034:『手を繋ぐ』

 校庭では後夜祭が始まる頃か。狭山香苗は片付け終った教室の壁にもたれてため息をついた。
「15cmなんて贅沢は言わない」
 何度口にしたかわからない愚痴の、その後を別の声が受ける。
「せめてあと10cm、てな」
「あ、そこにいたんだ森嶋。視界に入らなかった」
「うっさいわ」
 軽口に、香苗の隣で座り込んでいた少年、森嶋祐一が顔を上げる。
「世の中不公平や。何で女のお前が176cmもあって俺は161cmやねん」
「それはあたしの台詞」
 言い返してやると、森嶋は不服げに鼻を鳴らした。
「お前みたいなお誂え向きがおるからこんな企画が文化祭で通るねん、ちったぁ責任取れや『王子』」
「ノリノリで演技してたくせに。文句言うなよ『シンデレラ』」
「今んなって反動が来とんねん、あぁ自分の芸人魂が哀しいわぁ」
 森嶋はわっと大袈裟に顔を伏せる。香苗はやれやれ、と肩を竦めた。
「その関西弁、正しい?」
「正しうない。うちのお母ん、生まれは向こうやけど育ちは関東やからな」
「関西人に嫌われるよ」
「手近におらんし、えぇねん」
 中途半端な関西なまりが強くなり、仕草がやけに芝居がかっているのは、森嶋が疲れてきた証拠である。
 頃合、か。
 香苗は姿勢を低くして、言った。
「そろそろ行こうか」
 こくり、と膝を抱えたまま森嶋が頷く。
「誰や、フォークダンス強制参加なんて決めた奴」
 シンデレラは大変に好評だった。このままでは間違いなく男女パートを逆に踊らされる。踊らされなくても好奇の目に晒されるのはもう限界だった。
 だからこうして校内から人が減るのを待っているのである。靴はもう下駄箱から持ってきた。荷物を肩に、香苗は廊下の様子をうかがった。
「さ、逃げよう。姫」
「頼りにしてるわ、王子」
 劇での呼び名で笑い合い、2人は人気のない夕闇の廊下へ抜け出した。  踊るのは劇の中だけでいい。



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 ASAHIネットでやってた「文章塾」へ投稿した作品を微調整してリサイクル。当時の題は「ダンスパートナー」でした。
 お題が「ダンス」だったので、フォークダンス→文化祭→男子女装という連想ゲームの果てにこうなったのであり、ちびの関西弁だからと言って断じて嶋本軍曹ではない。 軍曹はもっとかわいいしあの人に女装させてもなぁ……。
 まー女装ネタも散々書いている気もするのですが、何せ高校の同期に「何も知らない他校生からナンパされた」という輝かしい戦績を収めた奴がおりましたですからね。元気かな、K君。ちなみに176cmの数値の元は予備校の同級生。美人でしたよ。
 改めて読み返したら、文中で手は繋いでないな。むしろ「手を組む」だな。ま、いいにしてください。(06/04/05)

Pro.100txt.