(69)アブリコの篭


             

「ええ、大佐の家ならよく知ってますよそ」「私の父です。軍医だったんです。でも今ガ
  ンで苦しんでます」「それは、気の毒に」アトリエ・ド・セグレで絵の個展をしている時
  に知り会ったパメラが話していた。旦那のイギリス人マクセルと普段はロンドンに住んで
  いる。今その大佐の庭の横で制作している。その後の病状のことは知らない。よく、ここ
  に、アブリコやさくらんぼを篭一杯持ってきてくれた。トンネル状に覆いかぶさった桜の
  木々が、気に入って日参している場所だ。朝の日差しが枝葉の中に入り込むと光のトンネ
  ルが出来る。その細やかな光の破片に触発されて私の心は解放されて行く。奥にネジ込ん
  で行く流線は、追及を求める私の気質に合っていて集中力が益々湧いて来る。そんな時に
  大佐は、よく現われた。気合いを削がれた苛立ちと、にこやかな大佐の表情に戸惑いなが
  ら篭を受け取ったのを覚えている。「さあ、また新しい絵の世界、出会いを求めて進もう」
 

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(70)GOOD−BY