伊藤左千夫『分家』

左千夫といえば、『野菊の墓』が有名である。しかし、本当は斉藤茂吉などが活躍していた短歌「アララギ派」でもっと業績があった。しかし、現在、なんとか左千夫の名が分かるのは『野菊の墓』だし、教科書で学ぶ程度で今は読む人は少ないだろう。
私が高校生から大学一年まで割とブンガクというものを読んでいた時期があった。そのことについてはどこかに書いているので省略するけど、昔から活字中毒の傾向があった。で、川端康成とかゴールズ・ワージーの『林檎の木』を愛読していた。今で言う純愛主義ということになるか。純愛とホラーをこよなく愛する繊細な少年だった。って、今書いていて、ある意味すごくアブナイ精神構造だったナァと。

ところで、この『分家』は私の中では左千夫の最高傑作。トーンは、ままで『野菊の墓』だが、『分家』はそのころの農村の暮らしや家同士の結びつきや俗っぽさにまみれている。すごくリアリティがあって、農民の愚かさから幸せまでをつぶさに描写している。このころとは、明治の頃である。武者小路実篤とかは近代人の教養の高い学生の悩みなどインテリ指向だし。夏目漱石もどちらかといえば近代人〜インテリの悩みを描写しているのに比べると、その頃の日本の大半を占めていた農民にスポットを当てた稀な小説である。
そもそも、左千夫は田舎の農家の末っ子であった。末っ子ということで、その時代はいろいろと自由が利くらしく、東京に行って丁稚奉公をしたりしているうちに、短歌を学んだり、教養を身につけている。そして、一回帰ってくるものの都会の風にあたってきた左千夫にとって、農村はすでに何ら自分に寄与するものはないことを知る。もっとも、左千夫は進行性の弱視で労働としてあまり期待できるような人ではなかった。そして都会に戻って、短歌の世界に没頭する。
こうした経緯もあって、作者は『野菊の墓』のように叶えられない恋を自分に重ね合わせる。主人公は、割と教養のある繊細な少年。しかし、農村故あまり知識などは必要はない環境にある。そこに、純朴で気だての良い幼なじみがいる。お互いに好きあっているが、家の都合でその恋は成就することなく、その少女が亡くなってしまう。農村に対する愛着を作者は感じているが、そこには相容れない自分がまたいる。叶えられない恋という甘いコーティングの背後には、作者の苦い半生が込められている。または、戻れないものへの憧憬が込められている。
『分家』は、先にも述べたが、一つの農村社会を描写し尽くしている。題名の由来は、主人公が本家の次男で結果として分家を持つという意味ぐらいである。ストーリーの展開で、左千夫の得意な純愛を絡めている。例えば自分の愚鈍な従弟に来た器量の良い、それでいて教養のある嫁(お千代)にプラトニックな恋心をお互いに抱き、それはお千代が死ぬまでお互いの秘めた心の中で愛し合うというものである。しかし、それに止まらず、主人公は左千夫の小説の例に漏れず、東京で教養を身につけているが、それでも、農村で生き抜いていこうとする決意。年下の自分の嫁(花子)と共に人生を歩もうとする力強さがある。また、小説に、春があり夏、秋、冬がある。春:様々な希望に燃えている少年時代、夏:農村に帰り、そこで働き盛りになる。秋:妻をもらい、そこで様々な実りや人間関係が深化する。冬は先に述べたお千代と自分の赤子の死、そして従弟の家が没落していく。
農村という下手をすれば文字などは必要のない環境でのやりとりは、家の結びつきがどうのとか家父長制や農村独特の緊密な関係性のなかでものすごく泥臭く、低レベルである。何をやるにも集団で家の呼びかけとかで決まっている。それだけに、スピンアウトすると大変なことになる。農村で最も罪悪なのは怠け者である。何かで心が折れてしまったものは容赦なく没落していく。

文体や漢字は旧ひらがなで漢字も明治の頃のものが多く、読みにくい。また、時々教条じみた事が書かれていたり、突然、短歌の教養を生かした自然の描写が入ったりとくどい上に、時々お腹いっぱいになる。また、今読み返してみると、読んでいる自分が恥ずかしくなるような「恋のおままごと」が繰り広げられている。今どき、こんなのは小学生でもしないよという感じである。しかし、それだけに新鮮でありブンガク好きにはたまらない「萌え」である。
左千夫の関連の作品として、野菊の墓の他、『隣の嫁』→『春の潮』がある。これは、先に書いたお千代のモデルになっている。つまり、隣の嫁に惚れる主人公のかなわぬ恋心である。あと、自分の赤子が亡くなったモデルは『奈々子』というのがある。死に方まで同じである。とにかく、作者の少年時代や人生の過程だけを小説にしている。ちなみに、この挙げた作品は角川文庫にすべて含まれている。
『分家』は岩波書店の左千夫全集4巻に丸ごと入っている。480ページを越える長編である。いまは多分絶版になっているので図書館で、もしかもしたら見かけるかもしれない。
この本は、大学の時、左千夫の本をあらかた読んで、小説として残っていたのがこの『分家』であった。結構、『隣の嫁』は野菊の墓よりもハッピーエンドに近かったし、私の中でその当時ヒットしたので、血眼になって探した結果、『分家』にたどり着く。この長編は、昼夜を問わず読んだ数少ないものの一つだった。講義があっても、この本を持って行ってひたすら読んでいた。時々、ご飯を食べるのも忘れたくらいだった。とにかくリアリティがあるので、いつの間にか自分が明治時代の農村にいるような気分になる。主人公に感情移入したり、または、その主人公の友人的存在になったり。もし、この時自分が生きていたらどんな風に世の中を見たんだろうかとか。それだけ、想像力をかき立てられる豊かな小説である。
2006.3.6

青空文庫で「野菊の墓」、「隣の嫁」、「春の潮」、「奈々子」がただで手に入ります。
作家別作品リスト:伊藤 左千夫

ホーム目次