あっという声と共に、ファイルブックがリノリウムの床の上に音を立てて落ちる。
「すみません、明智警視」
正野は慌てて屈むと、すぐに落ちた書類を拾い始めた。
「大丈夫ですよ、正野君。私も前方不注意でしたから」
そう言って明智も書類を拾い集める。ファイリングキャビネットの脇に散乱した書類は、2人の手により僅かな時間で拾い集められた。
「すみませんでした。すぐにファイルします」
そう言って正野は明智の持っていた書類を引き取り、足早にデスクへと向かう。書類を速やかに奪われ呆気に取られた明智だったが、軽い溜息を吐くと正野の後に続いた。
早速デスクの上に書類を広げ、正野はそれを一枚ずつファイルし始めた。明智はその傍らに立ち作業を見守っていたが、正野の目がさ迷うと、察して自ら書類を手に取り手伝った。
再び正野の手が止まった時、明智は該当する書類に手を伸ばす。と同時に正野の手も動き2人の手が触れ合う。
「あっ、すみません」
正野は慌てて書類を手に取りファイルしようとする。と
「待って下さい正野君。こちらの書類が先だと思いますよ?」
明智に制され、ファイルブックの上に書類が差し出される。正野は自分が手にしていた書類と見比べて確認する。
「そうですね、すみません警視」
と自分の非を認め、書類を入れ替えファイルした。
やがて作業を無事終えて、ほっと表情を緩めた正野は
「お待たせしました、警視」
と言って明智にファイルブックを手渡した。
「ご苦労様でした正野君。ところで先程行確に出たと思っていたのですが、何かありましたか?」
受け取ったファイルブックを捲りながら、明智は何気なく訊ねた。
「ええ、警視に用件がありまして」
「私に?」
意外な答えに落としていた目線を上げると、明智は正野との距離に目を見張る。音もなく近付いていた正野は、すれ違いざま口元に笑みを浮かべて囁いた。
「確かにお渡ししましたよ」
はっとして振り向くと、資料室の扉がゆっくりと閉じられていく。明智はすぐに扉を開けたが、そこに正野の姿は無かった。
「今から指示を出しても無駄でしょうね」
この資料室から出入り口までの距離と、上に報告してから全ての出入り口が封鎖されるまでの時間を計算して、明智は溜息を吐いた。そして渡されたファイルブックをもう一度見詰める。
――― 何故、彼はわざわざ警視庁まで来たのでしょうか? ―――
ファイルブックを捲ってみるが、特に不審な所は見当たらない。しかしふと思い立ち着ていたスーツを探ると、内ポケットからカードが出てきた。Brick
red のカードを開くと、そこには夜に溶ける紅い薔薇が一輪、物言わず咲いていた。
暫く見つめた後、明智はカードを内ポケットに戻すと、人差し指と中指を唇に当てた。
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