第5章 精神障害者福祉施策における制度間の連関と現状について

はじめに
 これまで、統計を基に精神障害者福祉施策の現状、障害構造、リハビリテーション理念、精神障害者の特色や取り組みについて考察した。本章では、それらの論述を踏まえ、精神障害者福祉施策の各制度の連関と現状とその問題点をあきらかにする。

第1節.現状における精神障害者福祉施策の実態について
第1項.制度間の連関と現状についての概括
表5-1
図5-1 精神障害者福祉施策の制度間における連関と現状
 いまだに精神障害者福祉は精神病院を中心とした施策が中心であるといわざるを得ないことは、第1章の入院者数(表1-1)や在院期間(表1-10)などから明らかにされた。また、第4章で、いまだ精神障害者の障害と疾患の区別などが明確には規定できないことを論述した。そのことが、治療行為の拡大を引き起こし、作業療法も治療の一環として捉えられることになる。また、治療行為の長期化によって、病院そのものが住居としての機能を持つようになっているといえる。つまり、リハビリテーションは、病院内におけるADLの自立を中心とした周辺機能として位置づけられる。
 地域精神医療活動は、精神病院の解放運動、患者の人権運動、国際的な批判と共に精神病院が広げてきた分野であるが、そのため社会復帰施設などの福祉資源は、医療法人が他の障害福祉施策に比べると圧倒的に多いことが第2章(表2-4)において示した。また、これらの施設は、病院に隣接しているか敷地内に併設されていることが多い。法人の傾向からこれらの社会福祉施設は、病院経営に左右されやすく、さらにドクターの権限(審査)が絶対であり、社会復帰施設などの福祉施設は依然病院の周辺機能として位置づけられる。
 精神保健福祉制度は医療型の生活訓練が主流であり、地域型として、就労や活動の場としての地域生活型は発展していないのが現状である。この地域生活支援の施策の立ち後れ、財源の少なさなどは第2章(表2-5,2-7,2-8)で述べたとおりである。
 生活保護制度については、第3章でも触れたが、発症する年齢や障害年金の受給額、社会福祉資源の受け皿など様々な要因の中で他の障害に比べて貧困に陥りやすいことが述べられた。精神障害者が自立した生活をしようとする場合、しばしば生活保護制度の利用が自立の第一歩になることや発症により入院し医療扶助が受給され、それが契機となり精神障害者福祉施策の対象になることなどを述べた。しかし、「日本の福祉事務所の生活保護担当ワーカーの多くは、いわゆる「社会福祉の専門職」ではない」(藤城〔1997,p368〕)といわれるように精神障害者への専門的な取り組みや継続性が困難になりがちである。大抵の入院中の生活保護受給者には、病院CWへ電話一本で病状把握のみで済ませる。また、交付決定にあたっても病院(本人)への訪問はまれであり、ほとんど病院任せになりがちであるといわれる。また、地域生活についても時折訪問指導が行われるが、具体的な自立に向けた取り組みというよりも状況確認に止まる事が多いといわれ、「職業安定所に同行するといったことをすればよい方である」とQ市福祉事務所の生活保護のSWの方がいうように、リハビリテーションという視点からは外にあるのが実態である。

第2項.現在の精神障害者福祉施策における制度間の連関について
(1)医療と生活保護制度の連関
 医療→生活保護制度には、退院後の受け皿として保護施設への移行が挙げられ、第3章(表3-7)で示したとおり、救護施設が主な受け皿となっている。退院時、保護下のケースワーカーによって面接などは行われるが、生活保護側からの判断はほとんど介入しにくく、医療による診断から行政処分として措置される事が多い。また、施設で受け入れてからは通院での状況報告をなされる事があっても、具合が悪くなれば入院、そうでなければ継続といった一方向的な関係である。
 生活保護制度→医療へは、保護施設からの通院も含まれるが、入院中あるいは通院における医療扶助の給付を主とする。生活保護のケースワーカーが受給者への面談や状況報告はあっても連携というには乏しい関わりである。さらに「長期入院者の日用品費の累積把握のみに躍起になって、累積による停止、廃止の処理が業務の中心になっている」(藤城〔1997,P.371〕)ような事態がある。

(2)精神保健福祉制度と生活保護制度の連関
 生活保護制度→精神保健福祉制度には退院後の精神保健福祉制度への橋渡し、あるいは自宅で引きこもっている精神障害者を精神保健福祉制度へ結びつけるという働きも中にはあるといわれるが、これなども医療との関係で役割分担が厳密になされているとはいえず、生活保護制度は専ら主に精神障害者への金銭給付のみでつながっているのが現状である。
 また、精神保健福祉制度→生活保護制度の連関はあまり見られていないのが現状である。保護施設と精神保健福祉のそれぞれの機関、社会資源で棲み分けをしている現状である。精神保健福祉制度のなかで保護を受給しながらも作業所や援護寮に通っている人がいる一方で、救護施設で保護され、地域生活が困難なものまで様々である。それぞれの利用者に背景があり、状況が違うとはいえ、QOLの実現に向けた取り組みとしてトータルなネットワークが張り巡らされているとはいえない。

(3)医療と精神保健福祉制度の連関
 精神保健福祉制度と医療の関係は、地域精神保健医療の枠組みの中で行われてきたこと、医療法人による社会復帰施設の設立数の多さ等、前述のとおりである。社会復帰施設の運営・経営に限って詳述すると、社会的入院問題の解消と合わせ、病床規模の縮減が必須の状況にあった民間精神病院・医療法人にとって、経営上の理由も大きかった。「医療機関職員と社会復帰職員とを兼務させたり、空き病床を社会復帰施設に転用するといった思惑」(藤井〔1999,P.120〕)などがあった。精神障害者にまつわる事柄すべて医療で完結したものであるといえる。地域型の精神保健福祉として作業所、グループホームなど生活の場として存在しているが、連携という面において十分ではないといわれ、退院後は、各機関に任せきりとなっており、医療においてはこうした活動に対して濃淡があるとはいえ、無関心であることが多いといわざるを得ない。

第3項.各制度の問題点について
(1)医療
 精神医療が抱える問題点はこれまでの論述において、あるいは様々な文献などで指摘されており、それらすべてを詳細に述べることは本論文では控える。本論文では、リハビリテーション理念と精神医療の関係に限定して、問題点を整理すると、精神医療や精神病院は歴史的に、社会防衛的な意味合いで精神病者を引き受けてきたこと。そのため、立地が市街地から離され、交通のアクセスが悪く隔離されてきた。また、主な疾患として統合失調症の根治が難しく、長期に渡る療養を余儀なくされたこと(治療の可能性として長い間拘束されてきた)。そして、社会防衛的な社会的役割などから精神科特例制度などによって人件費、報酬性などが低く抑えられ、慢性的なマンパワー不足が集団的かつ拘束的な診療になりがちであったといえる事に集約されると考える。このことが、病院内でリハビリテーションが完結してしまったといえる。

(2)精神保健福祉制度
 精神障害者に関しては、他の障害(身体障害、知的障害など)に比べて、社会資源が不足しているという問題点もあるが、いわゆる精神保健福祉法での施策の実施機関は保健所(ドクター(医療)をトップとする)であり、他の障害の実施機関が市の福祉事務所であり、町村にあっては福祉課などに位置づけられるのに対し、精神障害者に対する社会福祉の実施機関は存在していない。そのため、福祉事務所の業務として精神障害者福祉にとり組む法制的根拠を欠いている。
 保健所が精神障害者福祉の実施機関であるということは、精神障害者=公衆衛生であり、そもそも公衆衛生とは広義には疾病予防対策として疾病の除去や早期発見・重症化防止に観点が置かれ、狭義に再発防止と共に社会復帰などの精神障害者への福祉が位置づけられている。このことは、医療的視点から抜けきれない限界を未だ持っているといえる。
 さらに、「社会復帰」という言葉は精神障害者のみにある行政・法令用語であり、「社会復帰状態にないものを一人前の社会人とは見なさない」(藤井,〔1999,P.106〕)とする本人自身の決めつけ、周囲の圧力が働き、肩身の狭さを喚起し重くのしかかっているといえる。
 地域精神保健福祉の推進においては、地域精神保健福祉センターがあるが、「行政機関でも医療施設でもなく、内容も様々であり、各地域によって実際的な存在意義が曖昧である」(野中〔1999.P.86〕)といわれている。
 精神保健福祉法における自立については、法第一条における、医療保護と社会復帰の促進を主眼においた社会経済活動への「参加」を目的にしている。また、法を概観すると、精神医療における入院患者への人権の配慮の後に社会復帰施策や生活支援施策などが来ている。このことは、精神障害者にとって、治療、疾病予防が優先され、地域生活や福祉施策としての自立はその後であることを意味していると考える。さらに、法のおいて保護者制度がある。これは、家族に責任を押しつけ、この制度によって、むしろ退院を阻み、家族から独立した生活が出来る条件が未だ整っていないことを示している。

(3)生活保護制度
 精神保健福祉制度が福祉事務所の業務としての法的根拠に欠けてはいるが、公的扶助の対象になることから精神障害者と福祉事務所がようやく関わりを持つことができるというのが現状である。しかしその関わりは、前述のとおり金銭給付に限定し、自立助長としての取り組み〜ケースワークとしてはあまり機能してこなかった。自立助長の視点から考えると現行の制度において、貯蓄の禁止、収入認定の厳しさ、逆に障害者年金・就労などが保護費よりも低位にあることから、一度受給してしまうと生活保護受給が長期化することなど、意識的にも自立への意欲をそいでいるともいわれている。さらに適正化政策による経済的給付の厳密化〜日用品費の厳密化に終始することや申請のしづらさ1)など行政上の対応も度々問題となっている。
 また、福祉事務所で行う「自立助長」とは、主に稼働能力のあるものに対する就労指導を指していることが多い。精神障害者は、労働市場から離れた存在として、あるいは要看護ケースとして捉えられて2)、彼らの生活などは他法他施策に委ねている。
 そのため精神障害者にとって「生活保護を活用して自立生活」(小野,〔1997,P.35〕)を地域社会で行うという考え方がある。これはこれで分からないでもないし、むしろそれは自立した生活を営むための一つの条件になりうるであろう。しかし、資本主義社会の労働力の売買を基本とした生活の自助原則に支配されて、むしろ障害者であっても労働や地域生活を切実に望みながら、生産性や効率性に反する理由から個人的または社会的に隔離・排除することにより、逆にその自立生活の要求や権利が保障されていないある意味、社会福祉のパターナリズムや一般社会の障害者観などに問題があるともいえる。そういった意味でも、権利主体者としての健康で文化的な生存権を社会福祉・社会保障制度その他の社会資源の積極的利用を通してこそ、資本主義社会の中で精神障害者などを含む全ての労働者国民の自己実現や社会参加を内実とする自立論こそ、社会福祉の現実的理念であることを考えると、「生活保護を活用して自立生活」という言説は、そのような権利保障や社会的隔離の現実を薄めてしまうという意味で十分ではないと考える。

第2節.医学モデルの特徴について
 現在の精神障害者にとってリハビリテーションとは、医学モデルに視点を置いたものであることを制度間の連関を基に考察した。要約すると、病院を中核にし、生活保護、精神保健福祉はそれぞれの専門性に止まり、取り組みは分業的であり、さらに関係に至っては一方的であるといえる。こうした施策の関係を支えている根拠には基底還元論があり、さらに精神障害者に限っていえば、以下のような根拠3)がある。それらを挙げながら、若干先取りする形で、最近の調査などで否定されている言説についても論述する。
(1)精神障害は、リハビリテーションの効果も障害からの回復もあり得ない。このことは、一つにいったん社会に出ても再入院する確率が高いこと、80年代においては統合失調症は重度精神障害であり、進行性の疾患として定義されていたことに由来する。
 しかし、統合失調症は、実は本人の病気ではなく、環境にどの様に扱われてきたのかによって決まることが多い。
(2)伝統的入院治療が、リハビリテーションの転帰によい影響を及ぼすし、精神症状は、その後のリハビリテーションの転帰と密接に関連する。つまり、入院治療によってその後の精神症状などの改善に役に立つという考えである。
 この考えは、基底還元論に基づいたアプローチの核となるものであるが、院内でどれだけ改善されたことと、地域に帰ってからその人がうまくそこにとけ込む事が出来るということには関係がないことが分かっている。
(3)医学的診断は、その後のリハビリテーションの転帰に関して重要な要素となりうる。そして、専門家はある種の環境(居住空間など)における患者の生活能力から、別の環境(職場)での能力を正確に予測できる。薬物の服薬遵守がそれだけで転帰に著しい影響を与えることが出来る。
 これもまた症例に基づいたリハビリテーションの計画実施の際に用いられる論法であるが、精神症状と地域生活に戻ってどれだけうまく職を得て暮らしていくことには関係性がないことが明らかにされている。個人の作業能力と関連があるような症状あるいはパターンはなく、重度でも社会生活が出来ている人もいれば、軽度でも出来ない人がいる。さらに、生活能力の予測や環境が変わってもその能力から推測して予測はほとんど不可能であり、できてもおおざっぱに捉える程度しか出来ないとされる。さらに、症状に基づいて下す評価法においては、偶然程度にしか図れないとされている。つまりそれは社会の中でどれだけうまく生活できるのかという尺度にはなっていないからである。さらに、薬は一時万能のようにいわれていたし、確かに退院を促し、地域社会で暮らせる時間を長くはしてくれた。しかし、薬は就職を世話してくれるわけでも、社会的なレッテルをはがしてくれるわけではない。あくまでも服薬はその人にとって提供可能な様々なサービスの中の一つであるにすぎない。

 これまで重度の精神障害者(=統合失調症)にとって、精神保健福祉施策は見通しの暗いものであった。もちろん、精神病院の現状を考えれば、集団で収容するしかない状況を作り出した当時の政府にも責任があろう。しかも、精神障害者福祉施策がいまよりも未整備だった頃から、先進的で良心的な病院による地域生活への取り組みなどが独自に取り組んできたことは否定は出来ないし、むしろそれが精神障害者福祉施策の歩みであったといえる。
 しかしながら、これまで述べているように、長期入院患者の退院促進と地域生活支援が政策的に誘導され、精神障害者に対する施策の転換が図られるようとしているし、将来的にはのぞましいといえる。そのような意味で、(1)〜(3)の根拠からの脱却が必要になると考える。

第3節.考察
 単なる一例でしかないのだが、救護施設でうつ病の利用者が、買い物外出としてQ市の駅前までバスで買い物に行き、そのまま東京に行ったことがあった。1週間後、その利用者は警察に自ら保護を求めて、いうならば戻ってきたことがあった。「どうして、そんなことをしたんだ」という職員の問いかけに、その利用者が話したことは「1週間あちこちを歩き、いろんな人たちを見た。そこで、自分よりも「マシ」な人たちが、路上で生活をしていた。自分が東京で働けると思ったことは簡単でないことが分かった」といったようなことであった。この問題は、無断で連絡もなく遠方に行ったことではない。それは自らの欲求によってそれ(働く=自活の可能性)を確かめるために、自分で選択したことであるが、施設側にそれがなかったことと、個人の限界がある事を示している。そして、この一例から、制度内で何かしら自立した生活を送るとは、その人自身が考え、選ぶ余地や他職種との連携の柔軟性こそが重要であるということではないかと考えさせられた。
 保護施設は、その役割として、施設内にはそれなりの生活プログラムがあるが、あくまでも完結したものであるし、施設外の企業に働きに行くといっても、職員の伝手であり、限定的である。一人で暮らすためには働かないといけないといった障害者本人の自立への要求に対して、何のフォローアップも連携もなく「もしこの機関・施設に合致しないのであればどうぞご自由に出ていってもかまいませんよ」といった姿勢である。各制度、各機関・施設がそれぞれの狭い専門性の中で役割を担い、一見つながっているように見えても、実はそれぞれの中で完結させており、一方では放任し、一方では自己決定権を尊重してこなかったといえる。
 いくつかのことについて、すでに先取りをした論述もあるが、次章においては、今後の制度・職種間における連関の在り方について述べる。

注釈
1)白石(1994,P.134)の調査結果によると、サンプル数、障害者本人が907人、家族が601人のうち、無回答が586人と430人いたうち、福祉事務所へのためらいや気後れを感じているといった割合は、保健所よりも高く、191人(21.1%)と102人(17%)であった。
2)現業のCWにいわせると訪問調査などにはA〜Dまでランクがあり、精神障害者は年に一回の訪問で良い最低のDランクという暗黙のルールがあり、しかも本来自分の担当のケースであっても、状況確認のみであれば、近くに行くに同僚に寄ってもらうなど訪問しないケースもあるといわれる。
3)(1)〜(3)は、M.Farkas(2002,PP.16-20)を参照しているが、結局は、重度の精神障害者をもつ人々にとって、病院から時々地域に行くのではなく、地域にいながら時々病院に行くことを望んでいることが最近の調査で確認されたことから導かれた論点であると考える。

引用・主要参考文献
1.小野哲朗ら監修『公的扶助と社会福祉サービス』(公的扶助実践講座2),ミネルヴァ書房,1997
2.藤城恒明「精神障害者の生活のしづらさと援助の基本」(1.同書),366-374
3.秋元波留夫ら編『精神障害者のリハビリテーションと福祉』,中央法規,1999
4.藤井克徳「精神障害者の地域生活を支える施策・制度の現状と問題点」(3.同書),106-134
5.野中猛「精神保健センターの現状と課題」(3.同書),86-92
6.小野哲朗「公的扶助とは何か」(1.同書),3-58
7.東雄司ら編『みんなで進める精神障害リハビリテーション』,星和書店,2002
8.白石大介『精神障害者への偏見とスティグマ』,中央法規,1994
9. M.Farkas「世界的に見た精神障害リハビリテーションの現状」(8.同書),14-29
10.宮寺由佳「生活保護行政における「自立助長対策」の推移と今日的課題」『社会福祉』41日本女子大学社会福祉学科,219-231,2000
11.谷中輝雄「精神障害者福祉の現状と課題」『社会福祉研究』84,21-27,2002
12.佐藤久夫「障害を理由とした欠格条項に関する考察」『日本社会事業大学紀要』45,39-57,1998
13.岡部卓「貧困問題と社会保障」『社会福祉研究』83,20-31,2002
14.根本嘉昭「生活保護制度の「見直し」に関して」『社会福祉研究』83,43-49,2002
15.早野禎二「精神障害者における「自立」と「幸福」」『東海学園女子短期大学』36,67-78,2001
16.柏木昭ら編『医療と福祉のインテグレーション』へるす出版,1997

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