二階に上がると廊下を挟んで、右手に洗面室や浴室があり、左手には個室が二部屋並んでいる。明智は手前の個室のドアノブに手を掛け中に入ると、後の2人もそれに続いた。
 この部屋に飾られているポスターは、階下の具象的なデザインと異なり、幾何学模様で構成されている。縦長の大きな白い画面は五つに分かれており、四隅には藍色の小さな四角と、扇形に棘の付いたような模様が組み合わされ、中心を飾るよう配置されている。そして中心部は縦長の長方形の中にolive greenの文字が並び、四隅と同じ藍模様はパズルのように繋ぎ合わされ、挟まれていた。
 しかし良く見ると、olive greenの文字列の中に一つだけ、同色の模様が交じっているのに明智は気付いた。
 「参りましたなぁ。この部屋にあるのはこのポスターだけですか?」
 「でも、一階のダイニングにもブロンズ像はありませんでしたよね?」
 「あ、言われてみれば…」
 腕組みをしたまま固まった剣持を面白そうに見つめて、ではお日様でも探しますか、と湊が呟いたところ
 「それなら、ここにありますよ」
 と後ろから声が掛けられて、湊と剣持は同時に振り返る。すると明智が、night tableの上に置かれたテーブルスタンドを指差していた。シンプルな丸いガラス球のlampは、真鍮製の棒柱に支えられ、台には日と月が型押しされていた。
 それを確認した剣持は、不思議そうに明智を見る。
 「警視、このスタンドの明かりは付けんのですか?」
 「付けたければどうぞ、剣持君。ただ私は、付けるにはちょっと気が引けますけどね」
 「と、申しますと?」
 「今までの駒の出現方法を検証してみますと、法則性があるのに気付きませんでしたか?先ずは騎士のknightにかけた、nightの夜ですよね。これに関連して、ヒとツキの組み合わせで駒が現れている、という事です。暖炉の火、絨毯の日、ランプの火、キャンドルの火ときていますが、火と日を同音として考えても、そう無理ではないと思います。そしてポスターの絵と、ブロンズ像に必ず付いていた月桂樹の月を合わせて考えますと、ヒとツキは離れた位置で相関しているのです。そしてもう1つ…」
 「まだ、あるんですか?」
 湊が驚いた声をあげると、明智は眼鏡のブリッジを中指で上げた。
 「ええ、このテーブルスタンドの形です。階下の照明を逆さにしたような形ではありませんか?一階の照明はいつも不要で消されていましたから、これは必要無いのではないか、と思ったのです。寧ろ気になるのはそちらですね」
 そう言って顎を上げた明智の視線の先には、二等辺三角形のガラスと真鍮で出来た、多面体の吊りランプが下がっていた。言われてみれば随分と特徴のある形で、不要と思い込み眼中に無かった剣持は、まじまじと見つめる。
 「まるで、星のようですなぁ」
 その言葉に瞠目すると、明智はそうかと呟いて剣持を見た。
 「判りましたよ、剣持さん。そうです!これはまさに星なのです」
 「は?!何の事やらさっぱり判らんのですが……」
 狼狽える剣持を尻目に、明智はワシリーチェアをランプの下へと置く。そしてスリッパを脱ぐと椅子の上に立ち上がり星型のランプを調べ始めたが、暫くしてある一点に目を留めた。
 「湊君、懐中電灯はありますか?」
 「はい、すぐに持ってきます」
 心得ましたと表情を引き締めると、湊はすぐに階段を駆け下りる。
 「警視、そこに何があったんですか?」
 「一つだけ違うものです」
 見上げてくる剣持に眼鏡を光らせると、口元に笑みを浮かべて明智は答えた。
 「そのポスターはパズルのように模様が配置されていますが、その中に一つだけ、色違いのものが文字の間に隠れています。それがヒントだったのですよ。この中に一つだけ鏡が紛れていました」
 「しかし、どうしてそのランプだと判ったんですか?」
 納得しかねる剣持は、尚も食い下がる。
 「剣持さん、貴方が言ったのですよ。これは星だとね。判りませんか?日が生まれると書いて"星"になるでしょう?」
 「あっ!!」
 剣持の声と同時に扉が開き、湊が懐中電灯を持って戻って来た。
 「どうぞ、明智さん」
 「ありがとう、湊君」
 掲げるよう差し出された懐中電灯を受け取ると、明智はもう一度剣持を見る。
 「まだ終わったわけではありませんよ。剣持君、すぐに連絡を。それからこの部屋の明かりを消して下さい」
 「はっ」
 すぐ様行動した剣持は、迅速に連絡を入れ、スイッチの上に指を置いた。
 「消しますぞ」
 声と同時にカチリと音がして明かりが落ちると、夜と化した部屋には明智の持つ懐中電灯が一条の光を放つ。光はランプの鏡に当てられ反射すると、部屋の扉にぼんやりとNの文字を浮かび上がらせた。
 「警視、これは
――
 「魔鏡ですよ。日と月のある方向から明かりを入れるとKnightのNが現れる、という仕掛けでしたね」
 明智の言葉を聞きながら、剣持は夢を見ているようにふらふらと扉に近付く。
 「剣持君。せめて明かりを付けてから調べたらどうです?」
 苦笑する明智の声に、湊が部屋の明かりを付けると、早速剣持は扉に張り付き調べ始めた。先ずはNの浮かんだパネル部分を叩き、押してみたが何の反応も無い。次にドアノブを回し、引っ張ってみたが以下同文。更に他の場所を叩いてみたりと、あらゆる努力をしてみたが決して報われる事はなく、剣持はがっくりと肩を落とした。とその横を明智が通り過ぎ、ドアノブを回して廊下に出て行ってしまった。
 「はっ!そう言えば裏側かもしれませんな」
 項垂れていた剣持は、勢いよく頭を上げると再び扉に挑み始めた。それをまったく無視した明智は、廊下を見渡し向いの洗面室の扉を注視する。そして徐に洗面室に入ると、辺りを注意深く見渡し、程無くして目を止めた。見付けた目当てのものに触れてみたが、何の反応も無い。
 「そういう事ですか…。さすがラストゲームですね、画伯」
 明智は好戦的な眼差しを鏡の中の自分に向けると、翻り笑みを残して個室へと戻った。すると扉に張り付き、未だ挑戦し続けている剣持に進路妨害をされて溜息を吐く。
 「剣持君、そこに騎士の肖像は無いと思いますよ。そもそも月はありましたか?」
 剣持はピタリと動きを止めると、そろそろと振り返りばつの悪い顔を見せる。そしてにっこりと微笑んだ明智と目が合うと、身を竦めた。
 「え……いぇ、ありませんでした」
 「でしたらそこを通してくれませんか?それから明かりをもう一度消して下さい。但し今度は廊下の明かりもです」
 はっとして剣持が立ち上がると、明智は扉を開けて湊を見る。
 「湊君、私が先程したのと同じように、もう一度Nの文字を出して貰えますか?」
 「判りました」
 「剣持君。この扉は閉めず、このままにして下さい」
 「はっ」
 指示を出して明智は再び洗面室に戻ると、扉を開け放ちもう一度鏡を見つめた。
 「さて、どう出ますか……」
 鏡の向こうには湊が椅子の上に立ち、剣持が連絡を入れている様子が映し出されていた。