「好き勝手してるだけかと思ったが、案外苦労してそうだな」 「貴方にそんな事言われるようじゃ、僕もお終いですかね」 「大体人の事をどうとか言っていたが、お前だって八戒相手だと全然いつもと違うじゃねぇか。自覚無ぇのか?」 「ありますよ。そうじゃなきゃ貴方とこんな会話をしてる訳ないでしょう」 お互い様と言われて三蔵も押し黙る。替わりに2人の間に紫煙が吐き出された。 八戒がコーヒーを淹れている間、喫煙者2人は食後の一服である。しかしこれ以上の会話は藪から蝮が出てきそうだと、お互い黙々と煙を吐きつづける。やがて奇妙な沈黙の上にコーヒーの芳ばしい香りが漂ってくる。八戒がトレイを持ってやって来たのを見て、2人はたぬきの灰皿に煙草を押し付けた。 「お待たせしました。かぼちゃのプディングとコーヒーです」 テーブルの上にデザートを置く八戒の姿を自然に感じて、慣れとは恐ろしいもんだと三蔵が思っていると目が合った。 「三蔵さんには薄いと思うんですけど」 「いや、これでいい」 前回天蓬にとんでもなく濃いコーヒーを淹れられた三蔵は、八戒に同じ物で構わないと先手を打っていた。後手の天蓬は、今回手を出していない三蔵の態度に暗黙の特別許可を下ろしていた。そんな訳で白いコーヒーカップに注がれたまともな褐色に、三蔵が胸を撫で下ろしたのは言うまでも無い。先ずは一口味わえば、香り高くほどよい苦味と申し分ない濃さに、三蔵は思わず美味いと呟いた。するとコーヒーポットを持った八戒の顔が綻ぶ。 「良かった。いくらブラックが好きでもあまり濃いのは身体に悪いと思っていたので」 「ふーん、それでデザートは牛乳がたくさん使ってあるプディングだったんですねぇ。珍しく八戒から言い出したから、かぼちゃが好きなのかと思ってました」 プディングを食べる天蓬にあっさり見抜かれて、八戒は目を丸くした。 「え、えぇそれもありますけど、天蓬と2人でかぼちゃ一個食べるのも大変かなぁと思いまして」 「あ、成る程、そういう事でしたらご心配なく。今度僕が馬車にしてあげますから。今の八戒ならぴったりですv」 嬉しそうに微笑んだ天蓬に、八戒は冗談と受け取れず固まってしまう。確かに天蓬ならやるかもしれない、と三蔵は助け舟を出した。 「お前に出来るのはせいぜいJack‐o’‐lanternじゃねぇのか?」 「三蔵、そんなにお望みとあらば貴方にはtrickをお見舞いしますよ」 「言ってねーだろ!」 「八戒には勿論treatですよね。何がお望みですか?シンデレラ」 デザートスプーンを魔法のスティックに見立てて天蓬が訊ねると、八戒は顎に手を当てて少し考える。 「それならパフェとか」 「パフェ?」 「えぇ、今度のデザートにパフェはいかがですか?」 「それは構いませんけど、どうしてパフェなんですか?」 疑問符を浮かべた天蓬に、今度は八戒が楽しそうに微笑む。 「だってパフェって可愛いでしょう?」 八戒の不思議な答えに、今度は三蔵までもが疑問符を浮かべる。 「それを皆で食べたらもっと可愛いかと思って」 3人の男が食卓を囲んでパフェを食べる図、をリアルに想像して三蔵は眉を顰め、天蓬は鳶色の瞳を潤ませた。 「そんな、八戒。かぼちゃのプディングを食べてる僕は可愛くありませんか?」 突っ込む所が違うだろう!と三蔵が心で突っ込みを入れている横で、八戒はにっこり微笑む。 「いいえ、充分可愛いですよ。でもパフェを食べたらもっと可愛いと思うんです。ね、三蔵さん」 何故そこで俺に同意を求める、と言うか何故男ばかりで可愛さを追求する必要があるのか、と思ったが三蔵は目の前の微笑みに言い返せない。と翠の瞳が自分をじっと見つめるのに、三蔵はどきりとする。 「三蔵さんは、パフェは嫌いですか?」 「コーンを入れなきゃな」 動揺を隠すあまり、限りなくパフェが好きだと答えてしまい三蔵は後悔したが、八戒は嬉しそうに笑った。 「それなら替わりにウェハースを差しますね。和風なら…そうですね、抹茶はいかがですか?」 「餡も入れてくれ」 八戒の笑顔に否定する気力を失った三蔵は、取り繕うのも馬鹿らしくなり注文を付ける。 「判りました。天蓬はオレンジとレモンのシャーベットにしましょうか?それともバニラにリキュールをかけます?」 「それも美味しそうですけど、僕気分的にはいちごのパフェが食べたいです」 「判りました。じゃあ苺のアイスとカシスのシャーベットにしましょうね。僕はスタンダードにチョコレートパフェにしようかな」 コーヒーカップを片手に楽しそうに話す八戒に、甘党も悪くないと三蔵はかぼちゃのプディングをスプーンで掬った。 上には揚げた皮と焼いた種がトッピングされていて、食感も楽しく余すとこなくかぼちゃが使われている。控えめな甘さもさる事ながら、八戒の気遣いまで入ったプディングを美味しく食べていると、柔らかな翠の瞳が自分を見つめていた。 「ふふ、三蔵さんもデザートを食べてる姿可愛いですよね。きっと天蓬が用意した服も似合ったと思いますよ」 他愛無い爆弾投下に三蔵は一瞬で氷結し、天蓬でさえも時が止まった。 「きっとパフェを食べたらもっと可愛いでしょうね」 楽しそうにプディングを食べる八戒に、速攻復活した天蓬も波に乗る。 「八戒も期待してる事ですし、三蔵今からでも着てみます?貴方も美形ですからきっと似合いますよ」 「お前達で十分だろーが、俺はいらん」 恐ろしい言葉が耳に入り、三蔵は即座に解凍した。ここで断らなければ、天蓬に押し切られ八戒のニの舞になるのは必至だ。 「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。サイズは合ってると思いますし、ヘアメイクもしてあげますから」 「人の話を聞いてるのか?お前は。それとも俺の女装がそんなに見たいのか」 「結構見れると思いますよ。それともエプロンだけが良いんですか?」 「どっちも却下だ。そもそもランチを食べるのにどうして服を替える必要があるんだ?」 「そんなの楽しいからに決まってるじゃないですか。別にディナーに固執しなくてもいいでしょう?ホームパーティーだと思えば」 「あ、そういう事だったんですか。この女装の訳」 「そういう訳だったんですよ、八戒」 八戒が手の平をポンと打てば天蓬もにっこりと頷く。別にホームパーティーだって服を替える必要はないだろうと三蔵は思ったが、折角変わった矛先に黙ってコーヒーを飲んだ。 「三蔵はノリが悪いですから僕達だけで楽しみましょうね。八戒、今度はチャイナ服なんてどうですか?きっと似合いますよ」 「おい、スリットはまずくないか?」 鳶色と翠の瞳に見つめられて、三蔵は深い墓穴を掘った事に気付いた。 「三蔵、誰がチャイナドレスと言いましたか。確かに八戒にはそれはもう良く似合うと思いますが、貴方がいるのにそんな 危険極まりない服を僕が選ぶと思いますか?」 天蓬の据わった目に三蔵は弁明必死になる。 「お前がその格好でチャイナ服なんて言うからだろう。紛らわしいんだよ!」 「ちょっと期待し過ぎなんじゃないですか?仕方ありませんねぇ、八戒には絶対着せませんけど、僕なら要望に応えてあげてもいいですよ」 「それだけはヤメロ」 「えぇ、どうしてです?天蓬スタイル良いですから、きっと似合うと思いますよ」 至極真面目な顔した八戒に、三蔵は洒落にならんとこめかみを押さえる。 「似合うんならお前も着るのか?」 「え…それは……」 紫暗の瞳に見つめられて、三蔵さんは見たいのだろうかと八戒は言葉に詰まる。しかしすかさず天蓬のガードが入った。 「それは僕が許しません。八戒が着たいというなら別ですけど」 「いいえ」 首を横に振った八戒にですよね、と相槌を打った天蓬はにっこりと笑った。 「安心して下さい八戒、貴方の嫌がるような事はしませんから。それにしても、まったく油断ならないですねぇ」 横目で見た三蔵に、天蓬は血も凍るような笑顔を見せた。 「これをどうぞ、三蔵さん」 帰り際、玄関で靴を履いた三蔵に八戒は小さなケーキ用の箱を差し出した。 「プディングをたくさん作っちゃったのでお土産です。中の器はケーキ屋さんの物を再利用してるので返さなくても大丈夫ですよ」 はい、と言って手渡した八戒の手を取った三蔵は、そのまま離れるのを許さず引いた。 「え?」 思いがけない行動に八戒は引かれるまま三蔵の腕の中に倒れこむ。そして顔を上げた途端口付けられた。 「三蔵!」 「怒るな天蓬、お前は前払いだったろう?俺は後払いなだけだ」 「えっと……」 事の成り行きについて行けず、三蔵の腕の中で困り顔の八戒の耳元に唇が寄せられた。 「美味かった礼だ」 低い囁きは甘く響いて、八戒は身体を震わせる。三蔵が抱き締める腕をゆるめて翠の瞳を覗くと、八戒の身体は強い力で後ろに引かれて、そのまま腕の中をすり抜けていった。 「貴方、最初から狙ってましたね」 天蓬は奪い返した八戒の身体を後ろからしっかりと抱き締めた。 「美味い料理に礼をしないのは礼儀に反するだろう。お前もそうしてたしな」 八戒は天蓬の腕の中から相変わらず仲の良い2人を眺めて、ふと思い付いた。 「あ、次のメインは何にしますか?」 「八戒、僕はグラタンが食べたいです。きのこと鶏肉のグラタン」 「はいはい、あとブロッコリーとマカロニも入れましょうか。三蔵さんはいかがです?」 「明太子のライスグラタン」 「えーっとそれなら海老や帆立も入れます?」 「ああ、それで良い」 「三蔵さんはドリアで、と。僕は豆腐とほうれん草にでもしようかな。そうだ、又星型の人参を飾りますね」 楽しそうな八戒の微笑みがこの場を治めると、残る二人の胸には次回に向けての思惑が広がった。 |
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2005/09/01