プロフィール No.6
宮田西中時代
部活動(女子バレー部奮闘記)No.5
新チームは、2年生4人・1年生7人です。人数は10人を超えているので、昨年のようなことはないのですが、全くの素人ばかり。2年生は夏の大会に出てはいるけど、アタッカーは一人もいない。でもまあレシーブができれば試合はできるし、打つことはそのうちにできるようになるだろうと思っていました。
夏休みの練習では、先は長いしじっくりやろうという感じで練習していましたが、とにかくアタックができない。ここまでできないのかと頭を抱えたくなるほどです。体が小さくてもそれなりにボールをとらえるということがもっとできてもよさそうなのに、ボールの芯に手が当たらない。最近の子は、運動神経がないとつくづく思いました。
9月・10月と練習試合にいきましたが、ことごとく負けました。それもワン・ツウまではいくのに、最後のアタックで、空振りやアウトやネットにボールを打って楽に点をやってしまうことの繰り返しでした。
それでも我慢に我慢を重ねていくしかないので、失敗してもどんどん打たせていきました。
11月の新人大会では、若宮中・植木中・鞍手南中と対戦することになりました。結果は勝てないと思っていましたが、植木中には何とか勝つことができて、初勝利でした。しかし、若中と南中には全く歯が立ちませんでした。すぐには追いつけないと実感しました。
アタッカーが育つまでは我慢していくしかない。それとなんといっても基礎体力を上げないとアタックも打てないし、レシーブも夏にむけて強化していかなければならないと思いました。
12月になり、2つの準公式戦がありました。一つは、直方高校での合同練習会。もう一つは、宮田町親善バレー大会。ここでも結果は新人戦と同じでした。上位6チームとの対戦では差を縮めるどころか開くばかりと実感しました。
そんな中で、直方高校での練習会は非常に参考になることが多かったです。アタックが問題ではなくて、パスやレシーブなどの基本プレーがうまくできない。それよりもバレーボールをするときの心構えができていないということを強く感じさせられました。春までに、部活動をするときに、強い気持ちを持って練習をすることが一番先決で、それには、挨拶や集合解散をきちっとすることからやり直すように言い聞かせて練習に励むことにしました。
こんなことは常識と思っていたことがそうではなかった。一から言わなければならないということがわかって、情けないけど今からやり直しです。
写真は、卒業アルバムの撮影の時のものですが、3年生が2人しかいなかったことが、こういうところに出てきているんじゃないかと思い知らされます。立て直すのに時間がかかるし余分な労力を費やさなければならないと思い知らされました。
年が明けて2004年になりました。
3月に2つの準公式戦があります。それに向けて、練習開始です。できていないところを、できるように練習していかなければならないのですが、ちょうどインフルエンザが大流行しました。特に、2月は全員そろっての練習は数えるほどしかありませんでした。3人とか4人で練習をした週もありました。1月2月3月を皆勤賞でバレーをしたのは、顧問の私だけで、部員は全員どこかでダウンしていました。
そして、あっという間に3月の「菜の花カップ」です。
鞍手北中の体育館に26チームが勢揃いしての開会式です。生徒は、その数と雰囲気に呑まれていました。こういうところが経験のなさだなあと感じました。
そして、試合開始。練習不足は否めない上に、レギュラーが揃わない。結果よりも試合内容がどうかということに重点を置いていましたが、全く話にならない。気持ちは始まる前から引いているし、一つの失敗を引きずるし、練習の成果を出すどころかおろおろする姿を見るばかりで、頭にくるばかりでした。さらに、和白中に第2セットを0−25と完封されました。これには選手だけでなく私もショックでした。親もたくさん見に来ておられただけに悔しかったです。
しかし、1週間後には、U−14バレー大会があるので、気を取り直してレシーブ中心の練習をして、大会に臨みました。
U−14バレー大会は、福岡市の城南高校で開催されるので、保護者がマイクロバスを借りてこられたので、ちょっとした遠征気分でした。
バスの中は、まるで遠足のような雰囲気ではしゃいでいましたが、試合の時にその元気を出すように忠告しました。ところが案の定、会場について体育館に入るときからまわりを気にしていて、試合前の練習でもいつもの声はなく、ピリピリした態度もなく、これは先週と同じようになるなと思いました。
そこで、1セット目から終わるたびに、気合いを入れていきました。それでも午前中は全くいつもの動きもできなかったですが、午後からは少しずつラリーが続くようになり、2セット取ることができました。
バレー教室の中で言われたことは、特にパスが悪い。それをしっかり練習して、夏を迎えなければならないということがはっきりしました。この2つの大会を原点にして、自分からバレーをするという強い意志を持って、練習に励んでほしいものです。そうすれば、見ていてガッカリするような試合内容にはならない。その辺の精神力と体力を鍛えていかなければならないと感じた2週間でした。
<2004年度>
今年は異動と覚悟していましたが、残ることになり11年目に突入です。当然のごとくバレー部を、もう1年ということになります。まあ、それは望むところでしたからいいとして、残念なことは新入生が一人も入部しなかったことです。体験入部には6人も来ていたのに、誰も入らないなんてショックですね。これで、来年の夏まではいいとしてもそれから先が心配です。
いつまでも悔やんでも仕方ないので、3年生にとってはいよいよ夏季大会まで3ヶ月です。彩香が足の故障で十分な練習ができない上に、祐香も腰が痛くなる持病を抱えてのチーム作りです。いやが上にも2年生の成長がないと闘えません。春季大会まで、練習試合の中で経験を積ませることを中心にしていきました。特に、5月の連休に4日連続で練習試合に出かけました。生徒もきつかったでしょうがこちらも大変でした。しかし、成果はありました。
そして、直方市親善バレー大会です。1回戦は宮田中と対戦。1セット目を取られて、2セット目を取り返し、3セット目勝負です。どうも試合となると普段の雰囲気がでない。3年生と2年生のコンビがとれていない。何とか勝つことができたけど、相手に助けられての勝利で納得がいかない。2回戦は鞍手南中との対戦で、練習試合で何度もしているのに、案の定、得るものもなく終わってしまいました。
チームとしての精神的な部分での力が足りない。春季大会までに、最初から全力が出せるようにならなければならない。そのためには、やっぱり走り込みをすることが必要だと感じました。冬場に走り込めなかった分を少しでも取り返すようにしていきました。
<春季大会>
2年生エースが、捻挫で使えない。急遽メンバーチェンジをしての練習で臨みました。
1試合目は、小竹中との対戦。10点いくかなというくらい実力に差はあります。しかし、いざ試合が始まると結構ラリーも続くし、圧倒されたという感じはありませんでした。予想以上に点が取れたという感じでした。
第2試合は、直方二中戦です。この試合も結果は見えていましたが、ラリーが小竹中戦よりも続く。点数的には、15点しかとれなかったけど、内容は今までの練習試合の時よりもよかった。
第3試合は、光陵中戦。相手エースのサーブが走らなければ大丈夫の試合ですが、サーブカットが悪いだけに20点を超えてからが勝負の試合です。
第1セットを取って流れに乗るかなと思ったら、第2セットを取られ、第3セット勝負になりました。序盤からリードして、24対20になったときは勝ちを意識しました。しかし、ここから相手サーブで3点を取られ24対23になりました。ここでタイムを取りましたが次のサーブが入ると、やばいと思っていましたが、相手がサーブミスをしてあっけなく終わってしまいました。何とも疲れる試合でした。
夏にむけて課題は、1枚ブロックでは上のチームとは闘えない。そのためにフォーメーションを変えなければならないと思いました。
<夏季大会>
夏季大会にむけて、彩香が前衛の時は2枚ブロックにして、2・2・2のフォーメーションで練習を重ねてきました。しかし、7月に入って祐香の体調が万全ではなく、ベストメンバーで練習試合が組めない状況でした。3日前と前日の詰めの練習試合でやっと構想通りの練習試合ができました。後ろの守りが2枚の時と3枚の時のスムーズな移行がバッチリできていないのは気がかりだけど、やるだけのことはやったという充実感はありました。
そして、大会当日。第一試合は、小竹中。予想通り、セットは奪えませんでしたが、形を作って点を取ることができたと思います。
そして、第二試合。鞍手北中は、エースとセッターがけがをして無理して出場している状態なので、あるいはいけるかもしれないと期待していました。選手もそのことを感じ取っているようで、気合いが入っていました。試合が始まって、以外にも有季菜がおかしい。リベロでムードメーカーなのに、その役割を全く果たしていない。ベンチに戻して2年生をそのまま使って試合を続けました。やはりうちのいいところは全くだせることなく、第1セットは楽に取られてしまいました。第2セットは、有季菜も正気を取り戻したようで、粘りのバレーができてきました。一時は、鞍手北をリードしていましたが、後半は自力を出されて、25対21で負けてしまいました。
第3試合は、植木中。相手は全員3年生のチームで、この試合で1勝することに集中していました。練習試合では勝ち越しているけど、全く油断はできません。植木中は、サーブを思いきり打ってくるのでサービスエースを取られやすい。しかし連続性はなく、レシーブはうちの方が上。したがって、ボールをつないで、1・2・3の形をつくることと、サーブミスをしないことを指示しました。
第1セットは、相手のサーブで崩される場面はありましたが、ボールをよくつないで、唯加と祐香のアタックで点差を拡げて、第1セットを取りました。
そして、第2セット。第1セット同様の試合内容でいいのに、精神的に勝ち急いで、ミスの連発。タイムを取って、落ち着かせて送り出しても、浮き足だった雰囲気は直りません。そして、相手にリードを許し、先に24点目を取られてしまいました。この時点で、第3セットを覚悟しました。
ところが、21点目を唯加がアタックを決めて、サーブ権を取りました。ここで唯加の連続サーブがはいり、23点目を取りました。失敗の許されない緊張感の中で、次のサーブも入りジュースまでいきました。ここで相手がタイムを取りました。タイムあけのサーブが入るかどうか心配でしたが、ここも点を取り、いよいよマッチポイント。ここでもサービスエースを決め、26対24で勝つことができました。
とてもきつい試合でしたが、よく勝てたなあと感心しました。やはり練習した成果かなと思います。
この1年間、固定したメンバーで闘えない上に、アタックが打てなくて空振りやネットばかりで、練習試合では負け続けました。しかし、練習には文句を言うことなく、いろんなところが痛くても痛いということは口に出さずに、ひたすらついてきてくれたと思います。そして、最後の試合で勝利できるところにまで成長しました。この1年間、お疲れさまでした。
2004年 練習試合結果
<おまけの花火大会>
昨年から恒例になっている3年生だけの花火大会見学です。

<第49回卒業生 バレー部お別れ会>
在校生から卒業生へ色紙と花束の贈呈

教師から卒業生へ記念品の贈呈


卒業生から教師や後輩へのお礼の言葉


今年の卒業生は、1年生の入部時点では3人しかいなくて、体は小さいし3年後は心配だらけでしたが、よく続けてこられました。残念ながら卒業間際には、校則に違反する子もいて、バレー部で何を学んできたのかとその都度話をしなければならないこともありました。しかし、最後は揃って卒業式を迎え、こうしてお別れ会に参加できたことはよかったです。やっぱり、一緒に汗を流してきた仲間を裏切るようなことはできないということが伝わったと思うと、バレーをやってきた甲斐があるというものです。
バレーをやってたときの、ひたむきな気持ちと、立ち向かっていく気持ちを忘れずに、西中バレー部を巣立っていってほしいです。
記念の盾の中に込められた3年間の汗と涙の思い出が、これからの生き方に生かされるとうれしいですね。