叶の不味過ぎる薬のせいか、はたまた人形の献身的な手当てのお陰か、三蔵の怪我は右の骨折意外はかなりよくなっていた。そんな訳で三蔵は、今日も元気に宝探しをしている。自分達が寝起きしている主家以外にも小屋が三つあり、本日は小屋の方を重点的に探索していた。現在叶が仕事をしている鍛冶場を後回しにして、雑品や雑具等が置かれた小屋に三蔵はいた。物置という言い方がぴったりな道具や鉱物、使わなくなった日用品等雑多な物が乱雑に置かれている中、三蔵は苛立ちながらそれらを押しのけ金冠経文小銃の三点セットを探しまくる。その姿はさながら、燃えないゴミの山の中でリサイクル出来そうなお宝を探す業者の人である。そんな三蔵の雄姿を見守る天使がいた。業者の人が散らかす動かなくなった時計だとか、刃の欠けたのみだとかを拾い集め、分別し始めたのだ。暫らく床の上を捜索していた業者の人は粗方散らかし終わると、今度は随分と汚れた薬箪笥の引き出しを開けまくり盗人の様相を呈してきた。今度は盗人となった三蔵の後ろで人形は、黙々と作業し序に片付ける。小屋を覗きに来た叶はその有様を目にして、琥珀色の瞳を丸くすると遠慮なく笑った。
 「あはははは。別嬪のほうが賢いぞ、坊主」
 その言葉に盗人猛々しく振り返った三蔵は、人形が何をしていたか初めて知って同じく紫暗の瞳を丸くする。
 「確かに整理整頓した方が効率が良いな」
 「お前が綺麗に片付けてないからだろ」
 「まぁな、でもその方が探しにくいだろ?」
 「単にずぼらなだけだろ」
 「かもな。だが別嬪のお陰で綺麗になりそうだな」
 手を休めた人形の頭を叶が撫でると、三蔵の機嫌が下がる。
 「とっとと返せ」
 「だから大事な物は自分で探せよ」
 「もう世話にはならない」
 「まだ骨がくっついてないだろ?渡す気にはなれんな」
 埒も無い堂々巡りの会話に、短気な三蔵は早くも青筋を立てる。しかし怒れる三蔵に人形が微笑むと、それだけで空気が変わり和らぐ。恐るべきマイナスイオン効果に叶は再び人形の頭を撫でた。
 「こんなくそ生意気な坊主を手伝って、別嬪は偉いな」
 すると今度は叶に向かって人形は、にこりと微笑む。片眉を上げた叶は破顔してこげ茶髪を撫でた。
 「お、俺にも笑うようになったか。本当に偉いぞ」
 人形に笑い返した後、叶は更に不機嫌になった三蔵を見た。
 「お前は坊主だし、法名だったか?名前にも色々事情があるだろうから何も言えんが、こいつの名前はお前が付けてやったらどうだ?」
 「俺が?」
 「他に誰がいる。お前の人形だろうが」
 「…………」
 「こんな別嬪なんだ。良い名前付けてやれよ」
 言われて人形を見ると、叶に向かって微笑んでいる。
 「お、喜んでるのか。やっぱり嬉しいんだな。坊主、それくらいなら探しながらでも出来るだろ?名前を考えてやれ」
 叶はもう少しで飯だから主家に来い、と言って小屋を出て行く。後ろ姿を見送った三蔵は、自分を映す翠の瞳を見つめる。
 「……そうだな。名前が必要だったな」
 自分は江流と玄奘三蔵と二つ、命の恩人である師から貰っている。今名乗る事は出来ないが、持ってはいるのだ。人形は喋ることは出来ないが、自分が名を呼んでやれる。そんな事にも気付かないで一緒にいてくれる人形に対して三蔵は、自分の情けなさに歯軋りする思いで項垂れた。すると人形が近くに寄ってきて三蔵の袖を掴む。そして顔を上げた三蔵にふわりと微笑むと、骨折した右腕を気遣いながらそっと寄り添ってきた。手当てをしてくれたり、探すのを手伝ってくれたり、今も落ち込む三蔵を慰めるように微笑んでいる。そんな人形に名前すら付けてやらなかったのかと三蔵は、人形の温もりを感じて一層気持ちが沈んだ。




 三蔵は今まで以上に懸命になって大事な物を探した。一度探した所も再び隠す可能性を考え、主家と三つの小屋を徹底的に探したがそれでも見つからなかった。人形はそんな三蔵の傍にいつもいたが、たまに叶の後ろを付いて歩き、ちょっとした手伝いをすることもあった。今までなかった事だが、この家にいる時はいつも穏やかな顔をして、たまに叶にも笑いかけている。危険を伴う旅ではなく、常に家にいて毎日ミルクを飲み(今では温め係りは三蔵になったが)風呂に入れる安全な環境のためか、人形は輝きを増している。有り体に言えば綺麗になっていった。
 風呂上りに歯磨きも済ませ、借り物の大きな寝間着を着てベッドに座った人形は、明りの落とした部屋でほんのりと輝きを放っているように見える。その周囲だけ空気すら違うように感じられる。深い翠の瞳が合って三蔵はどきりとした。
 「別嬪さん、最近ますます綺麗になったなぁ」
 叶が溜息交じりで呟くのを聞いて三蔵は、内心を暴かれたように感じて又鼓動が跳ね上がる。
 「お前がそんな怪我負うくらいだからな。よっぽど危険な旅をしてきたんだろ。お前達よく生きてこられたよな」
 目的があったからだ、と三蔵は胸の内で答える。叶は返事がないのも気にせずそのまま続けた。
 「その右腕を犠牲にして別嬪を守ったんだろ?」
 「結局助けたのは俺じゃない」
 「にしても俺が間に合ったのだって、お前一人があの数の妖怪を相手にしたからだろ」
 「こいつは関係ない。元々奴らは俺が狙いだった」
 「ふーん、だがここを出て行ったら又同じだよな?」
 「何が言いたい?」
 「今右手がそんな状態で、もし今度左腕をやられたらお前、どうする?」
 「………」
 三蔵には叶の言いたい事が判った。要はこのままだと自分自身もそうだが、人形を守れなくなるぞと言っているのだ。しかしだからと言って、経文を探す旅を諦める訳にはいかない。三蔵は暫らくして足があると呟いた。二人でそんな話をしている内に夜も更けてきた。人形が目を擦り始めたので、三蔵は横にならせて布団をかけてやる。紫暗の瞳にふわりと笑みを浮べて人形は瞼を閉じる。すぐに眠りに就いた人形の寝顔を見ながら叶は声を潜める。
 「だったらせいぜい頑張って探すんだな。ところで別嬪に名前は付けたのか?」
 「……まだだ」
 「じゃあもう寝ろ。眠れば良い名前が思いつくかもしれんし、この暗さじゃ探すのは無理だろ?」
 叶の言う事は尤もなのだがそれが逆に癪に障る。三蔵はムッとした顔をしたが、黙って人形の隣に潜り込んだ。言い合いになって人形を起こすのは忍びないと思ったからだ。むすっとした顔のまま見上げてきた三蔵に叶は笑いをかみ殺す。
 「明り消すぞ」
 「あぁ」
 肩が震えているのがばれないように、叶は暗くなった部屋を出る。庖厨で氷を入れた寝酒を作り、グラスを持ってもう一度部屋を覗いてみた。明りのない部屋で、二人は額をくっつけるようにして眠っている。生意気な坊主も眠ってしまえば、ただの綺麗な子供である。旅の理由は知らないが、この容姿でなければきっと襲われる回数も少しは減ったんだろうなと叶は思った。一人だけでも相当目立つのに、同じ様に目立つ人形との二人連れなんて、襲ってくれと言ってるようなものだ。旅の道連れには最も適さないプランツドール。その人形を連れた、見た目は綺麗なくそ生意気な坊主。
 「………たいしたガキだよ。まったく」
 小さな呟きは二人に届くことなく、グラスの氷がからりと音を立てた。



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2007/04/20