小さな高窓からは十六夜が望む 床板の上に敷かれた硬く冷たい布団の上に座っていた悟能は、ふと顔を上げる。 頑丈だが密閉度の低い建物からは隙間風が入り、そこに嗅ぎなれた匂いが流れてきていた。 全てのものが眠りについた深い夜の静けさの中で、確信を持って悟能は窓のある壁を見つめた。 「……三蔵さん」 「あぁ」 窓は逃走防止のため高く小さく、更には鉄格子が嵌められ月の姿しか見えない。 「どうかしましたか?もしかして僕が逃げ出すための見張りとか」 そうではないだろう事は百も承知で、けれど悟能は訊ねた。 「月が見たかっただけだ」 「……そう、ですか」 壁越しに言葉は交わされお互いの姿は見えない。 繋ぐのはただ月 十六夜の月 進もうとして進まない ためらいながら上る月 悟能の片眼にはひどく眩しく、長く見られずに思わず背を向ける。 壁を挟んで背中合わせに俯いた悟能と、紫煙を昇らせ月を仰ぐ三蔵の間に会話が消えた。 二人の間には月影だけが落ちる どのくらい時が経ったのだろう。 煙草の匂いが薄れ悟能が振り返ると、高窓に見えていた月も消えていた。 そういえばと思う。 悟浄さんの家に居た時も煙草の匂いに包まれていたと。 着替えてしまったため、借りて着ていた服に染みついた匂いが今は無い。 替わりに漂うのは僅かな残り香 悟能は目を伏せると冷え切った布団の上に身体を横たえ腹の上で両手を組んだ。 そして再び瞼を閉じると就寝に努める。 「今度会ったら"さん"はやめてくれ、な」 別れ際そう言って笑った悟浄さんの何とも言えない顔が浮かびあがる。 そして朝日を浴びて、経を唱えながら金色に輝く三蔵さんの姿も。 残り香が消える頃、悟能は眠りに落ちていた。 けれども月のない夜を見上げて想う もうすぐ貴女に逢いに行けると |
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2004/04/10