― Wizard ― 

    

「チッ、完全に迷ちまったみてぇだな……」

 ひたすら森の中を進んで行きながら、邪魔な木々を薙ぎ払う。

「Jの奴、心配してるだろうなぁ……」

 昨夜交わした会話を思い出して、ゴーは深いため息をつく。
 『一緒に行く』と言って聞かなかった幼馴染を振り切って、この森に入ったのはいいのだが、見事なまでに迷ってしまったのである。

「…一緒に来てもらえば良かったのか?……いんや!んな格好わりぃ事、出来る訳ねぇよな……」

 自分で言った事にもう一度ため息をつく。

 この森に入った理由も、自分が友人達と賭けをした所為なのである。
 だからこそ、他の者に大見得を切った以上、そんな格好悪い事はしたくは無い。

 そう、事の起こりは、自分達が住んでいる村の近くに存在しているこの森に、魔物が住みついていると言う話しから始まった。
 勿論、何処の森にでも魔物は存在しているのだが、この森には、人間達に最も恐れられているドラゴンが存在していると言われているのだ。
 しかし、それは本当に噂でしかなく、今までその姿を見た人がいない事から、それは噂だと言う事から、今回の話しになったのである。

「馬鹿じゃねぇのか!大体、居るかどうかも分かんねぇもんに怯えてどうすんだよ!」

 どうしてそんな話になったかと言えば、荷物を町まで運んだ人物からの愚痴が原因だったように思う。

「けどよ、姿は見てねぇかもしんねぇけど、鳴き声を聞いたってヤツは結構居るんだぜ」

 ゴーの言葉を否定するように、一人の青年が口を開く。

「誰も、ドラゴンの鳴き声を聞いた事ねぇんだろう?それで、どうしてドラゴンの鳴き声だって分かんだよ?」
「言われてみりゃそうだけど……けどよ、それって、逆にドラゴンの鳴き声かもしれねぇって事じゃねぇのか?」
「確かにそうかもしれないね。僕も、その意見には賛成かなぁ……」

 ゴーの隣に座って、大人しく飲み物を口にしていたJが、その青年に同意するように大きく頷いた。

「Jまで、何言ってんだよ…本気か?ドラゴンなんて、其処ら辺に居るような奴じゃねぇんだぜ。それに、誰も姿見てねぇもんに怯えて暮らすなんざぁ、俺はまっぴらだかんな!」
「じゃあ、ゴー!お前が調べてくりゃいいだろう!」

 自分の言葉に、気に入らないと反論されたその一言に、ゴーは一瞬その人物を御視してしまう。

「そうだよなぁ!俺が調べればいいんだよな!」

 そして、その後嬉しそうに両手を叩く。
 そのゴーの言葉に、その場に居た全員が驚いたようにゴーを見た。

「ゴーくん本気?」

 嬉しそうなゴーに、Jが恐る恐る尋ねてみれば、嬉々とした答えが返ってくる。

「当たり前だろう!俺、常々思ってたんだよなぁ…あの森を抜けた方が町に行くには早いだろう?居るかどうかも分かんねぇもんに怯えて遠回りするのは気に入らねぇって……よしゃ!俺が森に入って真相を確かめてやるぜ!」

 確かに、ゴーの言う事はもっともだ。

 この村から、一番近い町に行くには森を遠回りして行くため、1日掛かりとなってしまう。
 だが、森を突き抜けて通れば、少なくとも半日で着くのだ。

「駄目だよゴーくん、そんな危険な事……」
「へー、面白そうじゃねぇか!よし、賭けしようぜ。ゴーが本当に調べに行けるかどうかを……」
「ああ?んな賭けしねぇでも、ちゃんと調べにに行くぜ」

 言われた事に面白くなさそうな表情を見せ、ゴーが抗議をするが、もう時既に遅く、J以外の人物は全てその賭けに参加していた。

「たく……んで、もし本当に真相を確かめたら、俺には何が貰えるんだ?」
「そうだなぁ……よし、ゴーには200ギル出してやよ」(1ギルおよそ、千円です)
「本当かよ?偉く豪勢だなぁ…」

 どうやら、ドラゴンの真相に興味があったのは自分だけではないようである。
 その申し出に、ゴーはニヤリと笑って見せた。

「よし、乗った。んじゃ、明日から出発する。期限は何日だ?」
「…そうだなぁ…3日だ。それ以上は、駄目だぜ」
「OK.文句無しだ。んじゃ、明日からスタートって事で、俺は準備があるから先に帰るぜ」

 言うが早いか、ゴーは席を立ち上がって酒場を後にする。

「おう!3日後を楽しみにしてるぜ」

 店を出て行くゴーを見送りながら、青年たちは楽しそうに笑いあった。

「ゴーくん!」

 Jは、そんなゴーの後を慌てて追い掛ける。

「ゴーくん、本気で言ってるの?」
「当たり前だぜ。200ギルにもなるんだからな。こんな美味しい話はねぇって、大体、前から気になってたことを解消出来るんだから、願ってもねぇチャンスだ。J!俺の邪魔すんなよ」
「邪魔はするつもり無いけど……一人で行くの?」
「当たり前だろう。お前、付いて来るっても聞かねぇぜ」

 Jが言おうとした事よりも先に、ゴーが釘をさす。

「ゴーくん」
「たりめぇだろうが!お前連れてっても足手まといだからな。お前、剣も扱えねぇだろう?」

 確かにゴーの言う通りである。
 ゴーは、この村では剣の名手だと言われるくらいの遣い手なのだ。
 一方Jは、剣を使いこなす事は苦手としている頭脳派である。
 体をつかうことよりも、頭を使う事の方が得意なJを魔物の巣窟と言われている森に連れて行く訳にはいかない。

「でも……」
「大丈夫だって!心配しなくても、ちゃんと真相を確かめてやるよ。別に、ドラゴン退治に行く訳じゃねぇんだから、何も危険はねぇんだろう?」

 嬉しそうに言われた言葉に、Jはそれ以上何も言えなくなってしまう。
 だが、森が危険な所であるのは、誰もが認める事実である。
 そんな所に、親友である幼馴染みを一人で行かせ訳にはいかない。

「やっぱり、僕も行くよ」
「駄目だ!お前にゃ無理だよ。大体、俺も、お前まで護ってやれる自信ねぇしな。とにかく、たった3日だぜ、心配すんなって」
「でも……」
「J、それ以上は聞かねぇぞ。例えお前でも、これだけは譲れねぇからな」

 それでも言い募ろうとするJに、ゴーが少し怒ったような表情で睨み付ける。
 その表情に、Jはもう何も言えなくなってしまった。

「……分かったよ。それじゃ、3日間の食料を調達しないと駄目だね……僕も手伝うよ、ゴーくん」

 だから、ため息をついて、Jは渋々同意せざる終えない。
 一度言い出したら何を言っても無駄であると言う事に、長い付き合いから分かっているJは、少しでもゴーが安全に過ごせるように、旅の準備を手伝ってくれた。



 そして今、ゴーは森の中をさ迷っている。

 ドラゴンが居るとしたら、森の中にあるという湖だ。
 その近くに洞窟があり、鳴き声は其処から聞こえているのだと旅人達が話しているのを聞いた事がる。

 だが、肝心の湖が見付からなければ話にならない。

 半日以上歩いていると言うのに、今だにその湖は見付かっていないのである。

 そう、半日。

 一度森を抜けて、街が見える場所まで出てしまったという失敗までしてしまったのに、その湖は見付からない。
 しかも、どうでもいいような魔物のおまけ付き。

 はっきり言って、もううんざりである。

「真っ直ぐ北じゃ駄目って事は……やっぱ西か東って事かぁ……」

 北南には距離は短いのだが、西東には距離のあるこの森をただ北に向かっていたゴーは、あっさりと森を抜けてしまった。
 ならば、西か東のどちらかに向かえば、湖も見付かるはずなのだ。

「……取り敢えず、西から行くか…」

 自分の勘を信じて、歩みを西に変えてみる。

「……この森歩ききるにゃ、3日は短いかもなぁ……」

 今更後悔しても遅いのだが、自分の愚かさに、ゴーは頭を抱えたくなってしまう。

「ても、200ギルのためだからなぁ…」

 大金が入るかもしれないのだから、今更後には引けない。
 それに、そう言う時の自分の勘は外れた事がないと自分では信じているのだ。

「まっ、剣の腕も磨けるし、一層二層ってやつだよな」

 Jが居れば、『それを言うなら、一石二鳥だよ』と鋭い突っ込みが入りそうな事を言いながら、西へと歩いて行く。






「たく、いい加減にしろってんだ!」

 普通の魔物なら、幾らでも相手になる自信はある。
 だが、今相手にしているものは太刀が悪い。

 群れでいる事の多い狼は、自分達の縄張りに入り込んだ者には、まったく容赦しないのである。

「お前等の縄張りだって知んなかったんだから、仕方ねぇだろう!」

 狼相手に説得しても仕方ないのだが、言わずには居られない。
 何せ、後から後から飛び掛ってくる狼達を相手にするのは、幾ら体力には自信のあるゴーでさえもかなり大変だ。

「……さて、どうするかなぁ……」

 狼達を避けながら、どうやって回避するかに頭を働かせる。
 余裕がある今はいいのだが、このままでは自分の身が危ない。

 だからと言って、狼達を傷付けるのは、出来ればしたくはないのだ。
 何せ、縄張りに入り込んだ自分が悪いと、ちゃんと認めている。

 狼達は、人間に自分達の縄張りを教える目印を付けている。
 それに気付かずに入り込んだのだから、完全にゴーの失敗だ。

「っても、このままじゃ、やべーよなぁ……」

 ため息をついて、飛び掛かってくる狼を避けると、ゴーはこの狼の群れのリーダーを探す。
 さっと辺りを見回せば、銀色の他の狼達よりも一回り位大きな狼が見守るように、少し離れたところで自分たちを見ているのに気が付いた。

「あいつがリーダーって訳か……しゃーねぇなぁ…恨みはねぇけど、この状況から抜け出す為に、犠牲になってもらうぜ…」

 少し距離のある事を確認して、ゴーは素早く行動に移す。
 自分に向かってくる狼達を振り切って、ざっとその狼に飛び掛かる。

「お前にゃわりぃけど、俺もここでくたばる訳にゃいかねぇんでな」

 ぐっと剣を握る手に力を込めて、振り上げた。
 狼の方もそれに気が付いて、ゴーに襲い掛かって来る。

「行くぜ!」

 ざっと、剣を振り下ろそうとした瞬間、突然誰かの声が響き渡った。

「避けるんだ!エーリ」

 その声に反応するように、銀色狼がざっとゴーから遠去かる。
 それと同時に、ゴーの剣が空を切った。

 突然のその声に、今まで敵意を剥き出しにしていた狼達も急に大人しくなってその場に座り込んでしまう。
 ゴーが、その声の主を確かめ様と振り返れば、そこには自分よりも2、3歳は若そうな少年が立っていた。
 木に手をかけているその少年が、明らかに普通の少年と違うように思えるのは、その雰囲気と何よりも少年の髪と瞳が、今まで見た事も無いような、綺麗な赤色をしていたからだ。
 そして、その印象的な瞳が、ゴーを睨み付けて来る。

「早くこの地か、出て行け……」
「なっ……お前……」

 余りに理不尽な言葉に、文句を言おうとしたゴーは、この群れのリーダーであるはずの銀色狼が、まるで飼い犬のようにその少年に甘えていると言う光景を目の前にして、ゴーは驚いて両目を見開いた。

「狼が、人に懐いてる……?」

 まるで信じられないモノでも見るように、ゴーは少年を見詰めてしまう。

「ボクの声が、聞こえなかった?」

 自分を見詰めて来る相手に、気に入らないとばかりにぎっとキツイ眼差しを向けてから、少年はゴーの傍まで歩いて行くと、自分を見詰めているゴーに手を振り上げた。

 パーンと乾いた音が、響き渡る。

「いてぇなぁ!何すんだよ!」

 突然殴られた事に、ゴーが抗議の声を上げるのは当然であろう。

「それは、こっちの台詞だよ!自分のした事が分かってないのか?」

 自分より背の高いゴーを見上げる格好でも、少年のその瞳は怯む事無くゴーを睨み付けて来る。
 その瞳が余りにも綺麗で、ゴーは一瞬殴られた事実も忘れて、思わず見惚れてしまう。

「聞いているのか?ここは、人が入れる領域じゃない。ちゃんと印が付いていた筈だぞ、それを……」
「……御免……気付かなかったんだ…」

 少年の怒りは最もである。

 確かに、森に入る条件で、人と動物の間には領域を侵さないという約束がなされているのだ。
 その約束を破った者は、襲われても文句は言えないのである。

 突然素直に謝られて、少年は小さく息を吐き出した。

「分かったのなら、早く出て行ってくれないかなぁ……」
「悪い、それは出来ねぇんだ」
「なっ、お前……」

 ゴーの申し訳なさそうに言われた言葉に、少年の瞳がまた怒りの色を見せる。

「ちゃんと悪い事だって分かってるけど、俺にも引けねぇ理由があるんだ」

 怒っている少年に頭を下げながら、ゴーはボソボソと言い訳をしてみた。

「……その理由って、ドラゴンの存在でも確かめにきたのかい?」

 ズバリと言われた事に、ゴーが一瞬怯んでしまう。
 そんなゴーの態度に、少年は盛大なため息をつく。

「なら、教えてやるよ。ドラゴンはこの森にちゃんと存在している。ほら、分かっただろう。これで十分?」

 口調の割には、ぎっと睨み付けて来る瞳と、不機嫌そのままの態度で言われた事は、確かに自分が知りたかった内容なのだが、それでゴーが納得できるはずも無い。

「十分じゃねぇよ!そのドラゴンをこの目で見るまで、帰れねぇんだ」

 ぐっと少年の腕を掴むと、自分の方に引き寄せる。
 それと同時に、近くで自分達の事を静かに見守っていた狼達が一斉に、低い呻き声を上げてゴーを威嚇し始めた。

「な、なんだ?」

 突然の事に、少年もギッとゴーを睨み付けると、掴まれている腕を無理やり引き剥がす。

「お前、飯食ってんのか?Jより細せーぞ…」

 だがゴーは、そんな狼や少年の態度も全く気にせず、それよりも自分が掴んだ腕が余りにも細い事の方に驚きを隠せないようである。

「……そんな事、お前には関係無いだろう!大体、Jって誰だよ?」
「ああ、そうだよなぁ…Jってのは、俺の幼馴染み兼親友。そいつも結構細いけど、お前よりは全然マシだぜ」

 ため息をつきながら説明された事に、少年の瞳が呆れたように細められた。

「お前、馬鹿か?誰もそんな事聞いてないだろう。それに、ボクがどうだろうとお前には関係無いはずだよ」
「…そりゃそうだ。でもなぁ……あっ、でもお前が人間じゃなくって、この森の精霊だって言うんなら、細くっても納得できるよなぁ…」

 少年の言葉を全く聞き入れず、一人でブツブツと呟いているゴーを前にして、少年はもう一度盛大なため息をついた。

 ドラゴンの存在を確かめにきた人間で、こんな奴は今まで居なかったから……。
 まず、自分のこの姿を見てそのまま逃げ出すか、『化け物』だと襲いかかってくるかのどちらかしか居なかったのだ。
 それを、こんな風に当たり前のように話し掛けて来た人物など、今まで一人もいない。
 ましてや、『森の精霊』などと信じられない事まで真剣に言っている。

「…変な奴だなぁ…」

 余りにも今まで見てきた人間達と違うゴーの態度に、少年は思わず苦笑をこぼす。
 今だに、ブツブツと独り言を続けていたゴーは、突然聞こえてきた小さな笑い声に、少年の方に視線を向けると、ふっと優しい表情を作った。

「漸く、笑ったな。まっ、俺が怒らせてたんだけど、折角綺麗な顔してるのに、笑わねぇと損するぜ」
「調子に乗るな!男に綺麗なんて、褒め言葉だと思うなよ」

 ウインク付きで言われた事に、少年の顔が一瞬真っ赤になるが、次の瞬間には怒鳴り声で返されてしまう。

「そっかぁ?十分、褒め言葉だと思うけどなぁ…」
「そんなの、お前だけだ!」

 プイッとゴーから視線を逸らすと、少年は自分の足元に寝そべっている狼へと視線を移した。

「エーリ、もう大丈夫だから、今日はみんなを連れてお帰り」

 少年の言葉に、エーリと呼ばれた銀色狼は、心配そうに少年を見詰めてから、チラリとゴーに視線を向ける。

「大丈夫だよ。こいつは敵じゃないみたいだし、ボクももう帰るから、心配しなくても大丈夫だよ」

 心配そうに自分のことを見詰めて来る狼に、少年が優しく微笑んで見せた。
 突然目の前で見せられたその笑顔に、ゴーは一瞬心臓を掴まれてしまう。

『な、何だよ、この胸の動悸は?』

 ドキドキとする自分の心臓と、急に感じた顔の火照りに、ゴーは慌てて少年から視線を逸らす。

「エーリ?」

 そんなゴーの態度に、何かを感じ取ったエーリが、ゴーに敵意を見せる。
 突然感じた殺気に、少年は不思議そうに首を傾げた。

「どうしたんだい、敵は居ないはずだけど……?」

 辺りに視線を走らせてから、気を落ち着かせるように頭を優しく撫でてやっている少年に、ゴーはため息をつく。

『……やっぱ、動物は鋭いよなぁ。俺でさえまだ分かねぇ気持ちだってのに、逸早く何かに感付いちまったんだから……』

「仕方ないなぁ……ほら、みんなが君の指示を待ってるだろう?」

 その言葉に振り返れば、確かに他の狼達がリーダーであるエーリの指示を待っている状態である。
 エーリもそれで納得したのだろう、一匹の狼に近付くと何かを話すような素振りを見せて、一瞬少年を振り返ってから、大きな声で吠えた。
 その一声で、ザッと狼達が動く。だが、リーダーであるエーリだけは、その場に残る。

「……本当に、心配性だなぁ……じゃあ、帰ろうか、エーリ」
「えっ、ちょっと待て!俺の事は完全無視か?!」

 ゴーの事を無視して、少年が歩き出すのを、ゴーは慌てて止めた。
 声を掛けられた少年は、面倒臭そうに振り返ると、盛大なため息をつく。

「ボクにどうしろって言うんだ。今日は、もう遅いから、ボクの家に泊めましょうか?……とでも言えば、良い訳?」

 嫌味な程の問い掛けに、ゴーは大きく頷いて返す。

「それって、すっごくずーずーしくない?勝手にこの森に入って来て、しかも聖域に断りも無く入ってきたのを許してあげたって言うのに、お礼の一つも無い相手をボクが持て成すとでも思ってるのかい。しかも、君はドラゴンを捜しているんだろう?ボクは、興味本意でいい加減な奴は大嫌いなんだよ!」

 狼に見せた優しい笑顔はから一転して、厳しい表情を見せる少年の言葉は、確かにもっとも過ぎてゴーに文句を言う隙など全く無い。

「…あっと、そうだよなぁ……ワリィ、助けてもらったってのに、礼も言ってなかったんだよな……えっと、さんきゅな。それと、ドラゴンのことだけど、確かに興味本意かもしれねぇ、だが俺は俺なりに真剣なんだ。そりゃ、褒められた事じゃねぇかもしれねぇけど、認めてくれねぇかなぁ……」

 一言一言、言い難そうにではあるが、それでもはっきりとそう言って、ゴーは真剣な瞳で少年を見る。そんなゴーの瞳を真っ直ぐに見詰め返してから、少年は苦笑を零した。

「本当に、褒められないよなぁ……いいよ、今日だけは許してあげるよ。今から君を帰すと、また別な聖域を侵しそうだからね。そうなると、ボク達にも危害が及ぶ、そんな事になれば困るから、特別に泊めてあげるよ」

 ため息をつきながら言われた言葉に、ゴーの表情がパッと明るくなる。

「本当か?サンキュー」
「ただし、条件がある」

 嬉しそうな顔をするゴーを前に、少年はキッと表情を厳しくした。

「ああ?」

 条件と言われて、ゴーが素直に首を傾げる。

「……ドラゴンの事は、もう諦めてよ」
「なっ、何だと!」
「それが条件だよ。出来ないのなら、ここで野宿でもするんだね。ああ、言い忘れてたけど、ここで野宿するんだったら、魔物には気を付けた方がいいよ。この森に住んでいる魔物は、夜の方が活発に行動するから、昼間のようにはいかないからね……って、そんな事当たり前だったけ……」

 クスクスと笑いながら言われた事に、ゴーは複雑な表情を見せた。

「……それって、卑怯じゃねぇか?」
「卑怯?どこがだい。ボクは親切で教えてあげただけだよ。どうするかは、君次第だしね」

 笑顔を見せているのに、冷たい表情を浮かべる少年に、ゴーはため息をつく。

「……それって、そんなにしてまで、ドラゴンの事を知られたくねぇって事なのか?」

 ため息をつきながら質問した事に、冷たい表情を見せていた少年の瞳が一瞬だけ悲しみの色を見せた事を、ゴーは見逃さない。

「き、君には関係無い事だよ。どうするの、条件は呑むのかい?」
「……お前さぁ、今自分どんなしてる分かってるか?」

 突然言われた事に、一瞬意味が分からなくって首を傾げる。
 そんな少年を前に。ゴーはもう一度ため息をついて、そっと少年との距離を詰めた。

「そんな泣きそうなして、一人で何を抱えこんでんだよ。そりゃ、初めて会った俺みたいな奴じゃ信用出来ねぇかも知れねぇけど、笑えないのって辛いんだぜ」

 優しい表情で言われた事に、少年の瞳が大きく見開かれる。

「……君に、何が分かるんだよ!何も、知らないくせに!ドラゴンの事、本当に知らないのに、興味本意でここに居る君になんか!」
「分からねぇよ。お前が、どんなに苦労してるのかなんて、分かる訳ねぇだろう。ましてや、お前がドラゴンをどれだけ大切に思ってるかって事も、言わねぇと俺には分かる訳ねぇじゃんか」

 真っ直ぐな瞳が自分を見詰めてくるのに、そのまま見詰め返す。
 本当に不思議な人物。力強いその瞳が、自分を捕らえて離さない。
 そんな瞳を見詰めながら、初めて自分が取り乱しているということに、少年は気が付いた。
 そして、気持ちを落ち着かせるように、小さく息を吐き出すとゴーから視線を逸らして、口を開く。

「……いいよ、ボクに付いて来てよ。但し、これだけは絶対に約束して欲しい。影には気を付けて……」
「影?」

 諦めたような少年の口から言われた事に、ゴーは不思議そうに首を傾げた。

「夜の魔物で、一番厄介な相手が影なんだ。光の中では大した力じゃないけれど、夜は奴等の力を強くする。一度取り込まれると、助ける自信はないからね」
「OK.気を付ける。有難うな、助かったよ。無理言ちまってるのに、承諾してくれた上に、忠告までしてくれて……」

 申し訳なさそうに頭を下げるゴーを前に、少年は盛大なため息をついて見せる。

「……無理を言ってる自覚があるみたいで、安心したよ。なら、さっさと動くよ、これ以上は時間が無いからね」

 すっと空を見上げる少年に釣られて、ゴーも空を仰ぐ。
 確かに、夜の訪れを表すように、明るかった空は、少しづつその色を闇色に染め始めていた。

「エーリ、先頭に行って、ボク達を誘導してくれる?今日は、何時もの道は遣えない。出来るだけ安全な道を……」

 チラリとゴーを見ると、エーリを促す。

「ああ?俺の事なら気にする事ねぇぜ。腕には自信あるからよぉ、自分の身くらいは護れるぜ。それより、心配なのはあんたの方だぜ、剣も持たずに、良くこの森に居られるなぁ」
「……確かに、君の腕は大したモノだったよ。あれだけの狼を相手に、一匹も傷付ける事無く、自分自身でさえ無傷だったんだからね。でも、魔物には、剣の通じない相手が居るんだよ。……それにこの森は、ボクにとっては庭と同じ、剣なんて必要無い」

 フイッとゴーから視線を逸らすと、先に歩き出したエーリの後を追うように歩き出す。
 そんな相手の態度に、ゴーは苦笑を零すと、少年に続いて歩き出した。




「なぁ、まだ着かねぇのか?」

 あれからかなりの時間を歩いているように感じるのだが、人が住んでいそうな場所には到達出来ないで居る。

「…腕に自信はあっても、体力には自信が無いようだね。でも、休憩してる余裕は、残念だけど無いよ。どうしても休憩したいのなら、お一人でどうぞ」

 自分の前を涼しい顔で歩いている少年は、本当に息一つ乱れていない。
 そんな相手に言われた言葉は、ゴーの事を馬鹿にしているようにしか聞こえない。

「なっ、誰が体力に自信が無いんだよ!俺は、体力と剣の腕にだけは自信があるんだ。ちょっと聞いただけだろうが!」
「なら、黙って歩くんだね」

 呆れた様にため息を付く少年に、ゴーは面白くなさそうな表情を見せた。

「……っと、あの明かりなんだ?」

 少年から視線を逸らした時に、森の奥でぼんやりと見えた光。
 それに気が付いて、ゴーはジッと目を凝らして、その光の正体を確かめ様とする。

「馬鹿、見るな!」

 だがそれは、突然少年に怒鳴られて遮られてしまった。

「なっ、何だ?ビックリしたぁ……」
「ビックリしたのはこっちだ。死にたいのか!あれは、死者の行列だぞ。向こうに気付かれたら、魂を取られるんだからな!」
「気付かれたらって……んな大声出す方が、気付かれるんじゃねぇの?」

 大声で怒鳴られた事に、ゴーが少しの反論を試みる。
 それに、少年は呆れた様に盛大なため息をついた。

「本当に知らないのか?死者に声は聞こえない。あれは、あの光に見入られた者だけを狩るんだ」

 呆れながらも説明された事に、ゴーは何も返せなくなってしまう。

 そんな事、知らなかったのだ。
 夜の森に入るのは、命知らずと馬鹿くらいなものだと、村では当たり前のように言っていた理由が今漸く分かったのである。

 夜の方が魔物が強くなると言う、そんな当たり前の事でも、それは経験した者だけにしか分からない事。

「悪い…また、助けられた……」

 怒られた子供のように、シュンとしているゴーに、少年はもう一度ため息をついた。

「この森を生きて出たいんだったら、その好奇心をなんとかするんだね」

 苦笑を零しながら呟いて、少年が近くに落ちている小石を拾い上げる。

<大地を護る精霊達よ、ドラゴンの守護族であるレツが願う。
 我に、聖なる力を貸したまえ これにその者達の力を宿せ
 悪きモノを退ける力となれ>

 拾い上げた小石が、少年の聞いた事もないような言葉と同時に両手の間に浮いて、光を放つ。
 その光が消えると同時に、浮いていた小石が少年の手に収まった。

「……ボクの目の前で死なれるのは、目覚めが悪くなるからね。…これを、魔除け代わりだよ。但し、何かに気を取られるな。エーリの後に付いて行く事が、一番安全だからね」
「……あっ、ああ……」

 差し出された小石を受け取ると、ゴーは素直に頷く。

「ポケットにでも入れとくんだね。3日くらいなら、効力はあるはずだよ」

 言われた事にもう一度頷いて、ポケットに入れれば、小石から不思議な暖かさが伝わってくる。

「これって……」
「説明しても、分からないだろうね……それよりも、急ぐよ。ここも安全じゃない。家まではもう、そんなに距離はないから……」

 苦笑を零した少年が、次の瞬間一瞬だけ優しい表情を見せた。
 そして、自分達よりも少し離れた所で待っている狼の場所まで走って行く。
 それを見詰めながら、ゴーは先程自分に向けられた表情が胸に焼き付けられてしまったようで、顔が熱くなるのを感じた。

「あっ、おい!お前……じゃねぇ……えっと、あーっ何て呼べばいいんだよ……」
「別に、好きに呼べばいいだろう。ボクだって、君の事を知らないんだからね」

 狼の頭を撫でながら、ゴーを振り返った少年に言われた事に、思わず納得してしまう。

「そう言えば、まだ自己紹介もしてねぇんだよな……命助けて貰ったってのに……んじゃ、改めて、俺はゴー。直ぐ其処のセイバー村に住んでんだ」
「あっそ……そんな事よりも、時間がないって言ってるだろう。君、人の話聞いてる?」

 ニッコリと笑っての自己紹介に、呆れたような少年の言葉が返される。

「なっ、おい!普通、名乗ったら、名乗り返すのが礼儀だろうが!」

 冷たく返された言葉に、ゴーが文句を言うのは当然の事だろう。

「…そんな事、頼んだ覚えはないよ。エーリ、行こう」

 文句を言うゴーを完全に無視して、少年が踵を返し、狼を促すと歩き出す。

「お、お前なぁ……」

 歩き出した少年に、続けて文句を言おうとしたゴーは、突然感じた気配に振り返った。
 それは、少年の方も同じで、豪よりも早く振り返ったと同時に戦闘態勢に入っている。
 その傍では、少年を護るように狼が威嚇して、低い唸り声を上げていた。

「……時間が経ち過ぎた……」

 ポツリと漏らされた言葉に、ゴーが少年を振り返えろうとするが、突然感じた突風に意識を奪われてしまう。

「なっ、何だ?」

 自分を擦り抜けて通り過ぎたそれに、ゴーはとっさに少年を振り返った。

<清らかなる 風界の主達よ 我を護れ!
 その穢れし 異界のモノを退ける為に 真実の力を我に示せ!>

『風 障 壁!!』

 少年の言葉が終わると同時に、また別の風が少年の周りに吹く。
 そして、ゴーが感じた何かが、その風に弾き飛ばされた。
 その遮られた何かが、黒い霧となってゴーの目の前に姿を現す。

「エーリ、下がって……」

 自分の横で、今にも飛び掛ろうと見を低くして身構えている狼に声を掛け、少年は静かに瞳を閉じた。

<光よ集え、汚れし闇をその輝きで照らし出せ。
 我、守護族のレツが願う。我に力を貸し与えたまえ!>

『月 光 雨!!』

 一瞬、辺りを眩しい光が迸る。その眩しさに、ゴーは手をかざして目を閉じた。
 その光と共に、風が唸るような低い声がゴーの耳に響いてくる。

「い、一体、何があったんだ?」

 訳の分からないゴーが目を開いた時には、黒い霧のようなモノの姿は何処にもなく、静寂な闇だけが辺りには広がっていた。

「……暢気な奴だなぁ……」

 呆然としているゴーを前に、少年は肩で息をしながら、大きく息を吐き出すと崩れるようにその場に座り込んだ。

「って、お前……大丈夫なのか?」

 暗闇の中でも、少年の疲労が見て取れるのに、ゴーは心配そうに声を掛けた。

「……大丈夫なように、見えるのか?」

 肩で息をしながら、それでも強気な態度を見せる少年の態度に、ゴーは苦笑を浮かべる。

「見えねぇよ……それにしても、さっきのあれって、魔法ってヤツだろう?剣が必要ねぇ訳だよな。あれだけの魔法が使える奴って、そうそう居ねぇだろうからな」

 初めて目の前で見た魔法の力に、興奮したように笑顔を見せるゴーを前に、少年はため息をついた。

「……逃げないのか?」
「はぁ?何で逃げる必要があるんだ?」

 疲れたように、自分を見詰めながら質問された事の意味が見えなくって、正直に聞き返す。
 だが、逆に聞き返された少年は、自分の質問に不思議そうに見詰められて、困ったような表情を見えた。

「……普通の人間では使えない魔法を、目の前で使ったから……」
「ああ、見せてもらった。すげぇーよなぁ!俺、この目で見る事が出来るなんて思ってなかったから、感動したぜ」

 心配そうに見上げた先には、満面の笑顔で嬉しそうに魔法を見た感想を述べている姿があって、それを目の前にして、少年はさらに疲れたように大きく息を吐き出して苦笑を零す。

「……もういいよ……エーリ、ご免ね……後少しなのに、暫く動けそうにないや……」

 ため息をついて、自分の事を心配そうに見詰めてくるエーリに、少年は申し訳なさそうにその頭を撫でてやる。

「立てねぇのかよ!」

 少年が漏らした言葉に驚いて、ゴーが声を上げた。

「……残念ながら、その通りだよ。最後の魔法は、ボクにとっても高度な魔法の一つだからね。昼間に使うなら大した事はないけど、光の無い夜に使うとこの有様だよ」

 苦笑を零しながら言われたそれも、辛いのだろう言った後で大きく息を吐き出す。
 そんな少年を心配そうに見ながら、ゴーは一つの疑問が浮かび上がる。

「あのさぁ……一つだけ聞いてもいいか?あの霧みたいなヤツ、俺の事はまるっきり眼中になかったみてぇなんだけど、なんでだ?」

 その質問に、少年は驚いたように瞳を見開いた。
 まさか、そんな事を聞かれるとは思ってなかっただけに、思わずゴーを凝視してしまう。
 だが、ゴーの疑問も納得出来るだろう、ゴーは少年よりも前に居た。
 それなのに、ゴーを素通りして真っ直ぐに少年に狙いを付けていたのだ。

「……さぁね…君が、あまりにも不味そうだったからじゃないの?」

 ゴーから視線をそらして苦笑を零すと、少年はもう一度ため息をついた。
 相手に渡した護符の効力がちゃんと働いている事に、静かに胸を撫で下ろして、少年はそのままゴーに視線を戻す。

「そんな事どうでもいいけど、このままここに居るのは、危険だよ。先の魔法で魔物に場所を教えたようなものだからね。今襲われたら、正直どうする事も出来ない。だから、君は先にエーリと一緒に……」

 自分の事を気遣っている狼を促すように立ち上がらせる少年の腕を、ゴーが怒ったように掴み、自分の方に向けさせる。

「お前、動けないんだろう?そんな奴を放って置いて、自分だけ逃げようとは思わないぜ」

 強い力で腕を捕まれ、しかも本気で怒っているゴーの視線から逃れるように少年が瞳を伏せた。

「……ボクの事は、心配要らないよ。君が居る方が加絵って足手纏いに……」

 自分から視線をそらして、それでも強がっている少年の態度に、ゴーは我慢の限界を感じて頭を抱え込んだ。

「だぁー!君、君言うんじゃねぇよ!俺の名前はゴーだって言っただろう。それに、後少しでお前の家に着くってんなら、俺がお前の事おぶっていけば問題はねぇ訳だろうが!」
「なっ!誰が、君なんかに……」
「煩せぇよ!ほら、エーリとやら、さっさと道案内頼むぜ。お前の大事なご主人様を、早く安全な場所まで連れて行かねぇとな」

 文句を言おうとした少年を完全に無視して、ゴーは動けないで居る少年を抱き上げた。

「おっ、軽い……暴れないでくれよ、落っことしちまうからな」

 軽々と抱き上げられた事に、見事なまでに少年の顔が真っ赤に染まる。

「なっ、なっ……お、降ろせ!」
「聞く耳持たねぇよ。ほら、行くぞ」

 心配そうに自分達を見上げている狼を促して歩き出す。
 少年は本当に軽くって、抱き上げていてもまったく苦痛を感じない。

「本当に軽いなぁ……」
「馬鹿な事言ってないで、降ろせよ。一人出歩ける」

 怒鳴るだけでも体力を消耗するのか、大声を上げてから少年が肩で息をするのを見て、ゴーは小さくため息をつく。

「そうかぁ?どう見ても、全然力がはいってねぇぜ。ああ、そうだ。力が入るようなら、俺の首に手を回して貰った方が、俺としてたすかるんだけど……」
「誰が、そんな事するんだ!」
「あっそ、やっぱ駄目?まっ、それはそれでいいんだけどよ……おーい、エーリさん、ご主人を早く休ませたいんなら、早く案内しろよ。先みたいなのが出てきたら、流石に応戦出来ねぇからな」

 ゴーの命令に、気に入らないと言う表情を見せるが、言われている事は確かなので、エーリも仕方なく歩き出す。
 歩き出したエーリの後を付いて行きながら、ゴーは抱き上げている少年に目を移した。

 自分に抱き上げられている事で、少年は不機嫌な表情をしている。
 それでも暴れないのは、それだけ体力が無い証拠なのである。

「悪い…俺が、何も知らねぇばっかりに、迷惑掛けちまって……」

 そこまで体力を使わせてしまったと言う事実に、本当に申し訳なさそうな表情を見せて、ゴーが頭を下げた。
 突然、何の前触れも無く謝られて、不機嫌だった少年は、一瞬だけ面食らった表情をみる。
 だが、すぐに溜息をつくと苦笑を零した。

「……迷惑だって、分かってるだけで十分だ。それすらも、分からない連中が、沢山存在しているんだからね。でも、だからと言ってこの状態は、本当に許しがたい事だぞ、ゴー」

 ニッコリと笑顔で名前を呼ばれた事に、ゴーが瞳を見開く。

「俺の名前……」
「そりゃ覚えるに決まってるだろう。ボクは馬鹿じゃないんだから……それに、ボクに名前を名乗った本物の馬鹿の名前は嫌でも覚えるよ」
「どう言う意味だよ……」
「さぁ、どう言う意味だろうね……あっ、どうやら辿り着いたみたいだね。空気が変わっただろう?」

 言われて気が付けば、確かに先程まで重々しく感じていた空気が軽くなっているのが分かる。

「ここは?」
「ボクが住んでる村…だった所……もう、大丈夫だから、降ろしてくれる?」

 言われるままに少年を降ろす。
 突然開けた場所に着いて、目の前に広がった湖に、ゴーは一瞬見惚れてしまった。

 月明かりを浴びてキラキラと輝いている水面に、空の星達がまるで鏡に映し出されたかのように輝いている。
 こんな森の中で、それはとても綺麗で新鮮な場所。

「……こんな綺麗な所、見た事ねぇや……」

 その景色に見惚れながらゴーが漏らした言葉に、少年は心底嬉しそうな表情を見せた。

「そうだろう。ボクも、ここ以上に綺麗な所は知らない。ここは、人が入らないからこそ、この美しさを保っていられるところ……」

 嬉しそうに言われた事に、ゴーは今度は少年に見惚れてしまう。
 景色も綺麗だが、それ以上に笑顔で言う少年は、自分にとっては見たことも無いほど綺麗で引き付けられる。

「それじゃ、食事にしようか?エーリ、お前もお腹空いただろう?」

 尋ねられた事に、少年に擦り寄って意思表示を見せる狼に笑顔を向けて、少年が湖の傍にある家へと歩き出そうとした瞬間、その体がグラリと傾く。

「危ねぇ!」

 倒れそうになるその体を、ゴーが慌てて抱き止めた。

「ご、ご免……ちょっと、油断しちゃったみたいだ……」
「何だ?まだ、体力戻ってねぇのか?」

 明るい所で見ると、明らかに少年の表情は青ざめて見え、まだ体力が回復してない事をゴーに知らせる。

「余計なお世話だ!大丈夫だから、その手を離してもらえる?」
「……嫌なら、無理矢理離れりゃいいだろう。俺もいい加減頭にくるぜ!んなに強がっても仕方ねぇだろう?ロクに歩けもしねぇクセに、何いきがってんだ。んな痩せ我慢して、何の得があるんだよ」
「……君には、関係ないだろう……」

 フイッとゴーから視線をそらして、言われた言葉にゴーは深い溜息をつく。

「関係あるから言ってんだろうが、この頑固者!」

 自分から顔を逸らした少年の耳元で、大声で怒鳴る。 
それに、一瞬少年の肩が小さく震えた。

「ちったぁ、自分って奴を大事にしてやったらどうなんだ?」
「そ、それこそ、余計なお世話だ!何の権利があって、君にそんな事言われなきゃいけないんだ」
「権利だぁ!んなもん必要ねぇだろう!大体、俺がお前の心配するのに、どうして権利なんてもんがいるんだよ」

 大声で捲くし立てた瞬間、ハッと我に返るとゴーは驚いて自分の口に手を当てる。
 聞かされた方も十分驚いているが、それ以上に言った本人が一番驚いているのだから、この場合はどうしたものであろうか?

「それくらいにしてください。レツを休ませて上げたいですからね」

 どうしていいか分からずに、呆然としているゴーの腕から突然現れた人物が、少年を引き離す。

「エーリ……」

 突然抱き上げられて、驚いた少年が振り返って困惑した表情を相手に向けた。
 呆然としていたゴーも、それに我を取り戻したが、少年が呼んだ名前にまたしても驚きを隠せない。

「エ、エーリって、あの狼か?お前、人狼……」

 突然現れた銀髪の青年は、大事そうに少年を抱きしめてから、冷たいとも取れる微笑をゴーに向けてる。

「初めまして、私の名前はエーリと申します。見ての通り私は、人狼族ですよ。今日は、我らの領域に侵入していただきまして、大変迷惑させられました。……しかも、レツに何度も命を助けて貰っていると言うのに、その態度には礼儀と言うものが無さ過ぎますね……」

 ギッと鋭い視線で睨み付けられると、流石のゴーも一瞬怯んでしまう。

「エーリ、ボクは気にしてないよ……」

 ゴーを睨んでいるエーリに苦笑してから、ポンポンッとその頭を撫でてみせた。

「ですが、あの影にレツが襲われたのは……」
「それ以上は言ちゃ駄目だよ、エーリ。……それにしても、エーリの人型久し振りだね。……ボクより身長伸びて、何だか男らしいよ」

 ニッコリと可愛い笑顔で言われて、エーリの表情が優しいものに変わる。

「そうなのですか?自分では、良く分からないのですが……」
「うん、すっごく格好良いよ。流石、リーダーだね」

 嬉しそうに言う少年に、エーリも優しく微笑を返す。
 目の前で突然自分を完全に無視した雰囲気に、ゴーは気に入らないと言うように口を開く。

「エーリさんよぉ、俺が、声域を侵した事は謝る。だけどなぁ、命の恩人に礼儀がねぇってのは、言い過ぎじゃねぇのか?大体、そいつが悪いんじゃねぇのかよ、意地張って自分大事にしねぇから……」

 幸せそうな雰囲気の中、不機嫌そうに声を掛けられて、エーリは一度溜息をついてから口を開いた。

「貴方の言い分も一理ありますが、それは仕方ない事です。レツは、貴方のようにドラゴンを捜しにきた人達に化け物扱いされているのですからね。レツが、魔物に襲われているところを助けたと言うのにですよ。そんな人物ばかりを相手にしているのですから、信用など出来ないのが当然です。ましてや、貴方もドラゴンを捜しに来たのでしょう。そんな人物をどうして信用できるんですか?」

 言葉に刺があるように、一つ一つが突き刺さってくる。
 自分の事が気に入らないというのが、その口調からも伝わってくると言うものであろう。
 そんなエーリの態度に、大人しく腕に抱かれている少年は、思わず苦笑を零して溜息をついた。

「……言い過ぎだよ、エーリ……それに、ゴーだけが悪いんじゃない。確かに、彼の言ってる事は正しいんだから、そんな風に言ちゃ駄目だよ」

 上目使いで、エーリを睨みつける。さり気無く自分を庇うように言われた言葉に、パッとゴーが表情を課輝かせた。
 見た目にも分かるほどに、嬉しそうな顔しているゴーに視線を向けてから、大きく息を吐き出すと申し訳なさそうにレツに視線を戻す。

「すみません、レツ。余計な事まで話してしまって……」
「違うでしょ、エーリ。謝るのは、ボクにじゃなくってゴーに謝るんだよ」

 自分に謝るエーリに、少年はもう一度苦笑を零すと自分達の前で腕を組んでいる相手に視線を移した。

「……失礼なのは、お互い様だね。ボクの名前は、レツ。色々失礼な事言ってごめんね。エーリの言った事は、気にしないで、代わりにボクが謝る……」
「レツが謝る必要は、ありませんよ……」

 申し訳なさそうに頭を下げようとしたレツを遮って、エーリが小さく息を吐き出す。

「分かりました。私の非礼はお詫びします。ですが、私は貴方の事を絶対に認めません」
「エーリ……」

 仕方ないとばかりに言われたそれに、レツが困ったような表情を見せる。

「別にいいぜ。俺も気にしてねぇし、お前が俺の事気に入らないってのは、良く分かるからなぁ。まっでも、今日くらいは宜しく頼むぜ」

 エーリの態度に、ゴーは本当に気にしてないと言う笑顔を見せた。
 何故エーリが自分の事を気に入らないのか、その理理由が分かるからこそ、許せるのである。

『もっとも、あいつの気持ちにこいつは気付いてねぇみたいだけどな……気の毒と言うか、ラッキーと言うべきか……』

「っと、レツだったよなぁ……とりあえず、ベッドで休んだ方が良くねぇか?」

 内心舌を出しながら考えている事など微塵も出さずに、ゴーはエーリの腕にいまだに抱かれているレツを気遣うように視線を向けた。

「えっ、あっ、ううん、大丈夫……」

 突然名前を呼ばれて、驚いたのか困ったように答えるレツが余りにも可愛すぎる。
 先程まで強気な態度を見せていたなどと、今では信じられないくらいである。

「すみませんが、貴方に呼び捨てで呼ばせたくありませんね」

 レツの態度の変化に、顔を綻ばせていたゴーは、突然割って入った冷たい声に現実に戻されてしまう。

「何でだよ……それに俺、人をさん付けした事なんてねぇんだよなぁ。しかも、どう見てもレツの方が年下だろう?」
「……そう言う貴方は、幾つなのですか?」

 不機嫌そうに返された言葉に、溜息をつきながら尋ねられて、ゴーは一瞬首を傾げてみせる。そう、どう見ても、レツの方が年下に見えるからだ。

「俺は、16だぜ」

 不思議な事を聞くものだと思いながらも、自分の年齢を告げる。
 それに、エーリはもう一度溜息をつきながら、口を開いた。

「残念ですが、レツの方が年上ですね。だから、呼び捨てにするのは失礼でしょう」
「年上〜?!」

 言われた事が信じられなくって、思わず大声を上げてしまうのは止められない。
 どう見ても自分より2,3は年下だと思っていた相手が、実は年上だったのだから、驚くなと言う方が無理な話であろう。

「年上って……一つしかかわらないよ、エーリ……」
「一つでも年上は年上ですよ。礼儀は必要でしょう」

 えらくその事に拘っているエーリに、レツは小さく息を吐き出した。

「なら、ボクもエーリの事さん付けで呼ばなきゃいけない?」

 苦笑しながら自分を見詰めながら言われた事に、今度はエーリが溜息をつく。

「何をバカな事おしゃってるんですか?レツが、私の事を呼び捨てにするのはいいんですよ。彼の場合、貴方とは初対面なのですから、呼び捨てにするのは、礼儀のない行為でしょう?」

 少し呆れたようなエーリの態度に、レツは苦笑すると小さく首を横に振った。

「……初対面じゃないよ……」
「えっ?」

 言われた事が、信じられないと言うように思わずレツを凝視する。
 それは、ゴーの方も同じらしく、驚いてレツを見た。

「覚えてないかもしれないけど、5年前に一度だけ会ったことがあるんだ」

 困ったような微笑を浮かべながら言われた事に、ゴーは昔の事を思い出そうと頭を働かせる。

『5年前ってとぉ……母ちゃんが死んじまった年だよなぁ………ってと……』

「思い出した!俺の初恋の相手!」

 レツに言われて思い出した内容に、ゴーは思わず大声を上げてしまう。

「はぁ?」

 ゴーの突然の叫び声に、思わず首を傾げてしまうのは止められない。

「そうだよ!何で忘れてたんだ……俺の命の恩人」
「今の状態と、大して換わらないのでは?」

 思い出した内容を悔しそうに呟いているゴーに、呆れたようなエーリの突っ込みが入る。

「エ、エーリ……」

 身も蓋も無いエーリの言葉に、レツが思わず苦笑してしまう。

「全然違う!あの時俺は、自棄起こして死んでもいいって思ってたんだからな。それを止めてくれたのが、レツだったんだよ」
「あの時も、この森に迷い込んでた。確か『俺みたいな奴、ドラゴンに食べられるんだ』って喚いてたよね」

 当時の事を思い出して、クスクスと笑っているレツに、ゴーは決まり悪そうに顔を赤くする。

「そして、今度はそのドラゴンの存在を確かめに来るなんて、お前って進歩が無さ過ぎるぞ」

 楽しそうに笑っているレツに、ゴーは何もいえなくなってしまう。

「レツ、彼の事を知っていながら、どうして知らないフリなど……」

 腕の中で楽しそうに笑っているレツに、エーリが不思議そうに質問する。

「……う〜んっと、初めから5年前の子だって分かってた。でも、一度だけしか会ってないから、名前とか知らなかったし、ボクの事なんて覚えてないって思ってたから……知らないフリって訳じゃないんだけど、あえて初対面にした方がラクかなぁって……それに、あの時泣き喚いてた人物が、あんなに凄い剣の使い手になってるのには、正直驚いたしね」

 ニッコリと言われた事に、ゴーはさらに言葉を失ってしまう。

 確かに、レツと出会った5年前は、母親を亡くして全ての事を放棄しようとしていた。
 この世にただ一人だけ残された事に、泣き喚いていた子供。
 もう誰も居ないのだと言いながら、この森に飛び込んだときには、もう何も考えられなくなっていたのだ。
 そして、一人で泣いている自分を一生懸命励ましてくれたのがレツだったのである。

『一人じゃないだろう!人は、生涯の中で必ず自分の半身に出会うんだよ。君は、その半身に会ってもいないのに、それなのに君がいなくなってしまったら、その半身の人は本当に一人ぼっちになってしまうんだよ。お母さんを亡くして悲しいのは分かるけど、だけど、いつか出会う人の為にそれを乗り越えて、君は強くならなきゃいけないんだよ』

 そう言って優しく微笑んだ相手に、ただしがみ付いていたあの時。
 そんな自分の頭を、優しい手が慰めるように撫でてくれた。
 そして、少年は少し寂しそうな表情をすると言葉を続けた。  

『……そうだね、でも、今だけは泣いてもいいよ。だけど、いつまでも泣いてちゃ駄目だからね。……そう、いつか出会う人を護れる位強くなるんだ。その為なら、今は沢山泣いてもいいよ……その間は、ボクがそばに居てあげるから……』

 5年前の台詞を思い出して、ゴーは小さく息を吐き出す。
 あの後も、彼の腕にしがみ付いて、わんわん泣きじゃくった挙句、泣き疲れて眠ってしまったらしく、気が付いた時には、自分のベッドの中だった。
 夢だったのかと思ったゴーに、心配して自分を捜していたと言うJから教えられた事は、森の中に入って行った自分が、何故か門の傍で寝ていたのだと言われて、それがすべて現実だったのだと悟ったのだ。

 そして、その相手に礼を言いたくって、ずっと捜していたのだが、結局会えず終いだったのである。

『俺、あの時の言葉で強くなろうって、決めたんだよなぁ……あの時のお礼と、この気持ちを伝えたくって……あっ!だからか……あの胸の高鳴りって、やっぱ俺って、無意識に覚えてたってヤツだな』

「ゴー?」

 何も言わなくなってしまったゴーを心配するように声を掛け、レツは不思議そうに首を傾げてしまう。

「レツ、彼はどうやら考え込んでいるようなので、私達は先に家の中に入りましょう」
「でも、エーリ……」
「レツ、疲れた体を休めるのは、大事な事ですよ」

 声を掛けても反応を示さない相手に盛大な溜息をつくと、レツを抱き上げてそのまま家に向けて歩き出す。

「ゴー、考えが纏まったら、家に入ってこいよ」

 エーリに抱き上げられたまま、振り返りゴーに声を掛け、レツはもう一度溜息をつくと大人しく家の中へと連れられて行く。

「……にゃろう……完全に俺の事は無視かよ……」

 自分の存在が気に入らないと言う事は、良く分かる。
 何せ、大事に見守ってきた人物にちょっかいを掛けてくる相手なのだ。
 そんな人物なら、自分だって優しくなんて出来ないだろう。

「でも、5年前のあの人が、目の前にいるんだ。わりぃけど、俺だって譲れねぇよ」

 独り言を呟きながら、ゴーは嬉しそうに笑顔を見せた。

「それにしても、ラッキーだぜ……ドラゴンの存在を確かめにきて、初恋の相手に出会えたんだから、やっぱり俺って付いてるよなぁ」

 自分の幸運に感謝しながら、ゴーは立ち上がると家に向かって歩き出した。 

 

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    これも、終わっていない・・・・・・。しかも、無茶苦茶長い。
    駄目すぎるよぉ〜(( ファンタジーは、好きなんですけど、自分で書くのは難しいです。
    しかも、題名からは掛け離れておりますね。魔法なんて殆ど使わない。
    これからも、使う事なんてあるのか?
    題名、失敗かも・・・・・・。初めの題は、もっとベターな題でした。
    でも、余りにも寒すぎる題なので変更。だがしか〜し、この題も失敗してるんじゃ・・・・・・。
    う〜ん、深く考えちゃ駄目って事なのかなぁ?

    さてさて、このお話で、ゴーはレツの心をGET出来るのか?
    それは、作者にも不明です。頑張れゴー、ゴーレツになるかどうかは、君にかかっているぞ。
    だって、今の段階じゃあ、エリレツだもん。(嫌いじゃないんですけどね。<苦笑>)