覚えていないのは、何?
  大切な、何か。
  でも、それは、どうして覚えていないんだろう。
  確かに、自分の中に、存在しているはずなのに……。


 
                                         GATE 31


「本当に、これで良かったのか?」

 誰もが寝静まった時間に、何も言わずにそっと部屋を出て来た。
 鍵は、テントモンに任せて……。

 そうでもしなければ、彼等は間違いなく自分の言葉を聞いてはくれないだろう。
 彼等の性格を知るからこそ、何も言わずに行動するのが、一番だと言うことを、自覚している。

「………彼等は、本気でお前の事を心配して……」
「分かっているよ、レオモン………それは、多分俺が、一番………」

 レオモンの言葉を遮って言われた太一のそれに、何も返す言葉が出てこない。

 あの後、納得出来ないと言う彼等を、何とか宥めて家に帰した。
 自分が世話になっているのが、光子郎の家だと言うことで、その家の主からは、皆が帰った後も、色々と言われたが、それも何とか押し黙らせて、彼が眠ったのを確認してから、こうして行動を起こしている。
 皆を騙して居るという事は、誰よりも自分が一番よく分かっているのだ。
 それでも、彼等を分かっているのに、危険に曝すことなど事など出来ない。

「タイチ、ボクは何があっても、タイチと一緒に居るよ」
「有り難う、アグモン………」

 複雑な気持ちを隠せない自分に、パートナーがそっと手に触れてくる。

 仲間達が居なくなった世界で、デジモンである彼等だけが自分を支えてくれる存在だった。
 自分の所為で何度も彼等を危険な目に合わせたというのに、何も言わずに、自分を助けてくれた彼等。
 それが、どれだけ救われていたのかを、きっと彼等は知らないだろう。
 当然だと言うように、自分を助けてくれる存在。
 だからこそ、そんな彼等が何よりも大切に思っている人を傷付けたくない。

「行こう、誰かに見つかったら、厄介だからな」

 不確かな存在の方が、間違いなく自分にとって都合が良かったかもしれない。

 今この姿は、ただの小学生。
 こんな時間に、子供が出歩いているのが見つかれば、それだけで問題が起こる。

「ゲートは、何処に?」

 沈黙が続く中、レオモンが質問を投げ掛けてきた。
 何も話さないのは、時間が時間だから、どうしても遠慮してしまう。

「俺が知っているのは、一ヶ所だけだ。そう遠くないから……ほら、見えてきた、あの公園」

 出来るだけ足音を立てないように、早足で歩いて行けば、お台場のシンボルと言える建物が見えてくる。
 そして、公園の入り口が見えてきた時、緊張したようにアグモンがそっと太一へと声を掛けた。

「タイチ、公園の前に誰か居るよ」

 アグモンの言うように、確かに人影が見える。

「……見つかるとまずいな、別の場所から行こう……」
「待って、タイチこっちに来る」

 言うが早いか、そのまま行き先を変えようとした瞬間、アグモンの言葉がその足を止めた。
 言われて振り返った時には、肩を掴まれてしまう。

「遅かったな。待ちくたびれたぜ」

 緊張して体が硬くなった瞬間、聞こえてきた声に驚かされる。
 まさか、居るなんて考えてもいなかった、相手の声。

「……ヤマト……それに、お前等……なんで、ここに居るんだよ!」
「近所迷惑だから、そんなに大声を出しちゃまずいよ」

 振り返った先にあったその見慣れた人物達の姿に、太一が思わず大声を出してしまう。
 それに、丈が苦笑交じりに、言葉を告げた。
 丈に言われて、太一が慌てて自分の口を塞ぐ。
 そんな太一に、その場に居た全員が苦笑を浮かべる。
 分かっていた反応だろしても、それがどうしても、納得できない。

「貴方が考えそうな事は、何となく分かっていましたので、先回りさせていただきました」

 驚いて自分達を見詰める太一に、光子郎が勝ち誇ったような表情で声を掛けてくる。

「…光子郎……」

 自分を見詰めてくるその瞳に、太一は複雑な表情を見せて、その名前を呼ぶ。
 だが、良く良く考えてみれば、最後にはあっさりと引き下がった彼の態度から、この事は想像できた事。

「俺達は、お前に会って、決めたんだ。俺達の無くなった記憶を取り戻すと」
「ヤマト…」

 真っ直ぐ、昔と同じように自分を見詰める瞳が、目の前にある。
 誰よりも、自分が信頼していた相手の名前を呼べば、力強く頷いて返された。

「だって、悔しいじゃない。私達の記憶なのに、無くなっているなんて!」
「ミミちゃん」

 少しだけ拗ねたように言われた言葉に、思わず苦笑してしまう。
 彼女らしいと言えば、確かにその通りだ。

「そうよね。私達の記憶なのに……それにね、貴方の事を、思い出したいって、そう思ったの」
「……空……」

 優しく微笑む彼女の姿に、複雑な気持ちのまま、その名前を呼ぶ。

 多分、家族の次に、自分と一緒に居たのは、彼女だろう。
 それだけ、自分にとって、近い存在の幼馴染。

「君には、ボク達に、なんの疑問も持たせずに、信じさせる力があるからね」
「丈」

 自分よりも年上なのに、何処か頼りない存在。
 それなのに、やっぱり一番最年長と言う事を、時々見せる彼を、何処か頼りにしていた事は、否定できない。
 きっと、それは今この時にも、同じだと思える。

「そうだよね、ボク達は、貴方に会って、こうして集まったんだもの。だからこそ、最後まで面倒見てもらわないとね」
「タケル……」

 昔は、自分の事を見上げていた少年が、今では自分よりも背が高くなってしまった。
 それでも、その瞳は、昔のままの光を宿している。

「お兄ちゃん」
「………ヒカリ………」

 そして、自分のたった一人の大切な妹。
 彼等は、何の迷いも無く、今この場所に居る。

「……馬鹿だよ…危ないって言っているのに、何で自分から、そんな場所に行こうとしてんだよ、お前等……」

 確かに感じられるのは、みんなの心の温かさ。
 ずっと一人で何もかもを背負い込もうとしていた自分に、その心は温か過ぎて、涙が頬を伝う。

「本当に、馬鹿だ……」
「ああ、馬鹿だよな。一人で、ずっと泣くのを堪えているお前に、気付かなかったんだから……」

 ぎゅっと手を握り締めて、涙を見られないように下を向く太一の体を、ヤマトがそっと抱き寄せた。
 ヤマトの腕の中、太一は、声を殺して泣いている。
 声を出して泣かないのは、彼が、誰にも弱さを見せたく無いという現れ。

 それでも、自分達の前で、こうして涙を見せてくれた事が、何よりも特別だと思えるから……。


                                                 



   そんな訳で、『GATE31』になります。
   実際は、30話だったんですけど、30話付け足しのため、31話になりました。
   何だか、繋がりがバラバラになってしまったように思うのは、気のせいだと思いたいです。
    
   さぁ、次は、『裏GATE』を頑張ってUP出来るように致します。
   何時になるのか、謎なんですけどね。<苦笑>