弟は、どんどん弱っていったの。ダイオキシンだけが死の理由ではないわ。きっと二つに引き裂かれた心に耐えきれなくなったのよ。
 そして弟が死んでしまって、もうこのままではこのガジュマルの木も枯れてしまう。男と女二人の精霊が宿っていないとこの木はやがて枯れてしまうの。そしてこの木が枯れたとき私の命もおそらく・・・。
 だからお願いというのは、あなたも一緒にここに住んで欲しいの。え?住んでいるじゃないかって。 いいえ、この家に住んでいてもそれだけでは駄目なの。そうではなく、この木の精霊として私と共に生きて欲しいの。
 さっきのキスで魂を交換したでしょ。そう、だから甘い痺れが体を覆ってしばらくはここからは動けないはずよ。全身を貫く微熱のような酔い心地はガジュマルの魔法があなたを縛っているから、そしてあなた自身もこの森の精霊の世界を受け入れたからよ。じっとしていて。森の作法のままにあなたのすべてを愛してあげる。だからあなたも私を受けとめて。私のすべてを。
 ほら、もう月の光のもとで私たちは一糸まとわぬ裸身で抱き合っているでしょもう離さないわあなた。なめらかで綺麗な肌をしているのね。
 そうよ、人間の女を愛した弟と同じく私はずっと人間の男のあなたを愛し続けていたの。怖がることないわあなた。何も失うものはないのよ。あなたは世界のすべてを手にするの。
 そう、そうやって私の愛の泉の潤いのすべてをあなたは銀の柄杓で汲み取って、そう井戸は深いわ冷たく冴えていてそして深部はとても熱いの。
 ああ、熱いわ、あなたはここにいるのね。何度この瞬間を夢見たことかしら。ああ、あなたが今私の中に。あ・・・ああ。もうあなたしか見ない。あなたももう私しか。
 ああ、ああ。いとおしいあなた。もうはなさないで。私のこと。二度とはなさないで。






 翌日も、男は家族と同じ夕食のテーブルについた。心なしか青ざめた顔色と時折庭の片隅の木に目をやることしか特に変わった点はない。
 しかし内面には南の島の醒めやらぬ深紅の落日のような甘い微熱が覆い熱く波立っていた。
 中空には十六夜の月が輝いている。
 ガジュマルの木は生き生きと枝を広げ、あたかも妖艶な佳人が身を震わすように幹から梢の先端までをゆるやかに波打たせた。青々と繁る葉が命の息づいている喜びを告げるかのように葉ずれの爽やかな調べを奏でている。
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