「天蓬!」 バタンと大きな音を立てて扉を開き、物凄い勢いでリビングへと駆け込んできた八戒を天蓬はにこやかに迎える。 「どうしました?八戒」 「大変なんです!三蔵さんがこんな姿に……」 駆け寄った八戒は天蓬の目の前に持っていた物を突き出す。そこには抱き締めるのにジャストサイズなひよこがいた。全身黄色いふわふわの産毛に包まれた愛らしい姿とは裏腹に、綺麗な紫の瞳はタレ目を目一杯吊り上げた凶悪な目つきで天蓬を睨んでいる。 「最初は手の平に乗る普通の大きさだったんです。それでキスしたら元に戻るかと思って、くちばしにしたらそのまま大きくなっちゃったんです」 どうしてよいか判らず八戒は涙目で訴えながら、ひよこをそっと抱き締める。と天蓬はそのひよこを取り上げ、ぽいと投げた。 「貴方が悪いんじゃありませんよ。三蔵が悪いんです」 ひよこはくるりと空中で一回転すると見事にテーブルの上に着地する。そして見下ろしてくる天蓬を鋭い瞳で真っ向から睨み返した。 「貴方、八戒に手を出しましたね?僕がこんなに可愛い八戒にプロテクトしないとでも思ってました?蛙がひよこになったのはご愛嬌ですけど、貴方が八戒に元に戻してもらうなんてほざくから、二重に魔法をかけたんですよ。その姿で八戒にキスしてもらうと、貴方はそのままどんどん大きくなりますよ」 witchが恐ろしい笑みを浮かべれば、ひよこはますます剣呑な瞳になる。と黒猫がしょんぼり耳としっぽを垂れた。 「……やっぱり、僕のせいなんですね」 更に翠の瞳を潤ませた八戒は、テーブルの上のひよこを抱き上げて目を合わせる。紫の瞳は先程とは違いタレ目に戻りじっと見つめてくる。確かに思わず抱き締めたくなる可愛らしい姿だが、やはり元の三蔵の姿を思うと悲しくなってくる。と、ひよこが心配顔で頭を目元に押し付けてきた。八戒が驚いて翠の瞳を円くするとひよこはぴぃと小さく鳴いた。……どうやら泣くなと言ってるらしい。 「優しいんですね三蔵さん、僕のせいでこんな姿になったのに…。天蓬、お願いです。三蔵さんを元の姿に戻して下さい」 ひよこを胸元にしっかりと抱き締めて、八戒は天蓬に哀願する。猫耳を可哀想なほど寝かせ、翠の瞳は涙で潤み今にも零れ落ちそうである。その姿には流石に天蓬も折れるしかなかった。 「貴方のお願いなら仕方ありません。八戒が僕にキスしてくれれば、三蔵の姿は元に戻りますよ」 「ぴぃっ!ぴぃぴぃぴぃ」 ちょっと待て!それはおかしいだろうと三蔵はくちばしを尖らせ抗議する。 「何です?僕は鳥ではありませんからひよこ語は解りませんよ」 三蔵の言葉を100%理解していながら天蓬が冷たく笑うと、紫の瞳が一層険しくなる。とひよこはおもむろに振り返り八戒にキスをした。すると今度はソファに一羽で座るのに丁度よい大きさになる。そして又キスをすると今度はベッドに置くのに丁度良い大きさになる。 「三蔵さん?」 さすがに抱いていられなくなり、着々と大きくなっていくひよこから手を離した八戒は、同じ高さになった紫の瞳を見つめた。今や巨大ひよことなった三蔵は何も言わずにそっと小さな翼で八戒を包むと、もう一度くちばしを近づける。と目にも止まらぬ速さで八戒がひよこから遠のいた。 「大丈夫ですか?八戒。このままでは貴方、あの凶悪ひよこに食べられちゃいます」 恐怖!巨大ひよこ三蔵の魔の手から八戒を奪還した天蓬は、きりきりと真面目くさった顔をしてどうやら正義の味方のつもりらしい。そして正義感あふれる爽やかな笑顔を見せると、もう大丈夫ですよ、と言って腕の中の八戒にちゅっとキスをした。するとポンという音と共に三蔵は元の姿へと戻った。 「危ないところでしたね、八戒。ひよこに食べられる子猫なんて、食物連鎖が崩壊されるところでしたよ」 怖かったでしょうと言って天蓬は、八戒をしっかり抱き締める。とマンションを揺るがす怒号が響いた。 「貴様が俺をひよこにするから悪ぃんだろーが!」 顔面に収まりきらない青筋をいたるところに立てた三蔵には、赤い角がよく似合っている。天蓬は自分の見立てに思わず自画自賛したが、今はその話ではない。 「何度も言いますけど、貴方が八戒に手を出したのが悪いんですよ」 「俺はtreatを貰っただけだ」 「なんて業突く張りなんですか!僕からtreatを貰っておきながら八戒にまで要求するなんて。どうやら貴方にひよこは生温かったようですね」 天蓬が魔法のスティックを振り上げると、ふいに視界が遮られる。瞳を閉じた八戒の顔が目の前にきたと思う間もなくキスをされて、天蓬は鳶色の瞳を丸くした。 「三蔵さんがtreat 2つなら天蓬はtrick&treatで2つ。これで数が合うでしょう?」 「…判りました。貴方に免じてこの辺で許してあげますよ」 しぶしぶと魔法のスティックを仕舞った天蓬に八戒は微笑み、もう一度頬にキスをする。 「Jack-o’-lanternがまだ出来てませんよ。頑張って作って下さい。でないとリクエストしてもらったデザートも食べられませんからね」 そう言って向きを変えた八戒は、面白くなさそうな顔をしていた三蔵の頬にもキスをした。 「実はその大きなかぼちゃは僕が作ろうと思って、本当は取って置いたんです。その楽しみを譲る代わりにお料理を頑張りますから、手作りのお菓子はちょっと待ってて下さいね」 きちんと数合わせをした出来るメイドは一撃必殺スマイルを繰り出す。 「じゃ2人共Jack-o’-lanternをお願いしますね。折角のHalloweenですから楽しみましょう」 快心の一撃を決められた2人は、大人しくかぼちゃを穿り始めた。 「はっか〜い、蝋燭はどこですか?」 「えーっと、クローゼットの右上の棚です」 「で、これはどこに飾るんだ?」 「その大きいのはベランダに。小さいのは玄関で、緑のはテーブルに飾って下さい」 くるくると忙しく動き回る黒猫メイド八戒は、それだけで充分な癒し効果を与えている。お陰でダイニングに移動した2人は険悪になる事もなく、無事Jack-o’-lanternを作り終え飾り付けの仕上げに入った。かぼちゃに明かりが灯り3つのJackが笑いだすと、天使の微笑みを浮かべた八戒が畏まって2人を迎えた。 「お疲れ様でしたご主人様。お食事の用意が出来ました。それとも先にお風呂になさいますか?」 「……八戒、そんなに僕達を困らせて楽しいですか?」 揶揄する口調に眉間を押さえて理性を保つ天蓬を見て、八戒はくすくすと笑う。 「ええ、だって2人がそんな顔するの初めて見ましたから。でも天蓬が僕にこんな格好をさせたんですよ?」 フリルの付いたエプロンを摘んでひらりとさせると、三蔵までもがこめかみを押さえる。 「おまえの悪戯はそれか、天蓬」 「いえそれだけじゃ…」 「天蓬、ワインを用意して貰えますか?オードブルからお出ししますね」 言いかけた天蓬の言葉を遮ると、八戒はスカートを翻し急いでキッチンへと舞い戻る。そして素知らぬ顔をしながら料理を運ぶ黒猫メイドを天蓬はにこにこと見つめ、三蔵は片眉を上げたものの溜息1つで追求を終わらせた。 きのことゆで野菜(三蔵にはマヨネーズ添)の前菜にかぼちゃのスープが出され、天蓬がボジョーレー・ヌーボーを開ける。今年は例年になく良い出来き、て毎年言いますよね、とグラスに注げば三蔵も宣伝だろ、と答える。それでも甘味を含んだ芳香に顔は満更でもない。 「Happy Halloween!」 と3人でグラスを合わせて、先ずは今年の初物を堪能する。やはり解禁前に飲める優越感に宣伝効果も手伝って、グラスが空くのは早い。 「そう言えば八戒、この料理の出し方からいってフルコースですか?」 「えぇ、一度やってみたかったんですよ。今日は思いもかけずボジョレー・ヌーボーまで届きましたので丁度良かったです。ありがとうございます、三蔵さん。でも初めて作ったので思ったより時間がかかってしまって、随分お待たせしちゃいましたね」 「余興もあったし、やる事もあったからな。別に待たされた感はねぇよ」 「うわ、優しーですねぇ三蔵。他だったら絶対ハリセン繰り出してますよね」 「ハリセン?」 八戒が不思議な単語に首を傾げると、新たにワインを注ぎながら天蓬が答える。 「そうなんですよ。一体どこに隠し持ってるのか三蔵の七不思議の1つなんですが、ここ以外ではどこでも取り出して叩きまくってますよ」 「へぇ凄いですね。三蔵さん、今も持ってるんですか?」 「……ある」 「見せて貰えませんか?」 傾斜角30度でじっと見上げてくる八戒は、何度も言うが猫耳しっぽ付きのメイド服だ。翠の瞳は好奇心できらきらと輝き、黒いしっぽがゆらゆらと揺れている。これで断れるのは男じゃねぇな、と思いながら三蔵は取り出したハリセンを渡してやる。まるで魔法のように唐突に現れたハリセンに目を丸くしながらも八戒は受け取った。 「うわぁ〜、僕触るの初めてです。案外重みのあるものなんですねぇ」 こんな感じですかね、と素振りでハリセンを振り下ろす八戒に三蔵は、スナップが一番肝心だと答える。 「本当に驚きの連続ですねぇ。貴方がハリセンを貸した挙句に指導するなんて。但し手取り足取りはご遠慮願いますよ」 天蓬はしっかり釘を刺しつつ八戒とハリセンという構図を楽しげに眺める。 「もしも河童に会うような事でもあれば、そのハリセンの威力が見れますよ」 「河童、ですか?」 又しても耳慣れない単語が出てきて八戒は猫耳をぴくぴくと動かす。 「えぇ、河童です。特別指定生物ですから、八戒は滅多に会えないと思いますけど」 「確かに遭った事ありません。凄いですね三蔵さんは。そんな河童に会って尚且つこのハリセンで突っ込みを入れるんですね」 「どちらかと言えば退治だな」 「え、退治しちゃっていいんですか?」 そんな貴重な生物は保護しなくていいのかと驚く八戒に、天蓬がフォローする。 「そうですねぇ、ほら河童は悪戯好きでしょう?」 「あぁ、成程。命に別状がないよう懲らしめてるんですね。三蔵さんもそのために日夜ハリセンを持ってるなんて大変ですね」 「あはは、三蔵はそれでストレスを発散してるから良いんですよ」 それぞれまったく違った黒服を着た3人は、会話を弾ませながらフルコースの食事を楽しんだ。 |
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2006/05/30