明るすぎる蛍光灯から逃れるよう自動扉を抜けると、そこには違う時間が流れている。
エントランスにある壁鏡は入って来た者の姿を映し出す。Sepiaを思わせるシャンデリアの下、明智は雫を軽く落として傘を畳むと傘立てに立てた。
すると横から伸びてきた手が素早くロックし鍵を持ち去る。鍵は軽やかに宙に浮くと、一瞬後に消え去った。
「Good evening 明智警視。やはり来て下さいましたね」
真紅の階段を背景にmagicianが微笑む。
「貴方の招待では断れませんから」
明智は内ポケットから招待状を取り出して見せた。赤煉瓦色のカードに薔薇が描かれただけのものだったが、ここTokyo
Station Hotel を導き出すのは造作も無い事だった。
「嬉しい限りですね。でも今夜はdinner
にお誘いしただけなのですが構いませんか?」
言うなり高遠は指を弾く。と明智の持っていたカードを真紅の薔薇に変えてみせた。明智の瞳が輝くのを見て微笑むと、高遠はその薔薇を明智のジャケットの飾りボタン穴に挿す。
「それともShow ではなくて落胆されましたか?」
美しい夜の瞳が明智を捕える。自身の闇に彼が近付くのを恐れて、明智はふわりと笑った。
「いいえ、ありがたくお受けしますよ。この上のレストランですね」
「ええ、勿論です」
高遠の静かな笑みに明智は、ここに1人で来た事を見透かされていると感じて、小さく肩を竦める。
薔薇のステンドグラスに見つめられながら、2人は真紅の階段を昇り、レストランばらへと足を踏み入れた。
Roseを思わせる華やかなインテリアの中、ワイングラスを持った明智の手が一瞬止まったのを高遠は見咎める。
「どうされました?」
「あ…いえ、この曲"乾杯の歌"だと思いまして」
2人がワイングラスを手に取った丁度その時、その曲は軽やかに流れた。
高遠は明智の動きに思い当たるふしがあり、確かめてみたくなる。
「"La Traviata" ですね。お好きですか?」
「 ……… そうですね」
明智が瞳の翳りをレンズの奥に隠したのを見て、高遠は口元に笑みを浮かべる。
「貴方のために乾杯」
高遠がグラスを掲げたのに合わせて明智もそれに倣うと、Chateau
Latour が小さく波打つ。
それは波紋のように明智の心に陰を広げていった。
「何故わざわざ警視庁までいらしたのですか?」
Langoustine にナイフを入れて、明智は切り出してみた。
「確実な方法を取ったまでですよ。以前貴方に出した招待状は違う方に渡ってしまいましたから」
「それにしてはriskが大きいのではありませんか?」
「貴方の顔が見たかったのです」
その返答に、明智は思わず食べる手を止めて高遠を見つめる。
猫騙しを食らったように二の句の継げない明智の姿に、今度は高遠が目を見張る。
そんな姿の明智をこのままでいさせるのはひどく労しく思えて、高遠は言葉を重ねた。
「今夜貴方をお誘いしても大丈夫か、確かめに行ったのですよ」
少し困ったように微笑んだ高遠の瞳はとても穏やかで、明智はいたたまれずに、料理を残してナイフとフォークを揃えて置く。
間もなくウェイトレスがturbotのサフランソースを運んできた。
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