覚めると兄貴の姿は既になかったのだ。一緒に学校に行くつもりだった俺は、それだけで落ち込んでいたと言うのに、追い討ちをかけるように謎のチョコレートまで下駄箱に入れられていたのだ、これで落ち込むなという方が無理な注文である。
 そりゃ、確かに烈兄貴からチョコレートを貰えるなんて少しだって思っては居ないのだが、バレンタインの朝くらい、一番大切な人の顔を拝みたいと言う俺の小さな願いくらいは叶えてもらいたい。
 母ちゃんの話では、急いで出て行ったって言ってたから、なんか用事があったのだろう。
 折角のバレンタインで、しかも土曜日。俺の部活も珍しくないって言うので、俺は烈兄貴を遊びに誘うつもりだったのに、それさえも叶わずに終わってしまった。

「……今から誘っても、兄貴の返事聞き出すだけで、今日が終わっちまう……」
 今日と言う日は、一日だけ。贅沢な望みかもしれないが、それでもやっぱり好きな人と一日を過ごしたいと思う気持ちは止められない。

「豪くん!聞きたい事があるんだけど!」

 物思いにふけっていた俺は、クラスの女子に声を掛けられて、振り返った。

「あん?なんだよ、聞きたい事って……」

 別段興味も無いが、凄い剣幕で言われては、聞き返すしか方法はない。

「星馬先輩って、彼女居るって本当なの?」

 俺の机をバンッと叩いて言われた事に、俺の方が驚いた。どこからそんなネタが出てきたのか、問い質したくなる。

「なっ、なんだ!どこから、そんなネタ持ってきたんだよ?」
「昨日星馬先輩が、S女の子と一緒に、喫茶に入る所を見た子がいるんだから!」

 興奮したように言われた事に、俺は一瞬言葉を無くす。そんな話しは聞いた事も無い。
 しかも、俺と烈兄貴は、周りの連中には内緒にしているのだが、恋人同士と言う関係でも有るのだ。
 それなのに、S女の彼女が居るなんて聞いて、心中は穏やかではいられない。

「それに、星馬先輩、チョコレートは一つも受け取らないんだって……渡した子が、返されたって言ってたもの……まっ、受けとらないなら、豪くんも同じなんだけど、先輩の場合は、甘い物が苦手なんじゃなくって、ちゃんと好きな人が居るからだって断ってるらしいんだ」

 少しだけショックを受けたように話しているのは、こいつも烈兄貴のファンって事なのだろう。だが、そんな話しはどうでもいい! 俺には、烈兄貴がS女と、喫茶に入ったって事の方が問題なのだ。

「ねぇ!豪くんは先輩の彼女の事、知らないの?」

 考え込んでいる俺に、しつこく尋ねて来るのを鬱陶しく感じていれば、チャイムが鳴ったのを言い事に、軽くあしらう。 
 烈兄貴に、S女の彼女!?んなの、絶対に許せねぇ!
 この時の俺は、すっかりジュンの存在を忘れていた。







 授業が終わって、即効で荷物を鞄に詰め込むと、2年の教室に向かう。
 烈兄貴は、俺がクラスに行くのを嫌がるが、今はそんな事気にもならない。
 文句を言われようが、今は真実を聞き出したいと言う気持ちだけが先走る。

 ラッキーな事に、烈兄貴達のクラスは、今HRが終わったようだ。
 生徒達がわらわらと教室から出てくるのを確認して、俺は教室を覗き込んだ。
 お目当ての人物は、まだ席に座ったままで、荷物を鞄に入れている。
 何人かのクラスメイトに声を掛けられては、その手を休めて返事を返す。
 それを繰り返して、教室の中には、烈兄貴を合わせて、数人の人物となったのを確認してから、俺は教室へと入った。

「……烈兄貴……」

 まだ、荷物を鞄に入れている烈兄貴の後ろから声を掛ければ、驚いたように兄貴が振り返る。

「ご、豪!な、なんで、お前が……部活は?」
「今日は、特別休み。んでさぁ……話あるんだけど、いいか?」

 心底驚いている烈兄貴に、簡単に返す。

「い、いいけど……」

 俺の態度に、何かを感じ取ってりるのだろう。烈兄貴は不思議そうに首を傾げている。
 なんで、俺が怒っているのか分かっていないのだ。

「んじゃ、一緒に帰ろうぜ」

 荷物を入れ終わった兄貴の鞄を持つと、先を急かすように歩き出す。

「ご、豪!」

 スタスタと歩き出した俺の後を、兄貴が慌てて追い掛けて来るのを背中で感じながら、俺は振り向きもせずに歩いた。
 今は、烈兄貴が一緒に居たって言うS女の事しか頭にない。
 それを、どうやって聞き出すかって事で頭が一杯なのだ。

 なんで、バレンタインの日に、こんな最悪な気分にならなきゃいけねぇのか、烈兄貴に対してこんなにイライラした気持ちでいるのかは、全部クラスメイトの女の所為。

 靴を履き替えて、烈兄貴が俺の隣に来るのを何も言わずに待つ。
 不安そうに俺の隣を歩く烈兄貴を伺いみても、俺の気分は良くなる事はない。
 時々、烈兄貴の視線を感じながらも、前だけを向いて歩く。
 その視線を感じなくなった時、俺はもう一度烈兄貴に視線を向けた。
 その時飛び込んできた烈兄貴の表情に、俺は思わず足を止めてしまう。
 だって、烈兄貴が不安そうに、本当に今にも泣き出しそうな表情をしていたから…。

「烈兄貴?」

 驚いて、兄貴を見れば、慌てて顔を逸らされる。本当に泣きそうな時、兄貴は何時も俺から顔を逸らせるのだ。俺に、泣き顔を見られたくないから……。
 やばい!自分の事ばっかりで、烈兄貴泣かせたなんて、自分が許せなくなっちまう。

「あ、兄貴、ご、ごめん……別に兄貴の事怒ってたわけじゃなくって……その、えっと、そう、聞きたい事、聞きたい事が、聞き難い事だから、どうやって聞こうか考えてて……だから、頼むから、泣かないでくれよぉ」

 泣きそうな表情をしている烈兄貴を慰め様と、自分でも何を言っているのか解らない事を口走る。
 それだけ、俺にとって烈兄貴は大切な人だから……。

「豪……?」
「だから、その……」

 自分が何を言いたいのか解らずに、慌てて居る俺を、烈兄貴は不思議そうに見詰めてくる。

「居た!烈兄ちゃん……豪も、セットで居ると思ったんだぁ」

 不安そうに揺らぐその瞳を真っ直ぐに見詰めていたその時、突然声が掛けられた。
 嬉しそうに、自分達を見つけて手を振っているそいつは……。

「ジュン…」
「……ジュンちゃん……」

 制服姿の幼馴染みに、俺は小さく舌打ちする。折角烈兄貴と二人きりの時間を過ごしていたのに、突然の乱入者のお陰で、烈兄貴は俺から少し距離を取ってしまった。
 こう言うところは、本当に変わらない。

「烈兄ちゃん、昨日はご馳走様v それで、これは私から二人に渡したくって……」

 本当に嬉しそうに言ってから、ジュンは鞄の中から綺麗に包装されたモノを取り出して、ニッコリと笑って烈兄貴に渡す。

「ジュンちゃん?」

 不思議そうにそれを受け取った兄貴が、素直に首を傾げた。

「はい、二人で食べてね。これから私、本命にチョコレート渡しに行くんだ。だから、もう行くね。それじゃ!」

 言いたい事は伝えたとばかりに、ジュンは早くも手を振ながら、走り出している。
 烈兄貴はそんなジュンを何処か、嬉しそうに見送ってた。
 だが、俺の中では、そんな事よりも、今はすべての辻褄があう。
 S女の制服を着たジュン。それに、先ほどのジュンの台詞が、全てを物語っていた。 

「……昨日って、烈兄貴……もしかして、ジュンと喫茶店に行ってたのか?」

 烈兄貴の肩を掴んで、自分の方に向けさせると、率直に尋ねる。

「…… ////// あって、もしかして、聞きたい事って……」

 俺の質問に、一瞬烈兄貴の顔が赤くなった。

「そうだよ!俺のクラスのヤツが、烈兄貴がS女の彼女と、喫茶店に入るところ見たって……だから……」

 格好悪いけど、それは本当の事。だから、少しだけ拗ねたようにそっぽを向く。
 そう、俺は間違い無くジュンに嫉妬したのだ。
 それは、認めるしかない事実。

「ヨカッタ……ボク、てっきりボクがあげたチョコレートの事だと……」

 俺の台詞に、烈兄貴が安心したように呟いた言葉。
 それに俺は、思わず首を傾げる。
 だって、俺は兄貴からチョコレートなんて貰ってねぇから……。

「俺、烈兄貴からチョコレートなんて……」

 自分が呟いた台詞に、慌てて口を塞いでいる烈兄貴の顔が、ミルミル間に真っ赤に染まって行く。
 そんな烈兄貴を前に、俺は今朝自分の下駄箱に入っていたチョコレートの事を思い出す。 

「あのチョコレート、烈兄貴の?」

 自分が出した答えを口に出した瞬間、烈兄貴の顔がますます赤くなった。
 これでは、あのチョコレートは自分が入れたって言ってるようなものである。

 知らず内に、自分の顔がニヤケてくるのを止められない。
 だって、烈兄貴が俺のためにチョコレートを買ってくれたのだ。これが嬉しくないわけがない。
 そして、ここで漸く全ての謎が解けた。
 ジュンと喫茶店に行ったのは、きっとチョコレートを入手する時に助けてもらったから、そして、今日早くから家を出たのは、俺の下駄箱にチョコレートを入れる為。 
 本当、烈兄貴可愛過ぎる……。でも、正直な気持ち、手渡ししてもらいたかったんだけどなぁ……。なんて、ここまで望むのは贅沢過ぎるかな?

「サンキュー、烈兄貴v これは、有り難く戴くから……。でも、俺にとっては……」

 ニッコリと鞄からチョコレートを取り出すと、俺はウインクをしながら、嬉しそうに烈兄貴の頬に手を掛けるとそのまま上向かせて、その唇に自分のをそっと重ねた。

「マイ スイート チョコレートってねv」
「ご、豪!?」

 触れるだけのキスに、真っ赤になった烈兄貴が俺の名前を呼ぶ。
 甘い物が苦手な俺でも、一つだけ好きな甘いモノは、烈兄貴とのこんな風に過ごせる時間。


  これだけは、どんなに甘くっても許せる。
  いや、寧ろ、甘い方が好みかな?

 
 

 

                        


 


   URUZUさんに送った小説です。
   た、確か2000HITのお祝いだったと思うんですけどね。
   ちょうどバレンタインだったので、豪サイトと烈サイトに分かれて書いた小説です。

   いや、読み返したくもなかったんですが、読んでみて大笑い。
   なんて甘々な小説なんでしょうか・・・・xx
   私、良く書けたと思いますよ、本当に・・・・。
   何も考えずに書けば、ラブラブも平気何のかなぁ?
   きっと、二度と書けないでしょうけどね。<苦笑>