河原の石



大小さまざまな石の転がる河原でキャンプをした。
夕暮れの河原はすっかり角が取れて丸くなった大小の白っぽい砂岩に埋め尽くされていた。目の前には幅15メートルほどの川、そして川向かいには30メートルほどもある巨大な一枚岩が聳えている。
テントを設営する間もこの巨大な岩は圧迫感をもって迫ってきた。目の前に立ちはだかって暴力的に視界を奪われたような感じだ。僕はできるだけ岩から目をそらし、河原や水の流れに目をやった。川は勢いよく流れている。大雨が降るとこの河原にあるような石が上流からゴロゴロ流れる濁流に変わるのだろうが、今は川底の岩にぶつかった水流が所々で渦やうねりを創りながらも、川はしなやかに決められたルートに沿って流れている。
簡単な夕食を済ませてくつろいでいると、そびえ立つ岩の頂きを照らしていた残照もあっという間に消え去り、辺りは川と虫の音だけが支配する闇へと変化していった。
僕は小石がゴツゴツ背中に当たるテントの前の河原に仰向けに寝ころび、空を見上げた。雲ひとつない空にはぽつりぽつりと星が現れているけれど、視界の半分は巨大な岩に遮られている。真っ黒な壁が眼前に聳えているのは、あまり気持ちのいいものではない。圧迫感が何か気味の悪い魔手のように迫ってくる。寝ころんだまま河原で両手を広げるとさまざまな小石が手に触れ、なんとなくそのなかのひとつを手に握り、手のなかで転がしてみる。冷たくて固い砂岩のざらついた感触が心地よい。岩壁に遮られた河原でたったひとりのキャンプは孤独だけれど、卵のような丸い石を手に握っているだけでなぜか気持ちが安らいでくる。
僕は両手に一個ずつ丸い石を握りしめ、岩壁に隠されて半分しか見えない星空を眺めていた。闇が深くなるに従って星はその明るさを増し、たくさんの星が岩壁の上にきらめいた。その美しさに見とれ、僕は長い時間、手に石を握ったまま星空を見つめていた。手のなかでいつの間にかすっかり暖かくなった石を手放し、また別の石を握る。形や大きさが違うせいか、石を握った感触は新鮮で気持ちいい。こうして何度か石を取り替えて握っていると、石ごとの感触の違いがそれぞれの石の個性のように感じられた。
太古の昔、この辺りが海だったころ、浜辺や海底に積もった砂が高圧の圧力を受けて石に変化し、長い歳月を経て大きな地殻変動で再び地表に現れ、風雨にさらされ、川の流れに浸食されて小さく砕かれ、他の石とぶつかりながら角を落とし、丸く丸く形を変え、さらに変化してゆく道の半ばでこの河原に転がっている。ここへたどり着くまで、この小石は一体何を見てきたのだろう。何度月の光を浴び、星を見たのだろう。石は大地のなか深く埋もれていたときの記憶も持っているのだろうか。
石を手に握っていると、そんな個々の石のもつ記憶が安らぎとなって伝わってくるようだ。
僕は靴を脱ぎ、足でも直接石に触れてみた。しばらくそうしていると、なんだか自分のいる位置が安定感を増してきたような気がした。足の裏から地面の石へ、そしてさらに深いところへ何かで繋がっているみたいだ。僕を通してじりじりと弱い電気が地面に流れているような感覚だ。
そのままいると次第に夜の闇のもつ圧迫感が消えてゆき、眼前に聳える真っ黒な岩壁にまで親しみを感じる。大地を通して僕はこの岩壁とも繋がっている、そう強く感じるのだ。
この黒っぽく威圧的な岩壁も永遠のものではなく、常に変化する自然の一部なんだ。今見えている岩肌もいつか川の流れに削られて崩落し、新たな姿に変化してゆくことだろう。河原の小石もかつてはあのような岩壁の一部だったのかも知れない。
そう思うとしっかりと大地に根ざして聳えるこの岩壁が愛おしくさえなってくる。
この岩壁が大地に根ざしてその鼓動を直接感じていられるのもつかの間のこと、いつかは川の流れに飲み込まれ、岩から石、さらに砂になって再び海へ流れ出すのだ。
僕は手に握った石、足で踏みしめた石から大地の鼓動を読み取ろうとした。石からは心地よい微弱な電気のような感覚が伝わってくる。それは僕には読み取れない石に秘められた大地の記憶なのだろうか、それとも地中深くこの星が発している大地の脈動なのだろうか。
僕は無数に転がる河原の石に秘められた謎に魅了されたように、小石を握ったままいつまでも星を見つめていた。