002:『階段』 俺は天性の役者やったのかもしれん。 今の気分は例えるならば恋する乙女。役に入り込み過ぎたのだ、きっと。 文化祭、うちのクラスの演し物はシンデレラだ。主役のシンデレラは俺、森嶋祐一。背が低くて女顔、お陰で何かと言うと「女装せぇ」言われる羽目になる。 まぁ、大ウケにウケてアンコールがかかれば、悪い気はせん……。この身に流れる半分関西人の血が時々呪わしいわ。 また、何の因果かこのクラスには、背ぇがアホみたいに高くて凛々しい顔の、タカラヅカな女がおる。そいつ、狭山香苗が目の前におる王子様や。 で、だ。 今、俺の身に何があったのかと言うとやね。 12時の鐘の中、俺は追いすがる王子に靴を投げつけて舞台横の階段を駆け下り、舞台裏へ消えるはずやった。 階段の付け方が、ちょこっとまずかったんやな。お陰で階段は外れ俺はバランスを崩し、派手に舞台の下へ転げ落ちた。ただ、俺の体は──少なくとも今の所は、どこも痛くない。 王子様が姫を庇って一緒に落ちたのだ。 「姫、お怪我は」 うわぁ。 「や、無いけど」 お前は、と聞き返す前に、狭山はがっしと俺の手を握った。 「ならばよかった、さぁ共に城へ戻りましょう!」 早く芝居に戻れ、と狭山の目が合図する。 そうか、客の前やった。12時の鐘はまだ鳴っている。 「放さんかい、こん助平!」 ぶん、と手を振り切って走り去る。舞台裏に駆け込むと、客席の笑い声が響いた。 その歓声が遠い。心臓がばくばく言っているのがわかる。 「うそやろ」 俺の好みは俺よりちっさい可愛い子や、断じてあんな男役やない。思ってみても動悸は収まらない。 狭山の手は、柔らかかった。そして、俺の知る誰よりも男前だった。 「姫、お怪我は」 思い出すと、鼻の奥がつんとする。あぁ畜生。認めとうない、泣きたいわ。あいつ背の高い男が好き、言うとったし。 こんな気分、12時の鐘で魔法と一緒に消えたらえぇねん。狭山のバカ。 −−−−−−−−−
ファイル作成日:2006/7/25。文章塾へ「手を繋ぐ」を投稿した後にその前後を派生で書いたものです。「後」の方は「釦」ですね。 この2人にそれなりに思い入れはあるのですが、あんまりベタで恥ずかしい訳で……。ファイルには「落ちる」と題名が付いていましたが、100題収録に合わせて改題です。(08/04/13) Pro.100txt. |