松島 貞雄
海軍中尉
略歴
大正13年 月 日 茨城県水戸市出身
昭和16年12月 8日 ハワイ真珠湾攻撃
昭和19年 3月22日 海軍兵学校卒業(73期)
昭和 年 月 日 210空
昭和 年 月 日 攻501
昭和20年 8月15日 大東亜戦争終戦昭和20年10月13日 自宅にて拳銃自決(享年21歳)
終戦後、期友に送った書簡
「拝啓 貴様既に戦死せらるや 否や・・・・・」
終戦の詔勅奪回を図って兵を率い徹底交戦の構えをとったが、挫折するや上野の山に
たてこもり、8月19日にその責任をとって自決。
その葬儀が水戸の実家で行われた頃、弟・松島貞雄は復員して帰宅したが、事情を聞い
て、1ヶ月もの間を悶々として過ごしていたそうである。
昭和20年10月13日
自宅の玄関で頭部をピストルで撃ち自決。享年21歳。
遺書
武士道とは眠ることなり
常磐共同墓地
茨城県水戸市
左:弟・松島貞雄海軍中尉墓碑、右:兄・松島利雄 陸軍少尉墓碑
更新日:2006/05/13