君を救うには、どうすればいい?
  俺は、ただ君に笑ってもらいたいだけ……。
  もしも、俺が君を救えるのだとすれば、俺は何だってするよ。


 
                                        君の笑顔が見たいから 09


 無事な姿を確認してから、太一はほっと胸を撫で下ろしてその場を後にする。

 忠告はしたけれど、もしも本当に自分が見た通りの結果になってしまったらと、その場所から動けずにいたのだが、二人が仲良く話をしているその姿を確認出来て安心できた。

 見たくはない、その情景。
 それは、心の声が聞こえるよりもはっきりと見える未来の一部。

 見える未来は、何時だって不幸なもので、それを現実のものにしないように、自分は出来るだけ、未来を変えるために行動しているつもりである。
 時々見えるその映像が、未来の一部だと分かった時から、自分にしかそれを防ぐ事が出来ないと知ってしまった。
 自分の目の前で誰かが傷付く姿など、見たくはない。
 誰かが傷付くよりも、自分が傷付く方がいいから、それに、自分という存在など、この世には必要のないモノなのだ。

 だから、自分が居なくなって誰も泣かないように、人との関わりなど持ちはしない。

「……でも、俺が、居なくなったら、ヒカリは泣くだろうなぁ………」

 ポツリと呟いて、ため息をつく。この世界で一番大切な存在。
 自分の事を心配してくれる、ただ一人の身内。

 もしも、自分が居なくなったら、彼女だけは泣くだろう。
 泣かせたくはないけれど、自分が居なくなる事で、両親も、気味の悪い息子から開放されるのだ。

「……泣かせたくなんか、ないのに、な……」

 自嘲的な笑みを浮かべて、太一はため息をつく。
 相反する自分の気持ちに、複雑な表情を見せる。

 自分と言う存在を無くしたいと思うのに、そうする事で、誰かが悲しむと言うのなら、自分と言う存在を無くす事など出来ない。
 自分のその想いが、今ここに存在している唯一の理由。

 勿論、その想いが矛盾していると、正直分かっている。
 だけど、それだけが、自分と言うものを保って行くためには必要なのだ。

「……俺の、未来は……」

 見たくはない未来は見えるのに、自分が知りたいと思う未来は見えない。
 中途半端なその力に、太一は小さくため息をつく。

 幸せな未来を望んでいるわけではないが、自分と言う存在が居なくなる事で、未来がどうなるのだろうか。
 何も、未来が変わらないのなら、やっぱり、自分はここに居るべきではないのかもしれない。
 ぎゅっと自分の体を抱き締める。

 そうすれば、少しだけ心が軽くなるから……。

「……八神?」

 そっと瞳を閉じて、何も考えないように壁にその体を凭れ掛けた瞬間、上から声が聞こえて、太一は驚いて顔を上げた。

「太一だって!」

 智成に続いて、扉の向こうからヤマトの声が聞こえてくるのに、太一は慌ててその場所を走り去る。

 今は、誰とも話をしたくないから……。
 そして、自分の心を一番惑わせる人を見たくはないのだ。

「お〜い、八神、助かったぜ、サンキュ!」

 走り去っていく太一に、智成が大きな声でお礼の言葉を投げかける。
 だが太一は、聞こえてその声を無視して、そのまま階段を駆け下りていく。





「……実はお前、八神に嫌われてるんじゃねぇのか?」

 慌てて校舎の中に入ってきたヤマトに、智成が呆れたように苦笑を零す。

「……そう言う事は、冗談では言わないでくれ……」

 走り去ってしまった太一に、落ち込みながら呟かれたそれに、智成はもう一度苦笑を零した。

「悪かったって!そんなに、落ち込むなよ、ヤマト!」

 あからさまに不機嫌な表情をする自分の親友に、智成は呆れたようにため息をつく。

「まぁ、ヤマトの初恋な訳だからなぁ、障害は付き物だろう?」

 慰めるようにヤマトの肩を叩いて言われたその言葉に、今度はヤマトの方が苦笑を零した。

「……初恋じゃないさ……」

 ポツリと呟いて、太一が走り去ってしまった方をじっと見詰める。
 だが、その言われた事に、智成は驚いたようにヤマトを見詰めた。

「初恋じゃないって、お前、今まで好きだった奴居たのか?!」

 余りにも意外なその言葉に、智成が驚いたように問い掛けてくるのに、ヤマトは再度苦笑を零す。

「……ああ…子供の頃に、何度かあった奴が、すごく気になってた……今考えると、それが俺の初恋って、やつなんだと思う」
「…お前に、そんな奴が居たなんて、俺は知らなかったぜ……」

 遠くを見るように呟かれたその言葉で、智成が感心したようにヤマトを見詰める。
 ヤマトとは、一番長い付き合いなだけに、自分に分からなかった事が、少しだけ驚かされた。

「…誰にも、話した事なんてないからな……好きだったって、思ったのだって、太一に会ってから、あの子の事を思い出したからだし……」

 自分の言葉に意外そうな表情を見せている智成に、ヤマトは苦笑を零す。
 そんな風に思うのが、ヤマトらしいと思うから…。

「…何となく、似てるんだよ……その子と太一が……初めて会った時、俺が話し掛けた瞬間に、笑ったその顔が……初めて、あいつの笑顔を見た時と同じだったから……」

 思い出すように語られたその言葉に、智成は再度苦笑を零す。
 目の前の友人は、どうやら笑顔に弱いらしい。

「……その初恋の子が、八神だったら、それこそ運命って奴なんだろうなぁ……」
「そうだったら、な…でも、そんな事は、絶対にあり得ない。だって、あれは、俺のなんだから……」
「えっ?」

 呟かれた事に驚いて、聞き返すように智成がヤマトに視線を向ける。
 そんな智成を前に、ヤマトはため息をついて、苦笑を零した。

「……だから、そいつに会ったのは、俺の夢の中なんだ……」

 もう一度言われたその言葉と同時に、一群の風が開けられた扉から吹き込んでくる。
 そして、休み時間を告げるチャイムの音がするまで、二人はその場から動けないでいた。

「……智成、予鈴鳴ってる…」

 自分の言葉に何かを考え込んでいるかのように黙り込んでいる友人に、ヤマトがそっと声を掛ける。
 急いで戻らなければ、遅刻してしまうだろう。

「ああ……ヤマト、俺、次の授業サボる!」
「はぁ?何、言ってるんだ?」
「だから、適当に誤魔化しといてくれよ!」
「おい、智成!!」

 自分に手を振るように去っていく人物に、ヤマトが慌ててその名前を呼ぶが、完全に無視されてしまい、相手の姿は見えなくなってしまった。
 一人残された事にため息をついて、ヤマトは仕方ないと言うように、教室に戻る為にその場所から移動する。

「……あの話は、やっぱり智成でも、話すんじゃなかったな……」

 自分の初恋の相手の事は、誰にも話した事などない。
 夢の中で出会った人物に惚れたなどと、正気の沙汰とは思えないだろう。
 だが、あの夢の中で出会った少年の事を忘れられないのは、本当の事。だから、誰にも話さずに、ずっと自分の胸の中にだけ仕舞っていた想い。
 それが、初恋だと気が付いたのはつい最近、太一に出会ってからの事である。

 あの笑顔に惚れた時から、自分の中であの夢の中の人物と太一が重なっているように感じられたから……。

「……妄想も、ここまでくれば、立派な話だよなぁ……」

 自分の考えついた事に、ヤマトが呆れたようにため息をつくのだった。






「えっと、あいつの事だから、教室に帰るとは思えないんだよなぁ……」

 ヤマトと別れてから、智成は校舎を出て裏庭に回る。その場所は、昨日太一が居た場所。

「居るとすれば、この辺なんだけど……っと、あれか?」

 きょろきょろと辺りを見回して、目的の人物を見つけた瞬間、智成はそっとその人物に近付いた。
 相手は、自分の方を見ていないから、見つかる事はないだろう。
 後少しで手が届くと言う瞬間、その肩に触れようと伸ばした手と同時に、太一が突然振り返る。

「……俺に、用事でも?」

 振り返って、自分を見詰めてくるその瞳が、冷たく自分を捕らえているのに、智成は一瞬その動きを止めて、見詰めてしまう。

 先程、初めて話を交わした時とは、まるで違う瞳の色。
 それは、冷たいと言えるのに、言い表せないほどの悲しみを宿しているように見える。

「……少し、話、させて貰っていいか?」

 その瞳に圧倒されながらも、ここに来た目的を口に出す。
 それに、太一は智成から視線を逸らして、小さく息を吐き出した。

「……俺に、近付かない方がいいって、あいつだけじゃなくって、あんたにも言った事だったんだけど……」
「俺さぁ、人の忠告って、聞いたためしってないんだよなぁ」

 ポツリと呟かれたそれに、ニッコリと笑顔を見せて言われた言葉に、太一が少しだけその表情を呆れたようなものにして、再度ため息をつく。

「…だろうな……じゃないと、あんな危険な真似なんて、普通はしないだろうから……」
「お前、どうせ次の授業サボるんだろう?だったら、俺に付き合ってくれないか?」

 呆れたように呟かれたその言葉を完全に無視して、智成が笑顔を見せたまま太一の腕を掴むと、返事も聞かない内から、少し強引に引っ張った。

「ちょっ!」
「いいから、特別に、いいものを見せてやるよvv」

 楽しそうに自分の腕を掴んだ状態で笑顔を見せる相手に、太一は強引にその腕を振り払う事も出来ない。
 嫌、しようと思えば出来たかもしれないが、何故かそれをする気になれないのだ。
 有無を言わせない相手の行動に、太一はただ否応なく付いて行くしか方法は残されていなかった。



                                           




    はい、『君の〜 09』です。
    話の展開が……xx よくある話に成りつつありますね(笑)
    そうじゃなくっても、よくある内容なのになぁ……xx

    そして、今回もオリジナルキャラが出張っています。(笑)
    だって、素直に動いてくれるので、楽なんですもの……苦手な方、本当にすみません(><)
    しかし、次の話も、智成君活躍してくれるようです。ヤマトさんが動かないから、こんな事になるのよ!
    って、文句を言っても、仕方ないんですけどね。<苦笑>(その前に書いてるの、私だし…xx)

    密かに、10で終わるように頑張ろうと思っていたんですけど、終わりそうにないですね。
    まだまだ、先は長そうですが、宜しくして下さい。
    痛い話が苦手な方も、本当にごめんなさいです。