どうすれば、願いが叶うのだろうか?
  その一つだけの願い、どうすれば叶う?
  自分と言う存在を、誰も悲しむ事無く消し去ってしまえる方法。
  この力がなくならないのなら、その願いだけでも叶えられないのだろうか?


 
                                         君の笑顔が見たいから 10


「あんまり、綺麗なとこじゃねぇけど、入れよ」

 扉を開いて、中に入るように促され、太一はため息をつきながら、その言葉に従うように部屋の中に入る。
 そして、その瞬間言葉もなくその場所に立ち尽くしてしまう。

 壁一面に貼られてある写真の数に圧倒させられてしまうのだ。

「結構、すごいだろう?ここに貼ってあるのは、大体俺が撮ったんだ。新聞部って言うけど、真面目にやってるのなんて、俺と部長くらいだからな」

 写真を見詰めている太一に気が付いて、智成が苦笑を零しながら扉を閉める。
 それに一瞬だけどそちらに視線を向けて、太一はその視線を直に写真へと戻した。

「……記者になりたいんじゃ……」
「…?……ああ?俺の事?夢は立派なジャーナリストになる事だぜ。記者ってのとは、違って世界中を飛び回りたいって思ってんだよ」

 呟きに嬉しそうな表情を見せて返されたそれに、太一はそっと智成に視線を向ける。
 そして、その表情を見た時、笑顔を見せた。
 それだけ、相手が嬉しそうに自分の夢を話していると分かるから……。
 だが、その笑顔を一瞬で消してから、太一は小さく息を吐き出す。

「……そんな大事な夢を持ってるのなら、余計に無茶な事するのは……」
「夢の為に無茶な事、してるんだよ」

 少しだけ呆れたように呟かれたその言葉に返されたのは、当然と言うような事。
 笑顔を見せながら言われたその言葉に、太一は驚いて智成を見た。

「世界中を飛び回るって意味には、危険な場所も含まれてるんだよ。だから、あれぐらいは、無茶じゃない。それに、俺があんな事をした理由を教えるために、お前をここに連れてきたんだ」
「えっ?」

 嬉しそうに言われた事の意味がわからなくって、太一が不思議そうに首を傾げる。
 それに、智成はもう一度笑顔を見せて、壁にある写真の中から2枚を取って太一にその一枚を渡す。

「この写真が、どこか分かるか?」

 渡された写真に、太一が素直に視線を向ける。
 写されているのは、どこかの風景。
 それは、青い空と町並みと言うなんて事のない普通の写真。
 だが、その風景には、見覚えがあった。
 ここに転校して来たその日に見た、あの景色。

「……これ、屋上……」
「やっぱ、分かるか?んじゃ、この写真と見比べてくれ」

 ポツリと呟かれたそれに満足そうに頷いて、智成がもう一枚持っていた写真を太一に差し出した。

 その写真は、同じ風景。
 なのに、金網越しに写されているその景色は、まるで違う景色に見える。

「……寂しい、写真だ……」

 その写真を見せられると、まるで閉じ込められているような錯覚になってしまう。
 ただ、金網と言う物質が間に入っただけだと言うのに、その写真の印象が全く違うものになるのだ。

「だろう?お前なら、ちゃんとその違いが分かると思ったんだよなぁ」

 呟かれた太一の言葉に、大きく頷いて、智成が笑顔を見せる。
 その笑顔を前にして、太一は首を傾げた。

 どうして、自分をここに連れて来たのか、そして何故この写真を見せたのか、それが分からない。

「……どうして……?」

 変わらず、自分に笑顔を向けている智成に、そっと問い掛ける。

「どうして、ここに連れて来た上に写真を見せたのかって言う質問だろう?」

 ポツリと呟いたその言葉に、笑顔を見せたまま智成が質問を返す。
 それに、太一は小さく頷いて返した。

「同じだから……理由は、それだけ」
「えっ?」

 はっきりとした口調で言われた事の意味が分からず、太一が首を傾げる。

「お前と、その写真は同じだって言ったんだ」

 もう一度言われたその言葉に、太一は手に持っていた写真に視線を向けた。

 金網越しのその景色。

 それが、今の自分と同じだと言われて、何も返す事が出来ない。
 それは、その通りだと思うから……。

「…金網の向こう側の景色は、きっと綺麗なんだと思うぜ。この写真を寂しいと思ったって事は、お前が今感じてる気持ちそのまんまなんだろう?お前の本当の気持ちって奴を知りたかったから、ここに連れて来たんだ」

 言い当てられたその言葉に、太一はそっと唇を噛む。
 その言葉を否定したいのに、出来ない自分に、太一はゆっくりと息を吐きだして、体の力を抜いた。

「……橘…さん…それは、憶測だろう?俺は、今の状態を寂しいなんて思わない。今のままで、満足してる。だから、あんたのお節介は必要ない」

 きっぱりとした口調で、自分の気持ちを悟られないようにそう言えば、目の前の人物が苦笑を零す。

「そう言うと思ってたぜ。俺って本当、人を見る目は、確かだよな。んでもってさぁ、お前が、何かを隠そうとしてるってのも、俺の憶測だけど、分かる訳なんだよ……それが、『俺に近付くな』宣言の理由だろう?」

 質問していると言うよりも、確認されているその言葉に、太一は智成から視線を逸らしてしまう。
 それが肯定していると言う事が分かっていても、どうしても、相手を見ている事が出来ないから……。

「何を隠してるのか、それを俺なんかが聞く権利はねぇから、聞かない。…でも、あいつには、聞く権利があると思うぜ」
「……あいつって、石田、ヤマト……?」

 はっきりと言われたその言葉に、そっと問い掛ければ、笑顔が返される。

「ああ……俺の勘だけど、あいつの夢に出てきた初恋の相手ってのもあんただと思うんだよなぁ。運命なんて信じちゃいねぇけど、多分、あんたの金網の向こう側の景色を見る事が出来るのは、あいつだけだって、そう思うんだよ」

 笑顔のまま言われたそれに、返す言葉が何も浮かんでこない。
 太一は黙ったまま、俯いている。

「俺の話は以上。悪かったな、無理やり付き合わせちまって……今日は、5限で終わりだったよなぁ……ヤマトから、ノート借りねぇと、俺、英語苦手……八神、お前も、そろそろ授業出ないと、マジにやばいぜ」

 明るい声で言われた事に、太一がそっと顔を上げて、相手に視線を向けた。
 その瞬間、自分に笑い掛けている相手と目が合う。

「勉強見て貰うんなら、ヤマトに頼むといいぜ。あいつあれで、頭いいからな」

 太一と目が合った瞬間に、嬉しそうに笑って、智成がそのまま部室のドアを開く。
 そんな相手を見詰めながら、その人物が、部屋から出て行くのを黙って見送った。
 そして、扉が閉められて、相手の姿が完全に見えなくなってから、大きく息を吐き出す。

「……どうして、俺なんかに……」

 呟いてから、そっと手に持っている写真にもう一度だけ視線を向ける。
 金網に邪魔された写真は、まるで、向こうを見えないようにする為に存在しているようで……。

「俺の、向こう側にあるのは、何もない空間……運命なんて、そんなもの存在しない。夢は、夢でしかないんだ……」

 自嘲的な笑みを浮かべながら、太一はそっと呟いて瞳を閉じる。

 瞳を閉じて見えるのは、何処までも広がる闇ばかり。
 それが、自分の心だと言わんばかりに、光など存在しない。

「大丈夫、俺は、何も望んだりしないから……」



                                           



    はい、今回は、すごく短いです。ごめんなさい(><)
    実は、何処で切ろうか悩んだんですけど、あえてここで切らさせていただきました。
    智成君、大活躍してくれて、有難う!でも、そのお陰で、ますます話が続きそうです。<苦笑>
    ヤマトさんも、ここまで動いてくれるといいんですけどね。これくらいの強引さを見せてください、ヤマトさん!
    って、今回は、ヤマトさんの出番がない……xx駄目じゃん、私!
    次回こそは、ヤマトと太一の会話を……xxこの調子だと、無理そうだなぁ。<苦笑>