GIRL  


「なぁ、J……烈兄貴に惚れ薬のませたら、俺だけのモノに出来ると思うか?」

 突然言われた事に、Jは驚いて豪を見た。 
 今まで、何も言わずに大人しくしていて、珍しい事もあるもんだと思っていた矢先に言われた事なだけに、Jは盛大なため息をついてしまう。

『今まで静かだったのは、そんな事を考えていたからなんだね……』

 呆れて、モノが言えないとはこの事かもしれない。
 真剣に言われた事は、全く褒められない内容なのである。

「豪くん、そんな事してまで手に入れたとして、本当に幸せだと思うかい?」

 ため息をつきながら、それでも真剣に聞き返す。

「それで、烈兄貴が手に入るのなら、幸せだと思うぜ」
「本当にそう思うの?そんな事で手に入れても、それは偽物の気持ちだよ。それで、本当にいいの?」
「……んな事、解んねぇよ……でも、俺は、烈兄貴を誰にも渡したくねぇんだ」

 真剣な瞳が、前だけを見詰めている。
 その気持ちは、自分だって解らなくもない。
 Jとて、烈の事を想う気持ちは、豪にも負けてないと思う。
 だが、だからと言って、烈を自分のモノにしたいと思った事は一度もない。
 烈が幸せになるのなら、烈が望む相手とちゃんと一緒になってもらいたいのだ。
 その為ならば、自分の気持ちを偽る事などなんとも思わないだろう。

「……豪くん、其処まで言うのなら、烈くんの本当の気持ちを確かめてみる?」

 真剣な瞳を前に、Jは諦めたように息を吐き出すと苦笑を零して口を開く。

「んな事、出来るのか?」

 Jの言葉に、胡散臭そうに豪が睨み付ける。
 そんな視線を受け止めて、Jはもう一度ため息を付いた。

「出来ると思うよ。勿論、試作段階だから、絶対とは言い切れないけど、そう言う薬を作ってる所だったからね」
「何で、そんな薬作ってんだよ!」

 ため息をつきながら言われた事に、豪は抗議の声を上げた。
 だが、それはもっともな意見である。Jはそれに苦笑を零すと、正直に理由を話した。

「実は、ある人から頼まれたからね。僕もその人の頼みは断れなくって……」

 正直に語られた事に、豪が困ったような表情を見せる。

「……いいのかよ、そんな薬俺に渡して……」
「気にしなくていいよ。配合なんかは、覚えてるから…ただ、成功したら報告して欲しいんだけど……」

 申し訳なさそうに言われた豪の言葉に、Jは笑顔で答えると棚から薬ビンを取り出してきた。

「……烈兄貴を実験台にするつもりかよ……」

 取り出されてきた薬ビンには、薄紫色の入っていて、見るからに怪しそうである。

「違うよ。あっ、でもそうなるのかなぁ…でも、どのみち、烈くんが飲む事になるんだから、それが早まっただけかなぁ」

 にっこりと笑顔で言われた事に、豪は一瞬首を傾げてしまう。
 だが、言われた事を理解すると、ギッとJを睨み付けた。

「J!ある人って、誰だよ」
「……それは、いくら豪くんでも教えられない。どうする、この薬使ってみるかい?」

 差し出された小ビンとJとを見比べて、豪は唾を飲みこむと、すっと右手を差し出す。

「……わりぃけど、使わせてもらうぜ」

 豪のその言葉に、Jは苦笑を浮かべると静かに小ビンを豪の手のひらに乗せた。

「それじゃ、健闘を祈ってるよ、豪くん」

 渡された小ビンを握り締めて、Jに小さく頷いて見せると帰るために、ゆっくりと立ち上がる。

「んじゃまたな、J」

 真剣な表情のまま、Jに声を掛けて豪が部屋から出て行くのを見送った。
 そして、完全に豪の足音が遠去かるのを確認すると、Jは小さく息を吐き出す。

「烈くん、確かに渡したからね……後は、君次第だよ」

 ぽつりと漏らされた言葉は、誰にも聞かれる事はなかった。



「烈兄貴……」

 恐る恐るドアを開いて、弟が顔を覗かせてくる。
 机に向かって、1時間前から勉強に励んでいた烈は、小さく息を吐き出して、顔だけを後ろに向けて、申し訳なさそうに口を開く。

「豪、今勉強中だから、後に……」

 断ろうとした烈の言葉は、いつになくオドオドした豪の言葉に遮られてしまう。

「だろうと思ってさぁ、息抜きように飲み物持って来たんだけど……」

 言いながら、すっと差し出されたモノに、一瞬烈は首を傾げると苦笑する。

「珍しいな、お前がそんな事するなんて……何か、変だぞ」

 お盆に乗せられたカップには、暖かそうな湯気を立てているココアが入っているようだ。

「んな、んな事ねぇだろう!大体、冬休みに入ったってのに、勉強してる烈兄貴の方が変だぞ」
「バーカ、何言ってるんだよ。お前だって勉強しないと、冬休みの宿題が少しくらいは出されてるんだろう?」

 差し出されたカップを受け取りながら、烈は呆れた様に豪を見る。

「……それは、それって事で……大体、冬休み入ってまだ1日目じゃんか!宿題なんて、最後の方でやりゃいいんだよ」
「最後にって……それで、泣きを見るのはお前なんだぞ。大体、クリスマス無しで補習授業、年末までみっちり部活に出なきゃいけないお前に、余裕なんてあるのか?ボクに泣き付いても、面倒はみないからな」
「……可愛くない…」

 烈の正論に、豪はジト目で烈を見るが、効力は全くない。

「お前に、可愛いなんて言われたくないよ。それに、ボクも講習があるから、早いとこ宿題終わらせて置きたかったんだよ」
「烈兄貴も、補習あんのか?」

 烈から聞かされた事に驚いて、聞き返す。
 烈は、豪とは違って、クラスで上位3番以内に入るほどの頭の持ち主である。
 その烈が補習授業を受けるなど、信じられなかったのだ。

「ばーか!ボクが受けるのは、大学受験講習だよ。来年からは、ボクに休みなんてないんだ。本気でやらないと、後で泣きを見るのは自分だからね」

 苦笑しながら言われた事に、豪も納得したように頷いた。
 将来の夢を見付けた烈は、大学を受けるために必死に勉強している。元から、勉強する事が嫌いではなかった烈は、本来の真面目さから超が付くほどの進学校である今の高校で、学年トップクラスの成績を文句無しに納めているのだ。

「……んなに勉強して、どうすんだよ……」
「どうしても、なりたいモノがあるからだよ。その為に必要だから、ボクは遣れる事は遣りたいんだ。後悔だけはしたくないからね」

 ニッコリと笑顔を見せる烈に、豪は一瞬ドキリとする。
 そんな烈の表情は、毎日見ている豪でさえも、ドキドキさせられてしまう。
 もっとも、烈に特別な感情を持っている豪にとって、烈のどんな表情も好きなのだが……。

「あっ、そう言えば、豪。今日から父さん達、温泉旅行に出掛けてるの覚えてるよな?夕食、ボクが作るから、食べたいモノなにかあるか?」
「えっ?あっ、ああ、そう言えば、そんなこと言ってたような気が……」

 突然言われた事で、烈に見惚れていた豪は、一瞬にして現実に引き戻された。

「言ってたようなじゃなくって、言ってたんだたんだよ。お前の事だから、覚えてないとは思ったけどな」

 豪の言葉に呆れた様にため息をついて、烈は苦笑いする。

「で、どうする?お前が食べたいものがあるのなら、それ作るけど……」
「あっ、えっと、んじゃあ、ロールキャベツが食べたいです…」
「……また、面倒臭いモノを……まっ、いいか。OK.ロールキャベツだな」

 豪の答えに、一瞬ため息をついて見せるが、直ぐに笑顔で頷いて返す。
 烈は、手先が器用な事と物覚えがいい事から、家事全般が得意なのである。
 母親が居ない時は、烈が変わりに家の事をするくらいなのだ。
 料理の腕も大した物で、母親が作る物よりも評判が良く、家庭料理だけでなく、最近では自己流の料理まで作るようになって、しかもそれが美味しいと来ているものだから、母親さえも烈にお願いするくらいなのだ。

「それじゃ、取り敢えずボクはまだ勉強するから……」
「あっ、そうだなぁ……わりぃ、邪魔しちまって……」
「いいよ。あっ、そうだ!豪、これ有難う」

 申し訳なさそうに誤る豪に、ニッコリと笑って、礼を言う。
 そんな風に笑顔を見せてお礼を言われると、罪悪感を感じずにはいられない。

「あっ、ああ……んじゃ、勉強頑張れよ…」

 烈の顔をまともに見れなくって、視線を逸らす。

「お前も、ちゃんと勉強しろよ。新学期始まったら、直ぐに実力テストがあるんだからな」

 部屋から出て行きかけた自分にそんな風に声を掛けられて、豪も適当に言葉を返すと、慌てて部屋から出て行った。

「…変な奴だなぁ……」

 そんなギコチナイ弟の態度に首を傾げて、豪が持って来てくれたココアを口に入れる。
 暖かって、少し甘いココアが美味しい。

「ふーっ、生き返る。さて、もう一頑張りしますか……」

 ココアを一気に飲み干すと、一度大きく伸びをして教科書に視線を戻す。
 そして、転がっていたシャーペンに手を伸ばそうとして、烈は突然感じた目眩に大きく首を振る。

「あれ?何だろう…何か、目が回る……気持ち悪い…痛っ!」

 目の前が真っ赤に染まるような感覚に、烈は体を抱き締めた。
 身体中が、燃えるように熱く感じる。

「やっ…なっ?…何で…?」

 突然襲ってきた感覚に、身体中が悲鳴を上げているように痛みを生み出す。
 その痛みに、烈は耐えられなくなって、苦痛の声を上げるとそのまま意識を手放してしまった。

「烈兄貴!?」

 物が倒れる音と烈の悲痛な声に、隣に居た豪が飛び込んだ時、真っ青な顔で倒れている列を見付けて、慌てて抱き起こす。

「烈兄貴?おい、大丈夫か?」

 幾ら呼び掛けても、全く返事はない。自分の身体を抱き締めるように倒れている烈を見れば、どれだけ苦しいのか想像も付かないくらいである。
 しかも、今だに烈の口からは苦しそうな呻き声が漏れているのだから、余程辛いのであろう。

「…こんな事になるなんて……ごめん、烈兄貴……」

 苦しそうな烈の姿に、申し訳なくって誤りながら強く抱き締める。
 自分のしてしまった事が、今更のように後悔させられてしまう。



「気が付いたか、烈兄貴?」

 薄っすらと開いた瞳に、心配そうな豪の顔が飛び込んでくる。

「豪?どうして……ボクは一体…」

 ぼんやりしている頭で、体を起こそうとするが、力が全く入らなくって烈は驚いたように瞳を見開く。

「烈兄貴、倒れたんだよ。覚えてないのか?」

 心配そうに言われて、漸く思い出す。
 確かに、自分の身体を強烈な熱と痛みが走った事を…。

「あれは、一体……」
「ごめん!烈兄貴、全部俺の所為なんだ」
「豪?」

 突然誤られた意味が分からず、烈は不思議そうに首を傾げて、豪を見た。

「俺が、ココアに変な薬を混ぜちまったんだ。烈兄貴の本心が聞ける薬だって言われたから…」

 申し訳なさそうに言われた事に、烈は驚いた表情を見せて、豪から視線を逸らす。

「……それって、Jくんから貰ったのか?」
「…って、何で、烈兄貴が、その事知ってるんだよ?」

 尋ねられた内容に驚いて、豪が聞き返す。

「……それは……ボクが、Jくんに作って欲しいって、お願いしたから……」

 素直に言った後で、慌てて両手で口を塞ぐ烈に、豪は信じられないと言う表情をする。

「烈兄貴が、なんで、そんなモノを?」

 言われた事が信じられないと言うように尋ねられ、烈は小さく息を吐き出した。

「……その薬の効力は、Jくんから聞いてるんだろう?」

 困った様に質問した自分の言葉に頷く豪を確認すると、烈はその豪から視線を逸らす。

「なら、理由はそのままだよ……自分の本心を伝えたかったから……このままじゃ、伝える事なんて出来ないと知っているから、薬にでも頼るしか思い付かなかったんだ」
「伝えたいって…烈兄貴、やっぱり好きな奴が居るのか?」

 恐る恐ると言った感じで尋ねられた事に、烈は驚きに瞳を見開く。
 しかし、豪から顔を逸らしているので、それには気付かれなかった。

「……俺で、俺で良かったら、相談くらい……」
「お前に!お前に相談できるくらいなら、Jくんに薬なんて作ってもらわなかったよ」

 バッと振り返って、豪を睨みつけるが、直ぐに烈はその視線を逸らす。
 泣きそうな自分を見られたくなかったから……。

「兄貴、そいつの事、好きなのか?」
「……ああ、誰よりも、好きだよ……」

 豪から視線を逸らしたまま、烈は小さく答える。
 豪は、その言葉に辛そうに瞳を伏せた。
 自分が一番聞きたかった言葉をこうして聞かされる事になるとは、思いもよらなかった事である。
 一体誰に向けて言われた言葉なのか、知りたいのにそれを怖いと思うのは、止められない感情だろう。

「…そっか……烈兄貴に其処まで言って貰えるなんて、すっげぇ羨ましいよなぁ……Jに薬まで作らせちまうんだから……俺は、応援するしかねぇよ……大丈夫、其処まで言われちまったら、俺もちゃんと諦められるぜ。だから、俺の告白は忘れてくれよ、烈兄貴」
「なっ……豪!」

 突然言われたその言葉に、烈は驚いて豪に視線を戻した。
 しかに、そんな烈を全く気にせずに豪は更に言葉をけて行く。

「そんなに思ってる奴が居るのに、俺の告白なんて迷惑だったよな。ごめん、兄貴を困らせるつもりはなかったんだけど、結果的に迷惑掛けちまったなぁ……でも、俺の事は、今まで通り弟として見てくれよ。それだけは、壊したくねぇんだ」

 少し悲しそうな笑顔で言われて、烈は力の入らない身体を起き上がらせて、豪の服を両手で握り締める。

「どうして!どうして、そんな事言うんだよ!なんで、それが自分の事かもしれないって思わないんだ。……嬉しかったのに、ボクに告白してくれた豪の気持ち、本当に嬉しかったのに、どうして忘れてくれなんて言うんだよ!ボクが、自分の気持ちを正直に言えなくって、どれだけ悩んだと思ってるんだ。それを、忘れてくれなんて、そんな事言うな!」

 ぎゅっと豪の服を掴む手に力が篭る。
 そして、烈の瞳からはぽろぽろと涙が零れ出した。

「烈、兄貴?」

 突然の告白に、豪はただ信じられなくって、目の前で泣いている烈を自分の方に抱き寄せる。
 そして、自分に追い縋って泣いている烈をぎゅっと抱き締めて、先程言われた事を頭の中で復唱し始めた。

『俺の告白が、嬉しかった?兄貴が好きな奴が、俺?本当かよ……でも、兄貴は確かにそう言ったよなぁ……だったら、兄貴が本心を伝えたかった相手って、薬を使ってまで、俺の気持ちに答え様としてくれたのかよぉ……そ、それって、すっげー嬉しい』

 自分の考えた事に、顔がにやけてしまうのは正直止められない。
 豪は嬉しくって踊り出したい気持ちを押し止めて、自分に抱き付いている烈の髪に優しく顔を寄せた。

「ごめん、俺、鈍くって……兄貴がそんな風に思っててくれた事にも気が付かなくって、本当に御免な。でも、すげー嬉しい。兄貴が俺の事好きになってくれて……俺も、烈兄貴の事好きだ。だから、もう泣かないでくれよ」

 優しく髪にキスをしながら、豪はギュッと烈を抱き締める。

「……ボクに泣き止んで欲しいなら、ボクがして欲しいと思う事しろよ。じゃないと、泣き止んでやらないからな……」
「し、して欲しい事って……」
「………それくらい、自分で考えろ……」

 自分の胸に顔を寄せている烈は、少し恥ずかしそうにそう呟く。

『……めちゃめちゃ可愛い。どうしよう……このままキスしちまいてぇ〜でも、烈兄貴のして欲しい事って……』

 烈のして欲しい事と言うのが解らないが、今は自分に抱き付いている兄が可愛くって、それどころではなくなってしまっているのが現状である。

「ご免、兄貴……」
「えっ?」

 突然誤られて、驚いて烈が豪を見上げた。
 豪は、その一瞬を逃さず、透かさず烈の頬を優しく包み込むとそのまま烈を上向かせて、その唇に自分の唇を重ねる。 
 余りに突然の事に、烈は驚いて瞳を見開いたが、直ぐにゆっくりと瞳を閉じ、そのまま豪を受け止めた。

「……兄貴?」

 名残惜しそうに烈から離れると、豪が心配そうに烈を見る。

「……して欲しい事、してくれたから、泣き止んでやるよ」

 心配そうに見詰めてくる豪に、烈がニッコリと笑顔を向けた。

「兄貴v」

 その笑顔が嬉しくって、豪はもう一度烈を抱き締める。
 その時初めて、抱き締めた烈の胸が、何だか可笑しいのに気付いて、豪は一瞬全ての動きを停止してしまう。

「豪?」

 突然動かなくなった弟に、心配そうに声を掛けて、烈はその表情を覗き込んだ。

「……あ、兄貴……何か、身体変じゃねぇ?」
「身体?別に、変じゃないと思うけど……どっか変なのか?」

 恐る恐ると言った感じで質問してきた豪に、烈は不思議そうに聞き返してしまう。

「えっ、変じゃねぇの?でも、これって……」

 すっと差し出された手が、烈の胸に当てられる。

「なっ、何するんだ、豪!」

 突然胸に手を当てられたら、誰だって驚くだろう。
 烈も例外でなく顔を真っ赤にして、豪の手を掴んで離そうとした時、漸く自分の身体の変化に気が付いた。

「なっ」

 一瞬、余りの事に声が出ない。
 例え、女に間違われようが、間違いなく男である自分の胸は、今まで平らだった筈なのに、有ろう事かその胸には、小さいながらも目で見て解るぐらいの膨らみがあったのである。

「……これって、もしかして、薬の副作用?」

 豪の恐る恐ると言った感じの言葉に、烈は何も返せない。嫌、正直言って、返せないのが現状であろう。

「……烈、兄貴?」

 心配そうに烈の顔を覗き込めば、少し青褪めた表情が飛び込んでくる。

「兄貴!」
「……ご、豪……ど、どうしよう……こんな事になるなんて思ってなかったから……」
「大丈夫、大丈夫だから、落ち着けって!兎に角、俺、Jに連絡してくるから、あいつなら何とかしてくれるだろう。何せあの薬を作ったのは、あいつなんだからな。だから、俺を信じてくれよ。絶対に、元に戻すから……」

 パニックを起こしかけている烈の肩を強く掴んで、豪が落ち着かせようと優しく微笑んで見せた。

「……豪……」

 真剣な瞳と、言われた事に烈は落ち着いたように小さく頷いて返す。

「分かった。信じるよ、豪」

 返された言葉に、ぱっと豪の表情が笑顔を作るのに、烈もぎこちなく笑顔を返した。

「んじゃ、ちょっと電話してくるからな!待っててくれよ」

 自分に笑顔を返す烈に安心したように、その頬にキスを残し、豪が部屋を飛び出して行く。
 その後姿を見送りながら、烈は小さく息を吐き出した。

「…本当、何時の間にあんなに男らしくなったんだろう……ちょっと悔しいなぁ…」



『烈くんが女の子に?』

 少し驚いたようなJの言葉に、豪は大きく頷いて返す。

「ああ、薬の副作用だと思うんだけどよぉ……」
『多分そうだろうね……なら、問題無いと思うよ。あの薬の効力は、もって3日くらいだから』
「……それって、3日はもとに戻らねぇって事かよ!」

 さらりと言われた事に、豪が思わず大声を上げてしまう。

『そうだね、そう言う事になるよねぇ……でも大丈夫、薬には害になるようなモノは入ってないから、戻らないって事はないよ』

 当然の様に言われる言葉に、何も返せない。
 ここで、両親が旅行に出掛けている事に感謝しても許されるだろうか?

「けどよぉ、害が無いって言っても、烈兄貴倒れたんだぜ。本当に大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ。倒れたって言うのは、多分身体が変化した事に対するものだからね。だから、言い難いんだけど、戻る時も同じ症状が表れるはずだよ。豪くん、気を付けてあげてよ』

 さらりと語られる内容に、豪は素直に頭を抱えたくなる。

『ところで、その様子だとすべて上手くいったようだね。烈くんに、おめでとうって伝えておいて……それから、こんな事になってごめんって……僕がちゃんとしたものを作れれば、こんな事にはならなかったんだけど……』

 申し訳なさそうに言われた言葉に、豪は見えないっと分かっていても、大きく首を振った。

「嫌、お前の所為じゃねぇよ。俺が、烈兄貴の気持ちに気付けなかったのがいけねぇんだからな。烈兄貴をそこまで追い詰めたのは、俺の所為だ」

『まっ、その通りだよね。傍で見ていて焦れたかったよ』

 ため息をつきながら言われた事に、豪は何も言い返せない。
 確かに、烈に告白して、自分は返事を返してもらえない事にかなりイライラしていたのは事実である。
 そう、自分の事ばかりで、烈の気持ちなど少しも分かっていなかったのは、どう考えても豪が悪い。

「……悪かったなぁ……俺が、鈍いばっかりに、烈兄貴を苦しめたってのは、今回の事で嫌って程実感したぜ」
『そうだね。僕は、烈くんの気持ち知っていたから、本当に見ていて辛かったよ。でも、僕から烈くんの気持ちを伝える事は、出来なかったからね、豪くんが早く烈くんの気持ちに気付いてくれる事だけを願ってた。だから今回、烈くんがこんな事を言い出したのにも、協力したんだから……』

 しみじみと言われる事が、豪には痛い。トゲの有るようなその言い方は、余程自分に対して怒っていると言うのが良く分かる。
 ミニ四駆で、世界の強豪達と争った時のリーダーである烈を、誰もが大切に思っていた。
 だから、こうして烈を苦しめている人物は許せないのだろう。
 ここは正直、相手がJだけである事に感謝した方がいいのだろうか?
 もしも、この件にビクトリーズのメンバー全員が関わっていたとしたら、自分はどんな目にあわされていたか、考えるだけで恐ろしい。

「……烈兄貴を泣かせないように、肝に命じておくよ」
『そうだよ、僕達のリーダーを手に入れたんだから、覚悟した方がいいよ』

 笑いながら言われているのに、冗談に聞こえないところがJである。

『それじゃ、早く烈くんの所に戻ってあげて、不安だと思うからね。傍に居てあげなきゃ駄目だよ』
「ああ、そうする。心配掛けて悪かったな」
『気にしなくてもいいよ。僕も烈くんの幸せを願ってる一人だからね、豪くんちゃんと肝に命じておいてよ』
「おう、嫌って程命じとくぜ。それじゃな」

 返事を聞いてから、受話器を戻す。

「……さてと、どうやって兄貴に説明しよう……」

 腕を組むと、盛大なため息をつく。
 今ここで、両親が3日間居ないと言う事実が、非常に有り難く思ってしまっても許されるだろうか?






 電話を切ってから色々考えて、正直に話すと答えを出してから、豪は取り敢えず冷たい飲み物を持って烈の部屋へと足を運んだ。

「烈兄貴、入るぜ」

 ドアの前で声を掛けて、一気にドアを開ける。

「兄貴?」

 だが開けた瞬間、気合を入れていた力が一気に抜けてしまった。
 烈はベッドに横になったまま、身動き一つしない。
 どうやら寝ていると分かって、豪は大きく息を吐き出した。

「……体、疲れてんだな……そりゃ、男が女になるなんて、やっぱかなりの負担が掛かるよなぁ……でも、正直言って、烈兄貴にゃ悪いけど、女になっても、違和感ねぇのが兄貴だって思ちまったよ」

 机にお盆を置くと、寝ている烈を上から覗き込む。
 まだ少し顔色が悪いのを見て、豪はもう一度ため息をつく。

「ごめんな、烈兄貴。俺が気持ちに気付いてやれなかったばっかりに、こんな事になって……」

 耳元で囁けば、烈が身を攀じる。
 起こしたと思って慌てた豪は、次の瞬間笑顔になった。

「……ご、う……」

 自分の名前を呼んで、そのまま眠り続ける烈に嬉しそうな表情を向ける。

「兄貴、好きだ。大丈夫、絶対元に戻るから、俺を信じてよ……お休み」

 耳元で優しく囁いて、その頬にキス一つ。

「…んっ…ごう、ぼくもすき、だよ……」

 自分の言葉にタイミング良く返されたそれに、今度こそ起こしたかなっと思ったが、しかし烈は今だに夢の中のようである。

「……これも、薬の効き目って事か……じゃなきゃ、兄貴から好きなんて言葉、ゼッテーに聞けねぇだろうなぁ……」

 苦笑しながら零した言葉に、自分で思わずため息をついてしまう。

「Jに感謝しねぇとだな。これで、烈兄貴と両想いになれたんだから」





 気が付いた時には、辺りは闇に染まっていた。

「えっ、今何時?」

 驚いて時計に目をやれば、もう既に夜の9時を過ぎている。
 豪がJに電話を掛けに行った所までは覚えているのだが、その後の記憶は全く無いのは、どうやら寝てしまっていたのだと気付いて小さく息を吐き出す。

「ボク、何時の間に寝ちゃったんだ……」

 少しボーっとしている頭を横に振って、すっきりさせようとするが、上手く働いてくれない。

「……今までのは、全部夢?……何て、そんな上手い話ってないよねぇ……」

 今だに有る胸の膨らみに、烈はため息をつく。

「でも……」

 豪に自分の気持ちが伝わったという事実は、夢で終わらせたくない。
 その為なら、自分が女になってしまった事も、おまけとして受け止められてしまうのだ。

「……ボクって、意外と現金だよなぁ……」

 自分の考えた事に苦笑を零して、烈はゆっくりとベッドから起き上がった。

「豪、夕飯どうしたかなぁ……」

 少しふらつく足取りで、ドアノブに手を掛けて回そうとした瞬間、ドアは自分が開けるより先に、外から開く。

「えっ?」

 余りに予想外だったために、烈はドアにつられて前のめりに倒れ掛かる。

「おっと……大丈夫か、烈兄貴?」

 倒れると思って覚悟を決めたように両目を閉じた瞬間、声と共に自分を支えてくれているモノに気が付いて、烈は恐る恐る目を開いた。

「ワリィ、驚かせちまったみたいだな……」

 目を開くと、自分の事を片手だけで抱き止めている豪の姿がある。

「大丈夫かよ、まだ調子悪いんじゃねぇのか?」

 心配そうに自分を見詰めて来る弟を、烈は何が起きたのか分からないというような表情で見上げた。

「おーい、大丈夫か?」

 なにも反応を返さない烈に、豪がその表情を除き込むように顔を近付けてきた事で、漸く烈は現状を把握した様に顔を赤く染める。

「だ、大丈夫だ……」

 慌てて豪の腕から抜け出そうとするが、片手なのにその腕の力は強くって抜け出せない。

「ご、豪…大丈夫だから、放せ」
「ああ?」

 自分の腕の中でジタバタと暴れている烈に思わず苦笑して、豪は烈を片手で抱き上げる。

「なっ!?」

 自分の体が突然浮いた事に、赤い顔がますます真っ赤に染まってしまう。

「ご、豪……」

 軽々と片手で抱き上げられた事に、正直言って悔しく思っても仕方ない事だろうか?

「ほら、ちゃんと座ってろよ」

 すとん、とベッドに降ろされて、烈は恨めしそうに豪を睨み付ける。

「そんな、真っ赤な顔して睨まれても、全然怖くないぜ。あっと、そうだ。これ、簡単なもんでわりぃけど、俺が作ったんだ、食べてみてくれよ」

 苦笑しながら言われて、差し出されたものに、烈は驚いて豪を見た。

「これ…本当に、お前が作ったのか?」

 目の前に差し出されたお皿には、チャーハンが盛ってある。
 今まで、一度も料理をした事がないと思っていた弟の手料理に、烈は驚きを隠せない。

「……見た目は悪いけど、食えると思うぜ。まっ、烈兄貴の料理には到底適わねぇけどな」

 驚いたように自分を見詰めて来る烈に、豪は少し照れたように頭をかく。

「ううん、そんな事無いと思うけど……豪、お前は食べたのか?」
「えっ、ああ……俺は、カップラーメンで済ませた。烈兄貴。カップラーメンあんまりスキじゃねぇだろうから、作ってみたんだけど……」

 確かに、烈は余りカップラーメンを好んでは食べない。
 体に良くないからと、母親が烈達には、カップラーメンを食べさせなかったからと言う理由からだと思うのだが、その所為で烈も、カップラーメンを作るよりは、簡単なモノを自分で作ってしまうようになっている。星馬家で、唯一カップラーメンを好んで食べているのは、豪だけなのだ。

「……ボクも、カップラーメンで良かったのに……」
「駄目だ!大体、寝てる烈兄貴が何時起きるかも分かんねぇのに、ラーメン作ちまったらノビちまうだろう」
「……そっか……ごめん。ボクが寝ちゃってたから、迷惑掛けちゃったのに……」
「メーワクじゃねぇよ。んな事より、あったかい内にに食ちまえよ」

 シュンとしている烈に、豪はため息をついて差出ている皿を烈に手渡す。

「あっ、うん、有難う……いただきます」

 お皿を受け取って、素直に礼を言うと、ペコリと頭を下げてスプーンを手に取る。
 豪は、余りにも素直な兄の態度に驚きながらも、薬の作用と納得して、烈の椅子に身を置いた。

「……おいしい…」

 一口、口に入れてから、本当に意外そうに烈が漏らした言葉に、豪は思わず苦笑を零してしまう。

「意外そうに言うなぁ……まっ、チャーハンくらいなら、夜食に時々作ってからな、味の方は保証できるぜ」
「料理、作れたんだ……」

 驚いたように呟かれた言葉に、豪は笑顔を向けた。

「少しならな。兄貴ほどレパートリー多くねぇけどよ。夜、腹が減った時に、母ちゃんとかに言うのわりぃから、自分で作れるようにしてんだ」
「……どうりで、時々母さんが、ご飯が無いって不思議がってた訳だ……」 

 納得したように言われた言葉に、豪は罰悪そうな顔をして、そっぽを向く。

「んっ、でも、本当に美味しい。ちゃんと味付けもしっかりしてるし、ボクが作るのより、美味しいかも……」

 感心しながらスプーンを口に運ぶ。

「其処まで言うと、言い過ぎだと思うぜ。俺には、やっぱり、兄貴の料理が最高だと思うけど」

 少し照れたように言われた言葉に、烈が顔を上げて大きく首を振る。

「そんな事ない!実はボク、チャーハン作るの苦手なんだ。中華鍋って重いから、上手くご飯が振れないんだ……」
「えっ?チャーハンって、中華鍋で作るもんなのか?」

 鍋を振るように右手を動かしていた烈は、不思議そうに自分を見詰めてくる弟に驚いて、もう少しで持っていたお皿を落としそうになってしまった。

「ご、豪?」

 驚いたように、マジマジと豪を見詰めてしまう。

「俺、いっつもフライパンで作ってたんだけど……」
「……べ、別に、それは全然問題無いんだけど……そうか、普通はフライパンでって考えるのかなぁ……だけど、フライパンでもボクは、上手く作れる自信ないなぁ……」

 苦笑交じりに呟いて、烈は少し悔しそうに豪を見る。

「……本当、あっという間に身長追い越されて、体格だってこんなに差をつけられて、同じ男なのに、すっごく悔しい……」
「あ、兄貴?」

 何時もは、絶対に聞けない烈の恨み言。
 本当に悔しそうに自分を見詰めてくる上目使いの眼差しに、豪は正直クラクラしていた。
 可愛い顔をしているのは、いやって程知っていたが、今はそれに綺麗と言う言葉が加わって、更に色気までおまけに付いて来ている。
 それだけに、そんな表情で見詰められたら、正直言って自分を押さえる事なんて出来なくなってしまいそうだ。
 豪は、慌てて烈から視線を逸らす。

「豪?」

 突然視線を逸らされて、烈は不思議そうに首を傾げた。正直言って、豪が今何を考えているかなど、烈には想像も付かないのである。

「どうかしたのか?」

 心配そうに尋ねてくる烈に、豪は慌てて大きく首を振って、邪念を振り払う。

「ご、豪?」

 目の前で、大きく首を振る豪に驚いて、烈は訳がわからず弟の名前を呼ぶ。

「な、何でもねぇよ。そ、そう言えば、烈兄貴!母ちゃん達何時戻るんだ?」
「母さん達なら、3日後の昼くらいになるって聞いてるけど……」
「あっ、そうなんだ……んじゃ、やっぱ問題少なくってすむんだなぁ……」

 納得したと言わんばかりに頷かれて、もう一度首を傾げる。

「豪、それって……」
「れ、烈兄貴、今日はもう休んだ方が良くねぇか?体の調子まだ良くねぇみたいだからよぉ……」

 見たままに焦っている姿に、ピンっときた烈は、そこで盛大なため息をついた。

「いいよ、豪。Jくんから、暫くは戻らないって言われたんだろう?大丈夫、覚悟してたから……」

 ため息をつきながら言われた言葉に、図星を指されて豪は息を飲んだ。

「れ、烈兄貴?」
「大丈夫、豪の事、信じてるよ」

 心配そうに見詰めてくる弟とに、烈はニッコリと笑顔を見せる。

「……俺が、烈兄貴に惚れても仕方ねぇよなぁ……」

 ニッコリとした笑顔で言われた言葉に、豪は参ったと言わんばかりのため息をついて頭を抱えた。

「なっ、何を……」

 頭を抱えながら言われた事に、烈の顔が瞬時に真っ赤に染まる。

「だって、烈兄貴は、俺が欲しいって思ってる言葉を何時でもくれるんだぜ。本当に、心臓直撃にさぁ……」

 ぺろっと舌を出して、烈を伺い見れば、案の定真っ赤な顔をして、口をパクパク動かして、言葉を無くしている姿があった。

『本当、可愛いよなぁ……もっとも、兄貴は自覚なんてねぇだろうけどさ』

 そんな烈を見ながら笑顔を見せて、椅子から立ち上がると烈の隣へと移動する。

「スキだぜ、烈兄貴」

 今だに放心状態の烈に、優しく触れるだけのキス一つ。

「ご馳走さん。やっぱさぁ、烈兄貴が一番美味しいよなぁ」

 ウインクを一つ送りながら、驚いている烈の頬にもう一度キスをする。

「ご、豪……お、お前……」
「誰よりも好きだぜ、烈兄貴。だから、安心して俺の事、好きで居てくれよ」

 ニッコリと笑顔を向けながらの言葉に、烈は呆れた様に息を吐き出す。

「……安心は出来ないけど、ちゃんと好きだよ」

 苦笑を零しながらの言葉に、豪は満足したように頷いたが、一瞬考えて烈の肩を掴む。

「って、ちょっと待てよ……その安心できないけどってのは、どう言う意味だよ、烈兄貴」
「言葉通りだ。お前は直ぐに調子に乗るから、安心できない」

 ため息をついきなが言われた事は、確かに間違いではないかもしれないが、今そんな事を言う烈に、豪は頭を抱えた。

「……兄貴、ムード無い」
「なっ、何言ってんだよ!」

 ぼそっと文句を言えば、真っ赤な顔で怒鳴る烈が居る。
 人の告白タイムに、手厳しいお言葉を返してくれる兄に、豪はもう一度ため息をついた。

「兄貴、分かってんのか!今日から3日間は、俺達二人だけなんだぜ」
「当たり前だろう、母さん達旅行に行ってんだから……」

 今の状態を伝えれば、当然とばかりの言葉が返ってくる。
 それに対して、豪は盛大にため息をついて見せた。

「分かってねぇじゃんか……」

 ぼそっと呟けば、少しむっとした表情で睨んでくる。

「何が、分かってないんだよ」
「分かってねぇじゃんか!俺達、両想いになれたんだぜ。その意味、分かってんのかよぉ!」

 自分の言葉に大声で返されたそれに、言われた事の意味が漸く分かった烈の顔が、瞬時に真っ赤に染まった。
 そんな烈の表情に、呆れたような表情が向けられる。

「漸く、分かったのかよ……だから、兄貴はムードねぇって言うんだぜ」

 ため息交じりに言われた事にも、何も返せない。
 確かに、両想いになれた自分達は、世間一般では、恋人同士になれたと言うのだろう。
 そして、3日間はこの家には二人だけと言う事は、変え様の無い事実なのである。

「……豪、女になってるボクに、何かするつもりだって言うのなら、一生恨むからな」

 恨めしそうに自分の事を上目使いに見詰めてくる兄に、豪はバレない様に笑うと首を傾げた。

「……んじゃ、女じゃなかったら、OKって事?」
「豪!」

 自分の質問に、真っ赤になって名前を呼ぶ兄の予想通りの反応に、豪は笑いを零す。

「冗談だよ。でも、俺が、烈兄貴に惚れてるって事は、ちゃんと覚えとけ!俺も、男だから、好きな奴前にして、ずっと我慢なんて出来る自信はねぇからな。その事をちゃんと理解してくれよ、兄貴」

 ニッと笑顔を向けてくる弟に、烈は何も返せない。
 そう言った豪が、本当に男の顔をしていたから、一瞬胸がドキッとしてしまうのを止められなかった。

「……お前だって、ボクが男だって事、忘れてるんじゃないかぁ……」

 だから、これは少しばかりの反撃。殆ど反撃になっていないって、自分でも分かるけど、一人だけ先に大きくなっている弟に少しでも認めてもらいたいから……。

「んな事、分かってるよ。でも、今は女じゃんか……そうだ!烈兄貴、明日二人で出掛けようぜ」

 突然の話の展開に、烈は驚いて首を傾げた。

「出掛けるって……お前、部活は?」
「明日は、特別に休み!顧問の田中ちゃんと部長が、年明け早々にある競技会のミーティングがあるらしいから、他の奴は休みって事」
「田中ちゃんって……お前、先生だろう?」

 先生をチャン付けする弟に、呆れたような視線を向ける。

「ああ?田中ちゃんで十分じゃん。そんな事より、OKなのかよ、兄貴」
「……OKって……お前、補習授業は?」
「補習授業は、11時までには終わるじゃん。その後から出掛けようぜ」

 嬉しそうに話をする弟の姿に、烈は想わず苦笑を零す。

『そんな風に言われたら、断れないじゃないかぁ……』

 期待の眼差しで見詰められてしまうと、嫌とは言えなくなってしまう。
 それに、何よりも、自分だって豪と一緒に出掛けると言うのは嬉しいから……。

「いいよ。それじゃ、お前が戻ってくるまでに、家の事終わらせとく」

 ニッコリと笑顔で頷く烈に、豪も嬉しそうに笑顔を返すが、少しの間考えると、少し照れくさそうに呟いた。

「……何か、夫婦みてぇな会話だなぁ……」
「なっ、バカ!何、言ってんだよ /////」

 豪の台詞に真っ赤になって怒鳴るが、効力は全く無いに等しい。
それどころか、豪はそんな事気にもしないで、明日の事について、色々と考えているようだ。

「んじゃ、明日、何処行く?映画……今、見てぇのないしなぁ……ゲーセンってのも色気ねぇし…兄貴、行きたいとこあるか?」

 突然尋ねられて、その前に言われた事で真っ赤になっていた烈は、小さく息を吐き出すと苦笑を零した。

「その辺は、お前に任せるよ……」

 そう答えてから、烈はある事を考え付いて慌てて口を開く。

「あっ、でも、家から一緒に出掛けるんじゃなくって、何処かで待ち合わせしよう」
「何で、別に一緒に出掛けた方がいいじゃんか」

 急な烈の提案に、豪は不思議そうに首を傾げる。
 そんな不思議そうな視線で見詰められて、烈は困った様に少し赤くなった顔を、豪から逸らした。

「……えっと、だって、折角だから、その、そっちの方が、こ、恋人らしいだろう?」

 真っ赤になりながらも、豪にそう伝える烈が、余りにも可愛過ぎる。
これも、薬の効果だと想いながらも、豪もそんな烈を前に、満身の笑顔を見せた。

「OK.んじゃまずは、何処に行くかを考えてだなぁ……本当、兄貴行きたい所ねぇの?」
「……………イイ」

 自分の質問に返ってきた言葉が余りにも小さ過ぎて、豪は思わず首を傾げて、烈の方に耳を済ます。

「えっ?」

 自分の聞き返しに、烈は真っ赤になって俯くともう一度だけボソボソと同じ事を口にした。
その聞こえるかどうかの小さな呟きに、一瞬で豪の顔がだらしなくなる。

「兄貴って、本当に俺の事好きなんだ」

 嬉しそうに笑いながら、真っ赤な顔で俯いている烈の頭にぽんっと手を乗せる。

「……ばか…子供扱いするんじゃない……」

 自分が言った言葉を後悔して、泣きたくなるくらい恥ずかしそうにしている烈に、豪はもう一度笑顔を向ける。

「してねぇよ、子供扱いなんて……ただ、烈兄貴が、すんげー可愛いから、扱いに困ってるだけ……」
「……そんな顔で言われても、困ってるようには見えない……」

 豪の言葉に、チラリと視線を向けてから、烈はポツリと文句を言う。
 確かに、満面の笑顔で言われも、困っているようには見えない。

「えっ?だって、兄貴に『豪と一緒だったら、何処だっていい』なんて言われりゃ、スゲー嬉しいじゃん」

 本当に嬉しそうに言われたそれに、漸く戻り始めた烈の顔がまたしても真っ赤に染まる。

「ば、ばか!そんな事、言ってないだろう!」
「駄目だぜ。今更そんな事言っても遅いっての。ちゃんと聞いちまったんだからな」

 締りの無い笑顔を見せながら、言われた事にますます顔が真っ赤になるのを止められない。

「……そ、そんな事ばっかり言う奴なんかと、一緒には出掛けないないぞ」

 真っ赤になった顔を見られたくなくって、顔を逸らしながら、烈が拗ねたように呟いたそれに、豪の方が慌て出す。

「えっ……んなんなしだぜ!大体、そう言ったの兄貴……って、分かった。もう言わねぇよ。んじゃ、明日、何処で待ち合わせする?」

 文句を言おうとしたのを慌てて止めて、豪が会話を切り替えた。
 そんな慌てた豪の態度に、烈は笑いを零しながら、返事を返す。

「うん、それじゃ、駅の近くの公園にある花時計前。あそこなら、何処に行くにしても、行きやすいだろう?」
「OK.んじゃそこで、12時に待ち合わせって事でいいか?」
「……12時で、お前が大丈夫なのか?」

 時間を聞いて、学校から家に帰って着替えると言う時間を考えると、思わず心配せずに入られない。

「大丈夫に決まってんだろう!陸上部期待の新人である俺が走れば、あっという間に着いちまうよ」

 烈の心配に、豪は笑顔を見せる。そんな弟に、苦笑を零すと烈は小さく頷いた。

「……分かった。それじゃ、何処に行くかは、お昼を食べながら考えるって事でいいよな?」
「もちOK。んじゃ兄貴、疲れてるだろうから、そろそろ休めよ。それは、俺が片付けるから……」

 空になったお皿を貰おうと、手を差し出す。

「いいよ。これくらいボクが片付ける。夕飯に、ロールキャベツ作ってやれなかったんだから……」

 言いながら、烈がベッドから立ち上がろうとして、バランスを崩した。

「ほら、無理すんなよ。ちゃんと休まねぇと、明日遊びに行けねぇぜ」

 倒れそうになる体を支えて、豪が苦笑を零す。
烈も、それを素直に認めるしかなくって、ため息をついた。

「みたいだな……それじゃ、悪いけどお願いする事にします」

 苦笑を零すと、素直にお皿を手渡し、ペコリと頭を下げる。
 そんな烈に、豪も苦笑を零すとそのお皿を受けとって、机の上に置く。

「んじゃ、兄貴が眠るまで、俺が傍に居てやるよ。ほら、横になれよ」
「な、何、バカな事言ってるんだ。さっさとそれ持って出て行け!」

 真っ赤になって怒鳴る兄を前に、全くそれを気にもせずに、烈の体をベッドに横にさせて、その頭を優しく撫でる。

「……お前、人の話聞いてるか?」
「聞いてるよ。大丈夫、ちゃんと兄貴が寝るまで傍に居るから、安心していいぜ、兄貴」
「……全然聞いてないじゃんか……」

 弟の言葉に文句を言いながらも、優しく自分の頭を撫でる手の暖かさに、静かに瞳を閉じた。
 そして、数分もしない内に、静かな寝息が聞こえてくる。
 そんな烈に、優しく微笑を零すと、その額にキスを落とす。

「……お休み、烈兄貴……」


 

          

 

 


     終わっていません。(><)ごめんなさい!
  そして、何時終わるのかも、本人には謎です。(終わっていますね・・・・・・)
  続きを気にして下さっていると言うお優しい方、本当にごめんなさい。
  が、頑張って続きは書きますです。(言い切って大丈夫なのか、私?)

  取り合えず、「さっさと続き書け」って思った奇特なお方は、メールにて催促してみて下さい。
  もしかしたら、早くにUPされるかもです・・・・・・。(信じちゃ駄目ですよ<苦笑>)