094:『釦』 卒業式の後は意外と忙しい。先生や後輩、友人達と、慌ただしく別れの挨拶を交わす為に校内を駆け回り、駆け回る内に時が経つ。 華やいだ騒ぎを抜け、狭山香苗がひと息つくことができたのは、午後も遅くなった頃だった。当たり前に続いてきた日々が今日で終わる。明日にはもう、この学校の部外者になる。 実感がわかない。 「狭山ー、何しとんねん」 振り向けば、同級生の森嶋祐一が立っていた。 「ちょっと卒業生の感慨に浸ってた。森嶋は?」 「いや、お前の似合わん制服姿も見納めやなーと」 香苗は森嶋をしげしげと見る。 「あんた位の背なら似合ったんだろうけどね」 「それを言うな」 香苗の身長は176cmであり、森嶋の背を15cm上回る。 身長について、妙な連帯感のある軽口も今日限りか。香苗は不意に寂しくなった。 「さ、そろそろ行こうかな」 呟いて伸びをひとつ、香苗は森嶋から視線を逸らす。何故かさよならを言いたくない。 「元気でね、森嶋」 返事を待たずに香苗は歩き出した。 「待てや」 制止の声に、香苗は足を止めて振り返る。森嶋の顔は険しく、いつにない気迫があった。 「男らしいのも身長だけにせぇよ。明日っから俺ら毎日会うたりでけんのやぞ、寂しうないんか!」 言うにつれ、森嶋の顔は赤みを増していく。 「やる。持ってけ」 投げ付けられたのは学生服のボタンだった。第2ボタン、と言う奴だろうか。香苗は手の中のボタンと、森嶋の赤い顔とを見比べる。 「何か、告白されてる気分」 「気分やないわ。わからんか、ど阿呆!」 香苗は目を見開いた。 「あーもういい行け行け、行っちまえ。気のせいでえぇ。お前なんかもう知らん」 返事がないのを否定と取ったのか、気恥ずかしさも極致なのか、森嶋は背を向けて手を振る。香苗は微笑んだ。 そうか、さよならなんて言わなくてもよかったんだ。 「森嶋」 香苗は足を踏み出した。 一緒にいよう、と言う為に。 −−−−−−−−−
ASAHIネットでやってた「文章塾」へ投稿した作品をリサイクルその2。当時の題は「Farewell or Welcome」でした。特に意味はないタイトルでしたねつくづく。 お題は「卒業」でした。その前書いたこの2人が案外好感触な上書きやすかったのと、まぁくっつける気は無かったけどごくナチュラルにカップル扱いにされたので、ならもういっちょ行ってみるかという大変安直な思いつきでした。 ……で、規定の800字に詰めるのにすんごい往生して色々ネタも切り詰めに詰めたのですが、出来上がってみたら詰めちゃってよかったかな、とね。 改めて思いました。俺、つくづく恋愛もの苦手なんだなって。砂吐いた吐いた。 ちなみに前作はこっち。(06/04/05) Pro.100txt. |