「では、次はこうですか?明智警視」
 剣持はネストテーブルの脇に立ち、キョロキョロと辺りを見回す。
 「そうかもしれませんが、ただ見るだけでは、もう出てこなかったのではありませんか?」
 明智は固まった剣持を尻目に、ダイニングへと移動した。
床は南側に隣接されたテラスと同じタイルが敷き詰められ、外部との繋がりをもたせた開放的な演出がなされている。そして中央にはGhaliサイズのペルシャ絨毯が敷かれ、その上にはダイニングテーブルとスーパーレジェーラの椅子が置かれていた。明智はそれらを一瞥すると、白壁の前で足を止める。
 「これは第4回ですね」
 見つめる先に、今度は横長の分離派展ポスターが飾られている。淡いmidnight blueの夜の海に白い星屑が光り、左上には先程と同じデザインの、シンボル化された月が大きく描かれ、その黄色の輝きは水面に長く伸びていた。
 「ゴンゴン」
 奇妙な音に明智が振り返ると、剣持がダイニングテーブルを叩いていた。
 「何をしているんですか?剣持君」
 「先程の場所から見えたのが、これしか無かったので、何か仕掛けでもあるのかと思いまして」
 答えた剣持は屈み込み、今度は下からダイニングテーブルを覗き込む。剣持がダイニングテーブルを調べている様を、明智は静観していたが、ふと隣にあるポスターをもう一度見つめ、2本の指を唇に当てる。
 「剣持君。その椅子とテーブルを、全てラグから下ろしてください」
 「ゴンッ!」
 テーブルの下に潜り込んでいた剣持は、顔を上げた拍子にしたたかに頭をぶつけて、盛大な音で返答した。
 「〜〜〜っ」
 「大丈夫ですか?剣持警部」
 近くに居た湊が慌てて駆け寄ると、頭を抱えて踞っていた剣持は、テーブルの下から這い出てすぐに立ち上がる。
 「これくらいなんともありませんよ!警視、これを運ぶんですな」
 大丈夫だとアピールするように剣持は、4つあった椅子を一遍に抱え持つと、壁際まで楽々と運んでみせた。呆気に取られている湊に、明智はくすりと笑いを洩らす。
 「彼は柔道五段で頑丈にできていますから。ところで湊君、これも運びたいのですが構いませんか?」
 明智が剣持の仇をとるようにテーブルをこつんと叩くと、湊の笑みが返る。
 「ええ、どうぞ。明智さんの思う通りに。僕も手伝いますね」
 2人掛かりでwalnut材のテーブルを運ぶと、ゴンバッティ柄のNain絨毯が現れる。
 「これは気付きませんでしたなぁ」
 テーブルにばかり気を取られていた剣持は、Nain特有の地色に赤を使った上品で落ち着いた色合いと、メダリオンから放射状に広がっていく、ぎっしりと詰め込まれた複雑で美しい文様に溜め息を吐いた。すると見せるのは勿体無いとばかりに、明智は絨毯を巻き始める。それを見た湊は、Ghaliサイズに苦戦しそうな明智をすぐに手伝った。
 「……警視、嫌がらせですか?」
 肩をわなわなと震わせた剣持を見て、湊は明智に訊ねてみる。
 「もしかして、これも必要無かったんですよね?」
 「その通りです、湊君。ところでこのゴンバッティ柄は、太陽に似ていると思いませんか?」
 「え?まぁ、そう言われて見れば…」
 質問に質問で返され疑問符が飛び交う中、ラグが全て巻き終わり明智は満足そうな笑みを浮かべた。その笑みの意味するところに気付いた湊は、仕上げを御覧じるためすっと立ち上がる。
 「明智さん、この部屋の明かりを消しましょうか?」
 「ええ、お願いします。剣持君、外に連絡を。それから先程いたネストテーブルの脇に立ってみて下さい」
 「はっ」
  指示通り動きながら剣持は、何だか判らないが上司と湊には見当が付いたらしいと気付いて、教えてくれない上司に恨みがましい視線を送ると、人の悪い笑みが返ってくる。
 「これから君の言った事を立証するのですよ。湊君、お願いします」
 「えっ!?」
 剣持の驚いた声と同時に、シンプルな球形吊りランプの明かりが消える。すると明智の足元に、今度はQの文字が光り浮かび上がった。
 「どうですか?剣持君。そこからでも見えるでしょう。ここはQueenのようですね」
 口をあんぐりと開けた剣持は、暗闇を恐る恐る歩くと、明智の足元に跪きQの文字を見つめる。
 「夜光塗料ですか…。しかしどうして判ったんですか?もしかして、やはりそのポスターですか?」
 「そうなりますね。月が昇るためにラグの日に沈んでもらい、夜になって光り輝くと推理したのです。剣持君も中らずと雖も遠からず、でしたね」
 スリッパの爪先でとんっとタイルを叩いて、ひどく楽しそうな笑みを浮かべた明智を仰ぎ見て、大きく息を吸い込み剣持はすっくと立ち上がる。
 「それだけではだめな事も良ぉく判りました。それで、このダイニングではないとすると、次はどの部屋に行きますか?明智警視」
 「そうですね、ポスターは無かったのですがアトリエにしましょう。この部屋の隣ですし、本邸のアトリエにも仕掛けがありましたから。尤も扉が付いて遮断されている事を考えますと、これからは今までの遣り方は通用しないかもしれませんが。まぁ、そろそろ画伯も手を変えてくる頃とは思いますけどね」
 不敵な笑みを浮かべた明智に思わず見惚れると、俄かに明かりが点いて剣持はその目を眇める。
 「さて、その前にここを元通りにしますか」
 明かりの戻ったダイニングルームの散々たる有様に明智が溜息を吐くと、そうして貰えると助かりますと湊も苦笑する。
 そしてダイニングルームが手早く元に戻されると、アトリエの扉が開かれた。